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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
62/206

61 久しぶり

 暗闇に落ちて行く意識に、懐かしさすら感じてしまいながら私は力を抜いた。

 今回は私じゃないからきっと神原君だろうなとか、だとしたら彼は大丈夫かなとか。考えるのはそんな事だ。

 目覚めたらまた病院で、今までの事はリセットされてるだろうから最初から積み上げていかなきゃいけない。

 鍋田さんの事も、遠藤さんの事も、新井の事も全て無かったことになるのか。

 イナバとも会わず、松永さんや榎本兄とも接点がなくなる。

 嬉しいような悲しいような。そんな変な感覚だ。

 それにしても、目覚めるまでの間がこんなにあるのは珍しい。意識すらなくなると思ったのに、考え事をする余裕がある。

 いつもなら、死んだと思ったらすぐに目覚めての繰り返しだったのに。


「ん?」


 試しに目を開けてみる。真っ暗闇だ。

 本当に目が開いてるのかどうか判らないので、手を動かして顔に触れる。

 目、鼻、口、耳、眉毛。よし、全部ある。

 確認するように指で触れた私は大きく瞬きを繰り返して体を起こした。

 途端に襲う眩暈に動きを止めて静まるまで待つ。ゆっくりと呼吸をしながら胸元を押さえると、ドクンドクンと心音が伝わってきた。

 生きてる。

 生きてる?

 この場合生きてるって言ってもいいの?


「はっ、がぁ!」


 声を出そうとしても何かがつかえているようで上手くいかない。腹部を押さえて異物を吐き出すように身を屈めれば、ベチャッという生々しい音とともに血まみれの肉塊のようなものが出てきた。

 それと同時に視界が明瞭になる。

 暗闇の世界から一気に光ある世界へと変化したせいか、くらりと眩暈がした。


「はっ、はぁ」


 目の前には自分が吐き出したものがある。内臓か、と思ってゾッとしたがそうではないらしい。

 塊は別に動くわけじゃないけど、気持ち悪い。とても気持ち悪くて乙女が触るようなものじゃない。

 けれど、それが自分の中に入っていたということで私は知らないうちに手を伸ばしていた。

 恐る恐る伸ばした手でそれに触れる。


「うわぁ」


 考えるな、頭を無にしろ。

 これは私が出した物だから元々私の一部だったものだ。だから大丈夫だ、怖くない。

 ぬるぬるして、べちょべちょして、魚の内臓を触っているようだ。

 生温かくてこの程よい弾力が何とも言えず不快感を高めてくれる。

 私は口の端から血と涎が混じった液体を垂らしながら、軽く目を見開いて気持ち悪い物体を触っている光景を想像する。

 あぁ、完全に駄目な人だ。いっちゃってる人だわ。


「ん?」


 こつ、と指の腹に当たった固い感触に眉を寄せてそれを摘む。引っ張るが肉塊の表面に縫い付けられているようになっているせいか、ずるずるといらないものまでついてきた。

 私は反対の手で肉塊を掴むと、引きちぎるようにしてその固い物を剥がした。

 その途端に手の内で萎れてゆく肉塊はまるで干し肉のように、しわしわになってしまう。

 剥がすことに成功した物体を、仕方がないので服の裾で綺麗にして眺める。

 小指の爪ほどの大きさの楕円形の何か。

 何だろうと色々な角度から見ていると親指の腹に痛みが走る。

 見ればその物体が親指の腹から内部へと潜り込もうとしていた。何だこれ、SF映画並みに気持ち悪いんですけど。

 それよりパニック映画? どっちでもいいわ、という声が聞こえてきた気がしたが私は至って冷静にその物体を引き剥がすと綺麗な床に置く。

 そして、靴の踵でぐりぐりと踏んであげた。

 丈夫で壊れないかと心配したが、謎の物体はパキンと音を立てて粉々に壊れた。


「何で私の内部にあんなのがあるのよ。あ、もしかして寄生されてたとか? データ収集されてたとか?」


 それこそ本当に映画のような話だ。

 まぁ、ゲームのような世界に生きているのだから簡単に馬鹿にはできないけど。

 それにしても、と私は立ち上がって周囲を見回す。

 床以外は果てが無いようにどこまでも続いているような感覚を受ける不思議な空間。

 いつかどこかで見たような気がしたが、思い出せない。

 きっと、テレビか何かで見た似たような光景と重なって勘違いしてるだけだろう。


「うっわぁ……あ、でもそれって主人公かヒロインか主要人物の役目だわ」


 私もとうとう、モブと言っても差し支えないくらいの脇役からレベルアップかぁ。

 嬉しくもないくせに、うふふと笑いながら床に目を落とす。

 私を中心に見渡す限り、倒れている人、人、人。

 そんな光景を見ても恐怖すら感じない私はどこか壊れてしまったのかもしれない。いや、もう壊れてるのか。

 頭を抉られた者、腹部に穴が開いてる者、首に絞められた痕がある者。どれも違う殺害方法ではなく、重複しているものもある。

 どれも肌は土気色をしており、皆目を瞑っていた。

 目が開いてたのは気持ち悪くて私が閉じさせたけれど。

 それにしても、死体が大好きな変人がこの世に存在したとするなら、咽び泣いて喜びそうな光景だわ。

 頬ずりしたりしてホルマリン漬けにして眺めたりするのかな。

 ああ、とても気持ち悪いです。


「こうやって見せられると『お前は何て駄目なやつだ!』って言われてるみたいよね。実際そうだけど」


 答えは返ってこない。

 そりゃそうだ。ここには私と、多数の死体しかないんだから。

 それも、私の死体。

 生きてる私がこうしてここにいて、死んでいる自分を見るというのは不思議な感覚だ。

 まるで、番号を振られて量産されているようなそんな感じ。

 でも不思議と気持ち悪くないのは自分だからだろうかと私は手を伸ばして近くの私に触れた。


 六回目。震える虎さんに状況を正直に話した後に、通り魔によって滅多刺しエンド。


 二十八回目。気が触れて、隔離病棟にて自死エンド。


 七十三回目。宇佐美さんヤンデレ化で事故死エンド。


 百八回目。風呂場で転んで強かに頭を打ちつけ事故死エンド。


「……百八回目ェ」


 そうか、だからこの私は裸なのかと自分の体に溜息をついて着ていた上着をそっとかけてやる。

 ベタでテンプレな死亡エンドに私は私を褒めてあげたい気分だ。

 そっと目頭を押さえながら私は次の自分に近づいた。

 軽く頭を撫でて、これは何回目なのかと触れた箇所から流れ込んでくる死んだ私の記憶を読む。

 

 ???回目。――で――る――せた――巻き込み死亡エンド。


 所々ノイズが混じり頭に浮かんだ画像がちらつく。そこで何があったのか、私は覚えているはずなのに思い出すことを拒否するような、自分で自分を制御できない気持ち悪さ。

 もっと深く探ろうとすればするほど眩暈は酷くなり、私は気持ち悪さを抑えながら自分の忘れているそのエンドを見ようと必死になる。死んでいたはずの私の手が動いて、私の手を取った。

 優しく握られ、離そうと手を引けば力が篭る。

 逃げることは許さない、とでも言われてるような感じに全身から血の気が引いた。


「由宇さん?」

「神原君!」


 そうしていると急に声をかけられて、呼吸が楽になった。

 あれほど気持ち悪かった眩暈も嘘のように消えていて、床にはポタポタと水滴が零れている。

 それが自分から出た汗だと気付くのに少しの時間を要した。

 私が落ち着くまで待ってくれていた神原君は、背中を優しく擦ってくれる。

 ありがとう、とお礼を言いながら目の前の彼は本物だろうかと探るような目を向けるとそれに気付いたらしい彼が「ですよね」と言って笑った。


「神原君、もしかして死んじゃった?」

「はい。自販機から由宇さんのところに戻ろうとする途中で、気の触れた方と出会いまして。ばっちり目が合った瞬間に『あぁ、これ終わったなぁ』と」

「そっか」


 何となく、それしか言えない。

 私の具合が悪くなかったら彼は自販機に行かなかっただろうとか、色々考えて首を傾げた。

 今までとても役に立っていた機能が、全く意味を無くしている。


「回避は?」

「いえ、全く」

「そっか……うん。イナバや相棒さんに頼りすぎたら駄目よね」

「そうですね」


 水、投げつけたんですけど意味無かったですと笑う神原君の頭を撫でる。

 今までずっと誰かの死ばかり見てきた彼だ。強がってはいるが、とても怖かっただろうに。

 私だって最初の頃はずっと怖かった。

 諦めたのは二桁に入ったくらいだったかと記憶を手繰る。

 驚いた顔をしながら恥ずかしそうに私の手を優しく払い除けた神原君は、立ち上がるのを手伝ってくれた。


「ありがとう。それにしても、今回はループないわね」

「ですね。僕もそれが不思議だなって思ってました。起きたら一面に、ヒロインたちの死体ですからね。悪夢ってこういう事なんだなって」

「寝ても覚めても悪夢よね。私たちの場合は」

「本当ですね」


 気付けば周囲に転がるようにしてあった私の死体たちが消えている。

 それを不思議そうに思いながら何も無い床を見つめていると、心配そうな顔をした神原君に声をかけられた。


「私は、自分の死体だったわ。いやぁ、不思議な感覚だった」

「由宇さん……」

「そんな顔しなくていいの。別に怖いなんて思わなかったし。ちょっと気持ち悪いなぁとは思ったけど」


 私の言葉に複雑な表情をした神原君は優しい。

 明るく言う私と同じように気にしない振りをしようとしてるのに、心の内を想像して哀れんでくれる。

 同情であれ、彼は優しい。

 とても優しい。

 こういうのも人によるんだなぁ、としみじみ思いながら私は彼と歩き出す。

 あてなんて無いが、ここで出会えたのも何かの縁だ。


 真っ白い床に私と神原君の足跡が黒く、黒く続いていた。




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