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鬼の娘は初恋を追いかける  作者: 咲倉 未来


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通い先

 通い慣れた道を白夜(びゃくや)朔夜(さくや)は連れ立って歩いていく。


「体の調子はどうだ白夜。無理せず(せつ)と休んでても良いんだぞ?」


「大丈夫だ。早く決着を付けて雪に朔夜を返したい」


「僕も雪を構いたい。雪が足りない」


 素直な朔夜の言葉に、白夜は面喰(めんく)らう。


「そんなに気に入ってもらえたなら、雪は幸せになれるな」

 雪の姿を見れば、朔夜にどれだけ愛情を注がれたかが伺える。


「やはり、朔夜を頼って正解だった」


 白夜の言葉に朔夜は微笑んだ。


 里の境界線まで歩けば、古く傷んだ小屋の前に出る。

 竹藪(たけやぶ)に囲まれ、目立たないように隠されているのか注意深く見なければ、うっかり通り過ぎてしまうほど辺りに馴染んでいる。


 二人は周りを見回すと、人気の無いことを確認して中に入っていった


 □□□


 鉄格子の()められた部屋の中で、女が壁にもたれ掛かるように座っていた。


 白夜は鉄格子に近づき、中に向かって呼びかける。

希代(きよ)希代(きよ)。起きているか?」


 声に反応して、女が鉄格子まで移動する。

 白夜の娘の希代が、悲しい顔をしながら現れる。


「ああ。お父様。お会いしたかった。ここは冷たくて狭くて気にが滅入ります。いつ出られるのですか?」


 希代は、鉄格子に指を絡め、目を潤ませて白夜に出して欲しいと訴える。


「お前の病気が治ったら出してやる。さぁ今日も薬を飲むんだ」


 その言葉に頷くと白夜から湯飲みを受け取り、希代は薬湯(くすりゆ)を飲み干した。


「横になって休みなさい」


 白夜の言葉に従うように、希代は寝床へと戻っていった。白夜はその様子を見届けてから部屋を出て行く。

 希代は寝床に横になりながら、じっと白夜を見ていた。白夜が部屋から出て行った後も、爛々(らんらん)と輝く目で部屋の入口を見続けていた。


 □□□


 白夜が戻ってくると、朔夜は薬を調合する手を止めた。


「意識は、はっきりしていたよ」


 そう言うと、白夜は朔夜の向かいに腰を降ろした。


 朔夜は手元のすり鉢に目を落とす。


「薬のお陰で大分まともに話せる時間が増えてきている。このまま与え続ければ、発作も起きずに暮らしていけるとは思う。ただ、」


 一度言葉を切ると、朔夜は白夜の目を見つめきっぱりと言い切る。


「完治は無理だ」


「分かっている。俺はここで希代と暮らす。希代が穏やかに過ごせるように世話を焼くさ」


「それがいい。僕もたまに様子を見に来るよ」


「その為には、この小屋を暮らせる程度に手入れせねばなるまい」


 見渡せば、長く人が住んでいなかったせいで所々傷んでいる。

「表の井戸は枯れてなかった。多少不便だが暮らせるだろう。手伝いが必要なら人を雇うことも考えなければ」


「いや。俺一人で世話をする。あまり希代を人目に触れさせたく無いからな」


 あの日、白夜の後ろに置いてあった(かご)の中には、娘の希代が入っていた。猿轡(さるぐつわ)をされ手足を縛られた希代は、始終呻き声を上げて暴れようとした。


 朔夜は何とか希代を(おり)の中に入れると、朝昼晩と薬湯を流し込み介抱し続けた。薬湯を飲み続けることで、徐々にではあるが正気に戻る時間が増え、今では自分で薬湯を飲むまでになっていた。


「お父様、朔夜様、寂しゅうございます。お話して下さいませ」


 檻のある部屋から希代の声がする。

 正気に戻った希代は、朔夜と白夜を呼んで話をしたがる事が増えてきた。その度に二人は希代と話をするようにしている。


「どうした?希代」


「お父様。私はいつお嫁にいけますか?」

「そうだな。病気が治ったら相手を探そう」


 里が襲われる前、希代は結婚の準備をしていたので、しきりにその話をしたがった。


「嫁入り道具を揃えて、着物を仕立てて下さいませ。せっかく用意した物が、全て焼けてしまったのです」


「そうだな。良い物を揃えてやろう」


 刺激しないように話を合わせて、根気よく答える。


「朔夜様の嫁にして下さいませ。私の方がお姉様より器量が良くて美しいのです」


 朔夜の方を向き、にこりと微笑む。

「ああ。そうしよう」

 朔夜は目を合わせずに答えた。


「まぁ。嬉しい。でも私の方が器量が良いもの。当然ですわね。お姉様の悲しむ顔を早く見たいわ」


 朔夜は希代と話をすると、やはり正気では無いと思ってしまう。しかし白夜に聞くと里に居たときと同じなのだと言う。


(なら、雪はどのように暮らしていたのだろうか。雪が折檻(せっかん)されていたのは本当なんだな)


 目の前の白夜と白夜の娘に憤りを感じた。けれど終わったことは変えられず、今目の前の二人に報復しても雪の傷が癒えるわけではない。


 朔夜は、早く帰って雪を甘やかしてやりたかった。

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