004
笹森瞳は不愛想な少女だった。
中学一年生の彼女は年齢のわりに落ち着きのある少女で、おさげ髪が肩にかかる姿はいかにもな図書委員を連想させる。
これで眼鏡でも掛けていたなら、間違いなく俺の中でそう呼ぶことが決定していただろう。
そんな彼女と、俺は放課後の図書室で書物を読み漁っている。
教室での自己紹介を終えた後、あまり時間の無い俺はすぐに生徒たちとの交流、要するに劇の手伝いを申し出た。
生徒たちも劇の準備で忙しいようで、俺と話したい子もいたみたいだったけど、渋々作業に戻っていった。
そんなわけで早速劇の手伝いをすることになった俺は、この女の子、笹森さんと行動を共にすることになった。
「劇を手伝ってもらうにはまず脚本を覚えてもらわないと、ですからね」
「脚本って、笹森さんが書いてるんだっけ?」
俺がそう言うと、笹森さんは驚いたように目を見開いた。
「先生に聞いたんだよ。オリジナルの脚本を書くんだぞ! って自慢げだった」
「……おしゃべりも大概にしてほしいですね。まったく、自分のことじゃないのに、どうしてそんなに言いふらせるのか分かりません」
「自分のことじゃないから、じゃないかな? 生徒の事だから自慢げになるんだと思うよ」
「……どうでしょうね。あの人は悪い人では無いですけど、ちょっとガサツな所がありますから」
そう言うと、笹森さんは少しだけ笑った。
きっと、口ではそう言ってるけど、嫌いなわけではないんだろう。
じゃなかったら、そんな風に笑わないだろうしな。
そんなことを考えていると、笹森さんは咳払いして俺を見ていた。
「そんな話は置いといて、そろそろ本題に入りましょうか。分かっているなら話は早いですけど、所詮素人の脚本です。一応完成はしていますが、気になったところがあった指摘してください。可能な範囲で修正しますので」
そう言ってどこからか取り出したノートを開いて、俺に見せてくれた。
脚本の内容はこうだった。
生前、他人を裏切り、肉親を裏切り、様々な罪を重ねてきた主人公は死後の世界で天使にもう一度だけ人生をやり直すチャンスを与えられる。
そのチャンスを手に入れるためには現世に戻って数人の人間を殺さなければならない、天使が提示したそんな条件をのみ、主人公は現世へと舞い戻る。
現世にて殺人の準備を整える主人公。
着々と準備は進み、とうとう決行予定日を迎える。
しかし、その時になって主人公はようやく知るのだった。自分が殺さなければならない者が、生前自分が裏切ってきた家族や親友だという事を。
殺せば人生をやり直せる、殺さなければ死して無に帰る。
もう一度、真面目に生きるために人生をやり直す。そのために、主人公は家族と親友を殺すのか……。
「……どう、でしょうか?」
感想を問われて、返事に困ってしまう。
正直な感想は、興味深いと思うし面白いとは思う。
ラストが詳しく書かれていないのでハッキリとは言えないが、いい作品にはなるだろう。
とはいえ、この離島で発表するとなると観客も年配の方が多いのか?
そうなると、気に入られるのかは分からないが……、まあその辺は今更言っても仕方がないか。
準備を進めてしまっている以上ただのいちゃもんになりかねないしな。
「良いと思うよ。ただ、ラストがどうなるのか、書いてないみたいだけど?」
「それはあえて、です。山田先生にも観客として楽しんでほしいので、内緒にしておこうと思いまして」
なるほど、それは粋な計らいではあるけど……。
――その時には、もう笹森さんはいない。
言葉を飲み込んで、俺は精一杯作り笑いを浮かべた。
「山田先生は、どんなラストがお好きですか?」
「俺?」
「そうです。完成はしていますが、参考がてらにお願いします」
参考……ねぇ。参考になるかは分からないが、まあ聞きたいっていうなら話すか。
減るもんでもないしな。
「俺は、俺がその主人公だったら、殺さずに諦めるかな。たとえそこで殺して、人生をやり直せたとしても、殺してしまった時点でその主人公はまた同じ人生を歩むことになると思うから」
「山田先生は、優しいんですね」
そんなことはない。
もしも俺が優しい人間なら、そもそもこんなことになってないんだから。
だから、俺は笹森さんの言葉に答えることが出来なかった。
そして、そんな俺を見て、笹森さんは言った。
「山田先生なら、間違っても人なんか殺せないでしょうね」
その言葉を、俺は頭の中で何回も反芻して、忘れられなかった。
――その日の、笹森瞳は息を引き取った。
『どうして、――――――――――――――?』