第2話:盗まれたゲームソフト
桜の花びらがたくさん落ちている校門を通り、今日もシンベエ、ぶーちゃん、ホーリーは一緒に帰っていく。
途中でぶーちゃんとホーリーに別れをつげたシンベエは、全力疾走で家へ向かう。
今日は、新しいゲームの発売日。貯金箱を割って、ゲーム屋へ買いに行くのだ。
家へついたシンベエは、貯金箱をかなづちで割った。中には、五百円玉が十二枚。ゲームを買うには、十分だ。
シンベエは急いで自転車に乗り、信じられないような猛スピードで、ゲーム屋へと向かった。
ここから、ゲーム屋は遠い。なにしろ、電車を二駅ほど乗って、やっと行けるほどなのだ。だが、電車賃がかかると、ゲームが買えなくなるかもしれない。自転車で行けなくもない距離なので、シンベエは自転車を使ったのだ。
三十分ほどペダルをこいでいると、大きなスーパーのようなゲーム屋が見えてきた。あそこだ。
ゲーム屋の前に自転車をとめ、エスカレーターで三階まであがる。あったあった。これが、今日発売された、「ドラゴンRPG」というゲームだ。
パッケージを持ち、狭い店内なのにもかかわらず全力疾走で一階まで行き、レジの前に置いた。
「これ、ください。」
「五千八百円です。」
電車に乗らなくてよかった。シンベエの最寄駅からゲーム屋の最寄駅まで電車を使うと、電車賃が百五十円かかるのだ。行きは乗れるが帰りは歩いていかなければならなくなる。そうすると、家に戻る事が出来るのは夕方ごろになり、家に帰った途端に母ちゃんに怒られていただろう。
そう思いながら、シンベエは五百円玉を十二枚、店員に渡す。
店員は、一瞬呆れたような顔をした気がするが、シンベエは気にせず、パッケージを奪うかのように取り、大急ぎで自転車にまたがると、これまた家へ向かって信じられないスピードで走り出した。
家に帰ったシンベエは、ゲーム機にさっき買ってきたゲームソフトをセットすると、ピコピコやりだした。
この「ドラゴンRPG」というゲームは、主人公の「ゆうしゃ」が、様々なモンスターと呼ばれる敵を倒していき、お金と経験値をゲットする。そうして、「ゆうしゃ」は買い物をすることができたり、レベルアップできたりする。といった内容だ。
だが、難易度は相当高いらしく、シンベエは若干いらついていた。
「ああ。またおおなめくじにやられた。これ、勝てるわけないだろ。」
「シンベエ、夕ごはんよ。」
下の方から母親の声がする。もう夕ごはんの時間か。ゲームをやっていると、たつ時間が早いものである。
「ちょっとまってー。いまいくー。」
シンベエは「ゆうしゃ」を「しんぷ」に話しかけさせて、「セーブ」をしたのちゲームの電源を切り、階段をかけおりてダイニングへと向かった。
「今日の夕ごはんは、ステーキよ。今日は父さんの給料日だから、ちょっと奮発しちゃった。」
「おお!ステーキかー!そいつはいいね。」
「はは、ちょっとつらいな。父さん、あんまり給料高くないんだ。」
「あら、それでも五十万ももらったのなら、上出来じゃない。」
「そうか。そうだな。今は金のことを忘れて、思いっきり食べよう!」
「いただきまーす。」
三人はそういうと、とても大きい、霜が降っているサーロインステーキを、ナイフを使って切ったりもせず、フォークで刺すと、ほおばりはじめた。
「そうだ母ちゃん、おれ今日新しいゲームソフト買ったんだ。」
「よかったわね。今回も、『アールピージー』っていうものを買ったの?」
「そうだぜ。おれ、RPG大好きなんだ。」
「そうなのー。そんなにおこづかいあげてないつもりだけど、案外買えちゃうのね。」
「父さんの少ない給料で、こんなステーキだって、買えちゃったのと、同じだな。」
「父ちゃんの給料、やっぱり少ねえの?じゃあ、ゲームを買ったり、ステーキを食べたりしちゃあ大丈夫じゃないんじゃねえの?」
「ふふ。お父さんの給料は、結構いいわよ。とはいっても、普通のサラリーマンと同じくらいだけど。それでも、ステーキくらいなら買っても大丈夫だわ。」
「それに、子供はいっぱい遊ばなきゃいけないんだ。お金のことなんか心配せず、そのゲームをうんと楽しみなさい。」
「うん、わかったよ、父ちゃん。母ちゃん。このステーキ、おいしいぜ。」
「そうだな。ハハハ・・・。」
「そうだ、今日学校で『将来の夢を考えましょう』って授業があったんだぜ。それで、他の奴等の考えた将来の夢が面白いんだ。」
「どんなのがあったの?」
「えっと、おれは『野球選手』っていったんだ。で、ぶーちゃんは、『グルメリポーター』だって。ホーリーは、『弁護士』になりたいらしい。」
「へえ、堀田君は弁護士かあ。そりゃあすごいねえ。グルメリポーターも、楽しそうでいいじゃないか。」
「それで、安治は『開業医』で、大次郎は、『サッカー選手』だった。」
「まあ、安治君は開業医なの。すごいわねえ。」
「開業医って意味、おれは知らないんだけど、どんなの?」
「自分でクリニックをひらくの。ほら、この辺に『安田クリニック』ってあるでしょ。ああいうの。」
「でも、それですごいんなら、パン屋や、ケーキ屋も、すごいんじゃないの。」
「開業医は給料が桁違いなのよ。」
「どれくらい?」
「お父さんの五倍以上。」
「それ、本当にすごいじゃないか。安治って、結構いい夢もってるんだな。おれも開業医になってみようかな。」
「ふふっ、あなたの学力では無理よ。」
「母ちゃん、いくらなんでもそりゃないよ。」
「ごめんなさい。冗談よ。人間、何事だってやりたいことを目指して努力すれば、そのやりたいことは大抵できるもの。」
「ふーん。」
会話がこの辺まで進んだところで、シンベエはステーキをほとんど食べていた。
次の日、学校から帰ってきたシンベエはとんでもないことに気がついた。
「ゲームが・・・、ない、ない、なくなってる!」
シンベエのゲーム機が、全てそっくりそのまま消えているのだ。
母親が捨ててしまったと思ったシンベエは、さっそく母親に問い詰めた。
「母ちゃん!いくらなんでも捨ててしまうなんてひどいぜ!」
「え・・・?なんのこと?」
「母ちゃん、ゲーム捨ててしまったんでしょ!おれ、あのゲーム気にいってたのに。」
「はい?ゲームなんて捨ててないわよ。」
「もういいよ!母ちゃん!そんなにしらばっくれることいのに・・・」
「あ、わかった。あんた泥棒に入られたんでしょ。」
「泥棒・・・?何いってんだよ母ちゃん、この世にゲーム機だけもっていく泥棒なんているもんか。」
「わかんないわよ。よっぽどゲームが好きだけど、お金がなくて買えない人が、もっていったのかも。」
「母ちゃん!泥棒に入られたと思ってるのなら、どうしてそんなに落ち着いているの!」
「え・・・いや、あせっても駄目でしょ。」
「とにかく、警察に電話してよ!」
「警察ねえ・・・もし、泥棒じゃなかったらどうするの?」
「母ちゃんが泥棒っていったんでしょ!電話して!」
「はいはい。わかりました。だけど、そんなに怒らないでちょうだい。こっちまで不機嫌になるわ。」
「ごめん・・・母ちゃん・・・」
シンベエがそう言ったとき、母親は既に電話の受話器をとっていた。
「もしもし・・・ゲーム機が盗まれたみたいなんですけど・・・」
「ゲーム機が?他のものは大丈夫だったんですか?」
「ええ、ゲーム機だけがそっくりそのまま盗まれたんです。」
「不思議なこともあるもんだ・・・とにかく、お宅にお邪魔させてもらいます。」
「はい。ありがとうございます。」
母親が言い切らないうちに、向こうで電話を切った音がした。警察は、よっぽど忙しいのだろう。
「信二、警察のひとが来てくれるそうよ。」
「そうか、そりゃあよかった。」
シンベエは、それだけですっかり安心し、子供部屋に戻ってコミックを読み始めた。
コミックを読んでいる途中、下でピンポンの音がした。警察だろう。だがシンベエは出ず、母親が警察に事情を話した。
次の日、シンベエは学校でゲーム機をとられたことを、クラスメイトに言ってまわった。
みんなの反応は、
「ええ?マジで?やばいじゃん。」
「シンベエも大変だな・・・」
といったものが大半であったが、一人、窯元達也だけは違った。
「俺な、昨日ゲーム機盗まれたんだぜ。」
「・・・・。」
シンベエが言ったことについては、窯元は何も言わなかった。
だが、シンベエからは、窯元が少しだけギクッとしたように見えた。
「お前・・・まさか盗んだんじゃないんだろうな?」
「・・・・・ごめん、ぼくが盗んだよ。」
「お前なあ!ふざけんなよ!ボコボコにしてやろうか。」
「ごめん・・・実はね、中学生からおどされてて・・・」
「中学生からおどされるだあ?嘘付け!」
「いや、それが本当なんだよ・・・昨日、きみがゲームソフトを買っていたのを中学生が見たらしくて、通りすがりのぼくにたまたま言ったんだ。『お前、ちょっとあいつのゲーム機奪って来い。』だから、ぬすんだのはぼくだけど、きみのゲームをもっているのは中学生たちだよ。」
「くっそお!中学生のやろうどもめ!絶対に、ボコボコにしてやる!」
「やめといたほうがいいよ。それより、警察に知らせたほうが・・・」
「そうか、じゃあ俺、今日帰ったら交番に言って、警察のひとにそのことを言ってくる。」
「あ、あの、その・・・ごめんなさい・・・。」
「そんなにあらたまらなくてもいいぜ。悪いのは、その中学生どもだ!」
「うん。弁護してくれて、ありがとうね。」
二人は、そこで会話をやめた。
シンベエは、ぶーちゃんとホーリーに別れをつげ、家に帰ってランドセルを廊下に投げ捨てると、真っ先に交番へ向かった。
シンベエは、警察官にそのことを伝えた。
そして、次の日の夕方、朗報が来た。
ピンポンとなったので、母親がでていくと、外には警察官がいた。最初は母親が警察官と話をしていたが、突然シンベエが呼ばれた。
「君、その中学生は、補導されたよ。はい、これゲーム機ね。」
「やったー!とりかえしてくれてありがとう。」
「どういたしまして。では、私はここで戻ります。」
そういうと、警察官は帰っていった。
シンベエは、にこやかな表情で、「ドラゴンRPG」をゲーム機にさしこみ、ピコピコやりはじめた。
「よかった、残ってた・・・」
シンベエのやったデータは、残っていた。だが、作った覚えのない二つめのデータファイルがあった。
「なんだこりゃ?やってみよう。」
始めたとき、「ゆうしゃ」は「おうさま」の前にいた。
『おお勇者よ!魔王を倒してくれたか。これで世界は平和になった。』
上のようなメッセージが出たあと、画面が黒くなり、真ん中に大きく「THE END」という文字が表示された。
「中学生のやつら、ちゃっかりエンディングまでやってやがる。」
シンベエはそう言うと、自分のデータで再びゲームの続きをやりはじめた。