禁忌
長は手に持った扇子を開いたり閉じたりしながら思案する。
「なるほどねぇ。もう一人の孫は酷い事になってしまったね」
三人は里外れに隔離してある希代の行く末を思案していた。
「朔夜、薬師としての、お前の見立てはどうなんだい?」
「希代は、食べることでしか養分を摂れません。既に成人を済ませていますし、もう他の方法が身につくことは無いでしょう。
薬湯は栄養と精神安定剤を入れています。これで空腹や乾きを取り除き、鬱状態による発狂が起きないようにしています。ですが、人間の血への依存症は切欠があれば再発します。少量を長期的に摂っていたので見た目の発症はありませんが、内臓の負傷は激しい。長くは生きられないでしょう」
人を喰らうのは、いくつかある鬼の禁忌の一つだ。その罪を犯すと、体は変容し意識は無くなり鬼では無くなってしまう。ただ、希代は少量の血を少しづつ摂っていたことで、未だ鬼として存在していた。
「未だ鬼として留まって、長くは生きられない、か」
厄介だ、と長は思った。いっそ振り切れてくれていれば、大義名分の元、生を断つことができて簡単だったのに、と。
「親父、俺は希代の残り少ない人生を鬼として過ごせるように、あの小屋で一緒に居ようと思う。鬼のまま看取ってやりたい」
「うん。お前はそう言うと思ったから、あえて話を振らなかったんだけどねぇ」
最後まで、器からこぼれ落ちないように心を砕いて働き掛けるのは、長である自分や白夜の役割だ。面倒ごとも厄介ごとも清濁合わせて飲み込んで決着を付ける。
例えそれがどんな残酷な結末でも。
「白夜が共に居れば、希代は落ち着いて過ごせるのかな?」
その言葉に、白夜の表情が曇る。最近、希代の癇癪は増えている。始めは物を欲しがったから与えて宥めていたが、今はしきりに朔夜と雪の事を気にしている。
「大丈夫と言いたいが、多分、駄目だ。言い聞かせても落ち着かないことが多い」
「なんだい。お前一人じゃ手に負えなくなっているじゃないか。まぁ素直に話してくれたから良いけど。感情に任せて抱え込んで、駄目でしたなんて頭の悪い事はして欲しくはないからねぇ」
「すいません」
珍しく自分の息子が素直に謝るのを見て、内心驚く。希代や雪の事が大分堪えているのだろう。
「で、今の希代は何を気にしているのかな?」
「朔夜に嫁ぐこと。あとは雪だな」
「朔夜、私の孫を二人とも誑かすなんて、中々やるね」
「僕は雪を嫁に貰います。希代の件は話を合わせているだけです」
「あっそう。話を合わせちゃったの。そうかぁ」
そうかぁ、と長は呟く。
「雪もね、朔夜に嫁ぎたいと、そう私に言っていたよ。顔を真っ赤にして可愛かったなぁ。でも、この状況だと希代が生きてる間は雪の願いを叶えるのは難しいねぇ」
「雪が、そう言ったのですか?」
長の言葉を聞いて、朔夜の頬に赤みが差していく。
「うん?相思相愛なんじゃないの?一緒に住んでるんだから。それに、今気にして欲しいのはそこじゃないよ」
話を逸らさないで、と言う長の言葉は朔夜に届いていない。
朔夜は、日頃雪への愛を叫んではいるが雪から返されないことを実は凄く気にしていた。雪が家に帰ってくるから多分大丈夫だと思っていただけで、実はとても心配で仕方ないのだ。
最も手元に置いて口説き落とす気なので、雪が嫁に来るのは朔夜の中では決定事項となっている。
「僕も直接聞きたかった」
ほぅと溜息を付き、心ここに有らずな朔夜を見て長も白夜もちょっとだけ引いた。
「もぅ、色ぼけて無いで、これからの事を決めるよ」
そう言って長は話を戻したのだった。





