第5話:ぶーちゃん、入院す
六時間の勉強を終えたシンベエたちは、今日もホーリー、ぶーちゃんと一緒に並んで帰路についていた。
「今日の授業はひどかったなー。ナカセンの奴、50+23もわかんねえのかよ。」
ナカセンとは、シンベエたちの担任である中井哲郎先生のことである。
「ほんとだよねえ。いくらぼくでも、50+23を82なんて書かないよ。先生は、いったいどんな勘違いをしてしまったのかなあ。」
「人は誰だって間違うこともあるさ。運動の得意なきみだって、ボールを投げ損ねたりするだろ。」
ホーリーが、シンベエにきつい口調で言う。
「あ、あれは足がつまづいたときとかだけだ。ふ、普段は、あんなことしないもんね。」
「シンベエちゃん、ホーリーちゃんに言われてくやしいんだ。」
「なんだとお。ぶーちゃんなんて、体育全然できないじゃねえか。」
「そこまできつくいわないでもいいじゃないか。シンベエくんだって、勉強の方はてんで駄目でしょ。」
「それは、お前もだろ。この中では、まだぶーちゃんが一番ましだ。」
「へへ、シンベエちゃん、ぼくのことほめてくれた。」
しかしこの三人、仲がいいのか悪いのか。いつもけんかしている印象がある。
とそこへ、一台の白いベンツがやってきた。そして、ぶーちゃんにあたったあと、そのまま違う方向へと走りさっていってしまった。
「うわああ!」
「ぶーちゃん!」
「くっそう、ひき逃げか!」
「よし!」
ホーリーは、持っていたメモ帳に、鉛筆で車のナンバーを書く。だが、全て書くことはできなかった。
ホーリーとシンベエは、ぶーちゃんに話しかけたが、ぶーちゃんは、返事をしてくれない。気を失っているようだ。
「とにかく、119番だ!その辺の家にでも駆け込んで、電話しなきゃ!」
「おじゃまします!」
ホーリーは、近くにあった家にお邪魔すると、電話で119番通報をした。
「もしもし。救急ですか、消防ですか。」
「救急です。ぼくの友達が、車にあてられて気を失っているんです。車は、そのまま逃げて行ってしまいました。」
「場所はどこですか?」
「西京県八王山市、今治6-3-29です。」
「今すぐ、救急車を出動させます。それまで、その場所から動かないでください。」
相手はそういうと、電話がプツリと切られた。
「どうだった?ホーリー。」
「今すぐ救急車を出動します。だってさ。」
「ふーん。ぶーちゃん、大丈夫かなあ。」
ぶーちゃんは、全く動いていない。
あたりから、たくさんのひとたちが、見物にやってくる。
「こらこら!みせもんじゃないから、こっちくんな。シッシッ。」
チビどもが近づいてじーっと見ているのを、シンベエが注意する。
そこへ、救急車が到着した。来るのも、だいぶ早いものである。
ぶーちゃんは、たんかにのせられて、救急車で運ばれていった。
「ぶーちゃん・・・・。」
二人は、救急車を見送ると、大急ぎで家に帰り、そのことを親に伝えた。
「えっ?反吉くんがひき逃げされた?!」
「中田くんが事故?!」
「あんたここで何してるの!そんなに大事なことなら、すぐに119番通報しなさい!」
「いや、119番通報はもうしたんだ。ぶーちゃんは、救急車で運ばれていった・・・」
「まあ・・・中田くん、お大事に・・・」
その頃、ぶーちゃんは猛スピードで走る救急車の中に居た。
救急車に運び込まれて10分ほどたったとき、病院についた。
ぶーちゃんはひどい打撲と、複雑骨折をしてしまったようだ。なので、即、入院ということになった。
複雑骨折は、ほうっておいてなおるものではない。ぶーちゃんは、手術することになった。
入院してから、二日後。
「う、うーん。」
「起きたのね、反吉・・・。」
「母さん・・・。ぼく、はねられちゃった・・・いたたたた。」
「あまり動いちゃだめよ。今日は、手術があるわよ。」
「えー。手術ー?ぼく、手術こわいよー。」
「大丈夫。手術はいたくないし、体もなおるわよ。」
「う、うん。ぼく、手術頑張る。」
「うん。頑張って。」
それからしばらくしてから、ぶーちゃんは全身麻酔をうたれ、手術室へ連れて行かれた。
「メス。」
「ガーゼ。」
手術室では、早速手術が開始された。医者たちの声は、若干緊張している。複雑骨折の手術は、難しいのだろうか。
ぶーちゃんの母親は、手術室の外のいすで、静かに座っていた。横には、姉さんもきていた。
「ねえ、反吉、いったいなにしでかして、こんなはめになったの?」
「反吉がわるいんじゃないのよ、純子。反吉は、ひき逃げされたの。」
「えええ?ひき逃げー?それ、大変じゃない。犯人のやろう、捕まったらボコボコにしてやるんだから。」
「ああ、そういえば、手術には、五時間ほどかかるらしいわよ。待つのがたいくつだったら、本でもよんでおきなさい。」
「そんな、反吉が手術しているのに、本なんか落ちついて読めないわ。」
「それなら、静かに待っておきましょう。」
五時間ほどたった。手術が終わったようだ。
医者が出てきて、手袋を脱ぎながら言う。
「手術は、成功しましたよ。」
「まあ・・・ありがとうございます。」
「ありがとうございます!反吉・・・」
そこへ、ぶーちゃんと同じクラスの五年一組のめんつがたくさんやってきた。
「ぶーちゃん、どうしたの?」
「中田ー、だいじょうぶかー!」
「反吉くうん。」
精神年齢が低い五年一組のクラスメイトは、場もわきまえず騒ぎ立てる。
「反吉の手術は、成功したわ。」
「あとは、一週間ほど入院すれば大丈夫です。」
医者が言った。
「ええー、あと一週間も、ぶーちゃんにあえないの?」
「よかったー、一ヶ月とか、一年とか、入院するかと思った。」
それにしても、うるさい子供たちだ。
ぶーちゃんは、病室へ連れて行かれた。
三日後、ぶーちゃんの病室に、朗報が届いた。
ひき逃げの犯人が捕まったのだ。
ぶーちゃんだけでなく、ぶーちゃんの家族、五年一組のクラスメイトまで、喜んでくれた。
「やーいやーい、ぶーちゃんにひどいことしたからだ。」
「犯人なんて、死んでしまえ。」
「『死んでしまえ』なんて言っちゃだめだよ。」
ぶーちゃんは、絶えず笑顔であった。
更に四日後、ぶーちゃんは退院することができた。
打撲の痛みもなくなり、骨折もなおったのだ。
そこへ、ひき逃げの犯人が手錠と腰縄をされて、やってきた。
「あの・・・その・・・誠に申し訳ありませんでした!」
ひき逃げの犯人は、深々と頭をさげる。若干言葉がつまるところが、ぶーちゃんに似ている。
ぶーちゃんが言った。
「いいですよ。僕の体もなおりました。」
なんとやさしいことか。自分をこんなに怪我させた、にっくきひき逃げ犯人であるはずなのに、ぶーちゃんは全く怒りもせず、やはりずっと笑顔であった。
それからしばらくして、ぶーちゃんが病院の出口から出たとき、外にたくさんの五年一組、いや、五年生全員の生徒と、校長先生や、担任の先生が来ていた。そして、みんなで声をあわせて言った。
「中田反吉くん、退院おめでとう!」
「ありがとう。」
ぶーちゃんは、涙を出しながら言った。