れいぞうこ
「暑いー、あつーいー、むーりーふーかーのーう!」
未来の日本が、こんなに暑くなると知っていたら。温室効果ガスの削減に、もう少し真面目に取り組んだのだが。
今や後の祭り、この時代ではニワカエコロジストにすらなれない。
って言うか、エコロジストがいなくても自然はガンガン回復してる。自然やばい。
「なんかこう、このすごく暑いんですけど」
あたしは、店のカウンターに突っ伏しながらうめいた。
「夏も近いしにねー、チカの時代には夏ってなかったの?」
「季節が無いわけないじゃん、キーラ。何言ってるのよ」
キーラは、この時代に生まれたハーフエルフだ。この二十一世紀よりはるかに未来の日本で、薬屋を営んでいる。
「あたしのいた時代より、すっごく暑いの」
私は二十一世紀に生まれた女子高生だ、ちょっと科学工作が好きな平凡な女子高生。
原因は良く分からないけど、この時代に二十一世紀から飛ばされて来た。
今はキーラの店の居候だ。
「統計取ってないけど、先月で五度ぐらい気温が高いの」
「それって五月で二十五度ぐらいって事? 寒すぎない」
キーラは、今が二十五度ぐらいかのように肩を抱くように両手を組む。
「だから、あんなに厚着だったの?」
「この時代が薄着なのよ」
あたしが着てきたのは普通のブレザー、この時代では四月でも厚着の部類にはいる。
ちなみに今は麻を主体にした、ワンピースを着ている。しばらくキーラの服を借りてたが、足の長さがぜんぜん違うのでおはしょりお化けみたいになっていた。
いまは自分用のを買って着ている。
暑いのはまあ困るけど、寒いよりマシなのかな?
「せめて冷蔵庫があればなあ」
あたしは、ボヤきながらキーラの入れてくれたお茶を飲んだ。
ドクダミ茶は香ばしくて、暑くてもおいしい。
気温が高いせいか、人間が衰退したせいか。植生に変化はないみたいだけど、ドクダミがワサワサ生えているの逆に爽快。
「冷蔵庫って爆発する?」
「うー! しない、しない」
あたしは、またうめいた。
あたしは先月、炭酸水を作ろうとしてガラス瓶を大爆発させた。
それ以来あたしが何か言うたびに『爆発』しないかキーラは聞いてくる。最近は、ほとんど条件反射で言っていような気がする。
「爆発はしないけど、ちょっと取り回しがね」
「難しいの?」
「ペットボトルが無いとね……」
電源不要の冷蔵庫は、意外と簡単に作れる。水が入っペットボトルを、黒く塗る。これを大量に大量に作る。
後は断熱処理をした箱と組み合わせて、ペットボトルを放熱させることで食品を冷やすことが出来る。
「ぺっとぼとる?」
キーラが竹筒を手に小首を傾げる。
「うん、それ、惜しいな」
どうもキーラは、水筒をペットボトルと呼んでいると思っているようだ。
「でもガラス瓶じゃダメなの?」
「ガラス瓶だと、大量に使うと割れた時危ないし」
「爆発する?」
「しねええよ!」
ちょっと切れ気味に答えて、ちょっと疲れる。
ぐったりしながら、水差しから水をくむと一息に飲み干す。
陶製の水差しの水は、幾分か冷たかった。
「あー気化熱の応用ね、昔の人は偉いなー」
「チカ昔の人じゃん」
自然を応用した仕組みに感心していると、キーラが混ぜっ返した。
「人をお年寄りみたいに言うのやめてー」
頭を抱えていると、ふと思い出すことがあった。
店の奥にある住居スペースから、ノートを持ってくる。これは、二十一世紀から持ってきた普通のノートだ。
ちなみに、この時代のノートは大福帳みたいになっているので使いやすくは無い。
「たしかこの辺に」
ノートをめくると、無電源の冷蔵庫についてのメモがあった。
「なになに? 今度はなに?」
キーラが、ニコニコしながらノートをのぞきこんだ。
「これなら、安全に冷蔵庫が出来る!」
しばらくは爆発って言わせない!
「チカ? また爆発か?」
前回、炭酸水づくりを手伝ってくれたドワーフのミカが開口一番『爆発』ネタをフってきた。
「しない、爆発、しない」
なんか妙に片言になりながら、あたしは答えた。
どいつもこいつも、爆発言いたいだけだろ?
「それで、今日はなんだ?」
「大きい壷と小さい壷が欲しいの」
あたしは、ノートを見せながら無電源冷蔵庫の作成方法を説明した。
「ふむ、爆発はしなそうだな」
ミカは長い髭をしごきながら、おおよその事は理解してくれた。
「面白そうだ、ちょっと待ってろ」
ミカはそう言うと、工房の奥に消えていった。
ミカの工房はショッピングモールの奥、昔はレストラン街だった場所にある。
ここは水道管やガス管が残っているので、ミカみたいに『よろず工作』をやっている人には便利なようだ。
そう言えば、地理的ににはここは日本のはずなので、日本語が通じる。
でもミカは北欧系の名前だよね。
文化的には日本じゃないのかな?
「おーいこれでいいか?」
あれこれ考えていると、ミカが大八車に大小の壷を乗せて運んできた。
ありがたいことに、小さい方には釉薬がかった陶器の壷だ。
「あーありがとう!」
「ついでにちっこい方にはドライアイス入れておいたぞ」
「マジ! ありがとう!」
これで予冷もばっちりだ」
「おもしろそうだ、持っていってやる」
ミカが、嬉しい申し出をしてくれた。
「えー、いいの?」
「今日は暇だし、かまわんよ」
正直、壷を二つも持って帰るのはちょっと無理。
現役? 女子高生だし。
もう、学校には行ってないけど。
ミカが大八車を引く横で、あたしはさっきの疑問を口にした。
「ミカって文化的には日本とは違うの?」
「そうじゃな、わしらは大神オーディンを中心とした神話を持っておる。この国の人間が進行しておる八百万の神とは別じゃ」
予想通りだけど、じゃあ彼らはどこから来たのか?
「北の国から海を越えてご先祖様たちはこの国に流れ着いた、だがどうして来たのか? なぜ根付いたのか? はワシにはわからん。長老か神官なら知っておるが」
「記録が妙に断絶してるしね」
どうもこの時代と二十一世紀は地続きなのだが、記録があちこち断絶しているようだ。東京の公文書館みたいな所ならもしかしたら残っているかもしれないが。
あれこれと考えながら、歩いているとキーラの店についた。
「ただいまー!」
「おかえりチカ。あれ、ミカも一緒?」
店の奥からキーラが顔を出した。
「壷運んでもらっちゃった、助かる助かる」
「これくらい朝飯前だわい」
大八車から壷を下ろしながら、ミカは答えた。
「このあたりでいいかの?」
「いいよー」
ミカは店の隅にある水受けの上に、壷を下ろした。
普段は使っていないので、キーラも壷を置く許可をくれた。
「そいじゃ、はじめますか」
あたしは腕まくりをすると、大きい壷の深さを測る。 ここで大きさを測っておかないと、後々めんどくさい。
続けて大きい壷の底に砂を入れる。
小さい壷と、大きい壷の口が重なるぐらいに砂を入れて高さを合わせる。
小さい壷を大きい壷に数回出し入れしながら砂の高さを調整する。
事前に高さを測っておいたので、そんなに手間はかからなかった。
底の砂を敷き終わったら、大きい壷に水を入れる。分量は、砂が水を吸いきれなくなるまで。
ザブザブ入れる。
「後からじゃ、いかんのか?」
あたの作業を眺めていたミカが、不思議そうに聞いた。
「後でもいいけど、先に入れた方が楽なの。小さい壷を入れた後だと二つの壷の隙間に水を入れるからやりにくいの」
あたしはノートのメモを思い出しながら答えた。
改めて小さい壷を大きい壷に入れると、今度は小さい壷を固定するように周りに砂を敷き詰める。
隙間が出来ると、うまく冷えないのでぎっちぎちに詰める。
「土でもできそう?」
面白そうにキーラが言う。
「土だと隙間が出来やすいんじゃないかな? 保水は土の方がしっかりしてそうだけど」
あたしは、汗をふきながら答える。
これ結構な重労働だ。
砂を詰めて、隙間がなくなったら。また水を入れる。
この時小さい壷に水が吸い取られると困るので、小さい壷は釉薬をかけた陶器がいい。
砂が水を吸いきれなくなったら、小さい壷にガラス瓶に詰めた麦茶とか、小玉のスイカを入れる。
「これも頼む」
ミカがどこから出したのか、瓶づめのビールを取り出す。
「あー、これがあるから」
ミカも結構、ちゃっかりしている。
最期に、ぬらした麻布を壷の口にかけてやれば完成。
「簡易冷蔵庫のできあがり!」
あたしの宣言に、オーディエンス……といっっても二人だけど……が拍手をする。
「これで本当に冷えるのか?」
ミカが期待に満ちた顔で言った。
「もちろん、水が砂から蒸発する気化熱でばっちり冷えるわ」
今回は爆発もしないので、あたしも自信まんまんだ。
「で、どれくらいかかる?」
「とりあえず、一昼夜。砂が乾かないように水を入れ続けて様子を見るとして」
あたしは壷を触りながら、答える。
「気化熱って?」
キーラが、物珍しげに壷を眺める。
「気化熱ってのは、水が蒸発する時に物から熱を奪っていく現象なの。つまり、この砂から熱を奪って行くの。で、砂が冷えてその中の壷が冷えて、小さい壷の中の冷えるって仕組みなの」
「冷える?」
キーラが、頭の上にいっぱいハテナマークを乗っけた。
「熱が出たら濡れた布を、頭に乗せて冷やでしょ? つまりはそう言う事」
「はー? 何となく分かった」
キーラが何となく、と言う顔をした。
熱力学の法則とか言い出しても、良く分からないのよね。
「まあ、一晩待ってちょうだい」
「おしいしい、冷たい!」
「うまい!」
一口飲んで二人は同時に声を出した。
「でも、井戸水でも同じ事出来ない?」
キーラが、当然の疑問を口にした。
「井戸水だと好きな時に使えないじゃない、これなら好きなときに使えるじゃない」
「そうじゃな」
ミカが、髭をしごきながら頷く。
「壷を増やせば、増やしただけ冷やせる訳か」
さすがミカは、飲み込みが早い。
「スイカ切れたよ」
キーラが、スイカを切り分けてくれた。
「おー、スイカも冷えてる」
あたしは、スイカを一切れほおばった。
これなら、十分に実用に耐える物が出来た。
麦茶とスイカ、夏休みの定番の組み合わせ。
夏っぽいなあ。
シャクシャクとスイカを食べながら、季節感に浸っていると。いつの間にか、ミカが居なくなっていた。
「あれー、ミカ帰っちゃった?」
「なんか用を思いだしちゃったって」
キーラも、スイカを食べながら答えた。
「ふーん」
まあ、いっか。
二人スイカを食べ終わって、まったりする。
久々に冷たいものを食べて、飲んで良いもの作ったなあ。と自画自賛していると外からガチャガチャと音がした。
何事かと思って、外を見ると大八車に大小の壷を乗せたミカが立っている。
「チカ、ワシにも作ってくれるかのう?」
ざっと十個以上ある壷を見せて、ミカは言った。
「むりー!」
あたしの悲鳴は、夏の青空に溶けていった。
了