第十一話
救急車がサイレンを鳴らしながら到着すると、警察によって野次馬たちはさらに遠くに追い払われた。ダンプをゆっくり後進させ、変形した車を引き剥がす作業に入っているところだ。
トムは隣で色々と話してしるが、すでに私の耳は彼の言葉を遮断していた。
私の興味は別の所にあった。
激しい事故現場。慌ただしく作業する救急隊員たちのそばに、白いコートが立っているのだ。覗きこむように事故現場の先頭に立ち、じっとなにかを見つめているのは白いコートを着た若い男だった。
――あんなに近くでなにを見ているのだろう。
「ああいう楽しみの奴もいるってことだ」
我に返ると、トムがいつもの口角だけを上げた笑みでこちらを見ていた。まるで私の考えていることを見透かしているかのような目つきだ。
「事故現場を見るのが楽しみなのか」
トムは首を振る。
「いいや、そうじゃねぇな。あいつは《《ヒトの死を見る》》のが楽しみなのさ」
ヒトの死――。
私は自然とトムの言葉を繰り返していた。
私たちには死という概念が無い。寝食もせずにただひたすら彷徨うだけの存在だ。だから死というものが珍しいものなのだろうか。
「ヒトの死を見て楽しんでるのか。なにがそんなに面白いんだ?」
「さあね。そんなことはあいつに訊けよ。いっとくが、訊いてもあんまり気持ちいいもんじゃあないかもしれないぜ」
そんなことよりさっさと行こうぜ、とトムは私を促し先に歩いて行ってしまった。
私はシートに包まれて運び出されるモノをじっと見つめる白いコートの男の横顔をしばらく眺めていた。
白いコートの若い男の表情はヒトの死を見て楽しんでいるようには見えなかった。楽しんでいる者の顔は、トムを見ているからよく分かる。トムがマッチ棒のような男を殴るとき、恍惚の表情でその行為を楽しんでいる。
だが。
あそこにい白いコートの若い男は楽しんでいうというより、どこか寂しそうな顔をしていた。
ヒトの死を見て楽しんでいるというより――哀しんでいる。
そうだ。
あの顔は哀しんでいる。憐れんでいる。
私にはそう見て取れた。
なぜそんな顔をしているのか、私には分からない。
――声をかけてみよう。
そう思ったとき、意識を事故現場から引き離すようにトムが私の手を引いた。
「俺たちの楽しみはこっちだ」
トムの強引さに押し切られるように、私はその場から離れていった。
悲惨な光景が私の視界から消えてしまうまで、白いコートの若い男はいつまでも変形してしまった青い車を眺めたまま動かなかった。




