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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
8/206

07 お礼

 神原君と沢井君の二人が喫茶店に来てから一週間。

 特に目立った動きはなく、私はいつもと同じように大学とバイトとゲームに勤しんでいた。

 とは言っても、記憶が三重になっているせいで考えることが多くてあまり進んでいないが。

 

「それにしても、何て偶然なのかな」

 

 神原君と沢井君の二人が何故わざわざここの喫茶店まで来たのかはすぐに分かった。

 甘い物が食べたかったのだが、学校近くだと目撃者がいるかもしれない。学校から遠いなら見つかることも無いだろうと、わざわざうちの喫茶店を選んだらしい。

 私としてはいい迷惑だが、お客様なので文句は言えない。

 それに彼らの気持ちも少し分かる。

 男の人でも甘いものを食べたい。けれど、他人の目が気になって堂々と食べられないという人は少なくないからだ。

 

「余計な事までして、馬鹿じゃないの私」


 客として来るだけならなんて事は無かったはずだった。

 けれど、業を煮やして自ら首を突っ込み彼と接点を持ってしまった自分に後悔する。

 今更頭を抱えてあの時の行動をなかった事にしたくても、できるわけもない。


「しょうがないよね。うん、しょうがない」


 私はぶつぶつと呟きながら店の前を掃除していた。

 行き交う人の中に見た事があるような顔がちらほらあったけど、気にしない。

 関わる気にならなければこれだけ無関係でいられるが、少々つまらなかった。

 かといって首を突っ込む気にもなれず、彼らの生活を覗き見するつもりもない。

 都合よろしく他ゲーム攻略対象の姉の元に次から次へと登場人物が集まってきてたらそれはそれで怖い。


「甘酸っぱい体験……してみたかったな」


 裏に回ってゴミを片付けていると、キョロキョロと周囲を見回していた青年と目が合う。

 あ、目が合った。


「こんにちは」

「あ、こんにちは」


 見なかった事にして中に戻ろうとした私を彼は引き止める。

 軽く会釈をして挨拶をすると近づいてきた彼は愛くるしい笑顔を向けて話しかけてきた。

 そうか、これが主人公補正というやつですか。


「あの、この前はありがとうございました」

「あぁ。お役に立てたなら良かった」


 それが今一番後悔している事だったりする。

 そんな心情を知らない彼、神原直人君は少し恥ずかしそうに俯きながらお礼にと小さな袋を差し出してきた。

 

「あの、これは俺の気持ちなんで受け取ってください」

「いや悪いわ。あれは勝手に私がした事だから気にしないで」

「いえ、俺が持ってても使わないので受け取ってもらわないと困ります」


 私も困ります。

 というか何だよこの告白シーンのようなやり取りは。

 相手が相手だけにシャレにならないんですけど。

 心の中で悲鳴を上げながらも表情には決して出さない。これがまた難しいのだが最近はだいぶ慣れてきたと思う。

 あ、そんな残念そうな顔しないで。ほら、他に誰かにあげればいい。

 確か妹がいたはずだから彼女にでも。


「いいのよ。それは他の人にあげて」


 何なのか分からないけど、丁重にお断りさせていただく。

 あのくらいの大きさなら髪留めかなと紙袋の模様とシールから店を思い浮かべる。可愛い雑貨を取り扱っているあの店は私もなつみとよく行っていた。

 神原君は困ったような顔をして「お願いします」と手を引こうとしない。

 困った。


「あげるって言っても、あげられるような人がいないので」

「あら、彼女さんとかいないの?」

「か、彼女なんて……そんな、俺にはまだ」


 真っ赤になって照れるという事は、まだ誰のルートにも入ってないって事?

 お姉さんぶってサラッと聞けたのはいいけど、こういう事もあるのか。

 しかし、あれだけ登場人物濃いのが揃って誰とも接点持ってないとは勿体無い。

 ゲームのように条件満たしてもイベントは起きないって事だろうか。検証してみたいけど、深入りしたくない。両方の気持ちがぶつかり合って私の頭の中で喧嘩を始めた。

 

「大したものじゃないんですけど、本当に助かったので受け取ってください」

「そうね。じゃあありがたく。気を遣わせてごめんね?」

「いえ。本当に助かりました。ありがとうございました!」


 元気がいいなぁ。

 若いって、いいなぁ。

 そんな事を口にしたら叔父さんに「お前もだろ」って突っ込まれるんだろうけど。

 頭を下げて去ってゆく神原君を見送りながら、私はついうふふと笑ってしまった。中々帰ってこない私の様子を見に来た叔父さんに目を細められて嫌な笑い方をされる。

 そんな顔しなくても、いいと思います。


「ほーお。由宇は年下が好みか」

「違うし! ほら、昨日の子よ。焼き菓子あげた」

「あぁ、あの子か」


 神原君と沢井君が初めて店に来てくれた時の事。

 昼食を終えてフロアに戻った私は、彼らの会話を盗み聞きすることに再び集中していた。不自然にならないよう、他の仕事もきちんとこなしていると沢井君がとても素晴らしい発言をしてくれたのだ。


『お前も桜井の事が好きなんだろ? でもやめとけって。絶対無理だから』

『判ってるけどさ。憧れるなら勝手だろ?』


 その会話を聞いたとき、私は思わず叫んでしまいそうになった。

 聞き逃せないその会話にキュンシュガ主人公である神原直人のルートが決定している事を知った。

 しかしゲームほど簡単にいかないせいか、二年になったというのに二人の仲が深まるようなイベントも発生していないらしい。

 現実ともなるとあんな風に順調にはいかないんだなと切なくなりながら、彼らの恋バナに耳を傾ける。ゲームの世界だから相手を選んだ時点でそのルートになっていると思い込んでいた。

 実際どうなのかは本人に聞かなければ分からないが、彼の好きな人が華ちゃんだったと判明しただけ良い。これでなつみのルートは消えたからだ。

 けれどゲームと酷似している現実の世界でルートなんてあるのかという問題もある。

 最初に選んだから一本道なはずだが、本当にそうなのか等、考えれば考えるほどキリが無いので今はやめておこう。

 華ちゃんというのはキュンシュガのメインヒロインの事だ。黒髪長髪の綺麗な子で大和撫子という雰囲気を纏っている。おっとりとした性格で、高嶺の花的存在として知られている学校のマドンナというのがゲーム内での設定だ。

 カマトトぶってる発言なんじゃないかって思う時もあるけど、天然さんである。

 しかし、華ちゃんはメインヒロインだから入学式の時に主人公とぶつかるイベントが共通イベントとして起こる。

 そう、あれは強制イベントだから避けて通れなかったはずだ。

 昨日はそこまで頭回らなくて思わず彼の手助けをしてしまったが、余計な事をしたような気がする。

 本人は助かったと嬉しそうだったが、本当にあれで良かったのかは疑問だ。

 やっておいて今更なのは分かっているけれど。


「私は何で我慢できなかったのか」


 先日、偶々彼の姿を見つけた私はそのまま通り過ぎようとしていたが、どうしても気になって足を止めてしまった。

 大学から喫茶店へと移動する途中だったが、時間に余裕があったのがいけなかったのかもしれない。

 困ったように周囲を見回して溜息をつく彼を見つめていたのが悪かったのか、私に気づいた彼に声をかけられて無視ができなかった。

 それに捨てられた子犬のような顔をしている彼を見れば放っておけと言う方が無理だろう。

 声をかけられた私は軽く挨拶をしてその場を去ろうとしたけれど、明らかに神原君の態度がおかしいのが気になって尋ねてしまった。

 怪しまれぬように気をつけてお節介なお姉さんを演じながら聞き出すと、 用意していたプレゼントを置き引きされて途方にくれていた事を話してくれたのだ。

 それを聞いた私はピンときた。


 桜井華子ルートのイベント失敗してるじゃないですか。


 思わずそう叫んでしまいそうになった私は何とかその言葉を飲み込んで、協力できるかもしれないから任せて、と親指を立てて安請け合いをしてしまった。

 華ちゃんが好きで、華ちゃんルートに少なからず入ってるなら修正すればいいと思ったからだ。

 彼を連れて喫茶店へと向かった私は裏口の方で待つように告げて、叔父さんに融通してもらった焼き菓子の詰め合わせラッピングして彼に渡したのだ。

 勿論、ラッピング材料は近くにある百均で購入して、だ。

 今思えばあまりの手際の良さと興奮具合に不審がられなかったのが不思議なくらいだ。

 プレゼント消失の話は聞いていたし、ただ鬱陶しいお節介なお姉さん程度に思っていてくれたらいいなと思う。

 お節介すぎて気持ち悪いと思われてるんじゃないかとも心配したけれど。 


「何言ってるんだ。困ってる人を助けるのはいい事じゃないか」

「やり過ぎたかなぁと思って」

「迷惑だったらお礼の品なんてわざわざ持ってこないだろ」

「そうかなぁ」


 彼がプレゼントをなくして困っている話も、相手がどうやら女の子であるという事も叔父さんには言っている。

 置き引きされたと言った時には「あちゃー」と言っていた叔父も相手が女の子だと知って積極的に協力してくれたのだ。


「で?」

「え?」

「どうだって?」

「あぁ、上手くいったみたい」

「ほーお。これを機にうちの喫茶店でデートでもしてくれるといいんだけどな。サービスしちゃうぜ」


 その光景はとても見たいし、神原君が華ちゃんとくっついてくれるならなつみは無事だから安心できる。

 けれど、わざわざうちの喫茶店じゃなくていいと思う。

 二人を見て癒されて、ウフフフなんて微笑んでいたいけどこれ以上登場人物と接触するのは避けたいからだ。

 あぁ、何て矛盾する感情。


「うあっ」

「な、何だよ」

「あぁ、ごめん。何でもない」

「そうか?」


 洗い物をしながら上手くいったならいいな、と恋の成就を想像していたのも束の間。

 脳裏に虎さんの事が浮かんだかと思えば、背筋を悪寒が走り抜ける。

 思わず変な声を上げてしまった私に叔父さんがビクッとするが、どうやらカップを割りそうになったのだと誤解してくれたらしい。

 常連さんにも「気をつけてね」と言われてしまった。


「すみません、変な声出しちゃって」

「無理しないでよ、由宇ちゃん。貴方がいないときのマスター、本当に寂しそうだったんだから」

「べ、別にそこまで酷くないですよ」

「嘘ばっかり。可愛い姪っ子だものねぇ」


 やばい、どうしよう。

 虎さん=沢井君だったとしたら、多分彼はお怒りかもしれない。

 やり取りをしている中で虎さんは主人公の友人という立ち位置というのが判明したが、主人公の恋を応援していないような事を言っていた。

 神原君が好きなのは華ちゃん。それは確実だろう。

 と言う事は、沢井君が虎さんだと仮定すると推しキャラは華ちゃんじゃない可能性が高い。

 自分とじゃなくてもせめて主人公には自分の好きなヒロインとくっ付いて欲しい。そう、虎さんが思っているとしたら?

 華ちゃんに恋をしている神原君を間近で見ているのは苦痛だろう。

 でもこれは私の想像で、本当はどうなのか分からないけれど。

 普通は自分が主人公じゃなくとも好きなキャラとくっ付きたいって思うはずなので、寧ろ華ちゃんが推しキャラだという事もある。

 自分が彼女と結ばれる為に。


「何だ、何か悩んでる事があったら相談に乗るぞ」

「うーん」


 自分のせいで他人の人生を変えてしまうんじゃないかとあれだけ慎重に思ってたくせに、うっかりその手伝いをしてしまった。

 あれが本来繋がるべきルートじゃなかったとしたら、歪めたという事になる。

 そう考えると本格的に私は部屋に引き篭もって、なつみが卒業するまで息を殺してろって事なのかなと考えた。

 持っている前世での情報がこんな手枷足枷になるなんて思ってもみなかったが、恐らくそれが一番平和なのかもしれない。


「もしさ、もしね?」

「うん」

「事前に私はそうなると知っていたと仮定して、私のせいで相手の人生が変わるような事があったら、何もできなくなるよねーって思って」

「……未来予知ってやつか?」

「似たような感じ」


 ゲームの世界に良く似ている。

 けれどもここは私が産まれ育ち、今も生きている世界で。

 そんな世界で見かける登場人物たちの、幾多にも分かれる分岐点を知っているなんて異常としか言えない。

 いっそ、私の頭がおかしくて花畑が埋まっていればそっちの方が楽なのに。

 神原君のプレゼントの件だってそうだ。

 あのままでは失敗するからとつい手を貸してしまったのは私の我儘。

 彼が、好きな華ちゃんと上手く行くといいなと思ってフォローしてしまった事で、失敗するはずだった未来は変わったはず。

 嬉しそうにお礼まで渡されて、と私はバッグの中に入っている袋を思い出した。


「ふーん。そうだな。確かにそりゃ雁字搦めになるかもな。でも、お前が思ってるほど人ってのはヤワじゃないぜ? 最終的に決めるのは自分自身だからな」

「強制されたとしても? 本人たちは自分の意思だって思い込んでるだけで、本当は誰かの思い通りに動かされてたとしても?」

「……ゲームのやりすぎじゃないのか、由宇。それとも病み上がりでまだおかしいか?」


 ははははは、なんて叔父さんみたいに笑い飛ばせればいいのに。

 人が少ない店内ではコーヒー一杯で長居している客も多い。

 食器を拭いて片付けている私に、常連の高橋さんが話に混ざってきた。


「ふふ。面白いわね。決定論か、確率論かって事ね」

「決定?」

「全ての未来はもう既に決まっているか、否か」


 目元のほくろが相変わらず妖艶でお美しいです。って、顔を眺めてる場合じゃなかった。

 ええと、未来がもう決まっているかそうじゃないかという事?


「確定した未来がその時点で判るならそれこそ神よね。自分の望む通りに人を動かす事ができる」

「そう、ですねぇ」

「でもそれは目的とする相手が素直に従ってくれればの話よ。それに、未来は既に決まっているなんてロマンがないから私は嫌いだわ」

「俺も、未来が確定してたとしたら神様を恨むぜ。というか、それだったらこんなに女運がないのも俺のせいじゃないからなぁ」

「ふふふふ」


 神、か。

 だとしたらきっと、疫病神だ。

 そんな事聞いてたら益々怖くなってきてしまった。今後は余計な事をしないように気をつけよう、だけでは駄目かもしれない。

 もう、間に合わないのかな。

 これもまた、決められた未来だったらどうしよう。

 どうしようもうないけど、どうしよう。


「素直に従わなくっても、そうさせる手は幾らでもあるからな。そんな奴がいたらとりあえず俺の女運をどうにかしてもらう」

「必死すぎるわ、マスター」

「高橋さんも俺の女運の無さ知ってるだろ?」

「まぁね。毎回楽しい話を聞かせてもらえて嬉しかったわ」

「酷い!」


 叔父さんと高橋さんの会話を聞きながら、その輪に加わって笑えない私は静かに溜息をついた。

 頭の中がぐるぐるしてしまって、どうしたらいいのか判らない。

 余計な事はしないと決めても、困っている姿を見たら手を差し出しそうになる。助けてしまいそうになる。

 だから、引き篭もりコースしか道はないのかな。

 見えないところで困ってもらえると一番ありがたいんだけど。

「人は計算通りにいかないから楽しいのよ。由宇ちゃんも、あんまり深く考え過ぎない事ね」

「はぁ……そう、ですねぇ」


 そうは言われても、介入してしまった事実が重く圧し掛かってくる。

 全ては首を突っ込んだ私が悪いのは分かっていて、助けなければ良かったなんて思ってはいないけど。




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