第18話:マラソン大会
「来週の月曜日、マラソン大会がある。これに備えて、よく走りこんでおくように。」
七月中旬、この暑いときにマラソン大会をやらなければいけないらしい。
しかも、学校でやるのではなく、陸上競技場でやるというのだ。
たかがマラソンごときに、そこまでする必要はあるのだろうか。
帰宅途中、シンベエ、ぶーちゃん、ホーリーのおなじみ三人組は、こんな話をしていた。
「マラソン大会かあ。おれ、マラソンは大の得意だぜ。絶対、一位とってやるぞ。」
「マラソンなんかやるより、ふつうの授業をしたほうがよっぽど時間を有効に活用できるよ。わざわざ、陸上競技場でやりたくないよ。」
「ううん、ぼく、走るの苦手だから、嫌だなあ。」
「なんだよお前ら。陸上競技場でやるなんて最高だし、走るの苦手でもマラソンは楽しいじゃん。」
どうやら、シンベエには他人の気持ちがわからないようだ。
「それなら、シンベエくんは、勉強をやることを楽しいと思っているのかい。」
「勉強と、マラソン、関係ないだろ。」
「でも、ぼくらにとっては、シンベエくんが『勉強楽しいだろ。』と言われているのと同じようなものなんだよ。」
「ぼくは、勉強も嫌い・・・。」
「やれやれ、勉強もスポーツも無理なぶーちゃんは、お先真っ暗だなあ。」
シンベエのことばで、ぶーちゃんの堪忍袋の尾が切れた。
「シンベエちゃん。ぼくは、勉強もスポーツも嫌いだけれど、頑張っているんだよ。頑張ることと好き嫌いは、関係ないんだよ。」
やさしいように見えるが、ぶーちゃんにとってはこれで本気で怒れているつもりなのだ。
「へん。あんなにへたくそなのに、頑張っているわけがないだろ。」
「ぼく、シンベエちゃんのことなんか、だいっきらい!」
ぶーちゃんはそう言うと、走って先に帰ってしまった。
またもや、シンベエはぶーちゃんに嫌われたようである。
「シンベエくん。いくらなんでも、言いすぎだよ。」
「へんっ。そんなの関係ないやい。」
この日、五年一組のクラスメイトのうち、マラソンの練習をしたのは一人しかいなかった。
その一人とは、もう既にわかっているかもしれないが、シンベエだ。
もっとも、シンベエは練習というより趣味で走っているようなものだが。
次の日の朝、ぶーちゃんは昨日のことが嘘のように、シンベエに話しかけた。
忘れっぽい性格なのだろう。
「シンベエちゃん、マラソンの練習、した?」
「したぜ。」
シンベエも、さほど気にしていないようだ。
「ぼくは、してないよ。ホーリーちゃんもだよ。」
「あ、そう。でも、練習の成果は当日にはっきりと出るよな。」
「練習しても、できない子だっているんだよ、シンベエちゃん。」
「ははーん、それで、お前は練習してなかったのか。」
「違うよ。恥ずかしかったから・・・。」
「へんっ、恥ずかしいだけで練習しないなんてもったいないぞ。今日、家に帰ったら、すぐさまおれの家に来てくれ。一緒に練習しようぜ。」
「ええ。ぼく、いやだよう。」
「いいからいいから。練習すれば、きっと順位はよくなるって。」
「う、うん。」
その日、シンベエの家にぶーちゃんが来ることはなかった。
翌日・・・
「おいぶーちゃん、お前、昨日来なかっただろう。」
「だって、用事があったもん・・・。」
「だってもさってもあるか。なんで来なかったんだよ。」
「だから、用事が・・・。」
「用事って、なんだよ。嘘ぬかしてんじゃないのか。」
「ち、違うよ・・・。ピアノ教室があって・・・。」
「なんだ、ぶーちゃんまだピアノ教室に通ってたのか。じゃあ、ピアノ教室が終わってから来ればよかったじゃないか。」
「ピアノを弾くのって、結構疲れるんだよ。そんなの、無理だよ。」
「はあ・・・お前は、『無理、無理』とばっかり言うんだから。何事もやってみなければわからないぜ。いわば、食わず嫌いのようなもんだ。」
「だって、ピアノが終わったあと本当に疲れていたんだもん。マラソンの練習なんて、できっこないよ。」
「しかたねーな・・・。今日は、来いよ。」
「ええ、もしかして、毎日やるの。」
「そうだぜ。」
「だけど、今日はピアノがあるから、できないよ。」
「なんでピアノが二日連続あるんだよ!嘘つくな!」
「ほんとだもん。ぼくの通っているピアノ教室、毎日あるんだもん。」
「へっ、ピアノには毎日通えて、マラソンは無理なのかよ。」
「だって、ピアノは楽しいけれど、マラソンはつまんないんだもん・・・。」
「ってことは、結局一日も練習できないっていうのか。困ったもんだな。」
「そんなことで、困らないでよ。ぼく、マラソンなんてどうでもいいよ!」
「本当に困ったもんだな。」
「もう、ぼく知らない!」
ぶーちゃんは、よほどのスポーツ嫌いなようだ。
この日の夜、もうとっくに日が落ちているころ、シンベエの家にぶーちゃんがやってきた。
「おお、ぶーちゃん。練習しにきたのか?」
「うん・・・・。」
「とうとう、お前もやる気が出たんだな。」
「ねえ、今治公園で走ろうよ。」
「あそこは、狭いから駄目だ。普通の道路で走ろうぜ。」
「ええ、でも、危ないよ。車が来るし・・・。」
「端っこを走れば問題ないさ。」
「うん。じゃあ、早く行こうよ。」
ぶーちゃんは、かなりのろまだ。シンベエが全力疾走で走れば、1秒で1メートルほど差がつくくらいだが、シンベエはぶーちゃんにあわせて走っている。
9キロくらい走ったところで、ぶーちゃんが口を開いた。
「ハアハア・・・もう、無理だよ。走れないよ・・・ハアハア・・・。」
「じゃあ、そろそろ終わりにすっか。」
二人は、ゆっくり歩きながら家へ帰った。
週明け、マラソン大会がおこなわれる日がきた。
五年生の生徒は、電車に乗り、陸上競技場へと向かう。
陸上競技場につくと、さっそくマラソンが始められた。
五年生の全生徒は149人であるから、人数はかなりのものになる。
スタートのとき、一番前の生徒と一番後ろの生徒では約3メートルほどの差があった。
これでは、公平にマラソンができない。だが、先生たちはあくまでも「スポーツに親しむ」ためにやっているようなので、関係ないこと・・・であるとされている。
ようい、スタート。モデルガンの音が高らかになると、五年生の全児童はいっせいに走り出す。
だが、あまりにも人数が多いためか、さっそく転ぶものもでてきた。
ぶーちゃんは、遅いが確実に、前へとつめていく。
マラソンが終わると、順位発表がなされた。
1位は、なんとシンベエであった。よほど、走るのが得意なようだ。
2位から5位までは他のクラスだったが、6位以下の上位はほとんど一組がかざっていた。
ぶーちゃんは、39位とかなりの好成績を残した。
ホーリーは、148位で後ろから2番目と、かなり悪かった。
1位になったシンベエには、表彰状が送られた。
三人は、帰宅途中、こんな会話をしていた。
「ぼく、かなりいい順位で、うれしかったよ。シンベエちゃん、1位だなんて、すごいねえ。」
ぶーちゃんが、シンベエの持っている表彰状をまじまじとながめる。
「ぼくは、順位なんてどうでもいいから適当に走ったよ。」
「へん。努力したものが、いい成績を残せるんだよ。わかってないなあ、ホーリーは。おれなんて、1位だぜ、1位。」
「だから、ぼくははなから順位なんてどうでもいいんだよ。」
「まっ、他人のことなんて、おれには関係ないけどな。」
「シンベエちゃん、もしかして、運動会でも1位をとれるんじゃないの。」
ぶーちゃんが、いきなり話題をかえた。
「はは、そうかもなあ。」
シンベエは高らかに笑った。