006
三村心は純粋な女の子だった。
彼女は唯一まだ小学生で、ほかの五人からは妹のように可愛がられていた。
また、とても人懐っこい性格で、出会って数日の俺に対しても隔たり無く接してくれる。
そんな彼女と、俺は今劇の備品を体育館に運んでいた。
「しんた先生、そっちだよ。そう、そこに置いといてっておねえちゃんが言ってた」
俺が主に運搬役で、心ちゃんが場所を教えてくれる。
まだ小学生なのにその指示はおおむね的確で、わりとマジで心ちゃんに助けられてたりする。
「こころちゃんはしっかりしてるなぁ。俺なんかとは大違いだよ」
「あたりまえだよ、だってこころはおねえちゃんなんだもん!」
「そっかそっか、立派なおねえちゃんだもんな」
えっへんと言わんばかりに胸を張る心ちゃん。
その様子はあまりに微笑ましく、見ていた俺は思わず笑ってしまった。
「なんで笑うの!?」
「ごめんごめん、心ちゃんがあんまり可愛いからさ。俺も嬉しくなっちゃったんだよ」
「何それ、変なの!」
おっと、少し怒らせちゃったか。
いやはや、どうみても妹にしか見えないものだから、おねえちゃんだと言い張るのを聞いて笑ってしまった。
このくらいの歳の子供は子供扱いされたくないもんな。
ちゃんと対等に見てあげないと、な。
「そう言えば、心ちゃんはどんな劇するのか知ってるの?」
「知ってるもん! 狼さんが、いじめてた皆にごめんなさいするお話でしょ?」
「お、狼さん?」
どういうことだ? 笹森から聞いてた話とは随分違うけど……。
「心ちゃん、ちょっと俺どんな話か忘れちゃってさ。教えてくれない?」
「もうっ、しんた先生はバカだなぁ。いいよ、教えてあげる!」
そう言って心ちゃんが話し出した物語はこうだった。
痛い痛い牙を持った狼さんはその牙でいろんな動物をいじめていたけど、ある日急に死んでしまう。
死んでしまったと同時に本当の痛みを知った狼さんは、今まで皆をいじめてきたことを後悔する。
そんな狼さんの目の前に、天使様が現れる。
天使様は言う。天使様が言った動物をいじめてきたなら、狼さんをもう一度生き返らせて皆に謝るチャンスをあげると。
狼さんはこれで最後にすると心に決めて、天使様の提案を受ける。
けれど、天使様が選んだ動物たちは、かつて狼さんがいじめていた動物たちだった。
……と、こんな感じ。
……なるほど、分かったぞ。
多分笹森が俺に話した内容は原作みたいなもので、劇をするにあたって心ちゃんみたいな子供が飲み込みやすい内容に変更したんだ。
なるほどなるほど、上手くやったもんだ。
それなら重い話も多少は理解しやすくなるし、本筋を大きく変えているわけでもないから伝えたいことも伝わる。
もしかして、笹森は脚本を書く才能とかあるんじゃないだろうか?
素人が何言ってんだって話だけど。
あ、そうだ。
ついでにラストも聞いておこう。
実を言うと気になってたんだ。
「ねぇ、心ちゃん。そのお話、最後はどうなるの?」
「ダメッ!」
心ちゃんは唐突に険しい表情を作り、小さな腕でバツ印を作った。
「ダメってどういうこと? 別に教えてくれてもいいでしょ?」
「ダメッ、しんた先生には言っちゃダメって言われたの!」
おいおい、まさかの口止めかよ。
まさかそこまで厳重だとは思わなんだ。
十中八九口止めしたのは笹森だろうけど、どうしてそこまで隠したいんだろうか?
ま、無理なら無理で諦める潔さはあるけどさ…………ちょっと待て。
「心ちゃん? 言っちゃダメって誰に言われたの?」
「誰って、ええっと、その…………誰だっけ? とにかくダメなの!」
……やっぱり、忘れてるってことは笹森なんだろうけど、笹森とした約束自体は覚えてるのか。
まあ、確かに死んだ者に関する全ての記憶が消えているなら、その家族や友達たちの記憶も穴だらけになる。
だから、どこかしらで線引きがあるんだろうとは思ってたけど、口約束は覚えてたりするんだな。
「しんた先生、ダメ……だよ?」
「ん? あ、うん、そうだな。ちゃんと我慢するよ」
「ありがとう! じゃあ、劇楽しみにしててね! 約束だよ!」
「うん、約束だ」
ぱあっと晴れやかな笑みを浮かべた心ちゃんに、小指を伸ばす。
何をする気なのか分かったのか、それを見た心ちゃんは俺の小指に自分の小指を絡めた。
「「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます! ゆびきった!」」
そうして約束を交わすと、おねえちゃんを手伝ってくると言って心ちゃんは俺の元から立ち去ろうとする。
その姿は死の気配なんてまるで感じさせなくて、思わず心ちゃんを呼び止めてしまった。
「心ちゃん。心ちゃんは、大きくなったら何になりたい? やっぱりおねえちゃん?」
「…………? 心はもうおねえちゃんだから、次はおよめさんになりたい!」
その言葉を最後に、心ちゃんは俺の前から立ち去っていった。
心ちゃんの願いを噛み締めながら、俺はその小さな背中を見送った。
――その日、三村心は息を引き取った。
『どうして、私たちを――――――――たの?』