06 続々と?
獲物を狙う獣の如く、対象を見定め爪を研ぐ。
そんな野性味溢れる性格だったら持っている情報も上手く活用できた事だろう。
でも、今の私にとっては邪魔なものでしかない。
確かに思い出した時は嬉しかったけれどそんなのは最初だけだ。
いくらその世界で生きているからと言って、自分が主人公になって攻略したキャラたちと接点が持てるわけではない。
ギャルゲームの攻略対象の姉ではなく、乙女ゲームの主人公だったら話は別かもしれないけど。
「お待たせいたしました。コーヒーです」
「あぁ、ありがとう」
なつみに好きな人がいるのか尋ねても、今はいないと答えられて残念だった事を考えながら仕事をこなす。
そう言えば私が叔父さんの喫茶店でバイトをするようになって、もう五年にもなろうとしてるのか。
常連さんと暫く世間話をしながら、月日が経つのが早いことを感じていた。
それにてしても、今この歳で前世を思い出すなんて一体どうなっているのやら。思い出すならもう少し若い時にして欲しかったと内心で溜息をつく。
「由宇、あんまり無理しないようにな?」
「大丈夫だって」
「でも、具合悪くなったらすぐバックで休めよ?」
「うん」
叔父さんがやっている喫茶店は大繁盛というわけではないが、それなりに固定客が多い。
五年もここで働いていれば常連さんとも顔見知りになるので、私が入院した事を聞いたお客さんたちは随分と心配してくれた。
別に私がいなくても手が無くて困るというわけじゃない。しかし、バイトをさせてもらっている身としては退院後も働けるのは嬉しい。
これも身内の特権というやつなんだろうか。
そう思いながら、例えどんなに忙しくても身内以外のバイトを取る気のない叔父さんを見る。
大人になってもトラウマというものはそう簡単には消えないらしい。
簡単に消えてしまえば苦労もしないかと心の中で苦笑しながら、皿にアサリのパスタを盛りつける叔父さんの手元を見つめた。
「はい、いっちょ上がり」
「はーい」
出来上がった品物を運びながら私は叔父さんのトラウマを思い出していた。
客に迷惑をかけたバイトの態度が悪かったので叱ったら、次の日から来なくなったというものだ。それがトラウマになってバイトを雇うのはやめたと言っていた。
その時ちょうど、高校に入ったばかりの私が暇だから手伝えと言われ叔父さんの喫茶店で働く事になったのだ。
確かにバイトを探してはいたけれど、暇だからと決め付けるのはひどいと思う。
高校に入ったばかりで、中学の友達とはクラスも離れてしまって大丈夫かなという不安に揺れていた時期だって私にもある。
今思えば忙しい時にバイトがいなくなった叔父さんも、相当参っていたのかもしれない。
そのバイトの代わりに急遽私が入って、すぐに客足が遠退いてしまった。
私のせいかとも思ったけれど、どうやらそのバイト君は美形だったらしく彼目当ての客が多かったようだ。
「それにしても、相変わらず微妙な込み具合だね」
「失礼な。丁度いいって言うんだよ、これが」
「ふーん」
今では綺麗に盛り付けられるようになったパフェをトレイに乗せて、席まで運ぶ。
接客スキルはここで鍛えられ教育されたと言ってもいい。
社会勉強にもなっているが、身内の経営している店で働いている時点で随分と楽をさせてもらっていると思う。
だからと言って、甘えたり手抜きをしたりはできないが。
こうして店で働いている時は、叔父さんは店長であり私はただの店員だ。
言葉遣いは丁寧すぎると気持ち悪いと言われたのであまり直していないが、あまり甘えることが無いように気をつけている。
失敗をすれば厳しく怒られるし、理不尽な態度の客を前に爆発しそうになれば制されてバックに押し込められる。
客商売をしている以上、耐えなければいけない事もあると説教されたが未だにそれはモヤモヤと胸に残っていた。
今ではそんな客相手にも貼り付けられた営業用の表情で、卒なく対応できていると私は思っている。
「お待たせいたしました。パフェです」
「うわぁ、美味しそう」
「ごゆっくりどうぞ」
お気に入りの席に座っている常連さんに、旅行の計画から恋バナまで盛り上がる新規のお客さん。
なんてことは無い、いつも通りの光景だ。
前世を思い出した事で何かが変わったのかもしれないと期待していた部分があった。
けれど、私が変に意識してるだけで本当は何も変わっていないのかもしれない。
この世界は私が覚えているゲームの世界に酷似しているけれど、違うものなのかもしれない。偶々共通点が多数あるだけで……というのは少し苦しいか。
例えここがゲームの世界そのままだとしても、渦中にいて神経すり減らすようなポジションじゃなくて良かった。
もし、虎さんの話が本当だとしたら虎さんは大変だろう。
「え、餡子と生クリームはやっぱりちょっと……」
「美味いから食べてみろって。甘すぎないから」
「いや、でも僕は」
「いいから一口食べてみろってば」
会計を終えたお客さんを見送った私はさっきから気になる子たちの会話に、耳を傾けていた。
話だけを聞いていると可愛らしいが、それを話している人物に問題がある。
お客様に耳をそばだてるなんて、店員として非常識なのは分かっているが何を聞いても心の中だけにとどめておくから許してください。
そう、叔父さんと神様に許しを請いながら私は食べ終わった食器類をトレイに乗せてテーブルを拭く。
「ん! 美味しい」
「だろ? 美味いんだよ」
窓際の席に座っているのは制服を着た男の子が二人。
注文したパフェを、幸せそうな顔をして食べている様子は非常に微笑ましい。
しかし、二人が来店した時点で私の笑顔は一瞬硬直した。
動揺を表に出さずなんとか接客できたとは思うが、頭の中が真っ白になってしまったので良く覚えていない。
神原直人と沢井成洋。
二人とも制服姿から判るように男子高校生だ。
学校から遠い喫茶店に何故来るんだと心の中で大きく叫びながら私はケーキセットを運ぶ。
さり気なさを装って、ちらりと彼らを見れば運悪く一人と目が合ってしまった。
誤魔化すように、できるだけ自然に見える笑顔を浮かべて軽く頭を下げれば照れたように頬を赤く染められる。
やだ、可愛いじゃないあの子。って、そうじゃない。
噂の主人公補正というやつに危うくやられてしまうところだった。
私はカウンター近くの壁に背をつけると軽く眉間を指で揉んだ。ゆっくり息を吐いていれば具合が悪いと叔父さんに勘違いされて無理矢理バックに押し込まれてしまう。
遅めの昼休憩にしては少し遅かったかと、ついでに持たされた昼食に苦笑した。
「美味い。叔父さんもこれで奥さんできればなぁ。付き合う彼女に毎回浮気されて捨てられるってどんだけ不幸なのよ」
料理上手でコーヒーを入れるのがとても上手い叔父さんは、花の独身貴族だ。
毎回同じ流れで振られてしまっているので、最近は恋人募集もせず一人で生きていく事を考え始めたらしい。
まだ三十二歳なんだからいくらでもやり直せると思うんだけど。
女運がないのを今回の件で漸く理解したみたいだから無理かもしれない。
「あぁ、叔父さんもかぁ」
世間は狭い。
キュンシュガを初めとしたゲームをやってきて、その知識もちゃんとあるはずなのに何故思い出すのはこうも遅いのか。
前もって分かっていれば対処が、と考えて溜息をついた。
無理か。
私は叔父さんが作ってくれた和風きのこパスタを食べながら眉を寄せる。
まさか叔父さんもゲームの登場人物だったとは誰が想像するだろう。
まぁ、私がなつみの姉の時点でそうなってもおかしくはないんだろうけど。
それにしても妹と叔父がそれぞれ違うゲームの攻略対象でした、なんて事実どうしよう。
なつみはキュンシュガだけど、叔父さんはドキビタに出てたかなぁ。
「奥平ルートでのイベントで立ち寄った喫茶店がここだとは……」
奥平文一とは、ドキビタの攻略対象で本が好きな穏やかな性格の二年生だ。
彼とベストエンドを迎える為にはとにかく勉強を頑張らなければいけない。
テストで上位三位以内に食い込まなければいけないのだが、そのミニゲームが結構辛かった。反射神経と記憶力がいい人じゃないと高得点を出すのは難しい。
全て選択肢だけで進むわけではなかったせいか、ユーザーの不満が多かったのを覚えている。もっと簡単にしろと突撃したユーザーが、公式サーバーを落としたことを思い出した。
そんな彼とのイベントの中で何度か図書館に行く事があるのだが、その帰りに喫茶店に寄るという話がある。
そこに出ていた喫茶店のマスターと叔父さんがそっくりで、気づいた時には思わずカップを落としそうになった。
叔父さんとそのマスターの絵がダブって見えた時に、またかと思ったものだ。
なつみに続いて叔父さんもか、と。
叔父さんの場合はその後、ファンの熱望によって携帯ゲームの方で落とせるようになったはずだったけど詳細は知らない。
主人公と出会ってルート入ってくれれば幸せになれるのは知ってるけど、そうならなくても幸せになって欲しいと思う。
身内の贔屓目と言われるだろうが、優しくて、イケメンじゃないけどいい男だ。
そしてどことなく兄と似てるのはやはり血なのだろうか。
「……違う違う。問題はあっちの二人よ」
神原直人、キュンシュガの主人公。頼り無さそうな外見だが優しくて頼まれると嫌と言えない性格。
沢井成洋、主人公である神原直人の親友。チャラい見た目と反して中身は結構真面目だったりするギャップ青年。
「うーん」
虎さんは沢井君なんだろうか。
いや、虎さんの発言自体が嘘か本当か判らないから確かめようが無いか。
いきなり「貴方が虎さんですか?」なんて聞いたら例えそうでも「はい」なんて答えないだろう。
私が相手の立場だったら知らないふりをする。ネット上でなら会話もするが、リアルで知り合いになるのは嫌だ。
危ない人の知り合いなんて欲しくない。
あぁ、パスタもスープも美味しいし、叔父さんの気遣いも胸に染みる。けれど早くフロアに戻って彼らの会話を聞きたい。
今誰のルートなのかだけでも分かれば良いが難しいだろう。
それに、虎さんが沢井君だという証拠も無い。
「ご馳走様でした」
「おう。完食したな。よしよし」
叔父さんの用意してくれた昼食を平らげた私はフロアに戻って心配する叔父さんに大人しく頭を撫でられた。