25 外見と中身
翌日から何故かモモが送迎してくれることになってしまった。
「えー」
「何なのよ! こんなに可愛い私がわざわざ送迎してあげるっていうのにぃ」
母さんからモモが来たと朝に言われた時には思わず「ふぁ!?」と変な声を出してしまったほどだ。
朝に弱いモモが来るはずがない。それに約束をしていたわけでもないので迎えに来る意味が判らなかった。
恐る恐る玄関へと行けば、そこには外出モードのモモが可愛らしく佇んでいた。
出社する兄さんと世間話をしながら、キャッキャウフフと花を咲かせている。
とりあえず兄さんを見送ってから何をしにきたのかと問えば、迎えに来たよと答えるモモ。
頼んでいないのにどうしてと不思議に思った私だが、彼女に急かされる形で家を出た。
車で行くつもりだったからのんびりしていたのに、と愚痴ればモモに笑われる。
「お兄さんから頼まれたのよ」
「はぁ!?」
「車で行けって言ったのはいいものの、怪我してるからそれはそれで心配だって」
「……兄さん、モモのメアド知ってたっけ?」
「ううん。なつみちゃんから」
一瞬、兄さんが妹の友達を口説いたのかと思ってびっくりした。
兄さんの株を勝手に下げるところだったので、心の中で謝罪しておく。
「なつみから?」
「そ。お兄さんとなつみちゃんからお願いされたら、聞かないわけにはいかないじゃない?」
「いやいや、断っていいのに」
「私だって心配なの!」
「……面白い事は起こりませんよ?」
「ひっどーい。本当に心配してるのに」
心配してくれているのは事実だと思うが、何かが起こるのではと期待しているのも事実だと思う。
モモは頬を膨らませて腕を組む。
可愛らしいリュックを背負ったお姫様のような彼女の姿もご近所さんはもう見慣れたものだ。
二人、笑顔を浮かべながら挨拶をして駅に向かった。
「朝早く起きなきゃいけないし、そこまでする必要ないんだって。兄さんとなつみには言っておくから、気にしないで」
「いいのっ。ちょっと遠くまで歩けば、それだけ燃焼できるし! 健康第一!」
「疲れるでしょう?」
「ノンノン。ま、それに明日には私の車がやってくるから明後日からは車でお迎えに行くよ!」
「……そっちの方が、恐怖」
運転したい車が無いので欲しい物が出るまで待っていると言っていたモモがやっと車を購入した。
モモらしく、彼女の好きなピンクと白のツートンカラーの可愛らしい車だ。
私の軽トールワゴンとは全く違っていてまるで玩具のように見えるが、機能は充実していた。安全面でも抜かりはなく、内装も組み合わせ自由で色々選べるらしい。
ケーキの上に乗っていそうな甘く柔らかなフォルムは女の子が喜ぶスイーツを題材にしたと見せてもらったパンフレットに書かれていた。
モモが欲しかったのはその中でも人気があるカラーだったので納車まで時間がかかるとは言っていたがまさか明日とは。
お菓子の国で走っていそうな車はユッコならば喜びそうだ。
私が助手席に乗っている姿を想像したら、夢の世界をぶち壊しそうだと冷や汗が出てしまった。
しかし、可愛らしい車に乗っていれば私も少しは可愛らしく見えるだろうか。
「失礼だなー。大丈夫だってば。ママの車運転してたりしたんだから」
「あ、そうだったの?」
「うん。うちのママ、相変わらず超怖くてさ。教習所かここは、ってちょっと思っちゃった」
「おばさんも相変わらずだね」
「元気過ぎるって。今回の由宇の件も、話したら『暫く送迎してあげなさい!』って言われたもん」
「あちゃー、心配かけてごめんね」
おばさんのお墨付きなら運転は安心できる。
でも、モモのお母さんにも心配かけて申し訳なく思う。
こんな私と一緒にいるとうちの子が危ないとは思わないんだろうか。
別にそう思われても怒らないし、当然だと思うが寂しい思いはするだろう。
「だからさ、ママのご命令だから諦めてください」
「それではよろしくお願いします」
「対価は《Fortuna》のタダ飯って事になってるから」
「ば、バイト先まで来るの!?」
「もっちろーん。私暇だもん」
土日はバイトが入っているらしいが、平日は平気だと言う。
そこまで心配しなくても大丈夫だと言っても彼女は聞こうとしない。
私のせいで周囲を巻き込みたくは無いので、家に引き篭もっていたほうがいいのかと考えてしまう。
そのくらい私の周囲は優しい人で溢れている事に気づかされた。
その反面、酷い事をする存在もいるけれど。
私を殺しに来る人物はみんなきっとどこかで選択を誤ってしまったのかもしれないなと思う。
誰かのシナリオに沿うように私に殺意を向けるのだとしたら、今回の転落事件もそっち関係なのかと首を傾げた。
できれば抜け出せないループと今回の事件が繋がっていないといい。
早く犯人が捕まってしまえば情報は来るだろうが、未だその気配は無かった。
油断できないからできるだけ一人でと思っているとモモが鼻歌を歌う。
「私は由宇の送迎をする、そしてその対価に美味しいご飯を食べられる」
「う、うん」
「これもバイトみたいなもんだから、由宇も気にすること無いって」
「いやいやいや」
対価にご飯をという事は叔父さんとの取引が成立していると言う事だろう。
若しくは兄さんが奢るという約束をしているのかもしれない。
どちらにせよ私のせいで叔父さんにも迷惑をかけてしまっているのは事実だ。
ああ、今回は本当に引き篭もってた方がいいのかもなぁと呟けばモモが力強く背中を叩いてきた。
愛らしく可憐な見かけによらず、力が強いのだから本当に彼女は恐ろしい。
「ゲホッ!」
「由宇はさ、なつみちゃんの事とかばっかり心配してるからいっつも自分の事は後回しなんだよねぇ」
「それが? だって普通じゃない?」
「もうちょっとさ、自分のこと大事にしてあげなよ」
「……大事に」
そんなに私は自分自身をないがしろにしていただろうかと首を傾げる。
そういうつもりは一切ないが、周囲にはそう見えているのかもしれない。
溜息をついて「あーあ」と肩を竦めたモモは残念そうに眉を寄せた。そして、綺麗に手入れされた髪を揺らしながら毛先に指を絡ませて電光掲示板を見上げる。
いつも利用する駅だけにこの時間の人々はモモの姿を見慣れているのか好奇の視線を感じることは無かった。
もっとも、興味があっても見ないようにしてくれているのかもしれないけど。
そんな風に思いながら私は白線の内側に立って電車を待つ。
フラッシュバックでも起きて、駅や電車を見ると恐怖に陥ってしまうかと心配していたがそんな事も無い。
まだ日が浅いから、後々来るのかもしれないなと思っていれば背後の気配に勢い良く振り返ってしまった。
「おっ! な、何だよ」
「あ……ごめんなさい。あの、この間はどうもありがとうございました」
「あ、あぁ」
「すみません、背後に立たれるとどうも」
どこぞの殺し屋ではないが、狙われるような気がしてしまう。
殺気を感じたわけでもないのに、ドキリと心臓が跳ねた。
振り返った先にいたのは私を助けてくれた若い男性で彼はびっくりしたように私を見下ろす。そしてちょっと不機嫌そうに眉を寄せた。
先日助けてやった相手にこんな行動を取られては不快に思っても当然だろうと、私は慌てて謝る。
そんな事をしていると、私と彼の間にスッとモモが割り入って彼に向かってにこりと微笑んだ。
「初めまして。私、彼女の友人です。先日彼女を助けていただいたそうで、どうもありがとうございました」
「お、おう……」
可愛い、可憐、を体現したようなモモの礼儀正しいお礼に驚いているのだろう。眩いオーラに気圧されたように男性は半歩退いている。
こんな時に悪いとは思うが、いつ見てもこういう光景は見ていて楽しい。
男性は視線を逸らしながら頭を掻いて、斜め掛けにしているバッグを落ち着かなさそうに触っていた。
対処に困って動揺しているのが見て取れる。モモほど可愛い子を間近で見たせいだろうかと思いながら彼女を見れば、完璧な笑顔の中で口元が小さく震えていた。
相手が照れているのを分かって追い討ちをかけるとは、恐ろしい女だ。
その様子を見て笑いを必死に堪えているのだから失礼極まりない。
「本当にありがとうございました。もう、彼女ったらぼんやりしてたら落ちたとか言ってて」
「あぁ……」
「ところで、お名前教えていだたけますか? 私は北原百香と言います」
「お、俺は松永だ」
モモはこのテクニックをどうして三次元で生かそうと思わないのかが不思議だ。
しつこくならない程度に相手の表情を見て、落ち着いた声色と少々上目遣いで言われてしまえば無視する男はほとんどいないだろう。
にっこりと、華が咲くような可愛らしい笑みにも厭らしさが微塵も無い。
高校時代から見慣れているはずだが、何度見ても感心してしまう。
外見で判断されるから意外な中身とのギャップに驚くのを利用するという高度なテクニック。
もっとも、本人は意識してやっているつもりは無いらしいけれど。
現実で自分好みの男を落とす為とか、もっと楽に世の中生きていく為に利用すれば今よりも世界が開けていただろうに勿体無い。
現実の男には愛想が尽きた、と高校の時に言っていたので余程嫌な事があったんだろう。
何となく触れてはいけない気がして深く聞いてはいないが。
「へー松永さんは私たちと同じ大学生だったんですね」
「そうだな。電車はあんまり使わねーから、混むの嫌で早めに乗ってんだけどな。そう言えばあの時間帯で乗るにしては会わねぇな」
「私たち普通はもう一本遅いので通っているので」
「あ、そっか。そりゃ会わないか。だよなぁ、いたら絶対分かるもんな」
松永さんとモモは座席に座って仲良くおしゃべり中。
私は時折話を振られて答える程度で、あとは二人の会話に耳を傾けていた。
見た目なら松永さんのガタイの良さと目つきの鋭さも負けてはいない、と心の中で突っ込みを入れつつ私は流れる景色を見つめる。
松永さんとは、私と犯人を目撃した人物数人と一緒に事務所まで行った時に軽いお礼と自己紹介を済ませていた。その後病院に行った私は知らなかったが、どうやら私を助けた事で軽く警察から話を聞かれたらしい。
面倒な事に巻き込んで申し訳ないと謝れば、彼は「別にいい」と慌てたように首を横に振った。
私が悪いわけじゃないから気にするなと優しい言葉をもらう。
少々、お近づきになりたくない危険な雰囲気がするオニイサンだと思っていたが、意外と好青年だった。
結局私も人を外見で判断してるじゃないかと落ち込んでしまう。
モモのギャップをニヤニヤしながら傍で眺めている場合じゃない。
「え、同じ大学じゃないですか!」
「まぁ、同じっても学部違えば会うこともないからな。敷地広いし」
「あ、そう言えば文学部のロリータってあんたの事か? そっか、そうだったのか」
「えー? 私そんな風に言われてるんですか?」
ある程度相手と打ち解けてきたなと思えば、ちょっと可愛らしく作った声色を出してゆく。
ウザいと思われぬ程度にするのが一番難しいと聞いた事があるがそれを自然にやってしまうとは流石モモだ。
それにしても、文学部のロリータなんて通り名がモモに付いていたなんて私も知らなかった。
「入学早々、告白しては玉砕した奴らが嘆いてたからな」
「あぁ、そんな事もありましたね」
私は心配する必要も無いだろう。
刺身のツマのような存在だから、目立たずひっそりと生きていけているはず。
しかし、モモと一緒にいる事が多いので彼女のお付の者や引き立て役とでも思われているかもしれない。
どう思われても構わないが、どうせだったらお付の者でお願いしたい。
モモお嬢様と侍女の私を想像して、少し胸がときめいてしまった。
大きなお屋敷に住むモモお嬢様に仕える侍女。
社交界に出ても恋人を作ろうとせず、物語の中に登場する王子や魔法使いに恋をするお嬢様を窘める私。
そんなある日、私とお嬢様は物語の世界に落ちてしまって……。
「あとは、クール、天然お嬢様に、姐御だろ?」
「はっ!?」
「え?」




