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朔夜

 朔夜(さくや)にとって一つ年上の白夜(びゃくや)は大きな存在だった。


 祖父同士が兄弟で、血縁上二人は従甥(いとこおい)の関係だ。けれど一緒に育った二人は、兄弟のように助け合い、友人のように学び遊び、互いに掛け替えのない存在だった。


「俺と朔夜のどちらかが女だったら(めあわ)せたかったらしい。どちらも男だったから叶わなかったと言われたよ」


「僕が女だったら喜んで嫁いだのに。残念だ」

 素直な気持ちを口にしたら、白夜は大きな声で笑った。


「お前が女人(にょにん)なら、さぞ美しかっただろうな!」


 いつだって朔夜は白夜の後を付いて回り、白夜はそれを良しとしてくれた。


 あの頃は、季節を楽しみ、自然を感じながら一生を白夜と共に生きていくのだと思っていた。


 □□□


「嫁を迎えに行くことになった」


 此方(こちら)が迎えに行くなど侮られている。よりにもよって次の長である白夜に対して、その愚行は赦してはいけないのではないか。


「仕方なかろう。親父がどうしても赤鬼の血を取り込みたいそうだ。多少足元を見られても従っとけば早く済む」


 白夜は合理的な考え方を好むせいか、しばしば道理を無視するところがあった。


「戻ったら、朔夜の嫁御(よめご)も探してもらおう。子供が男と女なら娶すぞ。楽しみだな」


 煩わしいことに捕らわれず、心穏やかに過ごすことは鬼の在り方として正しい。白夜の提案に朔夜の心も凪いでいく。


「そうだな」


 わははと笑う白夜に、遂に行くなと言えなくなった。

 早く済ませて、また一緒に過ごそう。穏やかに安らかに生を全うする生き方こそ、鬼の在り方なのだ。


「いってらっしゃい。帰りを待つよ」


「うむ。行って来る」


 ――― ひと月後、到着の文が届いた。嫁御は黒髪に赤い角の綺麗な女人なのだと書いてあった。あまりに褒めるものだから、さぞや気に入ったのだろう。

 朔夜も自分のことのように嬉しくなり、二人に会えるのを心待ちにした。


 けれど次に届いた文は、紅里(べにのさと)の長に白夜が納まるという連絡だった。


 □□□


 一族は騒然となり、何かの間違いではないかと問い合わせたが回答は同じだった。

 紅里の長には息子がいたが、どうやら白夜が滞在中に急死したらしい。妻となった女の腹には既に赤子が宿っていて、戻ることは無いという。


「っ。なんで、、、」


 目の前が赤く染まった。胸を押さえた手に力が入り、息することも忘れてしまう。


「白夜、びゃくや、、、」


 なぜ戻ってこない。

 共に過ごす約束は果たされることはない。頭で理解をしても心がついていかない。何故、どうして?


 共に過ごした屋敷は思い出が多すぎて心が掻き乱される。離れた場所へと屋敷を移し、ひっそりと過ごした。

 それでも心の平穏は訪れず、奈落の底でただぼんやりと全てが過ぎ去るのを眺めていた。


 そんな朔夜の元に、白夜から季節の文が届くようになった。

 今更なにをと恨めしく思いつつ、自分を覚えていてくれる証のような文の知らせに心躍(こころおど)らせた。


 文は、どれも季節の挨拶から始まり、朔夜の体調を気遣い、白夜の近況が少しばかり書いてある簡単なものばかりだった。

 当たり障りのない文に、朔夜の心は(やみ)に染まる。もはや自分は、大切なことを共有する相手ではなく、時折思い出す程度の旧友なのだ。


「少しくらい、謝罪や言い訳はないのか」


 文を心待ちにしながら、届いた文に絶望をして季節が巡っていった。忘れることなど出来はしなかった。


 □□□


 ――― 娘を貰って欲しい。白夜 ―――


 その文が届いて数日後、屋敷に子供が訪れた。

 銀髪に金色の目を持つその子供は、白夜の子供の頃の姿と酷似していた。

 瞬間、自分も子供に戻ったように錯覚をしたほどた。

 気まずそうなその顔は、白夜が自分と喧嘩をした翌日に謝りに来た時の姿そのものだったから。


 朔夜の中で、ずっと(くすぶ)っていた怒り込み上げてくる。今更謝ろうなんて絶対に許さない。

 けれど白夜に弱い朔夜は、悲しそうに歪む顔を見たくなくて、いつも謝罪を受け入れてしまう。


(せつ)と申します。此方(ここ)にお嫁に参りました」


 謝罪ではない言葉に、一気に現実に引き戻され殴られたような衝撃を受けた。目の前の子供は白夜ではない。娘の雪は朔夜の嫁に来たと言う。


 (貰ってくれとは、そういうことなのか?)


 ――― 互いの子供を娶せよう


 あの約束を果たすため?

 今更あの約束を果たすことなど自分は微塵も望んでいない。

 小手先で取り繕って、朔夜の気持ちを紛らわせる気なのか。


 (許せない)


 いつか白夜の幸せを願える日が来ればと、日々をやり過ごしていた自分を踏みにじられた気分だった。自分の気持ちが激しく揺れて、目の前の娘のことなど目にも入っていなかった。


 先ほどまで動かなかった娘が、その場でしゃがみ込む。

 額を地面に擦り付け謝罪を述べた。


 その言葉で、白夜は朔夜のことを忘れてはいなかったのだと悟った。

 途端に歓喜(かんき)が沸き起こり、次いで呪詛(じゅそ)のような(ののし)りが心に溢れ出る。積もり積もった怒りを簡単に手放せず、朔夜はその場から逃げ出した。


 白夜と酷似したその顔で謝られたら、朔夜は謝罪を受け入れてしまう。それは朔夜に耐え難い苦痛を与えた。


「今更、どうしろと」


 どんなに謝られても、謝罪を受け入れたくなかった。

 許してしまったら、自分の傷ついた心はどうかなってしまいそうだ。

 今更、この鬱積(うっせき)を自分で何とかしなければならないなんて、耐えられないと途方に暮れた。

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