05 贅沢な悩み
主人公の友人という立場は、中々良いポジションだ。
なんと言っても主人公の活躍を間近で見れるという特典がついてくる。
おいしい立ち位置ではないですか、と思わず画面の前で親指を立ててしまった。
私は主人公もその友人ポジションも嫌だけど、夢がいっぱい詰まってるから楽しそうだと思う。
でもやっぱりなるとしたら主人公が一番いいんだろうか。
何かと主人公補正という素晴らしい能力が先天的にあるだろうし。
そう考えると何があっても“主人公ですから”で片付けてしまえる主人公さんって本当にチート。
けれど、それが主人公が主人公たる所以なのかもしれない。
Nao:おおおおお、おめでとー!
震える虎:……。
Nao:おいおい、どうした? もっと喜びなさい。主人公の友人なんてラッキーじゃない。
震える虎:僕も最初はそう思ってたんですけど、今はやめたくて仕方ないです。
Nao:うっわ、贅沢者めっ。間近で数々のイベントを見られるというのに。あ、でも見てるだけだから嫌ってことか。
虎さんが前世の記憶を持っている転生者だという事に気づいたのは小学生の頃らしい。
ここが自分のやっていたゲームの世界だと気づいた彼は、ゲーム通りに進まないようにと色々試したらしいが、どれも無理だったと言っていた。
なるほど、虎さんもゲーム転生だったのか。嘘か本当か判らないけど親近感がわく。
きっと向こうも私の事をそういう風に思ってるだろうけど、嘘の話にしても面白いからいいか。
震える虎:そうじゃないですけど……。
Nao:ほら、だってやっぱり推しキャラが主人公とイチャイチャしてるのって地獄じゃないの?
私はその気持ちが判らないけど、多分モモが主人公の友人として転生したら凄まじいバイオレンスな内容になってしまいそうだ。
ちょっと、見てみたい気もするけど。
そうなると私もその場にいる事になるから、巻きこまれるのが決定になってしまうかもしれない。
それだけは嫌だ。
震える虎:そうじゃない場合もあるじゃないですか。
Nao:あぁ、そうだね。
それから、虎さんの方はどの程度ストーリーが進んだのかや、こちらの状況を軽く説明して終わった。
毎回変わるアドレスに、パスワード。
こんなにマメだと周囲に情報が漏れるのを心配しているように思える。
誰か閲覧者がいたら即座に判るようになっているのだと得意気に告げた虎さんの書き込みを思い出しながら私は溜息をついた。
話のネタにしても、そこまで凝る人もいるのか。
気兼ねなく話せるという点ではいいかもしれない。メールも毎回虎さんから送られてくるけれど、こちらからもメールを送れるしちゃんと返信もしてくれる。
前のメールに記載されていたアドレスは、全て存在しないページになっているあたり変に感心してしまった。
頭がおかしい人にしては細かいというか何と言うか。
今回のログを最初から眺めていた私は、どのくらいまで本当の事を言えばいいのかと考えあぐねていた。
キュンシュガに出てくる羽藤なつみの姉です、と言ったらすぐに特定されてしまいそうだ。
虎さんがキュンシュガを知らなければそれで終わるが、知っていた場合は家にまで押しかけられる恐れがある。
お前の姉は頭おかしいな、となつみに接触でもされたらどうしよう。
それに、虎さんがキュンシュガのキャラだとしたらまずい。主人公の友人だと言っていたのでなつみの人生に大きく影響を与えてしまうじゃないか。
何もしないで傍観してくれてるだけならいいんだけど、何だか推しキャラがいるようなのでどうなるのか分からない。
主人公と推しキャラをくっ付けたいのか、それとも自分がそのキャラとくっ付きたいのか……怖くて聞けなかった。
それでも虎さんも私と同じように恋愛ゲームに転生したと聞き出せただけまだいい。
「うあっ!」
安心しかけたのに忘れてた事を思い出して、変な声が出てしまった。
すっかり忘れてた。本当に忘れてた。
こんな事で安心してる場合じゃないんだった。
いや、でも慌てても仕方ない。
「どうなってるの? 同じメーカーだから?」
先日食堂で見かけた人物の事をそれとなくモモに聞いてみたら、知らないのかと逆に驚かれてしまった。大学の中でもあれだけ爽やかな美形は珍しいと力説されたが、正直どうでもいい。
問題なのは、キュンシュガのゲーム世界だと思ってたのにドキビタのキャラが出ていた事だ。
いや、世界観が同じだからいてもおかしくないのは分かる。
でも、ここはキュンシュガの世界じゃないのか?
なつみを見て私はてっきりキュンシュガの世界に転生したのかと思ってたけど、どうやらそれも違うようだ。
食堂で見た人物がキュンシュガに出ていれば変に思わないが、彼はドキビタのみの登場で他には一切出てなかったはず。
「って事は、黄昏市を舞台にしてるからドキビタの主人公もいるって事?」
ぶるり、と体が震える。
いや、怖がる事は無い。私はキュンシュガの関係者だけど、ドキビタは無関係だ。ええ、無関係。
遊んでいた身としては、そっちの方はどうなってるのか気になるけど。
でも複数のゲームが混じり合う世界とは何てハードルが高いのか。
仮にもたくさん遊んだファンの端くれなら、手放しで喜びそうなのに嫌な予感しかしない。
「黄昏市って言う市名から何故気づけなかった私……」
前世の記憶が無かったから、というのが答えだろう。
普通そんなものあるわけが無いからここが前世で遊んでいたゲームの舞台だとは気づかなかった。
寧ろ本当に気づかず生きていければどれだけ楽だった事か。
泡吹いて倒れなかったら、思い出すことも無かったんだけどなぁ。
あそこが分岐点だったんだろうか?
「キュンシュガ、ドキビタ……で、終わる? あのメーカーって結構同じ世界舞台にしてるの多かった気がするんですけど」
思い出せるだけ指折り数えてみる。
黄昏市が舞台になってるゲームは、高校ものが四つ、あとは社会人が三つくらい。
キュンシュガと、ドキビタの前にも出てたはずだがそれはよく覚えていない。
私が知ってる限りでこの数だけど年齢制限有りもあったのでそれも加える。
制限ありは大学生主人公が一つに、社会人が二つ?
「いや、大丈夫。まだ、大丈夫。まだ落ち着ける時間だわ」
自分に関係あるゲームはその内の二つ。
キュンシュガとドキビタだけ。後は係わり合いがないから、こっちから首を突っ込まない限り何事も無いはずだ。
大学生が主人公の乙女ゲームも、私が通っている大学とは違う場所なので心配は無い。
食堂で見かけた、何故か同じ大学だった彼とも近づかなければ問題ない。というよりも、近づきたくても近寄れない人だから丁度良かった。
登場するキャラクターはキュンシュガとドキビタくらいしか覚えていない。
あとは、どこかで顔を見た気がするけど名前は思い出せないというレベルだ。
そう言えばテレビで人気のあるアイドルも、ゲームの攻略対象だったような気がする。
あれはお隣の薄明市が舞台だったはずだ。
薄明市が舞台のゲームもプレイしていたがあそこは芸能界ものや、伝奇ものが多かった気がする。
あの神社本当にあるんだろうか? 良縁結びの悪縁切りで評判が良く、攻略対象の巫女さんが可愛い神社。
「行くべき……か?」
悪縁切りで評判がいいと言われると行った方がいいような気がする。
でもまだ悪縁というほど他と縁ができたわけじゃない。
落ち着いて、私。
ゆっくりと深呼吸をして、落ち着いて考えよう。
まず、私と縁のある登場人物は妹のなつみだけ。そう、あの子だけだ。
他のキャラクターと縁はまだ無いし、これから作る気もない。
だったらやはり、どっしり構えて静観するしかないだろう。
「危ない、危ない」
余計な情報ばかり多く持っているせいで墓穴を掘るような真似をするところだった。
ゲームの登場人物達がどんな人間関係を築いて、主人公達がどのルートに進んでいるのかは非常に気になるが我慢しなければ。
主人公達が私のように前世の記憶とゲームの情報を持っていない限りは、誰とくっつくかなんて分からない。
ゲームはプレイヤーが好きな攻略対象を選べる方式だけど、漫画ではメインキャラとくっつき、アニメではメインか他のヒロインたちなのか曖昧になって終わる。
「俺たちの恋はこれからだ! みたいな?」
色々な形で展開されてるのはいいけど、エンディングが分からないというのは違う意味で緊張する。
あの子たちが誰とくっつこうが、それは彼らの自由だから見守る。それは、絶対。
自分の趣味は押し付けない。うん。
あー、でもなつみが選ばれたりしたらどうしようか。システムに縛られた世界だとは思いたくないから、今から巻き返そうと思えばできるんだろうなぁ。
「うぬぬぬぬ」
後で好きな人いるのかって、なつみに聞いてみようかな。
素直に答えてくれるとは思えないけど、上手いこと聞き出してみよう。
主人公の名前が出たとしても、お姉ちゃん積極的に手伝える気はしないけど。
相手次第になりそうだが、主人公が私のように前世の記憶持ちでない事を祈る。