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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
25/206

24 家は安全

 母さんとなつみにどう説明をしようかと考えていたが、兄さんに正直に言えと言われたので仕方なく正直に説明する事にした。

 下手に隠して後々面倒な事になるのは嫌だろう? と言われては頷いてしまう。

 せめてなつみには、と思ったけれど「なつみは仲間外れか?」と兄さんに冷ややかに言われてしまった。

 いつまでも子供じゃないと呟く兄さんの言葉に、私はなつみの事を考えているつもりでそうじゃない事に気付く。

 私がもしなつみの立場で自分だけ真実を隠されていたら、怒って悲しくて、家族なのにと疎外感を抱いてしまうだろう。

 ずっと付き添っていなければいけない程子供じゃないのは分かっている。学校でも皆に頼られるくらい面倒見が良く、しっかりしていると知っているはずなのに。

 兄さんの言葉を聞いて、落ち着いたと思った私が一番混乱している事に気がついた。

 冷静になったから大丈夫だと思っていたのは私だけらしい。


「落ち着いたと思ってたのに、まだ動揺してんのかな?」

「しない方が無理だろうな」


 途中、買い物があるとコンビニに立ち寄った兄さんにそう尋ね、私は包帯を巻かれた腕を見た。

 ちょっと格好いいよね、と不謹慎な事を思いつつ消毒液の匂いに眉を寄せる。

 肋骨の下辺りには顔を歪めてしまうような痣があって、その部分を擦っていれば心配そうに見つめられた。


「痛むのか?」

「ううん。痛み止め効いてるから」

「そうか。ちょっと買い物してくるな」

「うん」


 軽傷で済んで良かったと言われたが本当にそうだ。

 入院するまでも無い怪我だから、突き飛ばされたのも大した事じゃなかったと思い込もうとしていた。

 本来ならあの場で私は死んでいて、お迎えが来るはずの予定だったのに、中途半端で終わったせいで混乱しているのかもしれない。

 あの時終わっていたらまた病院から始まっていたんだろう。

 そう思っていると、神原君の事が頭に浮かんだ。

 今回のこの件を報告すべきかどうか悩んで、犯人が捕まるまでは言わない事に決める。

 この件がループに関係あると断定できないからだ。

 正直に報告してしまえば、余計な心配をさせて彼にも何か悪い事が起こるかもしれない。

 ホームから突き落とされたという連絡は、とりあえずモモだけにしておこうとメールを作成した。

 

『マジで? 災難続きだね。その内お祓いでもしてもらいなよ~。明日からは私が由宇をお家まで送り届けてあげる!』

『私よりも、うちの夕飯狙いでしょ?』

『テヘッ。まぁ、とにかく気をつけなよ?』

『兄さんが恐ろしいので、無理はできません』

『ヒャッホー! 時雄さんマジ切れですか。見たかったわぁ』


 ふざけているとしか思えない内容だが、モモなりに気を遣っているのだろうと思う。

 本当に怒りゲージが上昇中の兄さんを見たいなんて思ってないはずだ。

 うん……恐らく、きっと。

 美智とユッコにはメールを送らずともモモから情報が行くと思ったので連絡はしなかった。

 突き落とされて負傷した事を言いふらす気にはなれないが、だからと言って口止めするまでもない。

 足を滑らせてとか、自分が悪くて怪我をしたなら笑い話として話のネタにもできるが今回のはタチが悪かった。

 そして、私を突き落とした犯人は今ものうのうとしているんだろう。

 本当に嫌がらせだろうと悪戯だろうと、何で私だったのか。

 犯人が再び襲う危険もあるので、見回りを強化してくれると警察は言っていたがどこまで信用できるのやら。

 テレビや新聞で、家の周辺を警戒されていたのにも関わらずさっくり刺されてしまう人だっているのであまり期待できない。

 目的を実行しようという強い気持ちが犯人にあるなら、いくら強化したところで警察の巡回なんて怖くないだろう。


「戸締りはきちんとしないと」


 トイレの窓もしっかり鍵をかけなければ。

 一応何かあれば警備員が駆けつけてくれる事になっているが、念には念を。

 ずっと無駄だとばかり思ってたホームセキュリティがこんなに頼もしいと思える日が来るなんて思ってもみなかった。

 祖父母には今度温泉旅行でもプレゼントしようと思う。


「どこがいいかなぁ」


 父親が幼い頃にいなくなってから、実家に帰らず今の家で暮らし続け私たち三人の子供を育てている母さん。

 そんな娘を心配して祖父母が実家に戻ってこないならホームセキュリティに入るよう強く勧めてきたのだ。

 月々手頃な値段で安心が買えるならとは思うが、母親はそんなもの無駄だと反対していたらしい。

 そこで、今すぐ実家に帰って子育てをしながら働くか、ホームセキュリティに入るかの選択を迫られて渋々後者を選んだと言っていた。

 私としては月々の支払いも祖父母が持つと言ってくれてるのなら、甘えればいいのにと思いながらその話を聞いていた。

 その頃は実の親にそこまで頼るのが嫌なのかと不思議に思っていたが、今では何となく分かる。

 親にとって子供はいつまで経っても子供だろうが、祖父母に関してはその愛情が普通よりも少々強い。

 お金持ちというわけではないが、不自由なく育ってきた母さんと叔父さんの雰囲気から良いところの育ちなんだなというのが何となく分かるだろう。

 入学式で母さんを見たユッコから「由宇ちゃんのお母様って、お嬢様なの?」と尋ねられたくらいだ。

 そんなに綺麗でもないと言ったら怒られるが、普通のオバサンにお嬢様という単語が似合わなくて変な顔をしてしまったのを覚えている。

 母さんは溜息をつきながら「小金持ちくらいよ」と答えていたがそれでも充分だ。

 祖父母は孫である私たちをとても可愛がってくれるが、それ以上に娘である母さんの事をとても可愛がっている。

 不都合はないか、何かして欲しいことはないかと頼られる事を期待した表情で母さんを見つめる祖父母の姿を思い出しながら私はつい笑ってしまった。

 これは親離れしたい子供と、子離れできない親になるのだろうか。

 だから実家に戻りたくなかったのかな、と思いつつ包帯の巻かれた腕を擦る。


「恵まれてるんだよね。忘れがちだけど」


 兄さんは私を一人車内に置いたままのん気に立ち読みをしていた。

 ガラス越しに目が合ったが兄さんは軽く片手を上げてすまなそうな顔をした後、再び雑誌を読み始める。

 その姿に思わず「買えよ」と突っ込みを入れてしまったのはしょうがない。


「家は安全、か。まぁ、身内が犯人じゃない限りはね」


 思い出したくない事を思い出してしまって顔が歪んだ。せっかく忘れかけていたというのに自分で引きずり出してしまったのだからしょうがない。

 とにかく、家はセキュリティが万全で何かあれば警備会社が動いてくれる。

 警察もそれを聞いて「それはいいですね」と言っていたほどだ。

 外出時には小型のコントローラーを持たされるんだろうかと思っていれば、兄さんが戻ってきた。

 結局読んでいた雑誌は買わなかったようだ。


「いやー参った参った。スパスペ2にキャロルが参戦だってさ」

「へー」

「これは世の男共が鼻息荒くマイキャラにするぞ」

「ほー」


 現時点で鼻息が荒いのは兄さんだ。

 しかし、妹の身を案じていた兄はどこに行ったんだろう。

 格闘ゲームに恋愛ゲームのキャラが参戦するというだけなのに、いい大人がこんなに興奮している。

 私を突き落とした犯人に対する怒りはすっかり収まったようで少し寂しくなった。

 

「叔父さんに連絡しておいたからな」

「は?」

「暫くバイトには行けないって。事情聞いたら『当然だっ!』って言ってたから大丈夫だろ」

「えっ……えっ?」


 バイトには行く気満々だった私は、聞き違いではないかと何度も兄さんの顔を見つめる。

 流石に明日は適当に理由をつけて大人しくしているつもりだったが、まさか先手を打たれてしまったとは。

 いつの間に叔父さんと電話してたんだろう。


「由宇、お前まさか……」

「少し安静にしたら戻る気でしたよ。危ないのは分かってるけど、だからって同じように大学休むわけにもいかないでしょう?」

「……大学とバイトは違うだろ」


 休めるなら大人しく家にいた方がいいのは良く分かっている。

 でも駄目だ。バイトに行かないと、駄目な理由がそれなりにあるのだ。

 なので軽傷で済んで良かったと思っていたのに。


「叔父さん一人でも大変なの分かってるでしょ? 大丈夫だって、車での移動だし駐車場だって店の裏じゃない」

「あのなぁ……」

「帰りだって遅くならないように努力するし、そんなに心配し過ぎても逆に危ないと思うよ」


 いや、心配し過ぎて損をする事はあまりないと思うがもっともらしく言わなければ。

 バイトに行けなくなると、神原君と生の情報交換ができなくなってしまうから困る。

 神原君は帰宅部という事で沢村君に用事がある時でも一人で喫茶店に来てくれていた。カウンターの一番端に座って邪魔にならないように紅茶を飲みながら読書をする。

 そんな時間が好きだと、はにかみながら言っていた彼と直接話ができる機会はあの店しかない。

 電話はしないが、メールでやり取りをしているならそれで充分だと思うかもしれない。

 けれど、顔が見えないのは駄目だ。シンプルな文面では感情が見えない上に、上手く気持ちが伝わらない。

 些細な事ならばいいか、と後回しにする事だって実際顔を合わせれば話してしまう。

 そうなると必然的に神原君は私の怪我を知るわけだけど、その時は仕方ない。


「いつでも連絡は取れるようにしておきます」

「無線のコントローラ持っておけよ」

「了解です」

「……はぁ」


 ビシッと敬礼しながら返事をする私に、兄さんは盛大な溜息をついてコンビニ袋の中から何かを取り出した。 

 ベチッと額に当てられ私は「がっ」と声を上げる。

 ひやりとした感触に眉を寄せてから、それがアイスだと分かった。


「食べていいの? いただきます」

「そんなにあのバイトが気に入ってるのか?」

「いい社会勉強させてもらってる。一時期凄く忙しかったけど、また元に戻ったからね」

「あぁ、あの時は珍しく多忙で叔父さんも大変そうだったな」

「今もその時のお客さんがそれなりに来てはいるんだけどね。テイクアウトのお客さんが多くなったからなぁ」


 テイクアウトと聞いて兄さんがコーヒーを飲みながら遠くを見つめる。

 多分、兄さんも私と同じで「いっそのこと、お菓子屋さんでもすればいいのに」と思ったに違いない。

 しかし、菓子店に変えるつもりもなければカフェにもしない。

 喫茶店でのんびりした時間をお客様と共有するのがモットーらしい叔父さんは、はっきりとそう言っていた。

 

「変な客とかは来てるんじゃないのか?」

「大丈夫だと思うよ? 殺気とか感じたこと無いから」

「そうかぁ?」

「うん」


 刺さるような視線も、殺気も店では感じた事がない。

 それを言うなら他の場所でもそんな気配はしなかったと思うけれど。

 なのでやはり人違い線が濃厚じゃないかと思う。

 でも気になるのは、突き飛ばされたあの時も殺気は感じなかった事だ。

 それは私がぼーっとしていて気付かなかっただけだろうか。

 気が緩んでたせいで、鈍くなったと言われたら何も言えないけれど。

 悲しみの絶望を越えて飽きて笑うのも疲れるくらいに何度も死んだせいか、そういう気配には敏感だと思っていた。

 いくらぼんやりしていても、察知する事くらいはできると思っていたのに神原君と出会った時の死亡フラグを折ってから油断しているらしい。


「そんな事より、心配だからって部活ない日は私も! なんてなつみが言い出さないように兄さんも気をつけてね」

「あ、ああ。そういう事もあるか」


 私一人ならともかく、あの子を巻き込むなんてとんでもない。

 口に出すと怒られること間違い無しなので私は心の中でそう呟きながら、兄さんの肩をポンポンと叩いた。

 もちろん、母さんや兄さん達も巻き込むつもりは無い。

 被害は最小限に、嫌な思いをするのは私だけでいい。

 少し、自分の状況に酔ってるのかなと苦笑しながら私はアイスを食べ続けた。




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