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鬼の娘は初恋を追いかける  作者: 咲倉 未来


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隠し事

 縁側から外を見れば、しとしとと雨が降っている。庭先では青や紫の紫陽花(あじさい)が丸く浮かび上がり、庭の一角に咲いていた。


「綺麗」


 雨の匂いを嗅ぎながら、(せつ)は目と鼻を楽しませていた。

 白地に金魚が描かれた浴衣は、肌に馴染んで嫌な湿気を感じさせない。

 ほぅと。息を漏らして目をつぶり雨音を聞いてみる。蛙のケロケロという鳴き声と雨音は耳に心地よく響いた。


 父の白夜(びゃくや)は、(しばら)く前から帰ってこなくなった。変わりに朔夜(さくや)が家にいることが多くなっていた。その朔夜も、たまに何処かに出掛けて行く。


 雪は朔夜に父の居場所を尋ねた。


「ずっとここに住むわけにはいかないから、新しい屋敷を構えて、そこへ移ったんだよ」


 ならば挨拶に行きたいと頼んだのだが、曖昧(あいまい)な返事で有耶無耶(うやむや)にされてしまった。


 むぅ、と雪は眉根をよせる。白夜が来てから、雪は教えて貰えないことが増えた気がしていた。

 父と朔夜は兄弟のように育ったらしく、雪から見ても二人はとても仲が良かった。何より父の白夜は、別人のようによく笑い喋っていた。


「雪、体が冷えてはいないか?」


 雪の隣に朔夜が胡座(あぐら)()いて座り、その手は着物の(たもと)に入れられる。


(前なら絶対に、頭や髪を撫でてくれたのに)


 朔夜は成人した雪に触れてこない。その変わりに、しきりと雪の体調を尋ねるようなった。


「今日は調子はどうかな?痛いところや気持ち悪いところは無い?」


「どこも悪くありません」


 雪は前のように触って欲しいと思っていたが、流石に恥ずかしくて言えなかった。


 モヤモヤと(くすぶ)る違和感を感じていたが、それを朔夜に聞いても、また有耶無耶にされるのでは無いかと思うと聞く気になれなかった。


(雨が上がったら、龍神様の所へ遊びに行こう)


 雪は何か困ったことがあると、朔夜ではなく龍神に相談するようになっていた。


 □□□


「また来たのか。雨の後は川が(あふ)れるから感心せんな」


 龍神は、雪が川に行くと必ず顔を見せてくれる。


「でも、龍神様がいれば大丈夫でしょ?」


「お前は川ばかり来すぎだ。山や原っぱも楽しめ」


 小さく細い龍の姿で、龍神は雪の周りを旋回(せんかい)する。危ないから、あっちに行くぞーと安全な場所に雪を案内してくれる。


 雪は腰を落ち着けると、龍神にあれやこれやと話し出す。龍神は雪の話をふんふん相槌を打って黙って聞いてくれる。だから雪も話しやすかった。


「なんだかなぁ。雪の周りは(こじ)れてばっかだなー」


「そうなのかな?」


「触りたいなら触れば良いし、触って欲しいならそう言えば良いだろー」


「そんなこと、恥ずかしくて言えないもん」


「なら言わなければいいー」


 ぐるぐる回る押し問答に、雪は口を(つぐ)む。


「雪はアレコレ考え過ぎだ。そのまま受け取れば良いんだ。どちらか一つに絞れんなら、どっちも本当だ。気持ちが(かたむ)くまで待っとけ」


 むぅ、と口を尖らせて首を傾げる。

 そんな雪を(なだ)めるように龍神は雪の膝の上に飛んでいき、蜷局(とぐろ)を巻いて一番上に頭を収める


「父や朔夜様が何をしてるのか教えてくれないのも、何だか寂しい」


「何でもかんでも相手のことを知りたがるのは、傲慢(ごうまん)だな。それを知って雪はどうしたいんだ?」


「知っても、何もない、かも」


 雪は、雪の質問に答えてくれなかったことが寂しかっただけで、白夜や朔夜が何をしているのかは、あまり興味が無いことに気がついた。


「手伝えることがあれば、言ってくれるはずだもの」


 うんうんと、龍神は肯く。


「必要なものは、必要なときにちゃんと届く。穏やかに過ごしとけば、収まるところに収まるから大丈夫だ」


「うん」


 雪は、雪の(うれ)いを取り払ってくれた龍神の背中を、優しく撫でながら感謝した。


 □□□


 龍神は雪の膝の上で、うとうとと舟を漕いでいた。


(まー今の雪には、隠すしか無いだろうなぁ)


 龍神は里で起きていることを大体把握していた。けれど鬼の問題に龍神は首を突っ込む気は毛頭無かった。

 龍神は雪と契約したのだから、雪の心の安寧(あんねい)に手を貸すだけだ。


 雪はとても危うい。

 里に来たときは、山との繋がりが薄れていて体は小さく干からびていた。朔夜が慌てて養分と愛情を流し込み、物凄い勢いで吸収したのを見て興味が湧いた。


 うっかり関わったら、欲しかった鬼の角まで手に入ったのは僥倖(ぎょうこう)だった。

 雪の成人は大分遅れてしまっていた。その渦中(かちゅう)は壮絶で、よく死ななかったと思ったほどだ。成人して大きくなった雪の体に情緒(じょうちょ)が追いつくまで、まだしばらく時間が必要だ。けれど、これだけ表情が豊かになって気持ちが動くようになったならそれも時間の問題だろう。


「雪は、朔夜が好きか?」


 途端に雪の顔が真っ赤になって、こくりと頷いた。


 朔夜が雪を愛しているのは端から見れば、だだ漏れだ。お互い思い合っている筈なのに、なぜ拗れるのだろうか。


(やっぱり素直になって、さっさと床を共にすればいいんだ)


 愛を確かめ合う方法など一つしか無い。


 確かめて幸せになって、どんどん進めば良いと思う。

 我に比べれば瞬きほどの短い生なのだから、どんどん進まねば何も成就せぬまま死ぬだけだ。


 くぁー、と欠伸(あくび)を一つして、龍神はすやすやと昼寝を再開した。

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