対鯨戦艦式ノンアルコール自転車
対鯨戦艦式ノンアルコール自転車のチューニングを終え、俺は達成感と安堵感の混じったため息をついた。大きく背伸びをすると強張っていた背中の筋肉が小さくきしむ音がする。窓へと駆け寄り、カーテンを開いて外を見る。外は晴天で土砂降りの天気。とめどなく降りしだく雨の中、太陽はちょうど南の方角でその光を振りまいており、時計を見るまでもなく今が正午近くであることがわかる。
お腹もいっぱいだし、何か出前でも取ろう。俺はポケットから携帯電話を取り出し、適当な電話番号を入力した。数秒の呼び出し音の後、機械的な女性の声が電話から聞こえてくる。
「はい、こちら勝折電機サポートセンターです。これから流れる音声ガイダンスに従って、質問内容の確定を行ってください」
一方的に言葉を続ける音声ガイダンスに対し、俺は負けじと声を張り上げて出前の注文内容を叫ぶ。
「相対性理論を二人前。急ぎでお願いします」
俺はそのまま通話終了のボタンを押し、電話を切る。そして、手にしていた携帯を真っ二つに降り、それを床に放り投げた。床に散らばった金属片を足で端の方へと追いやりながら、今しがた完成したばかりの対鯨戦艦式ノンアルコール自転車を改めて観察する。
今回作り上げた対鯨戦艦式ノンアルコール自転車は、市場に出回っている既成品と比べて、対鯨戦艦性能をおよそ30%ほど向上させ、それでいてノンアルコールという付加価値を失っていないという代物だった。全国対鯨戦艦式アルコール/ノンアルコール自転車協会はおよそ数年前から、対鯨戦艦式自転車製造業者に対し、従来の標準であったアルコール規格からノンアルコール規格への移行を奨励している。
全国対鯨戦艦式アルコール/ノンアルコール自転車協会の統計調査によると、今現在は約三割ほどにとどまっている対鯨戦艦式ノンアルコール自転車のシェアも、現在進行形でその勢力を拡大させており、五年もすれば対鯨戦艦式アルコール自転車のシェアに追いつくだろうとも言われている。その追い風もあり、対鯨戦艦式ノンアルコール自転車製造に早いうちからシフトした俺の業務依頼も着実に増えてきている。俺は目の前の対鯨戦艦式ノンアルコール自転車の胴体部分をそっと指でなぞり、自分の仕事ぶりに満足げな微笑みを浮かべた。
「性能チェックのテストを行っておくか」
俺は愛用のスパナを工具入れから取り出し、対鯨戦艦式ノンアルコール自転車の横に寝そべった。俺はそのまま固く目をつぶり、心の中で一から百までゆっくりと数を数える。静寂の中、窓の外から聞こえてくる雨の音と、キッチンに置かれた冷蔵庫の駆動音がかすかに聞こえてくる。百まで数え上げた俺は目を開け、手に持っていたスパナを工具箱入れに戻す。
「SSL通信の設定を間違えたかな?」
俺は首を傾げ、目の前の対鯨戦艦式ノンアルコール自転車のもう一度観察する。そして、原因を調べようと弄り始めようとしたその時。部屋に来客を告げるインターホンの音が響き渡った。
「NHKの集金です。ご注文の商品をお届けにあがりました」
インターホンの画面越しに、玄関に立っているスーツ姿の男が営業スマイルを浮かべたままそう告げた。思っていたよりも早かったなと感心しながら、俺は玄関の扉を開ける。俺は男から受領書を受け取り、そこに友達の名前を記入する。そして注文の品が入れられた箱、それと代金二千円をNHKの男から受け取った。男は快活な声で「ありがとうございました」とお礼を言うと、そのまま小走りで去っていった。
俺は原因調査を一旦中断し、届けられた箱を開封する。横にamazonと印字された箱の中には、まるまると肥えた相対性理論が四角いダンボール紙にビニールで貼り付けられていた。俺はビニールを手で破り、相対性理論を手にとって改めて確認する。細い尖頭部分の表面には白い産毛が生え、青紫色の染みからはかすかに熟れた果物のような甘い香りがしている。俺は届けられた相対性理論の数を数える。しかし、何度数えても六本しかない。俺は二人前の相対性理論を注文したので、どう数えてもあと一本足りない。
先程発覚した原因不明の不具合のこともあって、なんだか無性に腹が立ってくる。こうなったらクレームを入れてやらなければ気が済まない。俺は苛立たしげに部屋の棚に入れてあった新品の携帯電話を取り出す。五分ほどかけて七面倒な初期設定を済ませた後、俺はすぐに電話番号を入力し、電話をかける。
「はい、もしもし。どうしたの、こんな時間に?」
携帯電話から、聞き慣れた真奈美のけだるげな声が聞こえてくる。俺は少しだけ間を開けたのち、意を決して告げた。
「長い間待たせてしまって申し訳ない。結婚しよう」
真奈美がはっと息を飲む音がした。そして、少しだけ短い沈黙があった後、ぎりぎり聞き取れるほどの小さな声で「嬉しい」と真奈美がつぶやく声が聞こえた。それと同時に、電話越しに昼休みの終わりを告げるチャイム音が響く。
「返事は?」
「また改めてするわ。もう授業が始まるから行かなくちゃ」
真奈美は少しだけ鼻の詰まった声で「またね」と言い、電話を切った。真奈美は小学校で働いている。彼女の仕事は、授業中の教室に乱入し、児童一人一人の利き手ではないほうの手の指を折っていくというものだ。彼女はこの仕事について、やりがいがないだとか、自分の成長を実感できないとよく愚痴をこぼして入る。しかし、彼女の同僚の話を聞く限りでは、職員や児童の双方から彼女の仕事ぶりは高く評価されているらしい。
俺は携帯を真っ二つにおり、残骸を再び床にぶちまける。俺は相対性理論を一つ手に取り、再び窓際まで歩み寄る。数十分ほど前までは晴天で土砂降りだった天気は、透き通るような青空が広がる曇天に変わっていた。俺は窓を開け、手に持っていた相対性理論を思いっきり外へと放り投げる。その後で、俺は大きく背伸びをし、再び俺の大事な仕事、つまり対鯨戦艦式ノンアルコール自転車の修理に戻っていった。
この物語はフィクションです。一応、念のために。




