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鬼の娘は初恋を追いかける  作者: 咲倉 未来


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相思相愛

(せつ)がどんな風に暮らしていたのか、教えてくれ」


 真面目な顔をした朔夜(さくや)に言われ、白夜(びゃくや)は居心地の悪さを感じた。今の雪を見れば、朔夜がどれほど大切にしてくれているか分かる。だからこそ自分の手元で(しいた)げられた生活をしていた雪の話をするのは、後ろめたかった。


 白夜は一呼吸置くと、ゆっくりと口を開いた。


「そうだなぁ。雪の母親が雪を生んで直ぐに死んでしまったから、四つか五つになるまでは乳母に面倒を見て貰っていたな。よく懐いてたし、その頃は元気に遊んでよく笑っていたな。

 希代(きよ)とも仲が良かったんだ。希代の母親も、雪をあまり構わないだけで、手をだしたりはしてなかったはずだ」


 いつの頃からだろうか。雪の顔から笑顔が無くなったのは。


「希代が七つか八つになった頃に、成人角(せいじんのつの)が生え始めてな。雪は幼角(おさなづの)のままだったから、母親が大層喜んでな。しきりに希代を褒めたんだ。希代は幼角が生えずに生まれてきて、その事を凄く気にしていたから余計に嬉しかったんだろう」


 希代は雪より優秀だった。姉の生んだ子より妹の私が生んだ子が(ひい)でているのだと言っていた。


「希代は優秀だから、父親なら希代を選ぶべきだと言ってな」


 ずっと暗い表情をしていた希代の母親は、何かを確信したかのように自信を持って行動するようになっていった。


「馬鹿な。幼角が無くて生まれたのなら力など無いに等しいのに。成人角が生えたって力なんか無いだろう」


「もう幼角が生えない赤子の方が多く生まれるようになっていたんだ。力の有無も分かっていなかったさ。雪に幼角が無ければ、希代の角を気にすることも無かっただろうよ」


 炎に包まれて滅びた紅里(べにのさと)は、白夜が訪れた時には何処も彼処も綻びだらけだったのだ。ただ消えゆくのを待っていたのかもしれない。


「雪の幼角は大きく立派だった。それこそ生まれるときに、母の股を裂いて生まれてきたよ」


 強い鬼は母を殺して生まれてくると云われている。幼角は持って生まれた力の強さを表していて、大きければ大きいほど喜ばれたが、母親は大変だ。


「里には幼角を薬にする習慣も(すた)れていてな。残しもしないものだから、助けてやれなかった」


「っ。そこまで落ちぶれていたのか」


 幼角は百薬(ひゃくやく)の薬になる。

 取れたら大事に保管して、自分の子供が生まれるときに使うのは白夜や朔夜にとって常識だ。

 雪が生まれた時、白夜は自分の幼角など持っていなかった。だから里中探して回ったが、誰も保管などしていなかった。


「俺は雪の幼角があまりに大きく育つものだから、成人前に月白里(げっぱくのさと)に連れて帰ってやりたかった。養分が足りなければ成長が悪く死んでしまうと思ったんだ。けれど、希代の母親と紅里の長がそれを許さなかった」


 約束が違う、と白夜は訴えた。

 けれど、その度に希代の方が優秀なのだから、雪など捨て置けばいいと反故にされ続けた。


「多分その頃には、俺の知らないところで雪に折檻(せっかん)していたのだろう。気付いて庇ったが雪に言われたよ。俺が居ない方が虐められなくて済むのだと。そのうち一族の皆が雪を屋敷の隅に追いやってしまったのだ」


 周りに味方は誰もおらず、白夜もまた鈍感になってしまっていた。頭では考えていても行動出来ないことばかりになっていた。


「可哀想なことをしたと思っている」


 白夜も雪も、過酷な状況を何も感じないようにして、やり過ごすのに精一杯となっていた。

 

 目先を生き延びるために大切なことを諦めたのだ。


 □□□


 白夜の話を聞いた朔夜は、その酷さに眩暈(めまい)を覚えた。


「白夜のせいじゃない」


 思わず口からこぼれた言葉に、白夜は目を丸くして微笑んでくれた。


「朔夜は、優しいな」


 そんなことは無い。自分は白夜のいない間、白夜をずっと呪っていただけだ。こんなにも大変な目に合っていたなんて思いもしなかった。

 そしてその過酷(かこく)な状況から逃げず投げ出さない白夜こそが優しいのだと思った。


 やはり白夜は鬼の長の器なのだ。全てを収めて守ろうとする。

 朔夜は、自分が知っている白夜が変わらずそこに居てくれることに感謝した。


「ずっと白夜と、この里で過ごしたいと思ってた。ようやく元に戻って、とても嬉しいよ」


厄介事(やっかいごと)ばかり持ち込んでしまって、俺は心苦しい」


「馬鹿だなぁ。白夜が帰らなければ僕は夜叉(やしゃ)になっていたよ」


「そんなに俺を恨んでいたのか?」


「うん。だから帰ってきて正解だ。ありがとう」


 安堵した白夜に、朔夜は満足した。


「それに、僕に嫁御(よめご)まで用意してくれるなんてね」


 何故か白夜が微妙な顔になった。


「俺も、少しは、雪を構いたい。」

 遠慮がちに、けれどはっきりと、白夜は雪の所有権を主張してきた。


「親子の時間を取り戻したいの?でも雪はもう成人だから遅いよ。父親役は返してあげてもいいけど、夫婦の時間を取られるのは嫌だな」


 今の朔夜は、白夜よりも雪の方が大切になっていた。早く生活を戻して、雪と過ごせるようにしないと、気が狂ってしまいそうだ。


「俺の娘だぞ」

 恨めしそうに白夜が(うな)る。


「でも、僕の妻だ。」


「まだ、妻じゃない。」


「いくら白夜でも、雪は譲らないよ。」


 誰にも譲ったりしないんだ、と朔夜は()(こぼ)れるのだった。

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