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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
42/206

41 魅惑の主人公

 常駐せずとも、常に私の身が危険にさらされてるわけじゃない。

 だから、必要な時に今まで通り連絡だけしてくれればいい。

 けれど性別不明の白ウサギは今日も私のスマホ画面で跳び跳ねている。

 確かにその見た目は可愛いが中身は謎に満ちている。

 敵か味方かさえも未だ分からず疑いの目を向けている私に、ウサギは気にした様子もなく「親密度上げてみせます!」と意気込んでいた。

 ウサギが何をしようと親密度も好感度も上がるようには思えない。

 適当な返事で返せば画面の中のウサギがじたばたと暴れた。


『ひどいー! わたしがいればフラグ回避できるんですよ? 便利じゃないですか。そりゃ、怪しさ満点なのは否定しませんけど』

『いや、回避失敗しても繰り返すだけだし』

『命は大事です!』

『……今更出てきて言われてもね』


 通常言われる命の尊さがきっと私や神原君には当てはまらない。

 イナバと名付けた白ウサギと簡易チャットのようなものをしながら私はため息をついた。

 どうなるか分からなかったモモとの友情も復活し、平和な日常が戻る。

 ほんの一時でしかないとしても私にはとても貴重な時間だ。

 普通の人たちと普通に暮らすことで、自分の異常性を忘れる。

 私は異常なんかじゃない、普通だと思い込ませる為だと思うと空しいが今までずっとそうして心の安定を図ってきた。

 

「具合でも悪いんですか?」

「あ、ううん。ちょっと最近大変で」


 心配そうに声をかけてきたのは、駅で知り合った女子高生の成瀬愛(なるせあい)ちゃんだ。

 兄さんは未だに私が電車を利用することを嫌っているが、トラウマもフラッシュバックもないのでそんなに心配する事はないと思う。

 油断しないように周囲の気配には気を付けているし、何か危険が近づいていればイナバが知らせてくれることになっていた。

 とは言え、イナバを完全に信用していないので気休め程度でしかないが。


「あ……お友達と大変だったんですよね」

「あぁ、それはなんとかなった」

「仲直りできたんですか?」

「うん。思ったよりもあっさり仲直りできて、気が抜けちゃった」


 モモ宅お泊まり会は成功した。

 落ち込んでいるかと思ったモモに、玄関先で大号泣されながら抱きつかれたのもいい思い出だ。

 それからモモは、簡単に彼女が経験してきた過去を私に話してくれた。

 上手い言葉が思い付かず、相槌しか打てなかった私だけどモモはそれでいいと言ってくれた。

 しかし「由宇はちょっとおかしいから、友達にはぴったりだったのかも」との発言は未だに聞き捨てならない。

 モモ曰く、「こんな美少女の私を見ても何とも思えないなんて!」だそうだ。

 自意識過剰としか思えない発言も、モモが言えば納得してしまう。けれど、きっと私はなつみの美少女っぷりに目が慣れていたので、初めてモモを見たときもそう驚かなかったのだろう。

 もし、なつみがいなかったらきっとその他大勢と同じ反応だったと思う。

 

「ふふ。良かったですね」

「うん、ありがとう」

「あの……そのお友達の方と親しくなられた理由って何だったんですか?」

「入学式の時にぶつかられた事がきっかけかな」


 あれだけ衝撃的な出会いをしていれば忘れられないというものだ。

 そして、仲良くなってからまるでマンガやゲームのような出会い方だったと大笑いしたのを思い出す。

 最初だけたくさんの猫を被っていたモモは、今や恋愛ゲームを専門に取り扱った雑誌を平然と学校の食堂で広げ、周囲を気にせず熱く語るまでになってしまった。

 一体何が彼女を変えたのかと不思議で仕方が無かったが、この前のお泊り会でそれが判明する。

 望んでいないのに気がつけば周囲に異性が寄ってきて、同性からは疎まれていた彼女は叔母さんから貰った誕生日プレゼントがきっかけで恋愛シミュレーションゲームに出会い、乙女ゲームにはまったらしい。

 もっとも、彼女の叔母さんとしては乙女ゲームはちょっとした面白プレゼントであり本命は別にあったらしいのだが。

 ゲームの中では恋をするのも学校生活を楽しむのも自由だ。

 例え学校一と呼ばれる相手と親しくなってデートをしても、誰からもやっかまれることはない。

 初めて迎えるエンディングは友情エンドで、寧ろ攻略対象なんていらないって笑顔で言うのはモモらしい。

 自分の理想がこの中にあると、乙女ゲームを支えに中学時代は乗り切ったのだと言っていた。


「わぁ、何だかロマンチックですね」

「性別間違ってる感じよね」

「ふふふ。あ、でもそれを言ったら私と由宇さんの出会いもそうですよね」


 柔らかい笑顔を浮かべた後でポンと軽く手を打った愛ちゃんが、私たちの出会いを思い出してまた笑う。

 私もその言葉に彼女と出会った時のことを思い出して、苦笑した。


「マンガやドラマではよく見たりしますけど、実際に助けてくれる人がいるんだって私ちょっと感動しちゃいましたから」

「いやいや、感動してる場合じゃないでしょ。危なかったんだから。あれから大丈夫?」

「はい。あれから痴漢に遭うような事はありません」


 そう、愛ちゃんとの出会いは電車の中で。

 痴漢被害に遭っていた彼女を助けたのがきっかけで私たちはこうしてお茶をしたりする程の仲良しになった。

 だが冷静に考えると眉を寄せてしまいそうな出会い方だ。

 私の行動は確かに褒められるものかもしれない。

 しかしモモも愛ちゃんも、出会い方がおかしいとは思わないか。

 そう思っているのは私だけではないはずと、神原君に話してみれば「まるで主人公のようですね!」と目を輝かせながら言われてしまった。

 主人公たる彼に言われて嬉しくないわけではないが、気恥ずかしさと誰かの役を奪ってしまったかのようで落ち着かない。


「あの時の由宇さん、まるでヒーローみたいでしたよ!」

「うん……恥ずかしいからそのくらいで勘弁して」

「これで由宇さんが男の人だったら私惚れてたかもしれませんねぇ」

「つり橋効果ってやつね」


 ドキビタをやり込んだ私だからこそ、目の前でイベントが起こる事に興奮した。

 電車内で痴漢に遭っている主人公(ヒロイン)を、攻略対象が助けるという場面だ。

 しかし、どれだけ待っても攻略対象(ヒーロー)は現れない。

 このままでは愛ちゃんが危ない、と私が助けに向かったというわけだ。

 危ないと思った時点で助ければいいのに、イベントが起こるかと思って待機していた後ろめたさがまだ残っている。

 気づいた時点で割って入ったら、発生するかもしれないイベントぶち壊しにして台無しにしてしまうんじゃないかと思った。

 これはただの言い訳だな、と思いながら私は自嘲する。


「そう言えば、周りに他の生徒いなかったね。しかも、下校時間随分遅くなかった?」

「ちょっと頼まれ事をして残っていたら、あんな時間になっちゃったんです」


 よく思い出してみると愛ちゃんが痴漢に遭うイベントが発生するのはちょうど下校時間だった。

 偶々同じ車両に乗り合わせていた榎本聡(えのもとさとし)に助けられるという話の流れになっているはず。

 そのイベントが起こらなかったのは私が乗り合わせていたせいなのか、それとも彼女の帰る時間が遅かったからなのか。

 私がこの世界に存在して、しかも有り得ないループを何度も経験してるくらいだから歪みが他で生じていてもおかしくない。

 全てを自分のせいにするのは良くない考えだと神原君からも言われたが、考えずにはいられなかった。


「そっか。ラッシュ時に比べて人は少ないとは言っても、変な輩も多いからね。気をつけなきゃ駄目よ?」

「はい。今度そうなったら由宇さんみたいに相手の腕を捻り上げて突き出します!」

「あ、うん。でも、危険な事はしないようにね」


 そういう部分を真似するのはどうかと思う、と呟けば不思議そうに首を傾げられて「どうしてですか?」と問われる。

 どうしても何も、普通の女の子なら守られて当然と途中まで言いかけて私は口を閉じた。

 現実的に考えるなら対処法を身につけて、万が一の場合自分で自分の身を守れるようにするのが普通だ。

 夢を見て誰かに守られるのを待っていたところで、王子様なんてやってこない。


「その後、逆恨みとかされる事もあるじゃない?」

「あ、そうですね……。じゃあ、私今度は大声で叫びます!」

「そうね。それならいいかも」


 ちょうどいいタイミングでヒーローなどやってくるわけがない。

 愛ちゃんがいくらドキビタの主人公だからといって、それが必ずしも実行されるとは限らないのかと思うと寂しくなってしまった。

 何もしなくても攻略対象たちは主人公に惹かれて近づいていくものだと思っていた。

 少なくとも神原君の初めの頃はそうだったらしのでてっきり彼女もそうに違いないと思い込んでいた。

 避けるのにとても苦労したのだと辛そうな顔をしながら話してくれた彼の言葉を思い出す。


「由宇さん?」

「いざ、という時に大声出せる練習しておかなくちゃね」

「はい。そうですね」


 どこかで「待たせたなぁ!」の声を期待しているのは他でもない私かと思えば、情けなくて苦笑してしまう。

 何度助けを求めても神様が答えてくれなかったように、私の助けに応えてくれる存在などいない。

 だから、自分で何とかしなければならないのだ。

 頼れる人がいないわけではないが、神原君に寄りかかるのはあまりにも酷だろう。

 彼はきっと成人越えればいい男になるに違いない、と想像しながら頷いていれば愛ちゃんがニコニコとしながら私を見つめているのに気がついた。


「ん?」

「あ、いえ。私も由宇さんみたいなお姉さんがいてくれたらなーと思って」

「何も得はしないけど?」

「違うんです。私、一人っ子だから兄妹っていうものに憧れがあって」


 ゲームの中でも愛ちゃんは一人っ子という設定だ。

 誰も彼もがゲーム内の設定に忠実というわけではないので、よく分からない世界になってはいるが。

 そう言えば神原君は……。


「多分ね、愛ちゃんは私の友達との方が合うような気がするな。絵面的に」

「え、絵面ですか?」

「うん」


 モモと並んでキャッキャと会話してくれてたら、私はそれを眺めているだけで癒されるような気がする。

 今度二人を喫茶店に誘って叔父さんと二人その様子を眺めているのもいいかもしれない。

 きっと叔父さんも目を細めながら癒されるだろう。

 心配なのは、モモの濃い性格に影響されて愛ちゃんが穢れてしまわないかという事だけだ。

 それを考えていたら、やっぱり二人は会わせない方がいいような気がしてきた。

 愛ちゃんは今のまま、真っ直ぐで明るくてキラキラしたままでいて欲しい。

 モモと意気投合した結果、愛ちゃんまで乙女ゲームの道に入って二次元にどっぷり浸かるような事になって欲しくない。

 どうするのかは愛ちゃんの自由だというのも分かっている。

 けれども、一プレイヤーだった時の記憶が残っている私としては親心のようなものを彼女に抱いていた。

 危険な事はさせたくないし、危機が迫っているなら助けてあげたい。

 喜ぶ顔が見たいから知らない振りをしつつ彼女の好物を注文してあげたり、と考えていたら随分と親馬鹿な事に気がついた。

 はたから見ればただの気持ち悪い女だ。

 愛ちゃんに引かれないように気をつけなければ、もう会えないかもしれない。


「そうですか……会ってみたいなぁ」


 ぽつりと彼女がはにかみながら呟いた言葉に、私の心はぐらりと揺れる。

 ドキビタの攻略対象は皆、こんな感覚になっているんだろうかと思いながら主人公(ヒロイン)の愛らしさを体感した。 

 あの一言聞いただけで叶えてあげたいと思うのはやっぱり親馬鹿なんだろうか。

 なつみも交えて三人で会話する様を眺めたら、叔父さんと共に仕事にならなくなるなぁなんてくだらない事を考えつつ私は冷めてしまった紅茶を飲む。

 気を抜くと緩んでしまいそうな頬を引き締め、気合を入れた。




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