第十二話
片側三車線の大きな道路を進んでいくと、私たちは開けた場所に出た。
広大な敷地の中に、ひときわ大きな建物が立っていた。高さこそないものの、その建物は左右に大きく伸び、さらにそれを囲むようにして夥しい数の車が停まっていた。
「ここは――ショッピングモールか」
「さすが、理解が早いな」
この世界に来て、つくづく感じることがある。
自分のことが一切分からないというのに、俗世間のことはよく知っている。行ったことがあるかのように、見たことがあるかのように、私の頭の中には知識としてそれが存在しているのだ。
だから歩いていても分からないことや知らないことがほとんど存在しない。
分からないことや知らないことは自分のこととこちら側の世界のことだけなのだ。
トムはよくここへ来るのだろう。
これだけの広い建物であるにもかかわらず、どんどんと私の先を歩いて行く。
高い天井にずらりと並んだ様々な店舗。吹き抜けの二階にも同じように店が並んでいて、下からでもヒトの数の多さがよく分かった。
無数にある店舗に入っては出て、出て入る。まるで蟻の大群の中に放り込まれた気分だ。私もこの白いコートを着替えられるのなら試してみたいものだが、これといって興味を引くものは見当たらない。これだけの店が並んでいるのに、ちょいと覗いてやろうという気分にはならなかった。それよりも、ここにいる無数のヒト達を観察している方が楽しそうだ。
私は先に行くトムを置いて、通路の真ん中に設置されているベンチに腰を降ろした。隣には白髪混じりの男が疲れた表情で座っている。
そんなに疲れてまでこんなところまで来て買い物しなければならないものかと、少し可笑しくなった。きっと彼はここに座って家族の買い物が終わるのを待っているのだろう。時々腕時計を見ては辺りを見回している。
――どんな家族を待っているのかしばらく眺めていようか。
「おい、なにしてるんだよ」
せっかく興味が湧いてきたところなのに邪魔が入った。ここへ来たのもこの男に連れられてなのだから仕方ないのだが。
「彼が誰を待ってるのか見てみようと思ってね」
立ち上がって隣に座っている男を顎で指した。男は待ちくたびれて大きな欠伸をしているところだ。
「へぇ。そんなもんに興味持ったか」
単なる気まぐれだよと応えると、トムは黄色い歯を見せて笑った。
「いいから来いよ。こっちはもっと面白いぜ。お前の価値観がガラリと変わる」
よほどこの男は私にいろいろと教えたいらしい。自分の知識をひけらかしたいたいおうなのだろう。
トムに連れられて歩いていると、ふと本屋が目に入った。
店頭には平積みされた本がポップと共に踊り、店内手前には通路の両側に雑誌類、奥には高い本棚に無数の本が詰め込まれている。ヒトの出入りが他の店舗よりも激しく見えた。
驚いたことに、ショッピングモールの通路では見かけなかった白いコートの連中が本屋の中に集まっていた。それぞれが立ち読みをしているヒトの横に立ち、手に持った本を覗きこんでいる。そんな白いコートが一、二、三――六人はいる。男も女も食い入るように本を読んでいた。
「今日もいっぱいいるな」
私の視線に気づいたトムが言った。
「俺たちは直接本を触れないからな。ああやって一日ここにいて、立ち読みするヒトの横で一緒に読ませてもらってるのさ。小説はもちろん雑誌もあれば地図もある。中には読みたい本を買ったヒトについていって全部読破する奴もいるらしいぜ」
ヒトの読み物読んでなにが楽しいんだろうな、とトムはおどけた。私は彼に訊いてみた。
「あんたは興味ないのか。ああいうものに」
「ないね。映画やテレビのように動きのある方がまだマシだ。ヒトの立ち読みをここで待つなんて退屈だろ。相手がなんの本を手に取るかも分からないのにずっとここで待つなんてさ。釣り針が垂らされるのを待つ魚のようなもんじゃあないか。真似できないね、俺には」
確かにトムの言うことも一理ある。
例えば雑誌を一冊丸々ここで立ち読みする者の方が少ないだろう。そうなれば、その本は中途半端で終わってしまう。買ったヒトについて行ったとしても全部読むのにどれだけ時間がかかるかも分からない。日によっては読まない日だってあるだろう。根気のいる作業だ。
きっと「読む」という行為に楽しみを見つけたものがここ集まっているのだろう。楽しみを見つけられたということだけは少しだけ羨ましいと思う。私はまだそれを見付けられていないのだから。




