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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
38/206

37 五十歩百歩

「あれ、なにやってるんだ?」

「落ち込んでるみたい。後悔してないけど後悔してるとか言ってた」

「は?」


 なつみと兄さんの会話が聞こえる。

 仏壇の前で土下座をするように畳に額をつけている私のことだろう。

 別に誰かに謝ってるわけじゃない。

 夢見が悪くて気分が良くないだけだ。


「なつみ、神原君は元気?」

「うん。元気じゃないかな。クラス違うから仲いいってわけじゃないし良く分からないけど」

「そっか」

「気になるなら様子見てこようか?」


 連絡先は知っているので電話をすればいい。しかし、かけても留守電か通話中で中々繋がらない。

 メールは送信できているので多分読んでくれてるとは思う。

 店に来てくれれば一番手っ取り早いが、最近は全く姿を見ないから少し心配だ。


「でも、何だか忙しそうだったよ」

「え?」

「この前姿見つけたとき、私に気づかないで走ってどっか行っちゃったもん」

「ふーん?」


 忙しそうか。

 神原君も年相応らしく高校生活を謳歌してるということだろうか。

 私も同じように大学生活を謳歌したいのに厄介事のオンパレードで困ってしまう。

 せっかくループ脱却に光が、と思っていたのにどうして面倒な事ばかり起きるんだろう。


「お姉ちゃん、いつまでそうしてるの?」

「あーごめんごめん」

「何かあったならさ……」

「いやいや、何でもないわ。大丈夫」


 沈み込んでばかりもいられない。とりあえず今週末のモモ宅お泊まり会に向けて気合いを入れなければ。

 私はため息をついてノロノロと部屋に戻った。


「もしもし?」

「羽藤さんですか? 神原です。良かったぁ、やっと繋がった」


 それはこっちのセリフだと突っ込みながら私は周囲を確認して部屋に入る。

 途中で誰かが入ってこないように鍵を閉めて、テレビをつけた。

 少しでも声が紛れるように。


「神原君は無事? もう、こっちは色々あって大変だったんだから。訳分からない事も多くて、頭パンクしそうよ」

「え! 大丈夫なんですか? またループとかしました?」

「ううん。それはないけど」

「すみません。こっちも色々大変で……できたら会って話したかったんですけど」


 それは私も同じだ。

 しかし、会って話すにも場所に困ってしまう。

 誰かに目撃でもされて神原君や私に悪評がつくのも嫌だ。

 個室で防音ができて、気兼ねなく話せる場所。

 そんな都合良い場所があるものか。




「まさか、満たす場所があるとは」

「え、どうしました?」

「ううん。何でもないわ」


 ありました。

 お金はかかるが防音できる個室となればここより良い場所が見つからない。

 それにしても、こんな使い方もできたのかとウーロン茶を飲む神原君を見つめた。


「大体の事は分かりました。大変だったんですね」

「まぁ、一応片付いたとこだけどね」

「あの……その遠藤さんは?」

「分からない。現場から逃げたみたいで、警察も探してはいるらしいんだけど」


 カラオケボックスでの近況報告会。

 場所は喫茶店に近く、学校の知り合いがいなさそうな店を選んだ。

 注意深くなる私を不思議そうに見ていた神原君は、私と一緒にいるところを目撃されたら嫌じゃないんだろうか。

 私が逆の立場だったら相手がいくらイケメンでも嫌だ。

 学校で変な噂が立ったらどうしようと想像するだけで頭が痛い。


「そもそも、夢の中での会話だから信憑性も薄いけどね」

「いえ。多分本当かもしれませんよ? その、鍋田さんに連絡なんて……」

「する意味ないからしてないわ。正直彼女とはもう話したくないかな。こっちもおかしくなりそうで」


 お前も充分おかしいと言われたら、何も言い返せないけどあそこまでじゃないと思いたい。

 いや、おかしいという自覚があるからこそ前世の事やらループの話はしないだけか。


「あー、そうですね。分かります」

「神原君は? 普通に高校生活楽しんでた?」


 電話で色々大変だったとは言っていたが、そうは見えない。

 年のわりに、落ち着いてるせいだろうか。

 私は持ち込んだスナック菓子に手を伸ばしながら尋ねる。


「楽しめたら良かったんですけどね……」

「え、違うの?」


 ここのカラオケボックスは持ち込み可なので助かる。 

 そしてこの店の店長さんと叔父さんは顔なじみで、喫茶店にも偶に寄ってくれるお客さんでもあった。

 私も当然顔を覚えられていたが、気にする事も無く神原君を連れて部屋に入った。

 店長さんは驚いたように「年下の彼氏かい?」と言ったが、うろたえる神原君を横に「弟みたいなもんです」と答える。

 知り合いがいてはマズイのではと心配する神原君に、逆に知り合いの店で堂々としていた方が目立たないだろうと適当な事を言った。

 どうせ、こそこそしていても見つかる時は見つかるのだ。

 それに変にこそこそしていたなんて噂されたら厄介だろうと言えば「そうですね」と神原君は苦笑する。 

 誰がどう間違っても、恋人同士には見えないからそこは安心して欲しいと念を押して言うのは忘れない。

 何かあれば病院仲間であるのをいい事に、私に誘われて断れなかった事にすればいいと言えば彼は複雑そうな表情をした。


「それが、桜井さんの死亡フラグが多くて必死にそれを回避してました。目立てないから余計大変で」

「目立っちゃ駄目なの?」

「僕と恋愛フラグ立ったら、死亡フラグも自動的に立つようなものですからね」


 そう言えば、そんな事前も言ってたような気がする。

 主人公ならそんなもの容易になんとかなると思っていたがどうやらそうでもないらしい。

 何でもかんでも主人公有利に働くなら、彼もまたループしている理由がないだろう。


「あ、そうだ。神原君のお陰で助かったよ。ありがとう」

「え?」

「神原君からの忠告メール無かったら、私またループ繰り返してただろうし。まるですぐ傍で見てるような感じなのはちょっと怖かったけど」


 それでもループしている同士である彼からのメールだから信じられた。

 賭けてみようと思えた。

 差出人不明だったら、きっと無視をして失敗していたことだろう。

 繰り返すのは慣れたと言っても、できるなら繰り返さないのがいい。

 何度もやり直せて幸せだろうと何も知らない人は言うだろう。けれど今までの経験や人間関係の全てがゼロになってしまう感覚はいつもむなしいものだ。


「え? あの……羽藤さんだって……というか僕そんなメールした覚えないですよ」

「へ?」


 神原君じゃないとはどういう事だ。

 差出人はきちんと彼の名前だったというのに。

 慌ててスマホを取り出した私は受信メールを開いてから顔をしかめた。


「あー、そうだった!」

「……最初に、見終わったら消去してくれって書いてあったんですか?」

「ですね」


 察したように尋ねた神原君に私は力なく頷く。

 彼がそう言うってことは神原君も似たようなメールを受け取ったんだろうか。


「僕も、羽藤さんからのメールのお陰で何度も助けられたんですよ」

「……ミッションコンプリート?」

「無事にフラグは回避されました」


 間違いない、と私が項垂れたのを見て神原君は苦笑する。

 私に来た最後のメールの文章を彼も知っている。差出人だから当然かもしれないが、彼は自分が送信したものではないと言う。

 私には神原君の差出人名で、神原君には私が差出人となって。

 それに従って行動し、無事にフラグを回避した。

 彼が私を信じてくれたことも、回避できたことも喜ぶべきことなのに気持ち悪いとしか思えない。


「送った覚えは?」

「ないですよ。羽藤さんは?」

「私もないわ」


 記憶がないだけで送ってたのかなと呟くと、神原君が難しい顔をして唸る。

 誰かに乗っ取られてスマホを操作していたと想像してみるが、ピンと来ない。


「気持ち悪いね」

「でも、実際そのお陰で何度も助かりましたけど」

「うん。私も」

「誰かに見られてるみたいですね」


 第三者の存在を考えるべきか。

 私と神原君の事を知っていて、フラグを回避させるような手助けをしている誰か。

 何のためにそんな事をしてるのか。

 勝手に人の携帯を操作できる能力を持っているという事は、私の知らない内に他に何かしているかもしれない。

 機種変をしたら逃れられるだろうかとも考えたが、無理そうな気がした。


「……今のこの状況も分かってたりして?」

「ですかね……?」


 思わずキョロキョロと室内を見回してしまう。

 設置されている機械や観葉植物まで怪しく見えてしまうから不思議だ。

 どこかに隠しカメラでもあるんじゃないかと二人で探したがそれらしいものは見つからなかった。


「今更……ですよね。今まで見られてたなら」

「今も見てるなら何か言ってくれてもいいのにね」

「寧ろ、腹立ちますよ。こっちは嫌な思いばっかりで失敗すればまたループなんですから」

「終わりが一向に見えないって、恐怖よね」

「どこがゴールなのかも分かりませんけどね」


 はぁ、と二人同時にため息をつく。


「そう言えば、その鍋田さんはもう大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないかな。病院から出さないことを条件にしたから。専門の病院は前から調べてたみたいだから、すぐに引っ越すみたいよ」

「そうですか。脱走とかないといいですね」

「……フラグ立てるのやめて!」


 洒落にならなくてゾッとする。

 せっかく落ち着きを取り戻そうとしている日常を壊すような事は言わないでよ、と唇を尖らせれば神原君が噴き出すように笑った。

 素直でいい子なのは間違いないけれど、こうやって時々酷い事言ったりする。

 そんな時に、彼はやっぱりゲームの中の神原直人じゃないんだなと思ってしまった。


「遠藤さんが早く見つかるといいんですけどね」

「本当に。警察の人にも何かあったら心配だから早くしてくれとは言ってるけど」

「そうですか。でも、情報が来るようになってるだけいいじゃないですか。普通はそこが一番難しいですよ」

「ねー。いいのか悪いのか」


 私の件が片付いてからも戸田さんは何かと気にかけてくれている。

 遠藤という人物の存在が明らかになったのを知った彼は「まだ終わりではないかもしれませんね」と恐ろしい事を言いクイッと眼鏡を押し上げていた。

 弁護士、眼鏡、スーツ。

 仕事ができて人当たりが良いなんて、どこのキャラよと思わず突っ込みを入れそうになったくらいだ。


「神原君は? 華ちゃんの死亡フラグがとか言ってたけど」

「そうなんですよ。何故か分からないんですけど、桜井さんの周囲に死亡フラグばかり乱立してしまってて……さながら地雷原のようになっていたんです」

「うわぁ。というか、どうして乱立してるって分かったの?」


 やはり主人公という立場だけに他大勢は持つ事ができない特殊な才能でもあるのだろうか、と期待を込めた視線を彼に向ける。

 神原君は困ったように視線を彷徨わせて、小さく口を動かした。


「あの……お話してなかったんですけど、相棒が教えてくれて」

「はぁ!? 相棒!? ループ承知で神原君の立場も理解してくれて尚且つ協力してくれるような存在がいるの? しかも地雷原のフラグが見えるような? うわぁ、いいなぁ羨ましい。私もそんな相棒が欲しいんですけど、未だもがき苦しみながら過ごす毎日ですよ。ええ、ホームから突き落とされるわ、友情には溝ができてるわで色々ピンチですけどっ!」

「羽藤さん、落ち着いてください。怖いです、怖い怖いですって」


 やはり存在していたのか主役パワー。

 しかし冷静に考えてみれば主人公に相棒がいるのは当然か。

 素晴らしい理解力を持ち主人公に協力して一緒に困難に立ち向かうような相棒。

 

「相棒、は……そうですね。この状況を理解してます。そして、助けてくれてます」

「……いいなぁ」

「本人が凄く人見知りなので紹介する事ができないんですけど、羽藤さんの事も知ってますよ」

「え!」

「僕が話そうかどうしようか悩んでる時に、先に言われたんです。同じような存在が他にもいるだろうって」


 それは是非会わせていただきたいものだ。

 人見知りというのなら分厚い壁越しでも神原君を仲介してでもいいので、私も助けてくれないかとお願いしたい。


「すみません。僕の状況が結構酷いみたいで、他までは手が回らないと」

「うん、いいよ。私はもう成人した大人だもの……ループしないように、頑張ってみる」


 大人ぶって笑顔を浮かべてはいるが、病院でのフラグを回避してからも安心はできていない。

 それに大本命の大学二年の五月五日が恐ろしかった。

 そう、今がまだ六月上旬だという事が信じられない。もう何年も経ったかのような感覚なのに入学してから二ヶ月くらいしか経ってない。

 濃い毎日を送ってきたせいだろうか。


「それで、恋愛フラグの方は?」

「あーっと、えと、それは……その」

「ん?」

「病院で羽藤さんに会った時から、あんまり僕の周囲に対象の子たちが近づいきたり、いきなり好感度が上がるような事は無くて」


 それは良かったんだろうか。余計な事をしてしまった気がしないでもない。

 私は病院で神原君に会ったお陰で死亡フラグ回避という素敵な事があったけれど。


「忙しさは今の方が酷いって言うか……その、羽藤さんからの指令文のような物が頻繁で、それをこなすので精一杯だったんで」

「あー、フラグ回避のメールね。あの《MISSION!》の文字見ると、嫌な汗が出るようになっちゃったわ」

「分かります。メールの着信があるたびに心臓がキュッと縮みそうになります」


 なぜ私に死亡フラグが立つ事を知り、それを回避するようにと先回りしてメールを送ってくるのか。

 それは神原君も私と同じように不思議に思っていたらしいが、他にやるべき事が多すぎて後回しにしていたらしい。

 そして、いざ連絡を取ろうとしても中々繋がらなかったというわけだ。

 意図的に妨害されているのかとも思ったが、それだったらこうして会えてるわけがないという結論になる。

 結局、タイミングが悪かったという事で無理矢理納得することにした。


「この前なんて本当に大変でしたよ」

「ん?」

「桜井さんと間違えて細田さんが襲われて、意味不明な言葉叫びながら馬乗りになる人を抑えてました」

「え?」


 華ちゃんてそんなに恨み買うような子ではないと思う。

 ゲームの中ではそういう性格のキャラクターではないが、この世界自体が良く分からない状態では性格にも違いが出てくるのかもしれない。

 そもそも、ここは一体どんな世界なのか。

 ゲームの世界を完全に再現しているようで、そうではない。

 自分の持つゲームの知識を当てはめては首を傾げる日々だった事を思い出す。


「桜井さんは、あのまま(・・・・)の性格ですよ」

「いやでもそれは……」

「ルートに入った僕が言うので間違いありません」

「そっか」

「はい」


 記憶を持ち越すようになってからも、自分の置かれている状況を打破する為に色々な手を試したのだろう。

 私ほど酷い事はしていないだろうけれど、神原君にとってもいい記憶とは言えないものだ。

 自分が生き延び、この苦しみから解放される為に他者を都合よく利用する。

 中途半端な罪悪感と良心も自分を苦しませるものでしかないというのに。


「薬でもやって、頭おかしくなった人のようでしたけどね」

「でも、その犯人は華ちゃんの知り合いなの?」


 桜井華子と間違えて襲われた細田さん。

 後姿も容姿も似ていないのになぜ間違えたんだろうか。

 華ちゃんを襲うつもりだったなら、何か目的があったはず。


「いいえ。本人は全く心当たりがないと。細田さんも分からないと言ってました」

「変だね。何だろう、気持ち悪い」

「ええ。逃げた犯人が“桜井華子”を標的にしていたのは間違いありませんから」

「何かあった?」

「細田さんに馬乗りになって、ナイフ振り上げてた時に桜井さんのプロフィールを延々と呟いていたんですよ」


 空ろな目をして自分より体格のよい男がナイフを振り上げながら、華ちゃんのプロフィールを呟き続ける。

 人間違いだなと思っても、恐怖が勝るだろう。

 何度も殺されてきた私ですらそんな事になるのはごめんだ。


「よく、飛び込んで抑えられたね」

「相棒のお陰ですかね。タイミングや相手の動作を先読みして教えてくれるので、体が勝手に動くというか」

「格闘系何かやってたとか?」

「いえ、全く。ループに気づいてから筋トレをしてる程度です」


 何かあった時に必要になるのは力でしょう、と自嘲するように俯きながら神原君は手を組んだ。

 勝算があったからこそ細田さんを助けたのか、それともそんな事は関係なく体が動いていたのか。

 神原君の事だから後者だろうなと思った。

 そして、振り返る自分の行動には溜息しか出ない。

 最善の判断だったと尾本さん達から言われたものの、ボコボコにされるの覚悟で飛び込んでいった方が良かったんじゃないかと思う。

 自分の身可愛さに助けてくれなかった、とモモに思われるのが怖いんだろう。


「とは言っても、後先考えず飛び込んだので相棒からは怒られちゃいましたけど」

「あらら。何かあったら大変だからでしょう」

「でも、襲われてる人がいたら、誰だって助けなきゃって思うじゃないですか」


 ああ、眩しい。

 主人公だから、男だから、力があるから。

 自分の身を犠牲にしてまで他者を救う事に憧れているわけではないが、悔しい。

 モモを守り通した松永さんや、襲われている攻略対象(ヒロイン)を助けた神原君のように何故なれなかったのか。

 彼らは頭のどこかで、自分が死ぬことは無いと分かっていたんだと思う。

 松永さんは腕っ節がいいようなので、対処はできるだろう。神原君には頼りになる相棒ができたらしいのでその相棒のお陰なのかもしれない。

 飛び込んでも周囲に迷惑しかかけないだろう私とは大違いだ。



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