40 相棒志願
「今日の午後三時頃、黄昏大通り近くで若い男性が刺されるという事件が起きました。犯人と思われる人物は二十代前後の若い女性と見られ、通報し駆けつけた警察に取り押さえられました。尚、被害者はすぐに病院に運ばれましたが……」
いつもどこかで事件や事故が起きる。
誰かが殺された、行方不明になった、火事が起きた。
神原君との近況報告会の際に随分と近くでサイレンの音がしたから何があったのかと不思議に思っていたが、どうやらこの事件らしい。
白昼堂々の犯行で通り魔らしい女性に刺された被害者は今も意識不明の重体だとアナウンサーが告げていた。
「被害者は新井務さん二十歳と見られ……」
事件に巻き込まれなくて良かったと思う反面、私が回避したばかりにその代わりに誰かが犠牲になってしまったのかとも思う。
もし仮にそれが事実だったとして、私は飛び出して「殺せ」なんて言えるような良い人ではない。
そう思いながらテーブルの片付けをしている途中で聞えてきた名前に耳を疑った。
店内にそれ程人がいないのをいいことに、テレビを見つめて「酷い事件だなぁ、痴情の縺れか?」と眉を寄せる叔父さんの元に向かう。
そして設置されているテレビの前に立ち、表示されている被害者の写真と氏名を穴が開くほど見つめて呆然とした。
「由宇? どうした? 知り合いか?」
叔父さんの声が遠くに聞こえる。
テレビに映る顔写真と名前は何度見ても間違いようが無い。
同姓同名のそっくりさんという事も考えられたが、あの時店内でニアミスをしたのが事実だけに本人なのだろう。
『回避成功しましたので、今後は接触する事はないでしょう』
何故か神原君宛てに届いたメールの文章が頭を過ぎる。
あれはこういう事だったのかと知った瞬間に、ゾッとした。私たちを今も見ているだろう存在は、新井君がこうなると知っていてあんなメールを送ってきたのだ。
確かに今まではあの回避メールのお陰でその先に待つだろう惨事にならずに済んだのは事実。
だったらメールの主は私や神原君の命の恩人という事になる。
恩人、本当に?
「由宇ちゃん? 大丈夫?」
「あ、すみません」
「顔色悪いわよ?」
片付けを放り出してしまった私の代わりに高橋さんがテーブルの上を綺麗にしてくれたらしい。
怒るはずの叔父さんも心配そうに私を見つめて、何かあったのかと尋ねてきた。
ゆっくりと近づいてきた高橋さんに優しく背中を擦られて、力が抜けそうになる。布巾を強く握り締めたまま既に違う話題を話すアナウンサーを見つめた。
「はぁー」
静かに息を吐いて、トントンと額を叩く。
「ちょっと、知り合いだったのでびっくりしてしまって。ごめんなさい、仕事の途中で」
「え!?」
「な、え? お昼に騒いでた事件か?」
「うん」
黄昏大通りは喫茶店からも近い場所にあるだけに叔父さんはカウンターの中から驚いた声を上げた。
店内に残っているお客さんたちの視線を感じて私が溜息をつくと、叔父さんはコホンと咳払いをして視線を彷徨わせる。
「びっくりしたでしょう。マスター、私が手伝うから由宇ちゃんはもう帰してあげたらどうかしら」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと仕事はできます」
「そうだなぁ……高橋さん、お願いできますか? 由宇、お前はもういいから帰れ」
「私は大丈夫よ。旦那もどうせ遅いし一人で家にいたって寂しいだけだもの」
結局、辛気臭い顔をして接客なんて勤まるか、と叔父さんに追い払われるように私は店を出た。
ぼんやりして事故にならないように気をつけながら、その事を考えないようにする。
ラジオをかけ、賑やかな声のDJが曲を紹介しながらハガキやメールを楽しそうに読んでいく声が今の私には癒しだ。
いつもより早い帰宅に驚いた母さんと兄さんに軽く理由を説明すると、驚かれた。
座っていたソファーから勢いよく立ち上がった兄さんは、一気に距離を詰めて私の両腕を掴むと凄い形相で何も無かったのかと聞いてきた。
「何も無かったって、何が?」
「お前の身にだよ。最近、怪我とか事件とか多いだろ? 何か良くない事に巻き込まれてるんじゃないかって心配になるのは当然だろうが」
「心配し過ぎだってば兄さん」
「そうよ。いくらなんでもこじ付け過ぎよ。同学年てだけで親しかったわけじゃないんだから」
親しいわけじゃないが顔は知っているし、喋った事もある。
執拗に付きまとわれてモモに近づくなと何度も言われた事は、家族に話していないので私は「うん」と大きく頷いて嘘をついた。
母さんはそれを聞いて「ほらね」と簡単に納得してくれたが、兄さんは不満そうに私を見つめたまま眉間に皺を寄せている。
「お前を突き落とした子も、同学年じゃないか」
「あの人は違うよ。尾本さんも言ってたじゃん。確かに高校は同じだけど、彼女は一年の夏休み前にはもう不登校だったって」
「でもな……今回の奴も、高校の同学年じゃないか」
「偶々でしょ?」
そう言えば兄さんも「それはそうだけど」と呟いてやっと手を離してくれた。
心配してくれるのはありがたいが、言えない事が多過ぎて申し訳なく思う。だからと言って話すつもりはさらさらないんだけど。
痴情の縺れか何かじゃないのかと軽く言いながら、風呂に入る。
ゆっくりと湯船に浸かって一日の疲れを癒したいが、嫌な事ばかりが頭に浮かんで全くリフレッシュできない。
仕方がなくさっさと上がって、髪を乾かし終わった私は自分の部屋に入って鍵をかけた。そして、事件のことを神原君にメールする。
『え、あの人だったんですか?』
『うん。見えない存在の言う通りになっちゃった』
『あぁ……今後は~ってやつですね。』
『怖いんですけど。あぁ、どうしよう。邪魔を承知でなつみの部屋で一緒に寝ようかな』
どこかで誰かが自分を見ている。
何をさせたいのか、どうしたいのか、その存在の意図が良く分からず気持ち悪さと恐怖ばかりが増していった。
不安で仕方が無いとメールすれば神原君から電話がくる。
「大丈夫……ですか?」
「無理です」
「即答ですね。仕方ないでしょうけど……うーん。こっちから監視者に連絡取れればいいんですけどね」
「取れたところで、こっちの質問に素直に答えてくれるとでも?」
「……難しいでしょうね」
どこからメールを送ってきているのか、どうやって互いのメールアドレスを使って送信できているのかが分からない。神原君は難しそうな声で唸りながら私の分からない言葉を呟いていた。
ウイルスに感染している気配はなかったとか、内部プログラムにもおかしなものは見られないとか。
そういう系に詳しいのだろうかと流し聞きながら、私はテレビをつける。
ちょうどやっていた音楽番組に、神原君がカラオケで歌ったアイドルグループが登場していた。
華やかな衣装と若々しさに目を細めていれば、電話の向こうで神原君が誰かと話している声が聞こえる。
「羽藤さん、ちょっと待ってくださいね」
「うん。いいよー」
ステージで踊って歌うアイドルたちを見ながら、体を揺らし同じように歌う。
手の振りだけを真似して誰かと会話をしている神原君に呼びかけられるのを待った。
声の相手は遠く、ボソボソとして何を話しているのかは聞き取れないがどうやら男の声のようだ。
もしかして今会話している相手が神原君の言っていた相棒かと思いながら私はリズムを取るように体を揺らし続けた。
「ふんふーん、ふふんふ~ん」
「あ、すみません。今ちょっと相棒と話してたんですけど、とりあえず僕や羽藤さんに実害が無いようだからいいんじゃないかって」
「……周囲を巻き込んでるのに?」
「僕もそれ言ったんですけど『だったら自分を犠牲にしてまた繰り返すか?』って言われてしまって」
中々厳しい相棒さんだ。
けれど、その通りで何も言い返せない。
聖人ぶって自らの身を捧げるような事なんてできない。明確に自分を狙ってきた人物が酷い目に遭ったとしても、安心はするが同情はしなかった。
それを回避しなければ神原君の相棒が言うようにループからは一向に抜け出せないだろう。
何を企んで回避するように教えてくれるのかさっぱり判らないが、それにしか縋れないというのも相手の思う壺のような気がしてならない。
けれども、選択肢はそれしかないのだ。
きっと、私が頼らないと決めたとしても回避メールが止むことは無いのだろうと何となく思う。
「うん。そうだね。今のところ私や神原君に害はないから。ありがとう、ちょっと楽になったわ」
「いいえ。僕でよければいつでも話聞きますので連絡してくださいね?」
「ありがとう。神原君もね」
通話を切ろうとして私は前から彼に言いたかった事があったのを思い出した。
「ねぇ、神原君。私の事違うように呼んでくれてもいいのよ? 名字だとなつみと被ってごっちゃになるでしょ?」
「え……いや、大丈夫ですよ?」
「そう? それならいんだけど」
別に名前で呼ばれても怒ったりしないけれど、神原君がそれでいいと言うならいいか。
というよりも、寧ろ名前で呼べと強制したように聞こえてしまっただろうか。
通話を切った後でその事に気付いた私は、勘違いさせたらまずいと神原君にメールを打つ。何かもっと上手い言い方は無いだろうかと唸りながらクッションを抱きしめてラグの上でゴロリと横になった。
そうしているとラグの上に置いていたスマホが震えてメールの着信を告げる。
『由宇さん、と呼んでもいいですか?』
差出人は神原君。本文はそれだけ。
「うっわぁ、可愛いー」
それだけなのにどうしてこうも可愛らしいのか。
ラグの上でゴロゴロしながらこのメールを作成しただろう神原君を想像し、私はついにやけてしまった。
ピロリン、と何故かマナーモードにしているのにスマホから音が鳴る。
気味が悪くて、手にしていたスマホをラグの上に落としてしまった私は裏返しになってしまったスマホを表に返すと、恐る恐る操作した。
『わたしは、お姉さんと呼んでみたいです!』
可愛らしい文章なのに、恐怖しか感じない。
差出人の名前が無いのに受信ボックスにメールが入っているのはどうしてだろう、誰かの悪質な悪戯か新手の迷惑メールかと考える。
まさか、そんなはずはない、とテレビの音量を少しだけ上げて気を紛らわせた。
するとスリープ状態だった画面が明るくなって私しか知らないはずのロックがいとも簡単に解除される。
確かに難しいパスワードではないがこう意図も簡単に破られると気味が悪かった。
もしかして遠隔操作されているのかと腰を浮かせて兄さんの部屋に行こうとしたが、画面上を動いているキャラクターが勝手に変更されているのを見て眉を寄せる。
見たこともない白ウサギがぴょんぴょん跳ねてメールの着信を告げる。
『わたしがあなたの相棒になります。よろしくお願いします!』
「い、悪戯?」
『違います! 私は……あ、名前が無いのでつけてください』
「悪戯か、夢よね」
『違いますよ! んしょ、ちょっと待ってくださいね』
悪夢だ。
起きているはずなのにいつの間にか寝落ちしていたのか。
白ウサギの吹き出しに表示される文章はとてもフレンドリーで可愛らしい。
ループする前の私だったら恐怖より好奇心が勝ってその罠にのってしまっていただろう。
「強制終了!」
「あ……!」
電源を落として裏蓋を外し、少し離れた所から観察すること十数秒。
派手な衣装に身を包んだミュージシャンの歌が室内に響く中、勝手にパソコンが起動しキーボードを叩いていないのにパスワードが入力された。
「ヒッ!」
悪霊退散、悪霊退散、と私は必死に心の中で呟きながら、スマホを放置してゆっくりとパソコンに近づく。
これも遠隔操作ウイルスのせいか、と思っていれば勝手にメモ帳が起動されて音も無く文字が綴られていった。
そして、画面の端にはスマホにもいた白ウサギがピョンピョンと飛び跳ねている。
『はわわ。いきなり電源落とされたからびっくりしましたよ』
それ以前にびっくりしているのは私ですけど。
怖い怖い、と呟きながら私は及び腰で画面を見つめた。
『初めまして、じゃないですけどよろしくお願いします!』
「ヒッ! 喋った!」
『そりゃ喋りますよー。神原直人君に相棒がいるなら、貴方に相棒がいるのも当然だと思います』
「……ミュート利かない!?」
『はっはっはー。このパソコンの権限は私が持ってますぅ』
見た目と口調が可愛らしいだけでやる事がえげつない。
最近のウイルスはここまで進化しているのか、と恐怖を感じながらパソコンを強制終了した。
ブレーカーを落とせば安心できるだろうかと考える目の前で、再起動されるパソコン。
本体に負荷がかかるからできるだけ強制終了はしないようにと何故かウサギに怒られて、私は眉を寄せた。
『あららー。困りましたね。可愛らしい姿を取れば警戒も薄らぐと思ったんですが』
そう考える時点でやはり何か企んでの接触でしかない気がする。
私は慌てて神原君に電話をすると、さっき電話を切ってからの事を簡単に説明した。
デスクトップ画面を縦横無尽に駆け回る白いウサギは『ひゃっほーい』と書かれた吹き出しを付けて、デスクトップ上に並べられたファイルを見る。
じっと観察するように見ていたウサギが、一つのファイルの中に潜り込みそうになったのを私は慌ててマウスでクリックして端の方へ持っていった。
『あーん! 怖がらせるかと思って音声ちゃんと切ったのに酷いですー』
「……」
驚く事に、ウサギをクリックして持つ事ができた。
このままゴミ箱に入れれば良かったかと考えていれば『入れても無駄ですよ☆』と何とも頭にくるような事を言ってくれる。
エスパーか、こいつはエスパーなのか。
そう思って恐怖していると、スマホが着信を告げた。
震える手で電話に出れば、神原君の困ったような声が聞こえる。
「あのですね、羽藤さん。相棒が言うには悪い気配はしないから、暫く使ってやればどうだと」
「え? 得体の知れない何かを?」
それにどうして通話越しだというのに私の現状を知っているのか。
監視カメラでもあるのかと室内を見回しながら神原君の言葉を待つ。
「すみません急にこんな事言っても怖いだけですよね。僕も良く分からないんですけど、相棒が電話して言えというので」
「……相棒さん、何者?」
「えーと……おかしな存在ですか、ね」
歯切れ悪く答える神原君の言葉に気が抜けた私は目の前のウサギを見つめた。
彼の相棒がこのウサギの存在を知っているなら、大丈夫だろうか。
神原君は自分の相棒を信用しているみたいなので、このウサギにも害はないと思っていいのか。
「色々と、怖いんですけど」
「そうですよね! お気持ちは分かります。胡散臭くて怖いって僕も相棒と初めて会った時に思いましたから」
「……正直、神原君の相棒さんも敵か味方か分からない」
「あー、そうですね。それも仕方がないです。当然だと思いますよ」
『えー! でもでも、こんなにサービス精神と慈愛に満ち溢れている可愛い存在なんてわたしぐらいだと思うんですけどねー』
自分で言うのか、と突っ込みそうになってぐっと堪えた私は溜息をついて神原君と少し話をして通話を切った。
目の前の存在を相棒として迎えるか否かという選択肢すらない状況は酷い。
例えあったとしても、両方とも“はい”なんだろうなと乾いた笑いが出た。
こんな不可解な現象を喜んで受け入れろというのか。
気味が悪くて、真意が読めない胡散臭いコレを。
変なウイルスに引っかかってデーターを抜かれる心配よりも、何を考えているのか分からないウサギに恐怖心が増大してゆく。
『わたしの目的は、ループ脱却ですから利害は一致してると思いますけど』
ループと聞いて動揺しそうになったのをグッと堪える。
静かに息を吐いて画面の中で跳ねるウサギを睨みつけるように見つめた。
「神原君ならともかく、私がそれに関わっているとでも?」
『何回もループしてること知ってますよ。あ、わたしが一人で頑張ればいーじゃんて言うのはナシですからね。そうできないから影ながらこっそりと応援する事くらいしかできないんですから』
「……なんで」
『そんな事言われたってー』
「私や神原君の危険回避を事前に知らせて、回避法まで教えられるのにどうして貴方は一人で解決できないの?」
こんな事を言って危険かもしれない。
馬鹿な事をして喧嘩を売った結果、どうなるかは分からない。
もしかしたら、強力な電磁波でも放出されてここで事切れるかもしれない。
いや、それよりもパソコンを爆発させた方が早いか。
『むむう。『キャッ素敵なウサギさん』って喜んで受け入れてくれませんねぇ』
「ループさせてる状況を作ってる敵がいるとしたら、ソレの差し金と考えるのが普通じゃない? 誰で何の目的でどうして私まで死なずにループなのかさっぱり分からないんだけど」
『ぬぬう。分かりました。信頼を勝ち取ればいいのですね! 親密度を上げて好感度を高くすれば認めてくれるんですね!』
認める認めない以前の問題だというのに、白いウサギは気にしていない様子でステップを踏む。
親密度を上げるなんてまるで恋愛シミュレーションゲームだ。
久しくやっていないゲームを思い出して私は溜息をついた。
きゃっきゃ、とはしゃぐウサギはメモ帳を閉じて吹き出しの中に文字を表示して私とやり取りをする。
『姿をお好みに変えましょうか? どんなのがいいですか? お姉さんの好みのミドルダンディ紳士や執事系はちょっとわたしには難しいですけど、お望みなら頑張ります!』
「あ、結構です」
『えっと、じゃあわたしの可愛らしさを前面に出せる少年少女ですか!』
「そんな趣味はありません」
『うえぇぇ。どうすればいいんですか、我儘ですね!』
「ウサギでいいわ。そのままの姿が一番ストレスが少ない気がする」
個人情報がたっぷりなスマホやパソコンの中を自由に行き来できるくらいだ。
私の趣味嗜好を把握するなんて朝飯前なんだろう。
仮に誰かに見られてもいいようにほとんどのデータは外部メモリの中に入ってるけれど、ネットの閲覧履歴やインストールしたゲームとか色々……色々と、見られたんだろうな。
平静を装うようにはしているけど、心の中では大汗だ。
『あ、大丈夫ですよ! お姉さんの趣味嗜好を他に漏らすつもりはありませんからっ!』
「何を根拠にそれを信じろと?」
『ウイルスも撃退しちゃいます! タダですよ! パソコンとスマホを行ったり来たりできますから、場所取らずで便利ですよっ』
「……神原君のところに行って、審査されてからなら考えるわ」
相棒を既に得ている彼と彼の相棒ならば、実際見ればどうすべきか教えてくれるだろう。
電話では相棒にすればいいと簡単に言われたが、素直にこのウサギの言葉を信じてしまえるほど私は純粋な乙女ではない。
どう考えても胡散臭いとしか思えないのは私がおかしいからじゃない。
ある程度の経験を積めば怪し過ぎるのは容易に分かるものだ。第一、タイミングが良過ぎる。
そもそも、このウサギが本当に私や神原君に回避のメールを送ってくれた存在だという証拠はどこにもないのだ。
それを言ったら神原君の相棒も本当に信用できるかという話になってしまうけれど。
少なくとも目の前のウサギよりはマシだろう。
『分かっていましたが、やっぱり手強いですね。でもでも、だからこそわたしの相棒にぴったりです!』
「寧ろ、神原君のところに行けば?」
『神原君は主人公格なので、目立っちゃって逆に危険なんですよね。傍に居ると。その点、由宇お姉さんなら目立たなくて最適!』
「……」
『きゃあああ、無言でシャットダウンとかやめてくださいよぉ』
何やら吹き出しの中でギャーギャー騒いでいたが、私は笑顔を浮かべるとマウスを操作してパソコンの電源を落とした。
勝手に起動しないようにコンセントも抜いておく。
電力供給無しで立ち上がったらまたホラーだが、いつまで経ってもその気配は無い。
そして、触っても居ないのに光るスマホに溜息をついて私は枕元にそれを伏せると電気を消してベッドに潜った。




