50 決定された世界
がむしゃらだった。
生き抜くのに必死だった。
それでも避けられなくて、何度も挫けた。
歪んで壊れたこともあった。
でもやっと、やっとゴールに辿り着けそうな気がする。
そう思ってしまう時点で危ないのかもしれないけれど、喜ばずにはいられない。
「私、主人公じゃなくて良かったって思うわ」
「主人公は災難が近寄ってくるのが定番ですからね。でも主人公属性は素晴らしく強いですけど」
「最初は、どうして主人公じゃないんだろうとか、主人公だったらこの程度どうにかできるのにって思ってたけど」
どんな困難に見舞われても、主人公だけは助かる場合が多い。
被害が及ぶのは周囲だけで本人は見えない力で守られているかのように、圧倒的に不利な状況でもひっくり返せる力を持っている。
「ロクな事ないものね。苦労ばかりして、割に合わないわ」
「でも、主人公属性が……」
「大したことないような気がするんだけど。主人公属性がそんなに強いものだったら、神原君だって苦労しないじゃない」
そう呟きながら災難続きのヒロイン達を思い浮かべる。
キュンシュガに登場するヒロイン達がこちらにも存在しているのは分かっている。
その中でも一番被害が多いのは華ちゃんだ。
他は神原君との接触、その関係性によって変動している。
深く関わらなくとも華ちゃんだけがダントツで死亡してしまうのは、一応メインに位置してるせいだろうか。
「自分に降りかかるなら何とかなるものの、思いを寄せた相手とか親しくした相手が犠牲になんてやるせないわ」
「それはまだ神原君が主人公としての自覚に目覚めていないからかもしれませんよ」
「……妙に主人公属性にこだわるわね」
愛する我が妹のなつみは、どうやら姉に私がいることで酷い目には遭ってないらしい。
あの子が回避できてる代わりに、私に皺寄せがきてるみたいだが彼女が無事ならそれも仕方ない。
「それにしても、何で私もループするんだろう。そういうのはそれこそ主人公格なのに」
「何かの、間違い?」
「うわ、やめてよそれ。一番有り得るわ」
「それを言うならわたしもですよ。主人公属性持ってないですもん」
主人公属性を持っているからと言ってループに気づいているわけでもない。
ループしている人達には何か共通点があるのではないかと思ったが、考えすぎだろうか。
「他と違うから、特別かなんて期待しちゃうんだけど。最悪な事ばかりで嫌になるわ」
「由宇お姉さん……」
「せめて、前の記憶とかループしてる事実なんて知らない方が良かったのに」
この世界がおかしいのか、それとも自分がおかしいのか。
後者の考えが未だ捨てきれず、低く唸っているとイナバが察したように「おかしいのは世界ですよ」と呟いた。
色々と事情があって、隠し事ばかりしているらしい白うさぎは何を根拠にそう断定できるんだろう。
「世界がおかしいなら、始点も分かるんじゃないの?」
「……世界がおかしいのは分かりますが、始点は分かりません」
「はぁ。また、都合の良い事で」
「本当なんですってば! 嘘じゃないんです」
何がきっかけで世界がおかしくなったのか。
断定できるくらいなら推測くらいできるだろう、とイナバを見つめても落胆する答えが返ってくる。
何となく予想はできたが、ここまで徹底していると呆れてしまった。
イナバの話はどれもこれも都合が良すぎる。
本人は本当に知らないとは言うが、それが自分の立場を危うくしている事に気づいているんだろうか。
怪しいと見せかけて、実は怪しくないというパターンかなと考えながら溜息をつく。
「まぁ“世界”がおかしいとして、一定期間をループさせているんだとしたら何か目的があるわけよね?」
「そうでしょうね」
「もう本当に、怒りさえ遠のいてどうでも良くなるくらい繰り返してるんだけど、未だ達成できずって事なのかな」
「……もしくは、ループこそが目的だったとか?」
「うわぁ、最低」
そうだとしても、それを引き起こしている存在がいるはずだ。
それとも、世界自体がそう望んでいるのだとしたら目に見えるような存在は無いんだろうか。
だとしたらどう対応すればいい?
「世界って、人格あるのかしらね」
「あったらもっと好き勝手にやってる気がしますけどね」
「そうよね。なんかこう、まどろっこしいのよね」
「精神体、霊的存在であって、物理的干渉ができないからという理由も考えられますけど」
「物理的干渉ねぇ。そんなの、何とかなりそうなものじゃない?」
見えない力が働いて、なんてよく聞く話だ。
オカルトじみた話は嫌いだが、ループさせるほどの力があるならその程度は容易だろうと思う。
しかし、ループさせる中でわざわざ私が死ぬ理由は何だろう。
嫌がらせにしか思えないけれど、大した理由はないのかもしれない。理由が無いのに死ぬのは決定なんて酷すぎる。
「何とかできないから、中途半端なんじゃないですか? 完璧だったら、神原君はともかく由宇お姉さんが前回の記憶を引き継いだまま次のループへ、なんてならないでしょうし」
「神原君は主人公属性だからですか」
「だと思います。だから由宇お姉さんも、鍋田さんも中途半端な結果じゃないんですかね」
人の相棒を志願しておきながら、言う事は結構きつい。
中途半端とはっきり告げたイナバに反論するつもりは無かったが、まるで死亡パターンを見てきたかのような口ぶりは気に入らなかった。
神原君や私の終わり方やそこに至るまでを全て知っているのだとしたら、逆にそれをネタにして脅されてもおかしくない。
褒められるような事をしてきたわけではないので尚更だ。
鍋田さんの事を責められるような立場ではないと、何よりこのウサギが良く分かっているのかもしれない。
「な、何ですか? 何かついてますか?」
「私と神原君の今までの“終わり”を見てきたの?」
「……把握しているものもありますが、そうでないものもあります」
まずい事を言ったとばかりに視線を逸らしたイナバは、意外と素直にそう呟く。
私の死亡パターンの全てを知らずともその言葉だけで充分だ。
全て知っているわけでは無いようだが、気を遣ってイナバが嘘をついている可能性だってある。
何もかも知りながら知らないふりをされるのも癪だ。
「大丈夫です! プライベートな事ですから誰にも言うつもりはありませんよ。ましてやそれをネタに脅したりすることも。そんなこと言っても信じてもらえないかもしれないですけど」
「……難しいね」
「わたしは、見ていることしかできません。この声が相手に届かない限り、何を叫んでも無理です。回避方法を知っているのに、何もできず殺されてゆくあなたたちを見ているしかできないわたしなんて、何の役にもたたないでしょう?」
幼いのか年上なのか。
時折イナバの話を聞いていると分からなくなってくる。
幼子のような時もあり、優しく諭すような姉や兄のようでもある不思議な感覚。
見てることしかできなかったという事は、死んでゆく様を見てたのか。
私や神原君がもがいて、這いずり回って情けなく死んでゆく姿を何度も。
殺され、または死んで意識が遠退いてから再び目覚める間に、世界や自分の身には何が起こっているんだろう。
「殺された後も見てた?」
「それしかできませんから。最初はただのよくある事件だと思ってました」
確かに。
私が死んだからといって、その背景に知らない力が働いていると考える輩はいないだろう。
どこにでも良くある、不幸な事故。
「普通なら世界がループしても人は前と同じ行動を繰り返します。同じようなタイミングで事故があったり、運命的な出会いをしたり。その日自分が何をするかなんて、最初から決められてるんです。ただ、気付かないだけ」
「……悩んだ末の選択とか、偶々とか言うのは全て最初から決められてる?」
「はい。本人は選択したつもりでも、それすら既に前の回での行動を忠実にトレースしているだけに過ぎませんよ」
母さんが。
兄さんが。
なつみが。
叔父さんが。
モモ、美智、ユッコ、松永さん、榎本君、愛ちゃん、宇佐美さん、高橋さん、和泉先生……。
私が出会った人々が何度も何度も同じ行動を繰り返し、その事に対して何の疑問も抱いていない。
何度も繰り返してきた中で自分だけが異質だと感じたのはそれのせいでもある。
どこで誰が何をして、私の言葉に対して何を言うか。
「最初は、予知能力者気分で楽しかったんだけどね」
「あははは。慣れるとそうなっちゃうんですね」
「というか、そうやって開き直って楽しむしかないのよ」
しかし、よく考えてみれば毎回同じ答えが返ってくるわけではないのでそれが不思議だ。
そこまで完璧にはならないということか。
「前回と違う答えとか、行動だったりするのは?」
「和が乱れるからでしょう」
「わ?」
「決められた通りに動く仕組みになってるはずなのに、その中の一つが違った行動をすればそれは波紋のように広がり他の行動を変えてしまいますから」
つまり、私がその和を乱している原因で、その私がいるから周囲にも多少の変化が出ているという事?
良く分からないけど、そういうものなんだろうか。
何故そうなるのか、と質問ばかりの私にもイナバは嫌な顔一つせず、嬉しそうに答えてくれた。
「わたしもただ繰り返してきただけじゃないですよ。確かに、記憶は断片的で欠損が激しく自慢できたものじゃないですけど。それでもわたしなりに調べた結果、この世界では“全ての事象は既に決定されている”のが分かりました」
「うーん。つまり、決められたストーリーを何度もやらされてるってこと?」
「そういう事です。状況としては由宇お姉さんが放置気味の『牡丹一華』の“終わらない戦い”みたいなもんですよ」
「うわぁ……うわぁ」
こんな時にそのタイトルを聞くとは思わなかった。
とりあえず一通りのエンディングは見て、あとは隠しキャラを攻略するだけになっているゲームの名前に顔を歪める。
『儚い恋を、夢見ませんか?』のキャッチコピーに惹かれて購入したはずなのに、中身は特異な能力を持つ主人公を巡っての血みどろ劇。
最近の乙女ゲームは恋愛だけじゃなくて、戦闘までやらせるのかと軽い衝撃を受けたものだ。
戦闘方法やルールを覚えてしまえば、本編よりも戦闘の方が楽しくなってしまって何のゲームをしているのか分からなくなった時もあった。
「連撃決まると気持ちいいのよね」
「暫く放置してると、すぐ忘れますけどね」
「うん……。でも、相手に攻撃の隙を与えず無傷で倒した時にはちょっと空しかったけど」
攻略対象となるのは主人公の身を護衛する者達だ。
護衛になる人物を一人指名し、その護衛の能力を高めるべく恋愛イベントを起こしたり、力の欠片と言う名の花びらを集めて一輪の花を完成させたりと結構忙しいゲームだった。
主要キャラを全員攻略した事で、隠しキャラを攻略できることになり、イナバの情報によると彼を攻略すれば最後のエンディングが現れるらしい。
このゲームは最初に護衛を選ばなければ主人公が昏倒してしまい、目覚めない主人公の一枚絵が出て終わる。
そのエンディング名は『眠り姫』
イナバが言った『終わらない戦い』は、力の欠片を全て集められないまま迎えるエンディングである。
主人公が能力に覚醒するのも、護衛であり相棒である彼らの力のどちらも中途半端なまま、主人公を狙う他の護衛や第三勢力と戦っていくことを匂わせて終了する。
私の中では『私たちの戦いはこれからよエンド』になっているが、中々いいセンスをしていると自分でも思う。
つまり、イナバはそれこそ何度ループを繰り返しても終わらないという事なんだろう。
「た、戦いはいつ終わるんでしょうか」
「いつまでも“これからだ”ですよ」
「うわぁ……悪夢過ぎる」
「エンディングまで行ってしまうと、力の欠片は戻って入手できませんからね。入手できる時間を経過した時点で消滅とか鬼畜ですよね」
「選択肢さえ間違えなければ、何とかなるわ。後は、良く調べまくれば大丈夫なんだけど」
その為には他でフラグを立てなきゃいけなかったりするから難しい。
意外なことが発見への道になっていたりするので、どんな些細なことも、くだらない事も見逃せないのだ。
そういう意味では非常に疲れるがやりがいのある楽しいゲームだ。
キャラクターも良いし、イラストも綺麗。ストーリーも中々楽しめた。
一番楽しかったのは力の欠片さえ手に入れれば勝手に強化される護衛を放置して、入手したポイントを全て主人公に注ぎ込み「護衛、いらないよね?」状態にした事だ。
セリフと行動が全く合ってなくて笑えてしまう。
最初の儚くか弱い雰囲気の主人公はどこへやら、物騒な獲物を振り回しつつ自分の特異能力をフルに使用して相手をなぎ倒して行く様は格闘ゲームでもいいんじゃないかと思えるほどだ。
隠しポイントが数多くあるので、これはスタッフの遊び心だと思っている。
「そっか。主人公が強ければいいんだ」
「ポイントで強い主人公が作れるのは、『牡丹一華』だけですよ」
「くっ、ここがその世界だったら望みはあったのか」
「余計殺伐とした世界になってると思いますけど」
それは否めない。
そんな世界でも今と似たような立場だったらどう足掻いても無理だ。
主人公と接触して力を借りようにもきっと彼女が選んだ護衛に問答無用で切り倒される気がする。
この世界よりも殺伐としているのだから、目覚めた時点で終わりを悟るだろう。
「つまり話を戻すと、イレギュラーな由宇お姉さんや神原君たちの行動で、その周囲も通常パターンから外れた言動をしたりするんでしょうね」
「ふむふむ」
「で、修正しようとする何らかの……私はそれを“世界の意思”って呼んでますけど。それが異物と判断した由宇お姉さんや神原君を消しにきてるんじゃないかと」
「周囲に影響がそれ程無いのは?」
「許容範囲内じゃないですかね」
「なるほど」
それでも私たちが消えずにまた繰り返されるのは、繰り返す事でリセットがかかるからじゃないかとイナバは言っていた。
「何らかの理由で直接お姉さんたちを消す事ができないので、強制リセットとか」
「それには当然貴方も含まれてるのよね?」
「まぁ、邪魔してると言えば邪魔してますからね。私も」
イナバの話を聞きながら、私は溜息をつく。
私や神原君は、とてつもないものに抗っているんじゃないか?
もうこのまま流されて、世界の意思とやらに従ったほうが楽なんじゃないかと思ってしまう。
何とか変えようとして頑張っている神原君を裏切って、私一人だけ楽な道を選ぶという手もある。
逆らう事なく流されて、流されて、流されて。
毎回同じ月日に死んで。
同じような状態で蘇る。
あんな思いはもう嫌だとあれ程思ったはずなのに、その記憶さえなければどうでもいいのかと自嘲した。




