第七話
歩くのを止めた私たちの間を車の群れが通り過ぎていく。
いつの間にか道の真ん中に立っていたようで、私の体の中を何台もの車がすり抜けていく。こちらからは車もヒトもよく見えるのであまり気持ちのいいものではない。意識している間は、なるべくヒトにも車にもぶつからない様に避けている自分がいた。
だが、今はそれどころではなかった。車は風のように私の体に向かって吹いている。
「見えるときもあるって。一体どういうことだ。触れないし見えないんだろ。向こうの世界は俺たちと交わらないはずだ」
「落ち着けって。言葉通りだ。見える《《ときもある》》。さっきの犬もそうだ。お前に向かって吠えてたじゃないか」
確かに。
あの犬は見えないはずの私に目を向けて吠えていた。それは確かだ。でもそれは動物の持つ特殊な感覚のせいだろう。トムもそう言っていた。
「動物の持つ感覚ってのは説明がつかない。ネズミや鳥が異常な動きを見せたら何かの予兆だって話もあるからな。ヒトにもそれは言えるんだよ」
トムは私の背中に手を当てると、車道から歩道へと促した。彼も車の群れが気になるタイプなのか。
「たまにいるんだよ。霊感ってやつか。幽霊がそこにいる、って騒ぎ立てる奴がな。私には見えるってうそぶく奴もいる。たいていは見えていないんだが、時々なにかの拍子にちらちと見えたりするんだろうな。俺たちには自分が本当に見えているのか確認しようがないんだが、きっと見えてるときもあるんだろう。そういう連中を驚かすのを楽しみにしてる奴もいるぜ」
「それが楽しみ?」
「そうだ。わざと写真を撮っている所に立ってみたり、心霊スポットといわれる所で遊んでる馬鹿を驚かしてみたりな。写真に写り込んだり実際に見えたりする確立は低いみたいだが、当たったときのあちらさんの怖がる表情をみるのが楽しいらしい」
トムは向こうの世界を『あちらさん』と呼ぶ。これといった呼び名もないのだろう。
「だから死神? 幽霊じゃあなくて?」
トムはさっき『死神』と言った。驚かすだけなら幽霊とかそういった呼び方でも構わないはずだ。
「言ったろ。誰かさんに放り込まれたんだ。いわば神の使いだよ」
それ以上この話をしても無駄なようだ。トムは自分のことを特別な存在だと信じ込んでいる。だから他の連中と違って、こんなに雄弁なのだろうか。
「トム。君はここに来てどれくらい経つんだ」
話を変えようと思ってそう尋ねると、トムは首を傾げた。
「三日までは数えてた。だが、そこまでだ。ひと眠りできれば日付が変わって数えやすいんだろうがな。明るくなったり暗くなったりしてるのを眺めてると年月なんてどうでもよくなる。あんたもそのうち分かるさ。日にちを数えることすら馬鹿らしくなるってな」
――数えるのも馬鹿らしくなるか。
確かにそうなのかもしれない。トムは相当な年月この世界にいるのだろう。それは同時にそれだけの月日を重ねても、この世界からは解放されないということだ。自分がどこへ向かって生きていくのか、ゴールの見えないマラソンほど苦しいものはない。もし彼の言うように、神によってこの世界に放り出されたのならば、ここは――。
――地獄なのだろうか。




