2014-2015 2 年越し2
家族の前だから押さえなければいけないのは、中々に苦痛だ。
ギリギリと歯軋りしそうになるのを堪えながら私は笑顔で魔王様を見つめる。
そんな私の異様さに気づいているのは兄さんだけだが、先ほどから話しかけようとはしているものの視線を逸らして黙ってしまった。
「え、まお……名無さんも泊まられるんですか?」
「ええ。真穂さんからどうぞと言われましたのでお言葉に甘えようかと」
真穂さん。
母さんの名前を魔王様が呼んでいるだけだというのに、寒気が止まらない。
名前を呼ばれた母さんは、僅かに頬を赤らめながらトレイに乗せた夕食を運んできた。魔王様がまだ夕食をとっていないとの事で、急遽用意したものだ。
大した物が無くてと申し訳無さそうに謝る母さんに、魔王様は優しい笑顔でそんな事は無いと告げる。
家庭の味がして、毎日食べられる私達が羨ましいとの言葉に母さんは本気で照れていた。
「……」
「落ち着け。いつもの手口だ」
「だから苛々するんですけど」
感心したように魔王様を見つめ、凄いと呟く兄さんも素敵な紳士だと嬉しそうに笑うなつみも毒されている。
本当は違うんだと心の中で必死に叫ぶ私の声が届くはずも無かった。
私の様子に気づいたゴッさんが小声で宥めてくれるが、何の意味もない。
カッカカカカカと何かを突くような音が背後で響いたので振り返ると、必死に窓ガラスを突き破ろうとする白い鳩の姿が見えた。
私は無言で立ち上がり、そっとカーテンを閉める。
「すみません、由宇がいつも邪魔ばかりしていまして」
「いいえ。彼女にはとても助けられていますから、感謝していますよ」
「本当ですか!?」
「はい。うちの社員は二人とも人付き合いが苦手なのですが、由宇さんと出会ってからはとても柔和になり売り上げもアップしていますから」
そんな事をした覚えは全く無い。
けれど、魔王様の話に合わせなければいけないので驚いた表情をしている兄さんにはとりあえず笑っておいた。
なつみは凄いと私を素直に褒めてくれたが、母さんは信じられないと兄さん以上に驚いている。
「ゆ、由宇、貴方粗相とかしてないでしょうね?」
「してません。ただ、喫茶店の近くにお店があるから出前とか良く行くの。それで話をしたりしている内に仲良くなっただけ」
「そう?」
他に何を期待しているんだろうこの母親は。
溜息をつきながら隣にいるゴッさんに同意を求めれば、「そうだな」と苦笑しながら頷いてくれた。
ゴッさんが言うならそうなのね、とすぐに頷いた母さんと兄さんを見てそんなに私が信じられないかと声を荒げそうになる。
ぐっ、と握った拳はコタツの中で震わせて腹に力を入れ耐えた。
「由宇、仏間に布団敷いてきてちょうだい」
「はいはい」
「あ、いや俺が行くよ」
「いいのいいの。兄さんは、お仕事頑張ってね」
にっこりと自慢の笑顔を向けて立ち上がった私に、兄さんは顔面蒼白になる。
仕事という単語に首を傾げた魔王様に目礼してそのまま部屋を出る。
ポケットの中でブルブルと震えるスマホは、イナバが笑っているせいだろう。
「由宇、私も手伝うぞ」
「別にいいのに」
「正直あの場で残されても息苦しい」
「会社で顔合わせるのに?」
「だから、だ」
メールの着信を教えてくれたイナバに読み上げてくれるように頼んで、私とゴッさんは布団の準備をした。
すっかり家に慣れたゴッさんはどこに何があるか知っているので作業も早い。
二つ目の布団を取り出した私は、イナバに読んでもらったメールの内容に溜息をついた。
メールの差出人は榎本君と神原君から。
明日の初詣を一緒にとのお誘いだったので、だったら皆で行こうという事にしてイナバに返事をしてもらった。
「モテモテだな」
「そうじゃないわよ。神原君は他の攻略対象とのイベント避けだろうし、榎本君は可愛い弟君が彼女と初詣だから私に連絡してきたんでしょ」
「由宇お姉さん、お二人に返信メールしておきました」
「サンキュ」
二つ目の布団を敷いた私を見ていたゴッさんが、何故二つなのかと首を傾げる。
それは魔王様とゴッさんがここで寝るからだろうと答えた私に、彼は物凄い顔をした。
戦場にいる時のようなその表情にも動じず私が眉を寄せているとゴッさんは枕を片手に詰め寄ってくる。
「客室が一つ空いているだろうが! 何故私があの男と同室でなければいけない!」
「えぇ、そんなに嫌なの?」
「嫌に決まっている!」
「……じゃあ、私の部屋にって言うのは駄目だろうから兄さんの部屋で寝る?」
「そうしてくれ」
兄さんには悪いがゴッさんがここまで嫌がっているから仕方がないだろう。
一日だけだから居心地が悪いかもしれないが我慢してもらうしかないと思っていると、イナバが無理だろうと言ってくる。
どうやら魔王様の応対を任された兄さんのストレス値が限界を超えそうだと言うのだ。
我が家のセキュリティシステムを把握しているイナバだからこそ、堂々と監視できるのだろうが相変わらず恐ろしい能力だと思う。
「兄さんには私の部屋で寝てもらうわ。私は空き部屋で寝るから」
「……空き部屋で私が寝ればいいのではないのか?」
「あそこは父さんの部屋だから」
「そうか。悪かったな」
空になる私の部屋で寝てもらうというのも常識的に考えたら無しだろう。兄さんと母さんに話せば理解してくれるはずだ。
私ではなくゴッさんが困っているのだから。
魔王様は「私は気にしませんよ」と笑顔で告げてゴッさんにプレッシャーをかけるに違いない。
「ではこの布団はしまうぞ」
「そうね」
「由宇お姉さん、松永さんと東風さんからも初詣のお誘いですよ」
「あれ、でも一日は家族でって言ってたはずなんだけど」
家族どころかゴッさんと魔王様、それに神原君と榎本君まで参加する事になってしまったが。
そこに松永さんと東風さんの二人が加わった光景を想像して、私は眉を寄せた。
濃い面子ばかりに囲まれたらあの二人に申し訳ない。
「はい。ですから、二日はどうかとのお誘いです」
「二日か。初売り行くわけでもないから、予定無いしオッケーって返しておいて」
「了解しました」
ポケットの中のイナバと会話をしながら、エアコンをつけて室内を暖める。
明日は皆で初詣、明後日は松永さんと東風さんと初詣。
こんなに男の人に囲まれる新年は今まで経験した事が無いが、あまり嬉しくないのは何故だろう。
明後日はともかく、問題は明日だ。
「……なつみは友達と行くって言ってたし、母さんは多分留守番でしょう? 兄さんが一緒だとしても結局私が一番苦労しそうな気がするわ」
「ミシェルも行くと言っていたからな」
「え! 何で!?」
「そう言ってやるな。一人暮らしも寂しい様だから少しは大目に見てやれ」
解放されたミシェルはゴッさんと同じ会社に勤めている事になっている。前に訪ねた時に確かに彼もいたが、性格は相変わらずだった。
私を見るなり鼻で笑い、悉く馬鹿にした挙句に説教まで始まった時にはどうしようかと思った。
他の客に対する態度と全く違うと言えば、金も無いのに客気取りかとまで言われてしまった。
気に入らないなら触れなければ良いのに、わざわざ近づいてくる辺り訳が分からない。
ゴッさんが割って入ってくれなかったら軽く一撃を食らわせていただろう。
「へー。じゃあ、ミシェルはゴッさんに任せるわ。お友達でしょ?」
「流石のあいつも人の多い所で馬鹿な真似はしないだろう」
「だといいけど」
新年早々疲れ果てる事だけは避けたい。
ゴッさんと兄さんに押し付けて、私はお参りに集中しようと思うが果たして上手くいくかどうか。
頼りになりそうなのは神原君だが、彼に押し付けるわけにはいかない。
皆いい大人なんだから大丈夫だよねと呟く私に、「多分な」と告げるゴッさんの言葉が不安を煽った。




