通い先
通い慣れた道を白夜と朔夜は連れ立って歩いていく。
「体の調子はどうだ白夜。無理せず雪と休んでても良いんだぞ?」
「大丈夫だ。早く決着を付けて雪に朔夜を返したい」
「僕も雪を構いたい。雪が足りない」
素直な朔夜の言葉に、白夜は面喰らう。
「そんなに気に入ってもらえたなら、雪は幸せになれるな」
雪の姿を見れば、朔夜にどれだけ愛情を注がれたかが伺える。
「やはり、朔夜を頼って正解だった」
白夜の言葉に朔夜は微笑んだ。
里の境界線まで歩けば、古く傷んだ小屋の前に出る。
竹藪に囲まれ、目立たないように隠されているのか注意深く見なければ、うっかり通り過ぎてしまうほど辺りに馴染んでいる。
二人は周りを見回すと、人気の無いことを確認して中に入っていった
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鉄格子の嵌められた部屋の中で、女が壁にもたれ掛かるように座っていた。
白夜は鉄格子に近づき、中に向かって呼びかける。
「希代、希代。起きているか?」
声に反応して、女が鉄格子まで移動する。
白夜の娘の希代が、悲しい顔をしながら現れる。
「ああ。お父様。お会いしたかった。ここは冷たくて狭くて気にが滅入ります。いつ出られるのですか?」
希代は、鉄格子に指を絡め、目を潤ませて白夜に出して欲しいと訴える。
「お前の病気が治ったら出してやる。さぁ今日も薬を飲むんだ」
その言葉に頷くと白夜から湯飲みを受け取り、希代は薬湯を飲み干した。
「横になって休みなさい」
白夜の言葉に従うように、希代は寝床へと戻っていった。白夜はその様子を見届けてから部屋を出て行く。
希代は寝床に横になりながら、じっと白夜を見ていた。白夜が部屋から出て行った後も、爛々と輝く目で部屋の入口を見続けていた。
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白夜が戻ってくると、朔夜は薬を調合する手を止めた。
「意識は、はっきりしていたよ」
そう言うと、白夜は朔夜の向かいに腰を降ろした。
朔夜は手元のすり鉢に目を落とす。
「薬のお陰で大分まともに話せる時間が増えてきている。このまま与え続ければ、発作も起きずに暮らしていけるとは思う。ただ、」
一度言葉を切ると、朔夜は白夜の目を見つめきっぱりと言い切る。
「完治は無理だ」
「分かっている。俺はここで希代と暮らす。希代が穏やかに過ごせるように世話を焼くさ」
「それがいい。僕もたまに様子を見に来るよ」
「その為には、この小屋を暮らせる程度に手入れせねばなるまい」
見渡せば、長く人が住んでいなかったせいで所々傷んでいる。
「表の井戸は枯れてなかった。多少不便だが暮らせるだろう。手伝いが必要なら人を雇うことも考えなければ」
「いや。俺一人で世話をする。あまり希代を人目に触れさせたく無いからな」
あの日、白夜の後ろに置いてあった籠の中には、娘の希代が入っていた。猿轡をされ手足を縛られた希代は、始終呻き声を上げて暴れようとした。
朔夜は何とか希代を檻の中に入れると、朝昼晩と薬湯を流し込み介抱し続けた。薬湯を飲み続けることで、徐々にではあるが正気に戻る時間が増え、今では自分で薬湯を飲むまでになっていた。
「お父様、朔夜様、寂しゅうございます。お話して下さいませ」
檻のある部屋から希代の声がする。
正気に戻った希代は、朔夜と白夜を呼んで話をしたがる事が増えてきた。その度に二人は希代と話をするようにしている。
「どうした?希代」
「お父様。私はいつお嫁にいけますか?」
「そうだな。病気が治ったら相手を探そう」
里が襲われる前、希代は結婚の準備をしていたので、しきりにその話をしたがった。
「嫁入り道具を揃えて、着物を仕立てて下さいませ。せっかく用意した物が、全て焼けてしまったのです」
「そうだな。良い物を揃えてやろう」
刺激しないように話を合わせて、根気よく答える。
「朔夜様の嫁にして下さいませ。私の方がお姉様より器量が良くて美しいのです」
朔夜の方を向き、にこりと微笑む。
「ああ。そうしよう」
朔夜は目を合わせずに答えた。
「まぁ。嬉しい。でも私の方が器量が良いもの。当然ですわね。お姉様の悲しむ顔を早く見たいわ」
朔夜は希代と話をすると、やはり正気では無いと思ってしまう。しかし白夜に聞くと里に居たときと同じなのだと言う。
(なら、雪はどのように暮らしていたのだろうか。雪が折檻されていたのは本当なんだな)
目の前の白夜と白夜の娘に憤りを感じた。けれど終わったことは変えられず、今目の前の二人に報復しても雪の傷が癒えるわけではない。
朔夜は、早く帰って雪を甘やかしてやりたかった。





