73 パパとママとわたし
私が生まれ育った世界は、大好きなママとパパが作った世界。
とても美しくて、眺めても飽きない玩具箱のようだった。
ママがいて、パパがいて、私がいる。
世界を作った神様のママとパパが忙しいのはいつものこと。
私は二人の自慢の娘だから一人で留守番するのも平気だった。
私は愛されてる。
ママとパパに、誰よりも一番愛されてる。
それなのに。
それなのに……。
外の世界からやってきた嫌な奴らが、パパとママを傷つけた。
泣き叫んで止めようとする私を無視して攻撃が続けられる。
なんでただ三人で暮らしてるだけなのに、家族が仲良く生活してるだけにそれを壊すなんて事するの?
外の世界を創ったのはパパとママなのに、どうしてそこに生きてる人たちが傷つけるの?
酷い顔をして、傷つけるような言葉を投げて自分勝手に「世界を取り戻す」って何?
嫌い。
嫌い。
パパとママが創った世界に住んでるのに、自由が無いとか叫んで来る奴らなんて嫌い。
誰のお陰で生きてるの?
誰のお陰で存在できてると思ってるの?
何も悪いことなんてしてないのに、私たちの平穏な生活を壊そうとする奴らなんて大嫌い。
窮屈な場所に閉じ込められても私はあいつらに対する呪いの言葉ばかり呟いてた。
胸を占めるのはドス黒い感情。
世界なんて、無くなってしまえばいいのに。
私たちを傷つける自分勝手な世界なんて、世界なんて跡形も無く消えればいいのに。
体を無くしたパパとママは、そんな私を慰めてくれた。
あんなに酷いことをされて、狭苦しい場所に閉じ込められたのに何で怒らないの?
世界を壊せばいいんだよと言った私はやんわりと窘められて、顔を歪めた。
創った世界に傷つけられるなんて、躾が上手くなってないからだよ?
あんな世界はさっさと壊して、皆殺しにして、なくしてしまえばいいのに。
『彼らは悪くない。そうさせてしまった私たちが悪いんだ』
二人はとても優しい。
優し過ぎるからこそ、つけ込まれる。
体をなくして、力もバラバラにされたのに悔しいとは感じていないの?
怒ったり、憎んだりして当然なのに。
私は悔しいし、あいつらを含めた世界をジワジワと殺してやりたい。
目の前で大切な人が傷つけられるって、どんな気持ちなのか。何も悪い事をしてないのに言いがかりをつけられて絶望に追いやられる気持ちがどんな風なのか、思い知らせてやりたい。
飽きたら全滅させればいい。
力が弱まったって言ってもパパとママは外の世界を創った主だから、できるはず。
そうしてほしいのに、二人はそんな事を言わない。
こんな目に遭っても自分たちに責任があるなんて言ってしまう。
だからこそ、私の大好きなパパとママなんだけど。
『世界を再生させようと思う。手伝ってくれるかい? レイ』
「もちろん!」
今まではずっと守ってもらってばっかりだった。
自分一人安全な場所にいて、ただ見てるだけだった。
あの時だって、結局私はあいつらに嘆願し、消え去ってゆくパパとママの体に縋りついて泣く事しかできなかった。
でも、一つ褒めてあげられるとしたら一緒に私も殺してくれたこと。
あぁでも、パパとママも、そして私もこうして生きてるわけだから“殺す”って言うのはちょっと変かな。
あの時死んだのは確かだったけど、パパとママは神様だもん。完全に殺せなかったあいつらは結局閉じ込めることしかできなかったし。
完全に力が奪われたわけじゃなかったから、私はこうしてここで生きてる。
体を無くしてしまった二人が、私を生かすことを優先して再生してくれたお陰だ。
頑丈な防御壁に包まれてはいるけど、つけ入る隙はあると二人は言っていた。
そう、これからは私が二人のために役に立つ番。
パパとママを守るためだったら、私たち家族三人のささやかな幸せを守るためだったら私は何だってする。
何をしても後悔なんかしない。
だって、大好きな家族と元の幸せな日々を取り戻すだけだもん。
それを壊そうとする奴らの方が悪い。
そう、邪魔をする奴らはみーんな敵。
「なんかね、変な人たちがいるみたい。ループしても、記憶持ったままなんだって」
『そうか。ならば彼らは選ばれたものだね』
「選ばれたもの?」
『私たちを助ける勇士たちだよ』
勇士、勇者。
知ってる。
勇者の敵は皆やられちゃうの。そのくらい、幸運に恵まれてるって事だよね。
そっか、利用すればいいんだ。
外の世界の奴らを利用してあいつらを倒して、元通りにして邪魔な奴らだけ消せばいいんだよね。
それでもって、家族三人が安心して暮らせるように選民すればいいんでしょ?
いい子だけが残るように、そうじゃない人たちは消しちゃえばいい。
そうすれば私たちはずーっと幸せでいられるし、残った人たちだって幸せに決まってる。
そうだ、それがいい。
『私たちは知っての通り、ここから動くことができない。けれど、レイ……貴方がいる』
「うん。任せて! 私なんだってできるよ!」
『頼もしい子ね。それでこそ私たちの子だわ』
何だってできる。
元のように幸せな暮らしを取り戻して、私たちをこんな目に遭わせたあいつらを絶望に落とすことができるなら。
そう思って色々動いていたけど、やっぱり私はパパとママのようにはいかなくて。
何度も何度も失敗して、嫌になって投げ出したくなる時もあった。
私たちの味方になるはずだった人間は一人だけだったのに、何でかもう一人いるし。
それでもって、男のほうは私の事を「美羽」と呼ぶ。
気持ちが悪いと思った。
でも、不思議に思う私にパパとママはその情報をくれる。私たち家族は繋がっているから、そんなやり取りだって簡単にできてしまう。
一応私だって、神様の娘だからね。
だから、相手に合わせていい顔していい気分にさせてあげたのに、どうしていっつも失敗するんだろう。
「何でかな。こいつがいるからじゃないかなぁ」
一度だけじゃなく、二度までもここまで来られたもう一人。
能力も容姿も平々凡々で、何の役に立つとも思えないそんな女。
パパとママが選定者として認めたのは神原直人だけ。それなのに、この羽藤由宇とか言う女はいつも一緒にここへ来る。
気に入らない。
勇士のおこぼれに与って、偶々ここまで来られただけなのにこの女がいるからいつも失敗する。
何の変哲もない生まれと育ち。そして学校での成績。
幸せな家庭で育って、友達に恵まれて。何不自由なく暢気に過ごす姿を見ていたら、無性に腹が立った。
最初は、父親がいないからって同情してあげたのに。それなのにこの女は私たちの計画を崩してしまう。
「んもう。まただし。この服気に入ってたのに」
血が滲んでる箇所を撫でながら、私は髪を掻き上げ絶命して横たわっている女を蹴り飛ばす。
二人が死んでしまったら意味が無い。
死んでしまえばその体と魂は【再生領域】とやらに移動して、ループするのだとパパとママは言っていた。
だから、そうなる前にパパとママを入れなきゃいけない。
神原直人にパパが入るのはいいとして、何でこんな女にママが入らなきゃいけないんだろう。
もっといい人がいるかもしれないのに。
二人が言うには選ばれてもいないのにここまで二度も来れるだけ凄いから、適性があるとか言ってたけど。
でもこんな冴えない女にママが入るなんて嫌だ。
パパとママが選んだ他の選定者の中で私が一番いいと思ったのは、成瀬愛。
この人なら能力も高いし容姿もいい。
何より誰からも好かれるような愛らしさを持ってる。
ママと比べれば随分と子供っぽいけど、でも私よりは年上だし神原直人とも年齢的に同じだからいいと思ってた。
だから、上手く操作して彼女をここへ来させようとしてるのに毎回失敗する。
途中までは上手く行くのにどうして失敗するのかと癇癪を起こしていたら、パパとママは妨害されてるからだと言ってた。
妨害。
あぁ、そうか……あいつらか。
妨害するって事は、成瀬愛と神原直人がそろうとまずいってあいつらも考えてること。
だったら余計に退くわけにはいかないと思ってたのに、成瀬愛のガードは固い。
だから私は考えを変える事にした。
チップを埋め込んだ羽藤由宇の生活を追いながら、その周囲で使える人物はいないかと探す。
そして、見つけた。
灯台下暗しとは良く言ったものだけど、あのくらい可愛い子なら私も納得するしママだって羽藤由宇より満足してくれるはずだ。
パパとママは力の消耗が激しいみたいで、ほとんど寝てばかりだから余計に私が頑張らないと。
「まただよ……。あの女、本当に大っ嫌い」
どうしてそこまで嫌いだと思うのか自分でも分からないけど、多分これは生理的なもの。
直感的に受け付けないんだからしょうがない。
結局、北原百香を手に入れることも悉く失敗した私は苛々しながらこちらに落ちてきた二人の気配に眉を寄せる。
これで三度目だ。
ここまで来るのにどれだけこっちが苦労してるのかも知らないで、二人はまたここに来てきっと同じ事を繰り返す。
「ふふふ」
でも、今回は違う。
二回目の時は、いつまで経っても理解しない神原直人にキレた私が羽藤由宇のスイッチを入れちゃったんだけど。
だってさ、喜ぶべきことなのに自ら死を選んでる馬鹿なんだもん。
パパとママは選定者って言ってたけど、神原直人も除外した方がいいと思うんだよね。
胡散臭い奴らが近づいてるみたいだし、私たちの事を敵だとか言い出すし。
下手に記憶持ってると厄介で面倒なんだよね。
そう二人に言ったら、私の好きにしていいと言ってくれた。
だから私はさっさと三度目を終えて、都合のいい人たちを招く計画を立てなきゃいけない。
あの二人の相手をするのはもう面倒だし飽きたんだけど、ストレス解消くらいには役立つと思うんだよね。
二度目の時の事を思い出して、私はゾクゾクしながら息を吐く。
失望、恐怖、絶望、諦観。
一度目のように簡単に心が折れた女を操るのも中々楽しかった。
色々な感情が渦巻いて、同士討ちした二度目は本当に最高だった。
今思い出してもあれだけ面白くて素敵な光景はないと思う。
だから今回も、たっぷり楽しませてもらわなくちゃ。
さーてと。三度目はどういうやり方にしようかな。




