蛍
少し短めです。
日が暮れて、いつもなら寝る仕度をする時間に朔夜は雪と連れ立って屋敷を出た。
鬼火を幾つか焚いて、足元を照らして歩いて行くと白夜が立っていた。
「お父様。こんばんは」
「こんばんは。雪」
久々に父である白夜に会えて、雪は緊張した。
「あの。新しいお屋敷は如何ですか?」
「ああ、まだ中々片付かなくてな。何とかやっているよ」
「私も遊びに行きたいです」
「そのうちな」
やはり、曖昧な返事をされてしまい寂しくなる。このまま雪から遠ざかって行ってしまう気がして、思わず雪は白夜の手を握った。
「暗くて、こわくなったか?」
そう言うと、白夜は雪の手を繋いで歩いてくれた。久々の父の手はとても大きくて懐かしく感じた。寂しさは何処かに消えてぽかぽかと心が温まる。
「なら、こっちの手は僕が握ってあげる」
そう言うと、朔夜は雪の反対の手を握ってくれた。途端に雪は顔が赤くなっていくのが分かった。
(暗いから、見えなくて良かった)
胸が早鐘を打って、息が苦しくなる。
そうして三人連れ立って、しばらく歩いて行くとサラサラと小川のせせらぎの音が聞こえてきた。
少し小高くなっている斜面を登っていくと、開けた場所に出る。
そこには一面、小さな光が無数に飛んでいた。
幻想的な景色に雪は息を呑む。
鬼火とは違うその光は、ちらちらと瞬き、ゆっくりと動いている。
「これは、何なのでしょう」
「雪は、蛍を見るのは初めてか?」
こくりと頷く雪は、目の前の蛍に夢中だ。そんな雪を見て白夜は雪の頭を撫でた。
「ほたるとは、触ったら火傷しますか?」
「熱くはない。あれは虫だ」
「虫?!」
「虫のお尻が光るんだ」
白夜は近くに飛んできた蛍を手に掴むと、雪の目の前で開いて見せた。雪は興味津々に見ているが触れようとはしない。
「本当に虫ですね」
白夜の手の中と周りの蛍を交互に見ながら、雪は夢中で魅入っている。
「綺麗」
そうして、三人は暫く蛍を堪能した。
□□□
家に帰ると雪は自室に下がり、寝る仕度をした。
蛍も綺麗だったが、朔夜と手を繋いだことを思い出して胸が苦しくなる。握って貰った手を見れば、まだ朔夜の温もりを感じることが出来た。
(前みたいに触って欲しいと思っていたけど、手を握っただけでこんなに苦しくなるなんて)
抱きしめられたり撫でられたりしたら、どうにかなってしまうのではないか。雪は想像してみて悶絶した。布団の中でじたばたしてしまう。
(駄目だ。きっと恥ずかし過ぎて死んでしまう)
はぁはぁと荒い呼吸を整えて眠ろうと目を閉じる。途端に朔夜の握った手を思い出し布団を抱きしめる体に力が入る。
(恥ずかしくて眠れない)
それでも眠らなければ、とぎゅっと目を瞑る。
(ずっと、このまま一緒にいたい)
朔夜と一緒に過ごせて、雪は幸せだった。白夜や龍神様も居てくれて雪の周りには幸せしか無かった。
(ずっと、このまま過ごせますように)
雪は心から願ったのだった。





