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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
57/206

56 点と点

 

 石板を見つける度に少しずつ埋まっていくイナバの記憶。

 それをコンプリートしてしまえば、ループについての謎を解明できるだろうか。

 夢の中では魔王様の為に石版集めをしているというのに、現実ではイナバに影響があるなんて思ってもみなかった。

 一体どういう仕組みになっているのやら。

 単純に考えるとするなら、魔王様とイナバが繋がっているという事。

 けれど、この適当で肝心な時に頼りにならなそうな小動物と魔王様がどうしても結びつかない。

 本人に聞いて素直に答えてくれればいいが、そう上手くいくものか。


「イナバ。記憶の欠落って気づいたのは結構前から?」

「いいえ。それが、曖昧で。最近な気もしますし、昔からだったような気もするんです」


 それはまた曖昧過ぎる。

 けろっとして「困りませんでしたからねぇ」と答えるイナバに溜息をついた。

 記憶の欠落は生命を脅かすようなものでもなく、日常生活にも困らないようなものらしい。

 時折、胸の辺りがもやもやして気持ち悪くなる程度だとイナバは言う。

 

「しかし、夢と現実がリンクするとか。漫画の読みすぎだと思うわよね」

「何度もループしてる現状も相当有り得ないことだとおもいますけど」

「……まぁ、ね」


 数え切れないくらいループを経験してきた身としては、イナバの曖昧さを笑えない。

 もしかしたら私も何かを忘れた事に気づかないだけかもしれないから。

 例えば“電子ドラッグ”の事。

 存在は知っていたけど、実際に体験した事は無かった。

 少なくとも私が覚えている範囲での話だ。

 聞いたことが無いのに、アレが電子ドラッグだと分かる時点でおかしい。

 となれば、忘れているだけでどこかで聞いたことがあると考えるしかない。

 死因の一つがそれだったのかもしれないなと思いながら苦笑した。


「笑ってばっかりもいられませんけどねぇ」

「イナバと出会ったのも、今回が初めてと思っているだけで本当は違うのかもね」

「……そうですねぇ」

「全て記憶しておけたらいいけど、脳の容量的に無理なのかな。それとも、ループする際に問題ない部分は忘れてしまうのか」


 ループしてばかりの世界。

 中途半端な記憶を引き継いで何度も同じ日々を繰り返す私。

 一体何が目的なのか、何をさせたいのかと考えそこまで大層な事じゃないかと苦笑した。

 そういう役目は神原君のような人物だと、押し付けてしまってから自己嫌悪に陥る。

 そんな風に人任せにして逃げているからこんな事になっているのかもしれない。

 ではどうやってこの現状に逆らえと言うのだろう。

 考えられる手は尽くしたと思っている。だから、もうこれ以上は無理だ。


「そうですねぇ」

「全部覚えていたとしても役に立ったのか分からないけど」

「そんな詳細に全てを覚えてたら、由宇お姉さんは発狂しますよ」

「あ、それは経験済み」

「いえいえ、それよりもきっと、もっと酷いと思いますよ」


 あれ以上の酷さなんてあるのか、と首を傾げた。

 何度も同じ光景を見て、何度も同じ道を辿る。

 小さな変化に喜び、抜け出せると淡い希望を持っては潰されていく日々。

 死んでも時が巻き戻ってやり直される日常に足掻くのも疲れて流されてしまっている。

 それでもまだ諦めないのは、優しくて真っ直ぐな目をした青年がいてくれるからだ。

 我ながら単純だと思う。

 けれど、悪くない気分だ。


「神原君と出会わなかったらと思うと、恐ろしいわ」

「……わたしとの出会いは?」

「あー、うん。ともかく、神原君と出会えたのはラッキーだったわ。知り合いになれるなんて思ってもみなかったし」


 おかしいのが自分だけなら、家族に害が無ければそれでいいと最初は思っていた。

 前の記憶を引き継いでいるのは自分だけなので、苦しむのが自分一人なら耐えられるだろうと思っていた。

 耐えられずに何度も発狂して心を壊したこともあったけれど、現実は無常で何事も無かったかのようにループしてしまう。

 どうせならこの存在ごと消してくれればありがたいのに、何故かそうはならない。


「年下なのに、いつも励ましてくれて。彼の方が大変なんだろうけど」

「本来の性格に加え、主人公補正があるとしたら効いているのかもしれませんね」

「主人公補正、か。年齢なんて関係ないのかもしれないけど、それでも年上としては情けないわ」

「お姉さんも頑張ってると思いますよ」


 励ましてくれるイナバの言葉は嬉しいが、頑張ってもどうにもならない事があると知っているだけに微妙な気分になる。

 頑張って足掻いて、抜け出そうとしている結果がコレだ。


「頑張りが、足りないのかなぁ」

「……か、神原君と出会ってから少しずつ変わってるって言ったじゃないですか! 大丈夫ですよ! きっといい事があります!」

「だといいけど」


 神原君と会ってから、私が死亡回避しても代わりに家族が危ない目に遭うことは今のところ無い。ただ、この先どうなるのかは分からないので、イナバに頼んで家族の危機が察知できるようにしてある。

 何の気なしに言ったことなのに「いいですよ」と安請け合いしてしまうイナバには驚いたけれど。

 いつ本性を出して敵に回るか知れない存在に、大切な家族の身を預けるとは私も馬鹿だ。

 けれど、どうせループしてしまうんだからと思ってしまう自分がいる。

 酷い女だな、と心の中で呟きながら大切な家族の姿を思い浮かべた。


「ループからの脱却より、生き延びる事が優先になりつつあるけど仕方ないわよね」

「当然ですよ。生存しなければ脱却なんて夢のまた夢ですしっ!」

「夢なら良かったなぁ。毎回毎回、どうして私だけ、終わり方が全部死なのも嫌だけど」


 気が狂うくらい同じ日々を繰り返されたとしても、終わり方が違っていたらと思う。

 何度繰り返しても避けられない自分の死は、最初から確定されているものだと思っていたが最近は違うような気がしていた。

 誰かがわざと毎回私を死に導いているのではないか。

 ループさせる為に、殺そうとしているのではないか。

 一体何の目的で誰がそうしているのか分からないけれど、そう考えると少しだけ心が軽くなった。

 イナバにもそれは考え過ぎだとは言われたが、面の皮は厚くなり、可愛げは益々無くなった。

 

「ループを無くせば死なないと思ってた。死なないようにすればループも無くなるって思ってたけど、違うのかな」

「……ふむぅ」

「頭のいいイナバさん。的確なアドバイスをお願いしますよ」

「無茶言わないで下さいよぉ。そんな素晴らしいスペックだったら、こうやって一緒に悩んでないですって。寧ろ、一人でループを解決しちゃいますよ」


 是非そうしてもらいたかったです。

 真面目な顔をして私がそう言うとイナバは困ったように固まって、耳を前足で撫でる。猫が顔を洗うような仕草を見つめながら私は眉を寄せた。

 死亡ループ後は、大学入学前に飛ばされる。

 見慣れ過ぎた病院のベッドの上。

 

「誰が、何をしたいのかさっぱり分からないし。そもそも、そんな存在が実際にあるのかもどうか」

「何もかも不明確ですからねぇ。ループしてる事、それを知っている人物が少数である事。わたしも含め、由宇お姉さんや神原君、彼の相棒の頭がおかしいという事も有り得ますからね」

「そこなのよね。世界が異常なのか、私が異常なのか。考えれば考えるほど分からなくなってくるんだから」

「……まるで、高位存在が実験しているような感じですね」


 イナバの溜息交じりの呟きに納得しながら、悪趣味だと顔を歪める。

 私が体感している事が全て本当だとしたら、イナバが言うような高位存在がいてもおかしくない。

 しかし、そんな相手にどうやって会えというのか。やめてくれと頼んだところで了承してくれるだろうか。


「高位存在か。神様とバトルなんて、ゲームの中だけでお願いしたいですね」

「鎖鋸ならいつでも購入可能です!」

「いりません」


 顔を見合わせて同時に笑んだ私とイナバは声を上げて笑い出した。

 誤魔化す為にテレビはちゃんとつけているので、隣室から変に思われることもない。


「なんか、イナバには私の考えてること筒抜けみたい」

「え……」

「なに、挙動不審になってるのよ。え、まさか……まさか、まさか?」

「いやいやいや。パソコンとスマホのデータと、室内に置かれている情報を分析した結果ですよ。声のトーン、顔の動き等からも感情や先読みは何となくできますからね」

「なんか、それっぽいこと言って騙してない?」

「いやいやいやいや。それより何か気になる事があったんじゃないんですか?」


 そう言われた私は電子ドラッグの事を思い出して、尾本さんからのメールをもう一度見返す。

 教えたことに感謝はしてくれたが、あまり危険なことに首を突っ込むなという文章に思わず苦笑いしてしまう。

 大学でも流行っているので、気になっただけですとは送ったけど私は危険なことをしてるんだろうか。


「うーん」


 危険、という言葉じゃ言い表せないくらいの状況に陥ってきたから何とも言えない。

 イナバにその噂の電子ドラッグについて聞こうとすれば、先読みをしたかのようにウェブのページが表示された。

 個人情報に配慮してくれているとはいえ、スマホに常駐しているイナバに隠し事はまず無理だ。

 文句の一つも言いたくなるが、助けられている事も多いので仕方がないかと苦笑した。


「あー。やっぱり、見つけても手を出すなとは言われてるのね。最近増えてきたからなぁ、電子ドラッグ」


 警察の電子ドラッグに注意と書かれているサイトを見ながら溜息をついた。

 そこには電子ドラッグとは何か、聞けばどういう症状になるのか等が書かれている。

 可愛らしいマスコットキャラクターが白衣を着た女性と電子ドラッグの危険性について説明しているので分かりやすい。


「モモさんを嵌めた遠藤という人も、中毒だった様ですね」

「え?」

「それも相当重症ですよ。鍋田という人は彼女の影響を多少受けていますが軽度で済んでますし」


 ちょっと待て。

 鍋田さんを利用してモモを苛めていた黒幕の女が遠藤という人だっていうのは知ってる。

 だけど確か、モモの話だと彼女はその場から逃げ出したまま行方不明になった。

 そして数日前にその遠藤さんが別件で逮捕されたと戸田さんが教えてくれた。

 

「ええと、鍋田さんはモモにダメージを与える為に私をホームから突き落とした」

「そうですね」

「で、その鍋田さんは遠藤さんという人物を心酔していた」

「その通りです」


 自分の意思で遠藤さんの為に動いていた鍋田さんを思うと、哀れみを覚える。そんな同情は彼女にとって凶器でしかないと知っていてもだ。

 それだけ“ともだち”に飢えていたんだろう。


「えーと、遠藤さんは仲間の男たちとモモを呼び出して酷い目に遭わせる予定だった」

「ええ。そこに偶然松永さんが現われて計画は狂ったみたいですね」

「それで、捕まえられたのは意味不明の言動をする男たちだけで遠藤さんの姿はなかった」

「そうです。上手いこと逃げられて、警察は大変だったみたいですよ」


 そりゃそうだ。

 犯人を逃亡させてしまった挙句、すぐに捕まえられなかったんだから。

 尾本さんも戸田さんも心配してくれたが、私はモモが心配だった。

 逃げた遠藤さんの狙いはモモだからだ。いくら警察が周辺を見回りすると言っても穴はある。


「ええと、神原君が言っていた華ちゃんを襲ってた人っていうのも遠藤さんだった?」

「そう……そうですね。正確には桜井さんと間違えて細田さんを襲ったわけですが」

「あぁ、でも華ちゃんたちを襲ってたのは遠藤さんだけじゃないのよね」

「私が見ていた限りでは、そうですね」


 今は神原君の相棒にほぼ任せているのでどうだか分からないとイナバは呟く。

 私が混乱してしまわないように、箇条書きした文章を別窓で開いたイナバは指し棒を手にしながら大きく頷いていた。

 

「松永さんがあの時言ってたけど、薬って電子ドラッグのことだったの」

「そうですよ。あ、電子がつかない方だと思ってたんですね」

「普通はそうだと思うわよ」

「電子ドラッグはデータですからね。海外のサーバーをいくつも経由して、足がつかない様にしているのは当然ですし今まで殺人に至るまでの酷い被害は無かったですから規制も緩いですもんねぇ」


 未だに詳細な仕組みが判明されていないと言われる電子ドラッグ。

 人々を興奮させて迷惑行動を取ったりするが、そのどれもが苦い顔をする程度で終わるもの。

 イナバが言ったように軽い喧嘩程度はあったとしても死者までは出ていないとされている。

 まぁ、これも公表されているデータでしかないから本当のところはどうなのか分からないけど。

 先程見たサイトでも、症状は軽度がほとんどだが中毒性は高いと書かれていた。


「今回、モモさんをリンチしようとしていた男たちは皆、攻撃性の高い電子ドラッグを聞いていたみたいですね。遠藤に至っては今回人まで刺しちゃいましたから」

「刺したって誰を?」


 攻撃性が高い電子ドラッグという言葉に目を細めて首を傾げる。

 電子ドラッグは迷惑行為程度の影響しかないはず。

 どうやって攻撃性を高めるというのか。

 電子ドラッグの影響で軽い小競り合いはあるらしいが、人を刺すなんて聞いた事がない。


「新井務ですよ。由宇お姉さんと神原君がカラオケで密会してた時ですね」


 脳裏に喫茶店で見たニュースの映像が蘇る。

 淡々と事件の記事を読み上げるアナウンサーの声を思い出した私はベッドに倒れこんだ。



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