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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
98/206

97 涼しい部屋でゲーム

 情けない事をしたのかもしれない。

 あの時を思い出しては気分が沈んでしまう神原は、溜息をついて軽く目を瞑った。

 感情的になって彼女に八つ当たりするつもりはなかった。

 けれど、彼女が彼らの肩を持つというのが気に入らなかった。


「……」


 あれからメールも電話もない。

 こちらから連絡を取るのも憚られて、神原はいつも携帯のチェックをしては溜息をついていた。

 ギンに聞こうにも変なプライドが邪魔をして聞けない。

 理解が良い彼の相棒はそんな神原の様子を察して、今まで由宇の話題は口にしなかった。

 

「はぁ」

「何だよ、折角の夏休みだってのにため息なんかついて」

「……色々あるんだよ」


 お前と違ってさ、と呟く神原に沢井はムッとした顔をする。

 親しくなれたからこそ叩ける軽口に神原は友人である沢井にも随分と甘えてばかりいるような気がして眉を下げた。

 本当はもっと距離を取ったほうがいいのかもしれないと思うのに、彼と会話するのは神原にとって居心地がいい。

 敵の力は未知数だが自分よりも格段に上という事だけは分かっている。だからこそ、誰も巻き込まないようにしなければいけないと分かっているはずなのに。

 一人で考えてもどうしようもないので、相棒であるギンに相談すれば「今のままでいいだろ」と軽い口調で返されてしまう。

 ギンたちと違ってこっちは一般人なんだと声を荒げた後、神原は由宇のことを思い出して表情を曇らせた。

 恐らく神原よりも力がなく一般人に近いだろう由宇はちゃんと生き延びているだろうか、自分に言われた事を気に病んではいないだろうかと彼は心配していた。

 心の内を見透かしたかのように、心配なら連絡すればいいと告げるギンに口を“へ”の字にしながらそっぽを向いた昨晩。

 今更どんな顔をして彼女と話せばいいのかと神原は眉間に皺を寄せる。


「はぁ」

「だぁーっ! さっきから溜息ばっかりで、どうしちゃったのよホントに」

「ごめん」

「いや、いいけどさ。沈んでるわりに、強いから腹立つけどさ」


 コントローラを手にしながら沢井は溜息をついて唇を尖らせる。

 彼が見ているテレビ画面には順位が表示されており、一位に神原の名が二位に沢井の名前が表示されていた。

 せっかくの夏休み、どこか遊びに行こうかという話になったが結局こうして互いの家で遊んでいる。

 外に出てもいいが直射日光と照り返しに若い二人も流石に音を上げた。

 高めに温度設定されたとは言え、クーラーが効いている室内でのゲームは最高だ。

 炭酸の効いたジュースをゴクゴク飲みながら、沢井はテーブルに突っ伏すようにして溜息をついている友人を見る。

 家に遊びに来た時から彼は冴えなかった。いや、家に遊びに来いよと誘いの電話をした時からかと思い出しながら沢井は首を傾げる。


「モテ過ぎちゃって困るぜーってか? あ、俺もしかして邪魔しちゃった?」

「はぁ?」

「ガラ悪い声出すなよ。だってさ、女の子と楽しい夏の予定でも入ってたかなーと思って」

「はぁあ~!?」


 今までだるそうにしていた神原が弾かれたように体を起こして沢井を睨みつける。

 射殺されそうな目つきに思わず身を退いた沢井は、何が彼の逆鱗に触れてしまったのかと考えた。

 自分の発言で彼が不快になる理由が分からない。

 可愛い、綺麗な女の子たちと偶然とは言え仲良くなり交友関係を広げていっているのは事実だし、周囲の男子からはそれを羨ましがられているのも事実。

 本人は何でもないとは言っているし、大抵一緒にいる沢井も神原から積極的に彼女たちに声をかけたりする光景は見たことが無い。

 大体いつも彼女たちの方から神原に接触してくるのだ。

 それを困ったように、けれど丁寧に対応する友人を見て沢井は「こりゃ、モテるわ」と大きく頷いたほどである。

 自分がもし女でもこんな対応をしてもらえるなら、胸がキュンキュンなってしまうと前にふざけて告げた事があるのだが嫌な顔をされて、危うく友達関係も解消されるところであった。


「なんだよー。そんな顔すんなよー。ホントの事だろ? お前は同性からの印象もいいからクラス内では波風立たないけど、校内では結構有名だぞ?」

「……マジで? え、俺凄く目立たないと思ってたのに」

「は? それこそ冗談止めてくださいよね神原君たら、って話だぞ」

「うわあああああ!」

「ちょ、近所迷惑……」


 少しの間を置いて頭を抱えた神原が絶叫する。

 慌てた沢井が周囲を心配しつつ彼の肩を叩くと、神原はそのままテーブルに突っ伏した。

 口からは「うわぁ、うわぁ」と怯えにも似た声が漏れている。

 何がそんなにショックだったのか考えていた沢井は、もしかしてと首を傾げながら小声で尋ねてみた。


「直人って、オンナノコ嫌い?」

「ばかっ、大好きだよ! 大大大好きだよっ! 俺はノーマルだけどな、目立つのは嫌なんだよっ!」

「いやいや、あんだけしといてそりゃないよ」

「嘘だ……」

「まぁ、お前から積極的に行くって事は無いけど向こうが押しかけてんじゃん。副会長も何かにつけて声かけてくるし」


 それら全てを他にも向ける同じ笑顔で対応するのだから凄い。

 気付いていない、鈍い、というのを通り越して知っていて知らない振りをしているようにも見える。

 時折、実年齢より大人びた顔をする神原の友人となった今でも沢井にはまだ神原直人という人物が分からなかった。

 全てを理解したいというわけではないし、知らない事があってもいいと思うが、悩み事くらい話してくれとは思う。

 最近ずっと溜息ばかりで、遠い目をしたり気もそぞろな様子を見ていると「何かあったのかな?」と尋ねずにはいられない。

 そう聞かれても神原は「何でもないよ」と笑顔で返すだけなのだが。

 何でもないならそんな顔をするな、と心の中で呟いて沢井は彼の頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。


「……はぁ。悪気が無いのは知ってるけど、迷惑だなぁ」

「おい、直人お前それ外で言うなよ。聞いてんの俺だからいいものの」

「分かってるって。成洋以外の前では言えないよ。言ったらフルボッコだな」

「それしかないな。校内の男子ほぼ全てからの恨みの念波に苦しまされるからなっ、命は大事にしろよ!」


 そうでなくとも、校内でも有名な桜井華子と仲がいいのだ。

 沢井が見る限りでは両者に恋愛感情は芽生えてないと思う。華子と話してみると想像通り、素直で可愛らしい女の子で良かったなと沢井はだらしない顔をした。

 桜井華子の他に神原と仲がいいのは、面倒見の良い羽藤なつみかと彼は彼女の姿を思い浮かべた。

 彼女は神原と姉である由宇が知り合いという事を沢井も知っているので、そういう繋がりならば仲が良いのも仕方がないと彼は一人頷く。

 そう言えば、最近あの喫茶店に行ってないなと呟くと神原の肩が大きく震えた。


「……なぁ、直人」

「な、何だよ」

「喫茶店に夕飯食い行こうぜ」

「あぁ、モールに出来たあのお洒落な喫茶店(カフェ)か……」

「違うって。で、目逸らすなよ。お前、お姉さんと何かあったろ?」

「別に何も無い!」


 ムキになって言うあたり、何かありましたと言っているようなものだ。

 分かりやすいなぁと思いながらニヤニヤとする沢井に、神原は苦虫を噛み潰したような顔をして黙ってしまった。

 顔を背けてしまい、沢井が何を尋ねても沈黙を貫く。

 これは少しからかい過ぎてしまったか、と思った彼は宥めるような声で優しく話しかけた。


「何があったのかは知らないけどさ、ほらシフト制だから今日はいないかもしれないし。それでも嫌だっていうならファミレスでも行くか?」

「……帰る」

「そう拗ねるなって」


 神原がここまでの態度を取るのは珍しい。

 これは相当根深いな、と感じながらも由宇との間に何があったのか沢井はとても不思議に思うのだった。

 沢井は由宇の事をあまり良く知らない。

 けれど、病院で会った入院仲間だというのは神原から聞いて知っている。

 喫茶店で働く由宇は沢井から見て普通のお姉さんであり、別に何も変なところはなかった。

 最初にあの喫茶店に行こうと誘ったのは神原だ。姉がいたらこんな感じなのかなと思う位だったが、もしかして二人の間には自分の知らない何かがあるのかと沢井は眉を寄せる。


「直人さ、羽藤さんのお姉さんのこと好きなの?」

「はぁ? 馬鹿じゃないのお前、そんな軽々しく人に好きかなんて聞くなんて頭おかしいよ。そりゃ好きかって聞かれたら好きか嫌いかの二択しかないんだから好きって答えるに決まってるじゃん。たまに、どうでもいいとか言う三択目が出てくるかもしれないけど、それ言ったら人として駄目でしょ。人間関係壊したいならそう言えばいいだろうけどさっ!」

「お……おう」


 急に早口になった神原からの口撃を受けて、流石の沢井もたじろぐ。

 何を言っているのか全て聞き取れなかったが何となく、動揺しているらしいというのだけは伝わってきた。

 好きなんだろ~? と茶化してしまえば余計酷いことになりそうな気がして彼はこれ以上その事について突っつくのを止めようと考える。


「いや、まぁ、うん。喧嘩したならとりあえず謝っておけば問題ないって」

「別に喧嘩なんかしてないし!」

「あ、うん。自分は悪くないって言うならそのままでもいいんじゃないかな」

「違うし! 俺が悪いんだし!」


 そうか、直人が悪いのか。

 面倒だなぁと思いながらも沢井はまるで弟ができたかのような感覚に苦笑した。

 これは俺が喫茶店に一人で行って探ってくるべきかな、と彼が考えているとじっと見つめていた神原が冷たい光を湛えた瞳を光らせて低く呟く。


「余計なこと、しないでね。成洋」


 少し動けば暑いくらいの温度設定にしているクーラーだというのに、そう告げられた瞬間に体感温度がどっと下がった。軽いホラーだなと思いながら沢井はぎこちなく笑みを浮かべて頷く。

 疑わしげに彼を見つめていた神原は「喉渇いた」と空になったグラスを彼に突き出してお代わりを要求する。

 その態度に苦笑しながら沢井は溜息をついて立ち上がった。





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