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007

 


 西方圭人は真面目でいて、変わった奴だった。


 歳は古森と同じ中学二年で、彼とも親しいようだった。

 趣味はピアノを引くことらしく、劇中でも圭人が演奏する場面が多々ある。

 リハーサルの際に圭人の演奏を聞いて、素人の耳でありながら圧倒されたものだ。


 そんな圭人と、俺は今学校からの帰路についている。


 俺の寝泊まりは学校の休憩室でしているのだが、練習が長引いてしまって日が暮れてしまったため、圭人を家まで送る役目を引き受けたのだ。


 そんな道中を歩いているわけ、だけど…………、


「一目見た時から好きでした、付き合ってください!」


 なぜか俺は、圭人から告白を受けていた。


 ……っと失礼、『なぜか』なんて枕詞を付けたけど、実は双方合意の上なんです。


 言い出したのは圭人の方で、なんでも近々告白するつもりらしく、その実験だ……おほん、感想を聞かせてほしいんだとか。

 はじめはなんで俺が……なんて思ってたが、頼りになりそうな友達は俺が殺し、身近な人に相談するのは恥ずかしかった故の選択だったと思うと、まあ断れないよな。


 深い関係でもなく、浅い関係でもないちょうど良い立ち位置ってやつだろう。


 そんなわけで、俺は悩める少年の恋愛相談を受けていた。


「その、一目見た時から、って言葉はどうなんだろうな? よく聞くフレーズではあるけど、暗に相手の中身は見てませんっていうようなもんじゃないか?」


「い、いや、そんなつもりじゃ!」


「分かってる分かってる。ただ、そうも受け取れるって話だ。特に幼馴染みたいに距離の近い相手に告白するときにはな?」


「な、なるほど。参考になります」


 いや、俺も知らんけどもな?

 記憶が無い以上恋愛経験なんてあっても覚えてないし。


「そうだ、ピアノを弾くなんてどうだよ? かなりキザっぽくはあるけど、圭人くらい上手けりゃ魅力の一つにはなると思うぞ」


「……そっか、それがあった」


 俺の言葉を聞いて、圭人は雷に打たれたようにその場に立ち尽くした。


「……実は、僕がピアノを始めたのもその人がきっかけなんです。その人が弾いてる姿を見て、僕もあんな風になれるのかなって始めたんです」


 ほう、いいじゃないのか?

 ピアノを知っている人なら、尚更圭人の実力が分かるだろう。

 それは大きな加点になるんじゃないだろうか?


「……でも、彼女はやめちゃったんです。もう数年、彼女のピアノは聞いていない。だから、少し不安です。僕が弾いてみせることで、彼女の眼にはピアノを止めた当てつけだと思われるんじゃないかって」


「圭人が好きになった人は、そんな風に思う嫌な奴なのか?」


「――そんなわけっ、……ありません」


「なら、心配しなくてもいいだろ。相手の事を考えるのは大事だけど、それで自分を伝えられないのはもっとダメだ。もっと、正直に伝えて良いんじゃないか?」


 どれだけ取り繕った自分を見せても、今まで近くにいた人間には分かる。だから、いくらその場だけ取り繕っても無駄だろうしな。


 ……と、ここまで割と適当な意見を言ってきたが、大丈夫か?

 本当に参考になってるんだろうか?


「……大丈夫そうか?」


「……分かりません」


 分からない……か。

 まあ、苦しいだろうな。

 相手が身近であればあるほどに、失敗した後が恐ろしくなる。


 ……実と言うと、初めに圭人からこんな事を頼まれた時、ひどく驚いたのだ。

 はたから見ても冴えない、自分から行動するようには見えない圭人が、こんな相談をしてくるだなんて。

 きっと、よっぽど考え込んだ末に俺のところに来たんだろうな。

 布団にくるまってブツブツ言ってる様子が簡単に想像できる……、ん? ちょっと待てよ?


「圭人、お前。なんて言って告白するつもりだったんだ?」


「告白……ですか? それは……さっき言ったみたいに……」


「一目見た時から、ってやつか?」


 恥ずかしそうに眼を逸らしながら、圭人は頷く。

 その様子を見て、俺は確信に至った。


「もっと別の言葉、考えてるんだろ?」


「……どうして、分かるんです」


「そんなにずっと前から好きなんだったら、考えてないわけないからな、告白の言葉は。少なくとも俺なら、布団にもぐって朝になるまで考える」


「……はは、僕も一緒でした」


「別に、格好つけなくていいんだよ。支離滅裂になってもいいし、噛んだっていいから、何が好きなのか、どこが好きなのか、どれだけ相手の事を見てきたかってことを、全部伝えたらいいんじゃないか?」


「……はい、そうですね」


 そういって、圭人は俺よりも数歩先へと走っていき、俺へと向き直った。


「本当に、ありがとうございました。本当はどう伝えるかも決めていて、ただ自信が持てなかっただけなんです。でも、先生のおかげで吹っ切れました。僕、頑張ります!」


 そう言って俺に向けた圭人の表情は、夕暮れの中でさえも眩しいほど晴れやかだった。


「なあ、圭人。最後に一つ聞いてもいいか?」


「はい、なんでも」


「どうして、告白しようと思ったんだ? 明日が命日ってわけでもあるまいし」


 俺の質問に圭人は逡巡し、やがて答えた。


「確か、約束したんです。俺が居る間に、告白しろって。成功したら祝ってやるって。……その、おかしなことに誰と約束したかは覚えてないんですけど……」


「……そうか。分かった、ありがとう。告白、頑張れよ」


「……はい!」


 元気に答える圭人から、俺は目を逸らしたくなって背を向けた。


 どうしてか、俺自身にも分からなかった。


 罪悪感? まさか、そんなわけあるものか。

 アイツらが死ぬことは決まっていたことで、俺には関係ない。

 俺は悪くない。だって、アイツらは俺が殺したんじゃないから。

 第一、人殺しで地獄行きになった俺にそんなまともな感情があるかよ。


 そうだ、俺は、悪くないんだ。


 ――その日、西方圭人は息を引き取った。





『どうして、私たちを選んで―――――たの?』






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