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第3話 レオパルド・ローネイン3

ダルトン家での食事は、何事もなくつつがなく終えた。



隣の席についてくれなかった不満からか、オリヴィアはう~う~唸っていたが、レオパルドはこの際無視に徹した。



そんなにも席次を気にする様子を理解できないのだろう。無理もない話だとレオパルドは心の中で首を横に振った。



レオパルドのダルトン家の位置付けは、とても曖昧なものであった。



そもそも、レオパルドが継いだ、継がされたローネイン家は、ダルトン家に古くから仕えてきた家の一つであったが、10年前に最後の当主が亡くなり、その血は絶えた。



子宝に恵まれず、されど古めかしい考え方を持った最後の当主は、養子縁組を良しとせず、他家からの養子を受け入れることなく、その血が途絶えさせたのだ。



それに目を付けたダルトン家当主ゲオルグは、レオパルドにローネインの名を継がせた。



ゲオルグがレオパルドに家臣団の家の名を継がせる、ということには大きな意味があった。


















その部屋には十名の人間が一同に介していた。いずれも筋骨粒々な軍人たち……というわけにはいかず、中には文官風の出で立ちの者もいる。



彼らは帝国を代表する貴族の一角、ダルトン家の家臣団の主な家々の当主、当主代行、あるいら次期当主らである。



ダルトン家は、帝国建国以来の貴族の一つで、主領であるアルバース領より良質な馬を用いて、数々の戦で功績をあげること幾度。歴代の皇帝からの覚えも良かった。



ましてや、近年ゲオルグが当主となってからは、軍政家としての面の強かったダルトン家が戦働きにて戦功をたてることが増えてきた。



この場にいる筋骨粒々とした面々は、そんなダルトン家が誇る最精鋭を率いる将らであった。



ゲオルグが座るであろう上座に一番近い席に席にいるオーランド・スミス少将は、ダルトン家家臣団の中で、最もゲオルグと親しい人物であった。



スミス家はダルトン家において、第一の家臣格として扱われていたし、オーランドはゲオルグとともに幼年士官学校にて学び、心身を鍛えた同期でもあった。



女のことを覚えたのも色街を共に散策したときに覚えたはずだと記憶していた。



オーランドは自慢のアゴヒゲを擦りながら、今日主な家臣団が集められた理由、もとい議題のことを考えていた。



レオパルド・ダルトン、東洲大乱の遺児。



若殿、ウィリアム・ダルトンの初陣にて、東洲大乱の戦場から連れ帰ってこられた。



ウィリアムら周囲の反対に耳を貸さず、また珍しく口調を強くしてゲオルグを説得するとダルトン家の庶子、義弟として受け入れることを、ゲオルグの口から宣言されたのは10年も前のことである。



レオパルドは今年で15歳を迎えることとなり、ダルトン家内の扱い方もとい立ち位置を決める必要があった。



帝国では、15歳までに成人の儀を執り行わねばならなかった。本来であれば、男子の成人の儀は12歳で執り行われるのが一般的ではあったが、実子でもなければ、貴族の出でもないレオパルドの扱い方をどうするべきかと、毎年ダルトン家で話し合われていた。



今年という今年は、成人の儀を執り行い、その際レオパルドをどう扱うか決めねばならない。



そもそも、レオパルドは実子ではなく、戦災孤児として引き取られたに過ぎず、しかしながら庶子として扱われた。



庶子とは、一口に言えば正室以外の、例えば側室や妾から生まれてきた子を指し、継承権も認められた。



だが、レオパルドの場合、実子でもなければ、貴族の出でもないことが枷となっていた。貴族社会の中にあって、貴族であることは、息を吸って吐くのと同義であり、そうでなくてならない、という半ば決定事項であった。そんな身元不明な人間に、継承権を認めていいはずがないと、家臣団のほとんどが声をあげた。



ましてや、ダルトン家は帝国を代表する貴族であり、帝国貴族の模範たれと、そう存在してきた。そんなダルトン家にあって、レオパルドという存在は、あまりにも異質であった。



顔つきや所作など、貴族らしからぬ点は多いものの、時として誰よりも貴族らしさを醸し出す時もあった。



そんな彼をゲオルグやウィリアム、オーランドらは評価していた。



ゲオルグやウィリアム、オーランドらは、彼をこのまま庶子としての扱いを継続し、またそれを正式に帝国へ報告し、ダルトン家に迎い入れようと考えていた。



しかしながら、ダルトン家家臣団のほとんどがそれに反対した。実子でもなければ、貴族の出でもない、そもそも出自はおろか、年齢すらはっきりしない。



そこまで来ると、さすがに周りが黙っていなかった。



「ですから、何度も申し上げますように、帝国を代表するダルトン家にあって、大殿がお考えになられているように受け入れては、面目が立ちませぬ」



「左様です。よもや昨今の嫡子庶子の有り様を、ダルトン家が率先して倣うと言うのですか」

嫡子と庶子の関係は絶対であった。嫡子であれば、家を継ぐのが当然のこと、庶子はそれに従順に従うのみ。



しかし最近は、嫡子を廃し、庶子を頭に立てることが、新興貴族たちの間でしばしば横行していた。実力のある者こそ、当主として相応しいとの考えを元としていた。



家格の高い貴族らは、古来からの習わしを蔑ろにする新興貴族らと激しく対立していた。無論古参のダルトン家は新興貴族らと相対する立場を取っている。



レオパルドを庶子として迎い入れようという行為は、周りからすればそう見られかねない、と家臣団は危惧していた。



「ではあるが、大殿の子息がウィリアム様のみとは、些か不安でもあろうが」



「それを心配するのであれば、別の家から求めれば良かろう」



「御家の家格に見合う家などなきに等しかろう」

オーランドは堂々巡りにため息をつきつつ、そう答えた。



ダルトン家は公爵家である。貴族最高位を与えられており、それと同等ともなると、同じ公爵となるのだが、まずもってあり得ない。



公爵家ともなると互いが互いに牽制し合い、結び付くなどほぼあり得ない話である。どちらかに優劣をつければあるいは可能性はあるが、それができれば苦労はしない。



それならば家格が見合わずとも、それなりの良家の子息を連れてこれればいいのだが、それも中々すぐにとは行かない。



ダルトン家は、中興の祖ホアキン以来の名誉を得ていた。当主ゲオルグは中将へと上がり、次代の軍部の中枢を握るのはゲオルグであると、目されていた。



ダルトン家は軍政家、つまりは軍事行政家として兵部大臣などの軍事主要大臣を多数排出していたが、こと軍人ともなると、ゲオルグの中将という階級は歴代最高位であった。



ましてや、ゲオルグの年齢を鑑みれば、将来の上級大将、果ては元帥階級まで栄達を極めることも夢ではない。



そんな中、レオパルドの扱い方を誤っては、家の栄達など望めるはずもない。家臣団はそれを大いに恐れていた。



本来であれば、優れた軍政家を数多輩出してきた家らしく、魑魅魍魎が跋扈する中央政府にあって、政争を演じられる人間がいて、然るべきなのだが、今代はそういった軍政家に乏しかった。



今活躍しているめぼしい人物は皆先代当主ヴィアインの家臣らであった。ヴィアインは政治・政争の中心地六芒宮にあって、四半世紀欲望渦巻く政治という戦場を戦い抜いてきた猛者中の猛者、六芒宮の化物と呼び声高く、軍政家としてダルトン家の評価を更に上げた人物である。



しかしながら、ゲオルグとヴィアインは不仲であった。当然と言えば当然のことだ。純粋に軍人の頂を目指そうとするゲオルグと軍政家としての地位を築き上げようというヴィアインでは馬が合うはずもない。



「……大殿、ご意見をば」

家臣団らの討論を腕を組んだまま、仏頂面で眺め見ていたゲオルグにオーランドは意見を求めた。



ゲオルグは、その豪気な性格からして、こういった話し合いの場でも、そう豪気っぷりを発揮するかと言えば、そんなことはなかった。



基本的には家臣団や部下らの意見を尊重する。ゲオルグを嫌う軍部の人間からは『そうせい将軍』と呼ばれていた。部下からの意見を『そうせい』としか答えなかった、ただただ頷いて返すだけだからである。



そういった時の方が多いものの、無論そればかりということは全くない。戦事となれば、帝国において、五指に入る手腕を持ち、兵卒からも慕われている。



欠点があるとすれば、戦争に政治事が絡むと弱かった。ヴィアインもそれを気にしていることを、オーランドは頻りに打ち明けられた。



「……レオパルドには、別の家を継がせる」

重々と開いた口からは、当初オーランドが聞かされていた結論とは別のものであった。



「別の家とは?」

言葉を紡がなかったオーランドの代わりに、別の家臣が口にした。皆が一様に自分のところではないよなぁ、と可能性は限りなく低くとも考えた。



「ローネイン家だ」

ローネイン家と言われて、あの家かと思い至る家臣は一人としていなかった。



「ローネイン家は、代々兵站任務などの後方支援が主な働きであるからな。先月死んだ当主マクシナリーも表に出るような性質の人間ではなかったから皆も知るまい」



「大殿。先月、亡くなられた?」

家臣団の中で特にレオパルドを毛嫌いしているマーモット家当主マーロウは、聞き捨てならないことを耳にして確認の声をあげた。



「不幸なことにローネイン家当主であるマクシナリーは先月死んだ。82歳の大往生であったよ」

事も無げにゲオルグがそう事実を告げたが、マーロウは無意識にこめかみが引くつかせた。



「つかぬことをお伺い致しますが、そのローネイン家の次代の御当主は?」

マーロウに付き従う家臣の一人が、マーロウの代わりにそれを口にした。



「おらぬ」

やはり事も無げに事実を告げるゲオルグとは反対に、大抵の家臣は各々ざわつく。



「マクシナリーは、古めかしい考え方の人間でな。自分の子がなく、されど養子は嫌だと、自分の代で血を途絶えさせるのも致し方ない、と口々に言ってはいたものの、死の間際に願いを聞き入れてくれたのだ」

家の存続を第一に考えられている時代にあって、古めかしくも養子を断固として拒絶する貴族は、少なくはあるものの、いないわけではなかった。



「大殿!僅か15の子どもに丸々家を継がせると?そう仰るのですか」

それはあまりにも過分なのでは、と声を荒げるマーロウ。それに続けと反対派は口々に反対意見を述べる。



「無論、領地経営などできようはずもないからな。領地は本家で接収する。ローネイン家は、遥か辿ると3代当主ラインガウは、ダルトン家5代当主パウエルの弟御アリアンツ一門から連なる血でもあるらしく、あながち我が血脈とも言えなくもないからな。ちょうどいいと思った次第であった」



「ローネイン家はもはや誰もおらぬでな、屋敷もここより遠い北ノードルの地であるし、ましてやレオパルドも今年より士官学校に通うのであるから、我が屋敷の武家屋敷をあやつに譲り、そこをローネイン家とする。あやつが士官学校を卒業し、軍人としての責務を担えるようになるまでは、引き続き見ていくこととなる」

皆一様にぽっかりとしていた。オーランドも例外ではない。そんなこと一言も聞かされていないからだ。



「……仮にも皆が懸念していたダルトン家の継承権云々は、これにて解決したかと思うが、如何か?」

ゲオルグが言うように、継承権はレオパルドの元から去ったに等しいが、ただそれだけでレオパルドは一門としての位置は大して変わっていないことになる。



ましてや、嘘か本当かは知らないが、ローネイン家自体がダルトン家にか細くも連なっていたとあれば尚更である。結果的にレオパルドをダルトン家の一門とすることに代わりないのだから。



マーロウは自分の失態を今更ながら感じていた。継承権に固執するあまり、ダルトン家から引き剥がさねばという考えを、別にしていた。



仮にも反対派の意見は飲まれて、ゲオルグが譲歩した形になるのだから、これ以上反論することは憚れた。



「……反対意見がないようであれば、これにて終了だ。皆々ご苦労であった」

ゲオルグは家臣らを一度見渡すと、部屋を後にした。オーランドもそれに習い、ゲオルグを追った。



廊下を行く途中、お互いに何も話すことなく、ゲオルグとオーランドは屋敷の書斎に入った。ゲオルグは上着を脱ぎ、引っかけた。それは楽にしてくれという合図でもあった。



「ゲオルグ、おまえ何年も前からあれを考えてたな」



「おまえに話さなかったからといじけてくれるなオーランド」



「いや、俺はいいが、それにしても他の家臣が良い顔をせんだろ!皆が皆、理由もなく張り手を食らわされて激昂寸前みたいな思いだろうよ」

オーランドは、ゲオルグが血が繋がっていないとはいえ、レオパルドを目にかけてやっていることに、不安はあるが、不満はなかった。



オーランドとて、レオパルドに感じるものはあった。だが、ゲオルグがあそこまで強硬しようというほどのものまでは、感じ取れてはいなかった。



「オーランド、我が友よ。俺は後世の書に名を連ねる事が夢だ」

ああ、知っているよと答えると、オーランドは乱暴にソファーに腰掛けた。幼年士官学校の頃から何度も聞いてきたことだ。



「無論、俺の立ててきた功績により、書に名を残せれば一番だが、それは余程のことでなければできないことだ」

優秀な軍人は山ほどいるが、その優秀な軍人ら全てが記録としてではなく、何らかの書に残されるというのは、ゲオルグが言うように、稀なことであった。



ゲオルグは軍事的な記録としてではなく、もっと昔の剣やら槍やら弓矢やらが活躍した頃の英雄らが、吟遊詩人に歌われた英雄譚のような書にこそ、自分の名を残してみたかった。


















「俺はレオパルドを引き立てた人間として、後世の人々に読まれ、口にされるだろう」


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