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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
43/206

42 デートじゃありません

 必要な時に助けてくれないのでは意味が無い。

 あの白ウサギにとってこの状況は危機ではないと判断したのだろうが、私にすれば充分危機的だ。

 死ぬわけじゃないからいいだろうとどこからか声が聞こえてきた様な気がして、私は心の中で舌打ちをした。


「……ふぅ」


 目の前にはオシャレなデザートが乗ったお皿がある。

 入るのに緊張してしまいそうなお店に何故いるのかと、自分の行動を振り返って溜息が出そうになった。

 こんな事ならぎっちりバイトを入れておくんだったと後悔しても遅い。

 喫茶店は高橋さんが入ってくれたお陰で随分と余裕ができた。

 高橋さんは接客経験があるんじゃないかと思うくらい、オーダーの取り方から商品を運ぶ動作までスムーズで感心してしまう。

 私の方がバイトとしては先輩のはずだが確実に高橋さんの方が上だ。

 あれで接客経験ゼロだというのだから凄い。

 高橋さんの笑顔は、演技を身につけた私ですら負けてしまうほど眩しく慈愛に満ちたもので、その笑顔を見る為に通っているお客さんもできた。

 憧れる豊満な体つきも店の制服をきっちりきこなしている為に、厭らしさが出ない。

 また顔を出すようになった神原君と沢井君の二人も、高橋さんの醸しだす大人の女オーラに顔を赤らめ年相応の反応をしていた。

 その様子をニヤニヤとして見ていたら、後で『別に、デレデレしてたわけじゃないですからね!』とのメールが神原君から届いた。

 一瞬、常駐しているイナバが神原君を騙って悪戯をしたのかとも思ったが必死に否定していたので多分本人からで間違いないだろう。


「浮かない顔してるけど、もしかして口に合わなかった?」

「ううん。とんでもない。オシャレすぎてちょっと気後れしてただけで」

「そう?」


 いつもは穏やかな顔を少し不安そうにしながら私を見つめている男は榎本稔。

 そしてここは、彼が見つけたと言っていたカフェのオープンテラス席。

 お洒落な店だけあって若い女性の姿が多い。ちらほら、とカップルもいた。

 誰かに見られたら嫌なので店内を推したのに「風が気持ちいいから外で食べようよ」と笑顔で押し切られてここにいる。

 ちらちら、と向けられる好奇の視線と彼を噂する黄色い声を耳にしながら私はフォークを取ってスクエア型のケーキを三口で食べた。


「……」

「女の子はこういうの、好きなんじゃないかなと思ったんだけど。違う?」

「いや、うん。いいんじゃないかな」


 本当は半分で食べ切りたかったけれど、流石に変な意味で視線を集めてしまうのは嫌だったので妥協して三口だ。

 食べたら帰る、食べたらすぐ帰る。

 そう思いながら食べたケーキは、きっと美味しいはずなのに全くそう感じられなかった。

 今日ここで食べた物は全て良く分からないと言ってもいいかもしれない。


「ははは。いいんじゃないかなって、羽藤さんは嫌?」

「ううん。嫌だったらそう言いますし」


 今度は他の人と来よう。

 榎本君を目の前にして失礼なことを思ってしまう。

 コーヒーに手を付けずこちらを見つめている彼が、にこにことしているのが不気味だ。


「羽藤さんて、美味しそうに食べるよね」

「そうですか?」

「うん。あれだけ食べたのに、まだまだ入るんだなぁって。あ、別腹なのかな」


 ふふふふ、と笑われたら私も笑うしかない。

 授業を終えて「さあ帰るぞ!」という時に私を引き止めて「ご飯を食べに行かない?」と言ってきたのは彼だ。

 キラキラとした笑顔に抗ってこの後予定があると適当な嘘をつこうとすれば眉を下げ寂しそうな表情をする。

 そんな彼に負けて私はこの場所にいた。

 モモ達にも教える為に、とテーブルの上に置いてあったお店の名刺を手に取る。

 店名と簡単な地図、営業時間等が書かれているそれを見ながら、うちの店でもこういう物を作ったらいいんだろうかと考えた。


「榎本君は食べないの?」

「あ、こっちの味見してみる?」

「いや、別にそういうつもりじゃあ」


 違うと首を横に振ったのに彼は砂糖やミルクの入った容器を避けて皿を近づけてきた。

 にこっと笑って「どうぞ」と言ってくる彼にいらないと言えず、私は「じゃあ、少しだけ」と言って彼が頼んだオレンジケーキをいただく。


「もっと取ってもいいのに。あ、追加しようか? すみませーん」

「え、いや別に無くてもいいって」

「はい。お呼びでしょうか」

「追加オーダーお願いしたいんですけど。レモンケーキと、マンゴータルト一つずつお願いします」


 ちょっと待て榎本。

 思わず心の中で呼び捨てにしてしまいながら、眉を寄せた。

 私が頼んだのはガトーショコラで、彼が頼んだのはオレンジケーキだ。味見させてもらったものを追加するのだとしたら、オレンジケーキを注文するだろう。

 それなのに彼は違う品物を二つも頼んでしまっている。

 綺麗な笑顔を浮かべさえすれば、誰でも騙されると思っているんだろうか。


「……どうして新しいのが増えてるの?」

「実は僕がちょっと気になっててね。一人で一つ食べるのは大変だけど、二人なら丁度良いと思わない?」

「ちょうどいいって……」

「あ、ごめん。迷惑だったかな」


 駄目だ。彼のこの言動が全て計算されつくしたものにしか見えないのは、私の目が濁りきってしまったからなのかもしれない。

 スイーツ男子なんて珍しくもないから、開き直って好きなの頼んで食べればいいのに何故私を巻き込む。

 大体、授業終わりで偶然彼に出会うという時点で嫌な予感はしていた。


『危機はないです。わたしはお昼寝するのでまたあとで!』


 そう吹き出しに書かれている文章を何度も見ながら、画面を操作しているふりをして寝ているイナバを叩いて電源を切った。

 ケーキが乗っていた皿を綺麗にした私はバッグの中に入っているスマホを見て、小さく眉を寄せる。

 完全に電源を切ったにも関わらず、勝手に電源が入っている。


『すぴー、すぴー。むにゃむにゃ』


 寝てますよとアピールするような吹き出しにイラッとして、親指でぐりぐりと摘みポイッとゴミ箱に入れておいた。

 追加のメニューが運ばれてきた頃に、勝手にスマホが震えたが無視する。

 メールか、と榎本君に聞かれて私は笑顔で頷いた。

 

「榎本君、あんまり食べてないじゃないですか。少食ってわけじゃないんでしょう?」

「羽藤さんを見つめてたら、お腹いっぱいになってきたんだ」

「私、そんなに食べてないですよ」


 寒気がして砂を吐きそうだ。

 爽やかな笑顔で甘い言葉を吐けば誰でもキュンとなって黄色い声で叫ぶと思ったら大間違いだと気づいて欲しい。

 彼と同じように笑顔を浮かべて受け流しながら、切り分けたレモンケーキとマンゴータルトをいただく。

 こういう状況でなければ、もっと美味しく食べられたんだろうなと思えば目の前のケーキに申し訳なくなった。

 見た目と味だけではなく、周囲の環境も大事なんだなと痛感させられる。


「ふふふ。やっぱり羽藤さんは素敵な人だね。僕の目に狂いはなかったよ」

「そうですか? ありがとうございます」


 先ほどから彼は一体何を言いたいんだろう。

 ループ前の私だったらこんなやり取りすらまともにできないくらい、挙動不審になっていそうだ。

 なつみやモモが近くにいるので美形には免疫があるとは言え、それは女のみ。美少年、美男子には免疫が無かったというのに、ループをしているお陰で耐性がついてしまった。

 主人公でもないのに他のゲームの攻略対象を必死に落としていた経験が活かされたのか。

 空しいばかりで嬉しくない経験だ。


「うーん。さっきの追加注文で機嫌損ねちゃったかな?」

「いや、そういうわけでは」

「でも、せっかく打ち解けてきたと思ったのにまた敬語に戻っちゃったから……僕が悪いんだけど」


 その割りに全く悪びれていないように見えるのは気のせいか。

 人を口説くような甘い言葉を吐いてみたり、じっと見つめてきたり。

 普通の女なら勘違いしてしまうような言動を普通にしている榎本君の真意が分からない。

 こうして一緒に食事をしているのは、彼がどうしてもお礼をしたいと言っていたからで深い意味は無いと思うけれど。

 何が目的なのかなんて聞けるわけが無いので、紅茶のお代わりを頼んでメニューを眺めた。

 テイクアウトで一番人気はかぼちゃのプリンと書かれているのに目を留める。


「別にそれで困る事はないと思いますよ」

「そうかな。僕としてはもっと色んな事話したいんだけど」

「色んな事?」

「君に興味があるから」

「興味……」

「うん、結構ね」


 整った顔立ちの好青年に真っ直ぐ見つめられ「君に興味があるから」と近い距離で言われる。

 普通の女ならここで顔を赤らめて恥ずかしそうに顔を逸らすのだろう。

 そうした方が良かったような気もしたが、私は小さく笑いながら受け流した。

 画面越しでの台詞なら黄色い声ではしゃいだり、ニヤニヤしてしまうのだろうが気味が悪いとしか思えない。

 彼もまた私の死亡フラグを立てにきた敵ではないだろうな、と疑いながらも困ったように笑顔を浮かべた。


「今日は偶々出会えたから良かったけど、そうじゃなかったら無理だった気がするな。君の友達は何だかピリピリしてたから気軽に声もかけられなかったし」

「まぁ、色々ありましたから」

「色々?」

「……私個人(プライベート)なことですから」

「そっか」


 それじゃあ無理には聞けないねと笑みを浮かべながら大人しく引き下がる彼の目的は何だろう。

 私だとばかり思っていたが、もしかして私の周囲なのかもしれない。

 考えられるとしたら、モモあたりだろうか。

 役に立たない相棒に聞いてみようとも思ったが、返ってくる答えは大体想像できたのでやめた。


「ここの支払いは私にさせてくださいね」

「え、それは駄目だよ。誘ったのは僕なんだから」

「いいえ。だったらさっきの店の支払いを割り勘にしましょう」

「それも駄目。男の面子が丸つぶれになっちゃうよ。羽藤さんを急に誘ったのは僕なんだし、板書のお礼も兼ねて」

「もう充分いただきましたから」


 お菓子やジュース程度で良かったのに、それなりの値段のするコース料理を奢られた挙句ここの支払いまでされるとなれば心苦しい。

 たかが板書のお礼だけでここまでされるのは重い、と小さく呟けば彼は少し目を見開いてから困ったように笑った。


「僕にとっては、それだけの事なんだよ。僕の我儘でご飯を一緒にしてもらって、こうしてお茶も付き合ってもらってる」

「でも私も美味しい思いしましたから」

「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいな。リサーチしてた甲斐があったってものだね」


 誰か目当ての子と来る前の練習だとしたら、練習台として奢られるのもアリかもしれない。

 でも榎本君に限って「君は練習台なんだ」なんて笑顔で言うような性格には見えないけれど。

 気になったけど一人じゃ入れなかったから、とも思ったが他に声をかける子がいるだろう。

 そうすると偶々会ったからついでにと考えるのが一番自然なのか。

 待ち伏せされたとか、偶然を装って、と少し思っていた私が自意識過剰で恥ずかしい。


「楽しかったな。あ、買い物とかあるなら付き合うよ?」

「いえ、後は帰るだけですし」

「送ろうか?」

「いえ、迎えが来ますから」


 彼と買い物なんてしたらそれこそ大学を揺るがす事件に発展しかねない。

 ただでさえ、彼に話しかけられるという事で親しいのかと見知らぬ生徒に声をかけられる事が多くなったのだから。

 例えつまらなそうな顔をされたって、承諾するはずがない。

 笑顔でお断りします、だ。


「あ、じゃあ連絡先教えてくれないかな?」

「必要ないと思います」

「え?」

「必要ないと思います」

「んん?」

「必要ないと思います」


 とぼけたふりをして聞き返してくる彼に、私は営業スマイルを貼り付けて同じ言葉を返し続けた。



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