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ハーベストブレンダー

【ハーベストブレンダー】小話その③ 誰かにとっては特別な日

作者: 風月 或

 誰かにとっては特別な日でも、世間一般の人から見ればなんでもないただの一日である。

 この日も札幌郊外にある喫茶店「ミス・ジェサップ」は、最後のお客様を送り出して閉店の時間を迎えた。六月半ばとはいえ、北海道の夜は肌寒い。見送りもそこそこに扉を閉め、アルバイトの野々宮葵(ののみやあおい)は、ほう、とひとつ息をついた。あとは片付けと閉店準備を残すのみだ。

 店内に戻れば店長の姿はなく、もうひとりの店員であるレイトがレジの精算を行っていた。足りない背丈を椅子で補い、赤く鋭い瞳は真剣に硬貨とお札を数えている。葵もテーブルを片付けてからグラスなどの洗い物に取り掛かった。

 食器をしまい、洗濯したタオルを干していると、店長の葉澄誠司(はすみせいじ)が厨房から顔を出した。

「アオイさん、おつかれさま」

「あっ店長! おつかれさまです!」

「今日このあとだけど、少し時間あるかな?」

 尋ねられて、葵は少し考えてからうなづいた。どうせ、家に帰っても両親は仕事だ。少しぐらい遅くなったところでまったく気にされないだろう。

 誠司はよかった、と嬉しそうに笑い、再び厨房に戻った。なんの用だろう、と考えながらタオルを広げて干していく。精算を終えたレイトが売上をポーチにしまって椅子から降りた。

「過不足なし。おつかれ」

「おつかれさま、レイト! ……ねぇ、店長なんの用かな」

 声をひそめてレイトに問うと、レイトはただでさえ鋭い瞳を細めて、呆れた表情で葵を見上げた。

「お前はわかるだろ」

「え?」

 ひらひらと手を振ってレイトが売上を金庫にしまいに厨房へ入っていく。首をひねりながらエプロンをしまい荷物を取り出していると、誠司がカウンターで紅茶を淹れ始めた。

「座って待ってて。紅茶もすぐだから」

 お言葉に甘えてカウンターに座る。砂時計の砂が落ちるのを眺めながら、葵は初めて誠司に出会った日のことを思い出していた。

(もう、一年経つんだなぁ……)

 温かい思い出に、心がふわりと軽くなる。あのとき誠司に出会わなければ、今の自分はどうなっていたか想像もつかない。出会えた奇跡には感謝しかなかった。

「おまたせ、アオイさん」

 柔らかな声に顔を上げると、厨房から出てきた誠司は手にしたワンプレートを葵の前にことり、と置いた。

「はい、どうぞ。召し上がれ」

 白いシンプルなワンプレートには、色とりどりの小さなケーキが数種類のせられていた。いちごショートのいちごはみずみずしく輝き、抹茶ケーキは春の新緑を思わせるような鮮やかさだ。黄色のチーズスフレはふんわりと焼き上がり、チョコレートケーキは装飾のクルミが可愛らしい。透明な器に盛られたオレンジゼリーは爽やかで、プディングの上には生クリームと旬のさくらんぼがのっていた。そしてワンプレートの端には、装飾文字がチョコレートで書かれていた。


『Happy Birthday』


 じん、と目の奥が熱くなり、嬉しさに顔が火照ったのがわかった。誠司が淹れたてのダージリンを添えながら、少し照れくさそうに笑う。

「アオイさん、どのケーキも美味しそうに食べてくれるから、ひとつに決められなくて」

 芳醇な茶葉の香りが鼻先をくすぐった。視界がぼやけるのを湯気のせいにして、葵は温かなカップを手に取った。

「店長、どうして知ってるんですか?」

「契約書に書いてもらったから。今年はちゃんと、お祝いしたかったんだ」

 聞いてみればなんのことはないタネでも、その気持ちが嬉しい。それに。

「去年だって、店長はあたしにケーキをくれましたよ」

「去年は誕生日だって知らなかったから、お祝いにならないよ。ただの偶然」

 そう言って誠司は笑うが、ただの偶然でも、誕生日に食べるケーキは美味しかった。

 今年は誠司が一緒にいてくれて、生まれてきて、生きていてよかったと言ってくれる。それはなにものにも代え難い、最高のプレゼントだ。

「誕生日おめでとう、アオイさん」

 じわりと涙が滲んだのをごまかして、葵は満面の笑みでそれに応えた。

 世間一般にとってはただの一日でも、誰かにとっては、特別な日。

2017年アオイ誕生日お祝いの短編です! アオイちゃん遅ればせながら誕生日おめでとう!

お祝いイラストを描く気力がなかったので、お祝いする短編にしました。手直ししてないのでちょっと恥ずかしいですが、楽しんでいただけたら幸いです。


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