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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
5/206

04 仲間

 一つ目は女三人で暮らしてきた記憶。

 二つ目はそこに兄が加わった記憶。

 三つ目は前二つ以前の、物語で使われるような前世らしきものの記憶。


 その三つの中で一番怪しいのが三つ目だ。

 前世なんて漫画の見すぎじゃないですか、とかメロドラマに影響されすぎじゃないかと嗤ってしまう。

 それが事実なんて認めたくないし、認めたところで誰が信じるというのか。

 自分自身ですら馬鹿らしいと思っているくらいなのに。


「はぁ……」


 それにここがゲームの世界であるという証拠はどこにもない。

 けれども、そう感じてそうとしか思えなかったのは妹の存在だ。

 ずっと誰かに似ているような気がしていたが、それが誰なのか思い出せずにいた。

 今回の入院でその似ている相手が、前世で遊んでいたゲームの登場人物に酷似していることに気づく。

 そんな物は単なる偶然で、私の頭が相変わらずおかしいんだろうと笑ってすませたかったがそうもいかない。

 そのゲームの事を思い出せば思い出すほど、世界観まで似ている事に気づいて寒気がした。

 主要登場人物、地名、高校名。

 そして、どこかで見た事のある景色。


「喜べない」


 ゲームタイトルは百香にも聞いた『キュンキュン☆シュガー』というもの。

 略してキュンシュガは乙女ゲームではなくギャルゲームだ。

 キュンシュガのGLガールズバージョンとして『ドキドキ★ビター』略してドキビタというソフトも出ている。ちなみに私はしっかり両方ともプレイ済みだ。

 どちらのゲームにも共通するのは同じ世界の物語で、主人公も対象も高校生だという事。

 高校はそれぞれ別々で交流するようなイベントは無いが、後から出たドキビタのスチル絵にキュンシュガのキャラがこっそり写っていたりするのでそれを見つけるのが面白かった。

 そして、知っている人がニヤリとできるようなキュンシュガのキャラとドキビタの主人公が会話するというイベントもあるのだ。

 しかし、どうしてこんな事になっているのか分からない。

 私の自慢の可愛い妹がキュンシュガの攻略対象キャラクターで、私がその姉だとは。

 また微妙な配役になったものだと思いながらも、私は何度か頭を叩いて頭の検査をもう一度してもらうべきかと考える。

 脳に異常がないとしたら、精神だろうか。

 こんな変な記憶を持っているのは自分しかいないから、おかしいのは私だろう。

 前世にやったと思っているゲームも私が生み出した想像の産物なのかもしれない。

 それでも朧気な記憶を引きずり出しながら、なつみにキュンシュガに出てくる他の攻略対象の事を聞いてみた。

 もちろん、なつみが不審がらない程度に、それなりの地位にいる人から存在を確認する。

 彼女たちがいないとしたら、おかしいのは私だけですべてが気のせいだったと思えるからだ。

 けれど結果は、大体想像していた通り。


「何でちゃんと存在するんですかね……」


 その二つのソフトを何度も繰り返しプレイしていた前世の自分の呪いなのか。

 今でもキャラの名前を覚えていて、起こるイベントやエンディングへの分岐も思い出せる。

 完璧にというわけではないが、どこの選択肢が重要なのかはしっかりと覚えていた。

 ベストに行かなければノーマルにしかならないのだからバッドエンドは無いという事もだ。

 前世の私は死の間際にそんな世界に産まれ落ちたいとでも願ったんだろうか。今の私からしてみれば迷惑なんですけど。

 そんなに熱中していたっていう覚えもないのに、何でよりによってこの世界なのか。

 他にもいい世界はたくさんあるのにな、と溜息しか出なかった。


「そうなると?」


 私の可愛い妹は、主人公キャラに攻略されてしまうという事になるんだろうか。

 別に妹の恋路を邪魔するとかそういうわけじゃないが、複雑な心境だ。


「んん?」


 確かあのゲームは高校入学から始まったはずだから、二年になったなつみから主人公の名前が出てこないという事はなつみルートじゃないって事か。

 あら、あらあらあら。

 そうなるとキュンシュガの主人公は漫画のように王道ヒロインとくっつくのか、それともアニメのように曖昧に終わるのか。

 気になるけど、なつみを下手に(つつ)けば余計に危ない事になる気もする。

 そう、主人公の名前を聞かなかったのはそれがきっかけでフラグが立つかもしれないという恐怖からだ。

 ゲームに登場するキャラクターだけに、出会ってしまえば強制的にイベントが続くかもしれない。なつみのルートに入ってしまうかもしれない。

 それを妨害する権利は私にはないけど、それが自発的なものなのか怪しく思えてしまう。

 私がきっかけを作ったばっかりに、彼らは強制されたルートを運命と感じてしまうのだろうかとここ最近はその事ばかり思い悩んでいる。

 相談できる人がいればいいのだが、誰もいない。

 試しに色々な人が集まるネットの掲示板でそういう書き込みをした所、月並み過ぎてつまらないとあっさりと流されてしまった。

 そりゃそうだ。

 私もそんな事を誰かが言ったら、頭がおかしいとしか思えない。

 創作にしてもありきたり過ぎてつまらないし、それを本気で強く何度も言われたら、病院に行く事をすすめる。

 と、言うわけで相談できる人もいない私はこうして一人、頭を抱えながら悩んでいた。

 気にせず好きに生きればいいんだろうけど、気づいてしまったら考えずにはいられない。

 私の記憶が本当か嘘かも分からないのでとりあえず、事態を静観する事にした。

 下手に私が動いて状況を変えてしまってはどうなってしまうか分からない。


「……」


 視界に何か映った気がしたけど、気のせいだ。そう、思う事にしよう。

 キラキラと爽やかなオーラを漂わせた人物なんていない。目の錯覚だ。そうだ、幻覚だ。

 今はなつみと自分の持っている記憶の事で精一杯なので、これ以上懸案事項が増えるのは絶対に嫌だ。

 嫌だが、結局はアレも無視できなくなるのかもしれないと思うと頭が痛い。

 あぁでもどうして彼がここにいる?

 なんで美味しそうに日替わり定食を食べているんだ。

 もしかして、私が今まで気づかなかっただけで周囲には登場人物で溢れてるとか?

 想像してみる。ゲームのキャラクターが普通に生活を送っている様子を。しかも、私の行動範囲内で。


「うーん」


 それはなんて夢のような光景なのだろう。

 素敵なキャラクターたち、耳が喜ぶ声、そして何より目の保養。

 魅力的な彼、彼女たちに恋人がいないという衝撃の事実。

 いや……別にゲームの中というわけじゃないから、ここでは普通に恋人いるかもしれない。

 でもゲームの中に入り込んでしまったパターンだと、彼、彼女たちの矢印は主人公に向くことになるんだろうか。

 どちらにせよ少々寂しい気持ちになるが、彼らの動向も気になってしまう。

 攻略対象の姉という微妙なポジションは実に私らしいかので不服はなかった。

 仮に主人公になったとしても、そんな大役も私には重いので気づいた時点で引きこもってしまいそうだ。

 主人公は天然タラシ、または天然小悪魔ちゃんが基本だと思っている。対象によっては性格が変化するが、鈍いというのは共通してるだろう。

 人見知りではなく積極的に異性に声をかけるスキルも持ってないと務まらない。


「精密検査……いや、何とも無かったからなぁ」


 何かがあれば対症療法するしかないだろう。

 こっちからアクションを起こすわけにもいかないのでそんな事くらいしか思いつかない。

 それに、主人公でもない私が慌ててもどうしようもない。

 大学生の私がなつみの高校に探りを入れるような事もしたくない。

 本当は気になって仕方ないけど、ここはきっと大人しく過ごすというのが一番良いはずだ。


「下手に刺激すると、どうなるか……ねぇ」


 無関心、無関係、それを自分に言い聞かせながら日々を過ごす。

 けれどそう簡単に忘れるはずもなく、あれほどやりたかったはずのゲームにも身が入らない。

 ダメだ。調子が悪い。


「あれは確か……」


 食堂で見かけた人物はドキビタに登場する攻略対象の兄だった。どこかで見たことがあるなと思わず見つめてしまったので、視線に気づいた彼と目があって気まずい思いをした。

 軽く会釈をして何事も無かったかのように雑誌を見たけれど、これがきっかけで興味を引くなんて事が無いといい。

 変に接点を持ってしまえばどうなるか分からない。けれど、気になって知りたいという矛盾した気持ちに唸りながら私は画面の中で可愛く笑っている主人公(ヒロイン)を見つめた。


「お、メールだ。みあちゃんからか」


 ぽちぽち、とボタンを押しながら会話を進めていくとスマホが私を呼ぶ。

 画面には今攻略中のキャラクターが映っていて、こちらを見つめながら主人公プレイヤーの選択を待っていた。

 メールの着信を告げたスマホを手にして私は首を傾げる。

 

「あ、二件もきてる」

 

 とりあえず開いたのはなつみの親友である、末永すえながみあちゃんからのものだ。

 噂話が好きで、通っている高校の情報通でもある彼女は特に色恋沙汰に関して物凄い食いつきを見せる。

 大人しく内気な印象を受けるが、校内の噂は網羅してると言っても過言では無いほどの子だとなつみが言っていた。

 そんな彼女に私はそれとなく高校の恋愛事情について聞いてみた。なつみに関する浮いた話はないのかとメールを送れば、彼女は不審がることもなく『相変わらずシスコンですね(笑)』と返してきた。

 別に私はシスコンではない。家族愛が強めなだげで、可愛い妹が変な輩に引っかかるんじゃないかと心配なだけだ。

 

『なつみですか。うーん、告白とかは結構されてますけど興味ないって振ってますね』


 告白とか、されてたのかあの子!

 いや、可愛いけど。うん、可愛いですけど。

 そんな事、一度も聞いたことない。

 自分が告白されたことを自慢してくるような性格じゃないから仕方ないかもしれないけれど。

 それに全員振ってるとなれば言う必要も無いか。


『……中学の頃と変わらず?』

『うーん、そうですね。諦めきれない男子が何度もっていうのはありますけど』

『でも皆ごめんなさい、と』

『はい。そうです。すっきりするくらいに潔いです』


 見てたのかと思えるくらいの詳細な説明に、私は思わず一緒にいたのかと聞いてしまった。

 みあちゃんからの返信には、偶々ゴミを捨てに行った時に目撃したと書かれているが本当なのか嘘なのか。

 呼び出しを受けたなつみが彼女を伴って行くとは考えられないので、そういう事なんだろう。

 用事を作って言い訳ができるような状態で覗き見ているみあちゃんの光景が頭に浮かんだが、それ以上は聞かなかった。

 私のせいでなつみたちの友情に亀裂でも入ったら困る。

 

『ごめんね、わざわざありがとう。なつみには内緒にしておいてね』

『了解です。お姉さん達が心配する事も無いと思いますけどね。なつみはしっかりしてますから』

『うん、そうなんだけど……だからこそ、かな?』

『分かりました。変な虫が付かないように目を光らせておきますね。何かあったらすぐに連絡します』

『ありがとう』


 なつみは私達兄弟の中でも、本当に血の繋がりがあるのかと疑問視されるくらいに美少女だ。

 母親とも似ていないので何度も酷い事を言われたらしい母さんは、お陰で親戚付き合いを整理できて良かったと笑ってはいたけど。


「鳶が鷹を産むって言ったら、すごい怒られたっけ」


 瓢箪から駒、鳶が鷹を産む。

 似てないと悩むなつみにフォローのつもりでそれ言ったら、母さんから怒られてしまった。

 いつもの母さんみたいに笑って流してくれると思ったら裏目にでたらしい。

 あの時の事は未だに良く覚えているし、思い出しては苦い気持ちになってしまう。

 兄さんが私に悪気があったわけじゃないとフォローはしてくれたが、ショックだった。


「一番悩んでたのは、母さんだったのかな」


 それとも、似てないと連呼されて居心地の悪い思いをするなつみに対してなのか。

 検査を受けて、なつみは母さんの子で、私達と両親が同じだという証明書まであるのにそれでも絡んで来る人は未だにいる。

 妹を紹介しろだの、俺が調べてやるだの、どうしてあの子には下種な男しか近寄って来ないのか。

 例え見目が良くても腹の中が透けて見えるような人たちを思い出して、兄さんがいてくれて良かったなと思った。

 

「はいはい。可愛い可愛いっと」


 もう一通のメールはモモからのものだった。

 画面に映る攻略対象とのツーショットを送ってくるとは流石モモだ。

 私には真似できない事を簡単にやってくださる。

 写真は綺麗に加工されていて、じっと見つめていれば二次と三次の境が消えるんじゃないかと思うほどだ。

 それはモモがそれだけ可愛らしいという事なんだけれど。


「あ、虎さん来た」

 

 そんな事を考えていると、起動させていたパソコンからポーンという電子音が聞こえた。

 メールの着信を告げるその音に私はいそいそと立ち上がって、ゲームを放置したまま椅子に座る。

 机に置かれているノートパソコンは、誕生日と入学祝いを一緒にして兄さんに買ってもらったものだ。

 前に使っていたパソコンは旧型で挙動も遅くなってしまったので、新型に買い換えるいい機会だった。

 古いパソコンは母親の手に渡り、ネットショッピングに利用されている。


「この人も暇だなぁ。人の事言えないけどさ」


 メールに記載されているアドレスをクリックしてジャンプ。

 開かれたサイトにパスワードを打ち込んでログインすると、シンプルな掲示板の画面が現われた。

 私が書き込んだ内容に興味を持って、個人的にコンタクトを取ろうと言ってきたのが“震える虎”という人物だ。

 おかしな事を書き込んだ私が言うのも変だが、変人に絡まれるのは嫌だったので最初は躊躇った。

 しかし、どんな感じの人物なのか気になったので、メールを送信した。

 何かあっても使用したのはフリーのメールアドレスなので何とでもできる。

 壷でも買わされるか、入信を勧められるか、それとも実際に会おうと言われるかとドキドキしていたが、そのどれでもなくて拍子抜けしてしまった。

 震える虎という人物は男の人らしいが、自分も同じ転生者で前世の記憶があると告げたのだ。


 あ、駄目だ。この人本物だ。近づいたらいけない人だ。


 自分の事はすっかり棚に上げて、彼を要注意人物に振り分ける。

 とりあえず害は無さそうなので暫くメールのやり取りをしていたのだが、内容は他愛のない世間話ばかり。

 出会い系と見られたか、それとも油断させたところで落としにくるのかとも身構えたが、そんな事はなかった。

 悉く期待を裏切られた事を思い出しながら、最近の身の回りの出来事や世間をにぎわせていることについて暫く話す。

 今日の天気はどうだとか、最近読んだ本が面白かったと話していればやっと本題を切り出された。


 震える虎:話は変りますが、Naoさんは何のゲームの世界に転生したんですか? 気になります。

 Nao:何の?

 震える虎:えーと、RPGとかAVGとかあるじゃないですか。

 Nao:ああ。月並み(笑)だけど、恋愛もの。でも主人公じゃないから、意味ないわ。

 震える虎:じゃあ、傍観してる立場ですね。あ、でもライバルとか?

 Nao:ないない。そんな立派な配役じゃないよ。ただのモブ。作中にも出てこない。


 ちょっと、嘘をついた。

 作中になつみの姉はちゃんと出てくる。ただ、なつみルートに入らないと姉の話題は出なかったはず。

 イラストは存在しなかったはずだからモブには変わりない。

 もしイラストがあったとしても私がへこむ。きっとあのなつみの姉だから、彼女と似たように綺麗な人だったに違いない。

 家族四人の中で、なつみだけがとびきりの美少女で似ていないとどれだけ言われても、私は不快にはならなかった。

 彼女が私達の家族で妹なのは揺ぎ無い事実だからだ。

 けれど、良く考えてみると他者が勘繰りたくなる気持ちも分かる。

 羽藤家の中でなつみだけが異質なのは、ゲームの世界でそのキャラクターだからと思えば納得はできた。

 メインではないが、攻略対象ヒロインらしく可愛らしい私の妹。

 その愛らしさ故に変な虫がフラフラと寄ってきてしまうのが難点だが、そこは私と兄さんで撃退すればいい話だろう。

 高校からはそこに強力助っ人のモモも加わったので怖いものはない。


 震える虎:……いいなぁ。

 Nao:虎さんはなんなの? 悪役とか?

 震える虎:あの……引かないでもらえますか?

 Nao:変態鬼畜? ロリコン? ペド?

 震える虎:違いますよ!

 Nao:じゃあ、大丈夫だ。引かないから。

 震える虎:主人公の友人、らしいです。


 


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