第3話:学校の怪談
ここ今治小学校では、二時間目が終わったあとの休み時間のことを「今治タイム」といい、普段の休み時間より10分長い。そのため、先生の説教や授業が多少延びても、運動場へ遊びに行くことができるのだ。
シンベエは、今日の今治タイムでは、運動場に降りなかった。なにやら、教室のすみっこで、ぶーちゃん達と話をしている。
「なあ?確かめてみようぜ。」
「うーん・・・ぼく、こわいよ。」
「ぼくも反対だな。だいいち、先生に見つかったら、どれだけ怒られると思っているの。」
「だ・か・ら、見つからないように行くんだよ。夜中とかなら、先生もいないだろう。」
「でも、お父さんたちに何を言ったらいいんだよ。」
「夜中にこっそり抜け出すのさ。」
「ええ・・ぼく、そんなことできないよ。」
「いいからいいから。これも『学校の怪談』を確かめられるいい機会なんだし。行こうぜ。」
「しかたないなあ。今日だけつきあうよ。」
「ええ?ホーリーちゃんも行くの?じゃあ、ぼくもいこうかなあ・・・・」
「よし!決まり!今日の夜中二時に集合な。」
どうやら、「学校の怪談」とやらを確かめるために、夜中に学校に潜入するようだ。
その日の夜一時半、シンベエはこっそり家を抜け出した。
そして、なるべく音がならないように玄関のドアをあけると、小さな声でこういった。
「母ちゃん、父ちゃん、行ってきます。」
その十分後、ホーリーとぶーちゃんは同時に家を出た。
一階で待ち合わせする予定だったようだ。
ホーリーとぶーちゃんは、自転車にのり、並んで走りながら今治小学校を目指した。
ホーリーとぶーちゃんが今治小学校へつくと、シンベエはもう既に中に入っていた。
「お前ら遅いぞ。ほら、校門の隙間から中に入れ。」
やせているホーリーはくぐりぬけることができたが、ぶーちゃんがくぐりぬけるのには、ちょっと苦労した。
やっとのことでぶーちゃんも通り抜け、三人は四階のすみっこにある音楽室へと向かった。
歩きながら、シンベエは言う。
「夜中の二時から三時ごろに音楽室のピアノを弾くと、弾くのをやめてもピアノは引き続けるらしいんだ。まずそれを確かめにいこうぜ。」
「こわいよ〜。」
「大丈夫だよぶーちゃん。物理的にこんなのありえないもの。もし本当だったとしたら、鍵盤が勝手に動く特殊なピアノなんだよ。」
こんなことを言っているうちに、四階についた。
シンベエが、おそるおそる音楽室のドアをあける。
ギィ〜・・・不気味な音がして、ドアがゆっくりと開いた。中をのぞいてみると、真っ暗で、かなり不気味だ。こんなときにピアノを弾くのは、少々気がひける。
ピアノをちょっとだけ弾くことのできるホーリーが、ピアノを弾くことになった。
「ちょっと気がすすまないけど、弾いてみるよ。」
ホーリーはおっかなびっくり、ピアノを弾いてみた。
三十秒ほどの短い曲を弾いて、おそるおそる指の動きをとめてみる。
・・・・何も音がしなかった。ホーリーたちはほっとして、音楽室を出る。
「怖かったー。ホーリーちゃんが指を鍵盤からはなしたとき、心臓がとまるかと思ったよ。」
「なーんだ。つまんねーや。」
「これで、音楽室の怪談はうそだということが証明されたね。」
こう話しながら音楽室のドアを閉めた時。
ド
「あれ?今、ハ音が聞こえた気がする。」
「ハ音って何?ホーリーちゃん。」
「ハ音っていうのは・・・まあ簡単に説明すると、ドの音だね。」
「そうかー?おれはきこえなかったきがする。」
レ
「ほら!またきこえた!」
「ぼくもきこえた!シンベエちゃんはきこえなかったの?」
「え?おれは別に・・・」
ミ
「・・・こんどはホ音だ。」
「うわああああ。またなったよ。こわいよ〜。」
「おれも聞こえた。ちょっとピアノ確認してみろよ。」
「ぼくはこわいからそんなことできないよ。」
「ぼくも確認したいけど、やっぱり怖いなあ。」
「ホーリー、理屈っぽいこと言ってたわりには、怖がってるじゃねーか。」
「いや、こんな非現実的なことがおきたら、誰だって怖いと思うよ。」
「ヒゲンジツ?なんじゃそりゃ。」
「ありえないようなことって意味。」
「ホーリーは難しい言葉ばっか使うんだから。」
ファ
「これは絶対怪しいね。三人で入ってみようよ。」
ソ
「うわあああ。だんだん音のなるテンポが早くなってきてる。」
ラ
「入ろう。」
シ
「もう少しで二回目のハ音だ。」
ド
最初になったドの音より、一音高いドの音がなった。
それと同時に、ホーリーが音楽室のドアを開ける。
ドアの不気味なきしみ音が、三人を怖がらせる。
三人はピアノを確認してみる。いくら待っても、音はならないようだ。
「いったい何が原因でなったんだろう?」
「これが怪談なんだって。ホーリーは、なんでもかんでも『原因』とか『科学的』とかつけすぎだ。」
「うん・・・でもぼくは、怖かったよ。」
「とにかく、こんな不気味なところには居てられないから、次の怪談のところへ行こうよ。」
「ああ、そうだな。次の場所はっと・・・家庭科室だ。まわりが暗くなっている時に家庭科室のドアを開けると、女のひとの泣き声がきこえるらしい。」
「ふ〜ん、じゃあ行ってみようか。」
そうホーリーが言ったとき、レの音がきこえたような気がした。
「早く行って、早く終わらせようよ。」
三人は、階段をかけおりた。
音楽室の真下にある家庭科室の前についた。だが、誰もドアを開けたがらないので、誰がドアをあけるか、公平にじゃんけんで決めることにした。
「さいしょは・・・」
「パー!」
「あっ!シンベエちゃんずるい!さいしょはグーだよ!」
「えー?おれは今までずっと、さいしょはパーをだすんだと思ってたんだけどなあ。」
「シンベエくん、きみ、昨日おにごっこの鬼を決めるとき、さいしょグーを出さなかったっけ?」
「えっ。あっ。いやー、あのときは、『さいしょは・・・』の一連がないかと思って、だそうと思っていたグーを出したんだ。」
「とにかく、もう一度じゃんけんするよ。」
「さいしょは・・・」
「グー!」
「いんじゃん・・・」
シンベエとぶーちゃんはグー、ホーリーはチョキを出した。
「あっ、ホーリーちゃんの負けだ。」
「しかたないなあ。開けてあげるよ。」
ホーリーは、おっかなびっくり、家庭科室のドアをあけた。
・・・何の音もしない。家庭科室の怪談は、どうやら嘘であったようだ。
「なんだ、つまんねーの。」
シンベエがそう言った時。
シクシクシク・・・
とても小さな、若い女の人の泣く声が聞こえた。
「お、おい・・・」
「うん・・・」
「逃げよう・・・」
「うわーっ!」
三人は、全速力で走った。
家庭科室からだいぶはなれ、三人は走るのをやめた。
そこで、シンベエが口を開く。
「後はトイレの怪談だけだ。午前四時四十四分四十四秒に、四階の西にある男子トイレの、前から四番目の個室に入ると、トイレから手が出てくるらしいんだ。」
「わー、それこわいね。でも、さすがにそんなことはないと思うよ。」
「だけれど、さっきまでの二つの怪談は、全部本当だったじゃないか。あんなの、ありえないと思ったんだけどね・・・」
「そのトイレに行ってみようぜ。」
シンベエは、走って階段をのぼっていったが、ぶーちゃんとホーリーは、少し疲れたようすで、かなり遅いスピードで階段を一段ずつ、ゆっくりとのぼっていった。
三人は、四階の西にある男子トイレに入ったが、ぶーちゃんとホーリーはおじけづいたようすで、必然的にシンベエが個室に入ることになった。
しかし、今はまだ夜の二時半。三人は二時間以上待つはめになった。
四時四十四分三十秒になった。シンベエは、個室に入る準備をする。
四時四十四分四十四秒。シンベエは、ものすごい勢いで、個室に入った。
だが、何もおきない。
「なんだ、何もおきないじゃないか。」
「おっかしいな。おれは、一番ありえそうだと思ったんだが。」
「いや、物理的に考えると、一番ありえないじゃないか。」
「それを言ったら、家庭科室のあれや音楽室のあれだって、物理的におかしいじゃん。」
シンベエがそう言ったとき、後ろから男子の笑い声がした。
「クククク。お前ら、まんまとだまされたな。」
「はあ?」
「音楽室のピアノも、家庭科室の泣き声も、全部俺たちがやったのさ。」
笑い声の主は、西田良一だった。周りにも、数人の男子がいる。
「お前たちが、今治タイムに夜中に学校に侵入することを話してたの、きいてたんだよ。それで、おどかそうと思ったんだ。」
「だけれど、音楽室にも、家庭科室にも、誰もいなかったよ。それに、家庭科室の泣き声は、女のひとの声だったし。」
ぶーちゃんが言う。
「ふふ、泣き声は、こいつが言ったのさ。」
西田は、後ろにいた中森伸介をあごでしゃくる。
「ぼくの声、とても高いから・・・。だから、女に、きこえるんだよ。」
「誰もいなかったのは、何故?」
「ふふふ、お前ら、暗いから気づかなかったんだよ。」
「なんだ、つまんねえの。」
次の日、シンベエたちは親にうんとしかられた。
どの親も、夜中に抜け出していたのを見ていたらしい。
更に、シンベエたちは、学校でも先生に、西田たちごとうんと説教された。
シンベエたちは、夜中に学校に侵入することが、いかに悪いことであるか思い知らされた。