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鬼の娘は初恋を追いかける  作者: 咲倉 未来


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本家

 太陽はまだ山の影から出てこないのに、そこかしこで(せみ)の鳴き声が聞こえる。じわりと全身に滲んだ汗は、雑木林の木陰に入ると体が冷えて心地よい。


 本家へと続く道を、白夜(びゃくや)朔夜(さくや)(せつ)の三人連れ立って歩いて行く。

 雪は初めての本家に緊張していた。ちゃんとした訪問着を着てきたくらいだ。朔夜にもっと涼しい着物にしろと言われたが、流石に浴衣で行くのは気が引けた。

 なのに目の前の父は浴衣姿で、しかも上半身をあらわにしている。暑いそうだ。


「雪の格好は、見ているだけで暑い」 


 文句を言われても、雪だって暑いから仕方ない。

 ふぅふぅ息をしながら男二人の後を遅れないように早足でついていく。


「だって、(おさ)に会いに行くのでしょう?」

「別に俺の親父(おやじ)に会いに行くのに、かしこまって何になる」


 言われて驚いたが、よく考えればそうだった。自分の父は長の息子で、そうなると雪は長の孫になるのだ。


「では、お爺様(じいさま)に会うのですね」


 途端、白夜と朔夜が凄い勢いで振り向く。間違ってはいないが、その表現は違和感が凄い。


「なら、僕が雪と結婚したら、長はお爺様で白夜はお義父様になるのか」


 朔夜の発言に、白夜の顔から表情が滑り落ちる。


 三人それぞれ離れて暮らしていたせいで、一部の関係性が古いまま更新されていない。そこに新たな関係を突っ込まれ、もはや何が何だか分からなくなっていた。


「と、とりあえず、俺の親父に会いに行くぞ」


 よくわからんが、それで合ってるはずだと言って白夜は歩き出した。


 □□□


 竹林(ちくりん)を道なりに歩けば、ぽっかりと広がる敷地に大きな屋敷が建っていた。

 立派な屋敷に、雪は再び緊張した。


「上がるぞー」

 白夜が無作法に上がっていくのを見て、雪は生きた心地がしない。そんな雪をみて朔夜がクスクス笑う。


「ここは白夜が生まれ育った家だからね。遠慮なんてしないんだよ。雪もあまり緊張しなくて大丈夫だから」


「そう言われても。こんな立派なお屋敷は初めてで」


 父が良いところのお坊ちゃんであることも、あんなに無作法であることも、雪の知ってる父親に紐付かない。そもそも、あれは自分の父なのか疑ってしまう。

 雪がおろおろしているのに、父はどんどん屋敷の奥へ行ってしまう。はぐれたら困るので、雪は慌てて後を付いていった。


 □□□


 雪は白夜と二人で長の居る広間へ通された。


「こんにちは。初めまして。じぃじだよー」


 初めて会った自分の祖父は、想像していたどの祖父とも違った。違いすぎて頭が真っ白になった。


「-っ!お初にお目に掛かります。雪と申します」


 一拍の後、上座の長に頭を下げて丁寧に挨拶する。


「あはは。行儀の良い子だねぇ」


 お前の娘とは思えないなぁ、と長は白夜に絡む。


「俺の娘だ。親父の孫だぞ」


「念願の内孫だねぇ。いやぁ父親に似なくて、本当に良かった」


 先ほどから長と父との間に火花が見えるのは気のせいだろうか。


「今日はね、雪と顔合わせしたくて呼んだんだよ。後ねぇ、雪に聞きたいことがあってね」


「はい」


「雪は、朔夜の屋敷に住んでいるだろ。一応親戚筋ではあるけれど、成人した男女が二人で住むのは、少し気になってねぇ」


「親父、二人きりじゃ無い。鈴も住んでる」


「うん。そうなんだけどねぇ」


 そう言うと、今までの柔和な雰囲気をがらりと変えて長の目線に鋭さが宿る。


「雪は、この先どうしたいのかを聞いておきたい。なんなら我が家に住んで貰うのが、在るべき姿だと思わないかな」


「親父。雪は朔夜のところで恙無(つつが)く過ごしているんだ。わざわざ首を突っ込まないでくれ」


「白夜、私は雪に聞いているんだよ」


 夏なのに、部屋の空気が冷やりとした。蝉の鳴き声が、やけに大きく響いている。


(まさか、こんな所で・・・)

 雪は自分の指先が、どんどん冷えていくのを感じた。


「なんだ。特に何も考えてないのかな?」


 それなら、と雪の返事を待たずに長が話を進めようとする。


(まって、まって、そうじゃないの)


「私は!」


 思った以上に声が出て、自分で自分に驚く。


 ―― ちゃんと言うんだ。

 膝の上で握った拳に力が入る。


「私は、朔夜様のところに、嫁ぎたい、です」



 部屋に広がる沈黙が辛い。 



「ふふふ。あはははは」


(わ、笑われてしまった)

 居たたまれなくて顔が真っ赤になる。それでも自分は譲れないのだ。


「いやぁ、可愛らしいねぇ。うんうん。雪は白夜に似なくて本当に良かったねぇ」


 雪が顔を上げると、長は目を細めて笑っていた。


「雪の気持ちは分かった。一旦私に預からせて貰うね。じゃあ、雪との話は終わりだ。私は白夜と朔夜に話があるから、雪は別室に移動してもらおうかな」


「はい。失礼します」


 雪は控えていた女中の後について、部屋を出る。案内された部屋に入ると、箪笥(たんす)鏡台(きょうだい)が置いてあり、どう見ても誰かの自室にしか見えなかった。


「あの、この部屋は?」


「長が用意した雪様の部屋でございます。今日はこちらでお休み下さい」


「え?!」


「それでは、失礼いたします」


 そう言って、女中は直ぐに出て行ってしまった。慌てて廊下に出たが、既に誰もいなかった。

 仕方なく部屋に戻り、雪は白夜と朔夜が迎えに来てくれるのを待つことにした。

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