22 スイーツ男子
新しい仲間が増えました。
とは言ってもバイト先での話だ。
最近何故かお客さんが増えてきたので、常連である高橋さんが手伝うと言ってくれたのだ。
高橋さんは在宅の仕事をしているが、店には気分転換によく来ている。
一体何の仕事をしているか分からないし、聞いても笑顔で誤魔化されてしまうがそれなりに収入のある仕事なんだろう。
今は仕事が一段落して時間に余裕があるので、お昼の忙しい時間なら手伝えるとのこと。
私がバイトに入ってるのは授業が終わってからなのでお昼は難しい。
お昼だけ抜け出してと考えても、移動だけで時間をとられてしまう。叔父さんもそこまで無理をさせて私に手伝ってもらおうとは考えていないようだ。
高橋さんが手伝ってくれて店の回転率も上がり、今までに無い忙しさを経験していたら次第に客足が遠退いてしまう。
このままずっと、高橋さんに働いてもらおうかなんて冗談交じりで言っていたのがいけなかったんだろうか。
「見えない力が働いたみたい」
「怖い事言うなよ」
客減少の原因は、どうやら大通り沿いにできた新しいファミレスらしい。
それにしても、これだけ客入りの落差が激しいと悲しいを通り越して笑ってしまうのだから不思議だ。
叔父さんは減収だというのに「分かりやすい!」と言って大笑いしていた。
確かに、安価でそれなりの料理が提供され、飲み放題で居座れるとなれば客は当然そちらを選ぶだろう。
一杯のコーヒーにかけられる手間隙よりも、いかに安く美味しいものが口にできるかだ。不味くなく普通に飲めるなら拘る必要は無い。
違いが分からなくても何も問題はないからだ。
叔父さんには悪いが、私も友達とおしゃべりするなら迷わずファミレスを選ぶ。安価に抑えられて、それなりに声を出しても全体的に騒がしいので居座りやすい。
「本来のお店に戻ってきたわねぇ」
「嬉しそうですね、高橋さん」
「あ、ごめんなさいね?」
喫茶店《Fortuna》には再び穏やかな時間が流れ始めた。
相変わらず空席が目立つが常連さんはいるのでいつも通りの光景になっている。
今日も宇佐美さんは定位置で仕事をしているし、高橋さんはカウンターで少しつまらなそうにしていた。
高橋さんのお陰で昼間の忙しい時間帯をスムーズに回せたと叔父さんが嬉しそうに言っていたが、本人はそれが想像以上に短期で終わってしまった事が残念らしい。
どうやら、喫茶店で働くという事に憧れを持っていたとの事で彼女にとっては非常に充実した時間だったようだ。
「忙しくなると大変なのは分かってるけど、そうなると流行って儲かるでしょう?」
「そうですねぇ」
「でも、そうなるとこのゆったりとした空気が味わえなくなるのも残念なのよね」
「最近変に混んでいたのが異常だったんですよ」
「異常で悪かったな」
叔父さんもその自覚はあったのか、店舗兼住居で本当に良かったと何度も呟いている光景を見たことがある。
この店が雑誌に取り上げられたわけでもなく、有名ブロガーに書かれたというわけでもない。
著名人がお忍びで来たならあり得るかもしれないが、そんな客はいただろうか。
もしかして、私がシフトに入っていない時に来たんだろうかと思っていれば、高橋さんが苦笑して教えてくれた。
「どうやら、テレビでここのケーキが美味しかったって言ってたらしいわよ」
「テレビ?」
「一般人が言ってたみたいだけど。隠れ家的なお店だそうよ」
夜中に近い時間帯にやっていた番組でこの喫茶店の名前が出たらしい。
ただ店名や何を食べたかという話題が出ただけで終わったのだが、近所に住んでいる人が興味を持って来たというわけだ。
これで撮影依頼が来ていたらもっと混んだのかとちょっと恐怖を感じつつ、だから最近ケーキセットが良く出るわけだと納得した。
オススメのメニューになっているから皆頼むんだろうと思っていた。まさかそれがテレビ効果とは。
「凄いな。話に出ただけでこれか。あ、でもその内もしかしたら撮影依頼とかくるかも?」
「……叔父さん」
「じゃあ美容院に行って、服装ももうちょっとこう渋めのマスターっぽく見えるように……」
「由宇ちゃん、そっとしておいてあげましょう」
それは取らぬ狸のなんとやらと言うんじゃないかと声をかけようとした私に、高橋さんは首を横に振って哀れむような目で叔父さんを見る。
伸ばしかけた腕を引っ込めた私は「すみませーん」と呼ぶ声に答えてカウンターから離れた。
ケーキはテイクアウトもできるので、それだけの為に立ち寄る客も増えた。
そうは言っても、店内で提供する方が優先なので持ち帰りに回せる分も限られているのだが。
私も手伝って数を増やしているが、それでも売り切れてしまう時間は段々と早くなってくる。
限定何個と書いたボードを店の前に出すようになって余計加速したような気がした。
時間があればお茶もしたいんだけどと言うお客さんが多いので、そういう人達は休みの土日に来てくれるに違いない。
作成した菓子を褒められてデレデレ照れる叔父さんの横で、私は営業スマイルを浮かべ接客をする。
私より少し年上のお姉様方とキャッキャしながら話している姿に冷めてしまうのは何故だろう。
身内のそういう姿を見たくないからかな、と思いつつ私はペンとウエットタオルを持って外に出た。
「お菓子やさんでも開けばいいのに。ネット店舗とか」
ぶつぶつと呟きながら人気イチオシという文字を消して“完売!”と書き直す。
背後から聞こえてきた落胆の声に振り向くと、ブレザー姿の青年二人が肩を落としていた。
紺色のブレザーに仲の良い二人組。
見慣れたその姿に私は苦笑して「持ち帰りの分はね」と告げた。
最後まで言い終らぬ内に茶髪の青年が目をキラキラと輝かせて近づいてきた。
ぐい、と至近距離で見つめられ動揺してしまう。
「食べて帰るので問題ないです! そっか、持ち帰りの分だったんだ」
「そうよ」
「もう全部無くて頼めないのかと思ってた」
「毎回パフェ食べてるんだから、それでいいと思うけど」
「何言ってんだよ! パフェはメイン、ケーキセットはデザートだろ!」
言っている意味がよく分かりません。
ぱちぱち、と大きく瞬きをする私と神原君を他所に沢井君は拳を握って熱く語り始める。
ここにいられては邪魔になってしまうので、私は二人を店内へと促した。
それにしても、パフェがメインだと言い切るこのスイーツ男子沢井君は、美智と気が合うかもしれない。
二人が揃って食について語っている姿を想像した私は、お冷を運びながら小さく首を横に振った。
きっと、テーブルの上には大量の料理と空になった皿が並んでいるだろう。
そんな光景を想像しただけで、少し胸焼けがした。
「お冷とおしぼりです」
「あ、ありがとうございます」
「あの、このマンゴーパフェ一つと、ホットミルクティーお願いします」
「僕はケーキセット、ホットレモンティーで」
「かしこまりました」
チョコ、フルーツ、ベリー、そして季節限定のマンゴーパフェ。
最初はチョコとフルーツだけだったパフェの種類が、段々と増えていっている原因は沢井君だ。
甘いものが好きな男子という事で叔父さんは彼を気に入ったらしく、食べ飽きないようにバリエーションを増やした。
変化するのはシロップと、アイス、トッピングのフルーツくらいなので比較的簡単に種類を増やせる。
火を使わない料理は私も担当するので、私からすれば面倒だが仕事だからしょうがない。
しかし、物によってはトッピングの仕方が違うので全ての種類を覚えるのが大変だ。
毎回、叔父さんが描いた絵を元にそうなるように作っていくけれど、種類が増えていくせいで混乱してしまう。
増えてゆくレシピを眺めながら、ゲームの事なら覚えられるのにそれ以外ではあまり役に立たない私の記憶力をちょっと恨んだ。
「いっその事、デザート専門店にすればいいのに」
「あら、いいわね」
「そんな、するつもりはありませんよ。今のままで充分です」
「若くて可愛いお客さんたくさん来ると思うよ」
「……」
「あらぁ、それじゃ私は居づらくなっちゃうわね」
「高橋さんはお綺麗ですよ」
するり、と口から出てくる言葉に感心しながら笑顔を浮かべる叔父さんを見る。
にっこりと笑顔で受け止めた高橋さんは「ふぅ」と溜息をついて残念そうに叔父さんを見上げた。
マンゴープリンを乗せて、最後にミントの葉をバランス良く飾って出来上がりの写真と見比べる。
「それがどうしてプライベートでは発揮できないのかしらねぇ」
「うぐっ……」
叔父さんの傷を抉られているのを無視して、私は出来上がった品物をテーブルに運んでゆく。
待ちかねていた沢井君は、目を見開いてキラキラと輝かせている。
本当に好きなんだなという感情が伝わってきて思わず笑いそうになった。
「うぅーっマンゴー!」
「……僕は突っ込まないからね」
マンゴープリンを口に運んで、その場でじたばたと動く沢井君を視界に入れながら私は店内を見回した。
今、店内にいるのは常連さんと神原君たち、それに最近よく来てくれるようになった夫婦だ。
この前オムライスを美味しそうに食べていた中年男性は、今日はカレーを食べている。
向かいに座っている奥さんは和風パスタを美味しそうに食べていた。
最近転勤で引っ越してきたという二人は、住んでいるマンション周辺を散歩している時にこの喫茶店を発見したらしい。
試しに入ってみたところ、意外と当たりで良かったと正直に告げる男性に奥さんは慌てて謝る。
失言だと気付いたらしい男性が申し訳無さそうに、体格の良い体を小さくさせて頭を下げていたのも昨日のようだ。
曖昧な笑みを浮かべて「この辺りは人通りも少ないですからね」と言った私の背後から「空いてますからいつでもどうぞ」と笑顔で叔父さんが言っていたのも思い出した。
あれは自虐なのかどうなのか悩むところだが、気に入ってくれたようで嬉しいと私は夫婦を眺めて目を細めた。
私もあんな夫婦になれたらいいな、と思っても相手がいない。
春が来るのはいつになるのやらと小さく息を吐けば、叔父さんに軽く睨まれてしまった。




