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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
34/206

33 冷静に

 可愛い、美形、そういう人たちは生まれながらに得をしているとよく言われる。

 なつみを見ていれば分かる事だが、彼女も昔から周囲に可愛がられ特別扱いされていた。

 兄弟が三人いる中で、一人だけ特別扱いされるのを心苦しく思っていたようだが、私や兄さんにとっては慣れた光景だった。

 特別扱いされるのが嬉しいと思う人物がいる一方で、他と同じように扱われたいから自分の容姿が嫌だという人物もいる。

 なつみも一時期、どうして私や兄さんのように生まれてこなかったんだろうと落ち込んでしまった事があった。

 モモにもそんな事があったんだろうか。

 中学以前の事をあまり話したがらない彼女に何があったのか分からないから不安になった。

 長谷さんから情報を得たとは言っても知らない事ばかりだ。


「興味本位で聞くような事じゃないからなぁ」


 本人がそれとなく避けている話題を、無理に聞き出すこともない。 けれど、中学時代のモモを想像するとモヤモヤしてしまう。

 私とモモが中学で会っていたらどうなっていたんだろう。

 高校で会った時と変わらぬ関係を築けたんだろうか。


「ループには関係ないのは分かってるんだけど……はぁ」

 

 どうしたものかとゴロゴロしながら悩んでいた私は、郵便物を届けに来たなつみに「もうっ」と怒られてしまった。

 腰に手を当ててちょっと唇を尖らせながら言う姿を見ながら、可愛いは得だなと思う。






 可愛い妹に、美少女として目を惹く友人。

 新しいバイト仲間は美人人妻で、そんな彼女達と交友がある自分が不思議に思えた。

 本日もヘルプとして入ってくれている高橋さんの働きっぷりは見事で、私がいなくともいいような気がする。


「休憩入りまーす」

「はーい」

「ゆっくりしてていいわよ」


 夕飯の時間帯前に休憩をもらってご飯を食べる。

 最近旦那さんの帰りが遅いとかで高橋さんは閉店近くまで手伝ってくれる事が多くなった。

 最初は忙しい期間だけのはずだったが、私が事件に巻き込まれた事もあり正式にバイトとして雇用する事になったらしい。

 高橋さんがいるなら私が居なくとも店は回る。

 これは新しくバイトを探すべきかと思ってバイト情報誌を広げていると、叔父さんが真剣な顔をして自給を上げて欲しいのかと聞いてきた。

 あの時を思い出して私は苦笑してしまった。

 高橋さんがいるなら、私は必要ないだろうと告げた時の叔父さんの顔も覚えている。

 常連さんがいつも必ず一人はいるが、経営状況はどう見ても真っ赤な店。

 二人もバイトを雇っている場合じゃないんじゃないかと言えば、盛大な溜息をついて叔父さんは困ったように頭を掻いた。


「こっちは心配してたのに『道楽みたいなもんだから、いいんだよ』ってどこのボンボンのセリフよね。何やって稼いでんだろう叔父さん」


 道楽でやれるほど、他に収入があるなんて驚きだ。

 一体何をして儲けているのか。何か後ろ暗い事でもしているんじゃないかと不安になっていると、スマホがガタガタと震えた。

 テーブルには今日の夕飯であるエビフライとカニクリームコロッケが「食べて」と言わんばかりに見つめている。こんもりとしたキャベツの山も美味しそうだ。

 そんな彼らを横目に私はバックから出て、こっちに気付いた叔父さん笑顔で手招きする。

 不思議そうな顔をした叔父さんは店内を見回し、フロアにいた高橋さんとアイコンタクトをすると足早に近づいてきた。


「何だ? どうした?」

「ごめん。叔父さん、私ちょっと出かけてくる。チャリ貸して」

「ご飯も食べてない……のっ!?」

「ごめん!」


 口頭で伝えるのがもどかしくて私はスマホの画面を見せる。

 そこに書かれている文章を読んだ叔父さんは裏口から出て行く私の背に「気をつけて帰ってこいよ!」と叫ぶように言った。

 店の買出しをする時に使用する自転車のメンテナンスは商店街の自転車屋さんにお任せしているので、完璧だ。

 タイヤの空気圧も充分、ブレーキの利きも良い。

 私はスマホを操作しながら自転車に跨り、腰に巻いていたミドル丈のエプロンを片手で外して簡単に畳むと自転車のカゴに入れた。


「出てよ。出なさいよ」


 何度かけても出ない相手に舌打ちをしながら冷静になれと自分に言い聞かせる。

 ここで焦ったら駄目だと、店から出たい気持ちを抑えた。


「電波届かないとこにいないでよ。電源も切るなっ!」


 メールをしても返事は無い。

 美智とユッコに電話をしても知らないと言っていたが、心当たりを探してくれるらしい。

 事件の犯人が捕まって落ち着いたと思ったのにどうして落ち着かせてくれないのか。

 連絡が取れるまで一旦店の中に戻るかと思ったが、ある事に気がついて急いで電話をかける。

 相手は二コールで出た。


「羽藤さん? どしたのー?」

「ちょっと聞きたいんだけど、長谷さんモモに鍋田さんの事話した?」

「え? な、どうしたの?」

「いいから話したか話さないか聞いてるの。私を突き落とした犯人、鍋田さんだって言った?」


 間違っていたら非常に申し訳ないが、相手のうろたえるような雰囲気と声の具合から八割間違いないと私は悟る。

 苛々して乱暴な口調になってしまいそうなのを堪えながら深呼吸を繰り返す。

 電話の向こうでは「でも、だって……いや、そんな」と更に人の神経を逆撫でするような言葉が聞えて、私は軽く舌打ちをした。

 急に静かになった長谷さんに私は話を変える。


「その他に何か話した? モモに話したこと全部そのまま私に話して。言い訳は後でいいから、早く」

「あ、はいっ。えと、買い物してた時に姿を見つけて羽藤さんの事件をダシにして北原さんに近づきました。その時に鍋田さんの事も話しました」


 余計な事を、と口には出さないが深い溜息で答える。

 今にも泣きそうな声を聞きたいんじゃない。

 他に何か言わなかったのか、とできるだけ落ち着いた声で問えば彼女は混乱したように唸った。

 途中、ガタンと派手な音が聞えて「痛い」という声もしたが恐らく何かに躓いて転んだだけだろう。問題ない。


「あ、思い出した。ファミレスに行った時の話をしました」

「え?」


 余計な事を言ってくれた長谷さんがモモに話したのは、私を突き落としたのが鍋田さんだという事ともう一つ。

 ファミレスに行った時に偶然聞いてしまった会話も事細かに教えたらしい。

 また面倒な事になったと思いながら通話を切ると、念のために尾本さんに連絡を取った。

 すぐに出てくれた尾本さんは軽く事情を説明すると、私に大人しくしているようにと告げる。

 一応、分かりましたと答えたがそんな事できるわけがない。

 尾本さんも何か察する所があったのか、あまり無茶をするなと言われた。


「何でこんな時には繋がらないのかなぁ。電話したところで何か知ってるわけでもないだろうけどさぁ」


 最近忙しいのかあまり連絡が取れない神原君に電話をしてみたが、一向に繋がらない。

 一度繋がったと思えば、ブツ、ブツと電波が切れるような音がした後で通話が切れてしまった。

 もしかしてあっちはあっちで、大変な事になってるのかもしれない。

 それはそれで気になるが、気にしている余裕はなかった。

 本当なら、今私が必死に探している相手だって意外とケロリとしているかもしれない。

 でも、胸騒ぎがする。

 ケロリとしているならそれでいい。テヘペロな姿に脱力してから店に戻りたい。


「あー、せめて場所が分かればなぁ」


 こんな時、目立つ格好をしている彼女に感謝する。

 目撃情報を得られやすいが、それにしても範囲が広い。

 何とか場所を絞り込む事ができればと、途方に暮れているとポケットに入れていたスマホが震えた。


「もしもし?」

「羽藤さん? あのね、黄昏駅の北口近くの高架下で北原さんたちを見たって情報があったんだけど」

「本当? ありがとう!」

「あ、ちょっとま……」


 礼を言って思わず切ってから私は自転車を漕ぐ。

 途中で事故に遭っては洒落にならないので、安全には気をつけて黄昏駅まで向かう。

 そしてそのまま目的地へと移動しようとした瞬間、ゾクリと悪寒が背筋を駆け抜けた。

 あ、これはマズイ。

 冷静に、冷静にと自分を落ち着けさせて震える手で画面を操作する。


「由宇ちゃん、良かった。てっきり先に行っちゃったかと思ったよ」

「すみません。尾本さん」

「いや、いいよ。西森には先に現場に向かってもらってる」

「そうですか」


 自転車から降りた私は尾本さんを見つめて彼の言葉を待つ。

 強張っている私の顔を見た尾本さんは、軽く頭を叩いて「大丈夫、大丈夫」と優しく言ってくれた。

 泣きそうになりながら、それを必死に堪える。

 どうして自分には超人的な力が無いんだと嘆き、友人の為に突っ込んで行く度胸の無さに悔しさがこみ上げた。

 地面を睨みつけるようにしていると、尾本さんの携帯が鳴る。

 相手は西森さんのようで、私は食い入るような目で尾本さんを見つめた。


「尾本さん!」

「大丈夫だよ、心配ない。君の友人の北原さんも、相手も無事だ」

「本当ですか?」

「嘘をついてもしょうがないよ」


 西森はあれでも結構やる男だからね、とウインクをした尾本さんに私も笑みを浮かべながら息を吐く。

 安心したら急に体が震えてきた。

 恐怖には慣れたはずなのに、やっぱり怖いものは怖いらしい。





 尾本さんに付き添ってもらいながら店に自転車を置きに行った私は、心配した様子で裏口にいた叔父さんに驚いた。

 私の姿を見た叔父さんは急いで駆け寄って来ると、私の手から自転車を受け取る。


「大丈夫か? どこも怪我はないか?」

「あぁ、うん。私は大丈夫」

「じゃ、モモちゃんか? あの子は大丈夫だったのか?」

「愛沢さん落ち着いてください」


 力なく答え笑みを浮かべる私に叔父さんは眉を寄せてモモの事を聞いてくる。

 姪の友人なのに、ここまで心配してくれるのは何故だろう。そう思っている私の体が揺さぶられた。

 ガクガクと強く揺すられて気持ち悪い。


「北原さんは今、ウチで事情を聞いているところです」

「モモちゃんは悪い子じゃありません! とってもいい子です! 寧ろ彼女の方が被害者だ!」

「叔父さん、落ち着いて。モモは大丈夫だから」


 怒鳴るように声を荒げて尾本さんに詰め寄る叔父さんを必死に宥める。

 その声は店の方まで聞こえていたらしく、裏口から顔を覗かせた高橋さんが心配そうにこっちを見つめていた。

 どうやら店番を高橋さんに任せて叔父さんは私が戻ってくるのを待っていたらしい。

 私は尾本さんと叔父さんの間に割って入り、叔父さんと向かい合いながらモモは無事だという事と、今日はもう切り上げて署に行きたいという事を告げた。

 私の「大丈夫」という言葉に渋々と言った様子で頷いた叔父さんは、何故か私の荷物を手にしていた高橋さんからそれを受け取ると私に押し付けてくる。

 なんだろうこの連携プレー。


「終わったら俺にちゃんと連絡するように。分かったか?」

「はい、分かりました」



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