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008

 


 世良いつきは活発な少女だった。

 生徒の中では最年長の中学三年生で、明るい笑顔でみんなを引っ張っていたのを良く覚えている。

 彼女はあらゆることに精力的に取り組んでおり、そんな様子を見て感心したものだ。


 そんな彼女と、俺は体育館で締めの作業に取り掛かっていた。


「ささっ、早く終わらせちゃいましょう! 明後日には本番、明日はリハーサル。休んでる時間はありませんよ、先生」


「そうは言うけどな、世良さん。こうも暑いと気力も無くなるって」


「あれ、先生ってもしかしてインドア派ですか? だったら大丈夫です、体育館もインのドアですから、日差しが無い分暑さもマシですよ」


「どういう理屈だよ、それ。本当のインのドアにはエアコンという神器があってだな……。と言うか、これ大丈夫なのか? こんな暑さだと年配の方とか倒れるんじゃ……」


「大丈夫ですよ。本番中にはおっきな扇風機を回しますし、第一この辺りのおじいちゃんおばあちゃんは畑仕事で暑さには慣れてますからね。下手すれば先生よりもタフなんじゃないかと」


 マジかよ、凄まじいな、農家って。

 貧弱な自分が情けなくなってくるわ。


 つーか、マジで暑い。汗が止まらん。


「大丈夫ですか? ちゃんとタオルは持ってきた方がいいですよ。はい、私ので良ければ」


 そう言って、俺にタオルを差し出してくれる世良さん。


 ……いや、すっげーありがたいけども、受け取れないよな?

 犯罪スレスレじゃない? もはや犯罪じゃない? 女子中学生のタオルをもらうとか、なんか罪悪感すごいけど。

 ……俺の思考回路がヤバいだけとかじゃないよな?


 ともかく、流石に受けとれないな。


「いや、いいよ。保健室にタオルがあったはずだから、そっち取ってくる。世良さんの分も持ってこようか?」


「そういう事なら一旦休憩にしましょうか。私もついていきますよ、水が欲しいと思ってましたし」


 世良さんの提案をのみ、俺たちはひとまず体育館を後にした。

 保健室に立ち寄り、タオルで一通り全身の汗を拭きとり、備え付けの古いクーラーで火照った体を冷まして、校外にある自動販売機に向かった。


 その間も他愛ない会話は繰り広げられ、ただ間を繋ぐためだけの言葉が交わされていた。

 それでも会話が途切れないだけマシだと思いながら、俺も気を抜いて歩いていた。


 けれど、不意に溢した俺の疑問で、その会話は途切れた。


「どうして、世良さんはそんなに頑張るんだ?」


 質問に答えずに足を止めた世良さんを見て、すぐに失言を悟った。


「ごめん、答えたくなかったら答えなくていいから……」


「……いえ、そういうわけではなくて。正直、戸惑ってるんです」


 一呼吸おいて、世良さんは話し始めた。


「私は、将来の事とかよく分かりません。将来どうなりたいとか、どう生きたいとか、考えたこともありません。でも、思うんです。明日は今日より、楽しい日にしようって。多分、劇をやりたいと思ったのも、そんな考えがあったからです」


「……良いと思うよ?」


「でも、どうしてか、今は違うんです。そうじゃないんです。何も変わってないはずなのに、何かが変わってしまっていて、戸惑ってるんです。……私、本当に頑張れていますか?」


 ……そうか、世良さんは分かってるのか。

 多分状況を全部飲み込めてるわけじゃないだろうけど、生徒が消えていっていることには気づいてる。

 でも、そればかりは俺にはどうしようもないし。というか、世良さんだって死ぬんだし。


 ……申し訳ないけど、ここは適当にごまかすか。


「世良さん、大丈夫。世良さんは今、緊張して不安になってるだけだよ。何にも変わらない日なんてないんだから、おかしなことなんて何も無いんだよ」


「そう、ですか?」


「そうだよ」


 相手はまだ子供だ、不安になることはよくある。

 こういう時には大丈夫だ、と一言かけてあげるだけでいい。


 俺の思惑通り、世良さんはひとまず納得したように数度頷いた。

 その様子からはまだ戸惑っているのが伺えたけど、それ以上は何も言わなかった。

 何か……言えるような偉そうな立場でも無かった。


 やがて、体育館の前までたどり着いた。

 あれ以降会話も無く、世良さんとの間にある空気はやや悪い。

 これは一種の罰なんだと自分を戒めて、俺はその沈黙に耐えていた。


「先生は、明日自分が死ぬって分かったら、今日をどんな風に生きますか?」


「…………」


 咄嗟のことに、何も答えられなかった。

 どうしてそんなことを聞くのか? 本当は自分の運命に気が付いているのか?


 聞きたいことは山ほど浮かんできたが、そのどれも言葉として口から出ることは無かった。


 世良さんは俺の答えを待つことなく、次の句を継いだ。


「私は、昨日と同じ一日を繰り返すと思います。何でもない毎日を、なんでもなく過ごすんです。多分、それが私の幸せなんです」


「お、俺は……」


「あ、無理に答えなくていいですよ。こういうのは、パッと浮かんだものが答えなんです。考えて出したものは、本音とはちょっと違うと思うんですよね、持論ですけど。だから、答えなくていいです」


 そういって、世良さんは、目一杯の作り笑顔を、俺に向けた。


 ――その日、世良いつきは息を引き取った。




『どうして、私たちを選んでくれ―――たの?』





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