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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
18/206

17 榎本稔

 神原君との再会を果たした私は、その後無事に退院して普通の生活を送っていた。

 仲間が一人増えただけで置かれている状況に変化は無い。けれど、一人じゃないというだけでこんなにも心が軽いのかと笑みを浮かべた。


「メールも丁寧でマメ。弟がいたらこんな感じなのかな?」

 

 そんな事を思いながら彼から来たメールを見つめる。

 何か変わった事があったか、今日は何事もなく終えられたか。そんな些細なやり取りだが、これが結構嬉しい。

 ニヤニヤとしていたせいか、モモには彼氏ができたのではと詰め寄られてしまったくらいだ。

 浮かれすぎるとまた何が起こるか分からないので、気を引き締めなければと思い直し私はイナバと文字で会話をしていた。

 神原君に再会してからの一週間後にフラグが待ち構えてるのでは、と思っていたが何も無く過ごせた。

 彼と出会った事で私の運命が少しずつ変わっていくように感じて嬉しい。

 神原君は、自分と関わりを持った女の子たちが例外なく死んでいくのでなるべく接触しないように気をつけているとの事だ。

 それにしても、主人公だというのに仲良くなったヒロインが死んでいくという結末はどうなのか。

 自分には害がないので、ただの疫病神だと呟いていた神原君の言葉を思い出した。

 このまま攻略対象(ヒロイン)と接触する事無く学校生活を送る事はできるんだろうか。

 彼が主人公だけに、避けていても彼女達の方から積極的に関わってきそうだ。


「えっと、羽藤さん……だよね?」

「え? あ、はい」

「急に話しかけてごめんなさい。僕は同じ学年の榎本って言うんだけど、仏語取ってるよね?」

「取ってますけど……?」

「悪いんだけど、この前の授業の板書写させてもらえないかな? 風邪で休んでてさ」


 だからと言ってどうして私のところに来るのか。

 彼の周囲で他に仏語を取っている生徒などいくらでもいそうなのに、何故私なんだろう。

 不審に思いながらも、ここで嫌だと拒否できる性格ではないので仕方なくリュックからバインダーを取り出した。

 モモだったら、笑顔で了承して終わりだろうけど正直お断りしたい。

 本音が顔に表れないように気をつけながら前回の授業のルーズリーフを彼に渡すと、空いている席を指して「いい?」と尋ねられる。

 整った顔立ちの彼が可愛らしく首を傾げながら窺う様子に、思わず顔を引き攣らせそうになった。

 ループのお陰でイケメン耐性がついたとは言え、爽やかさと良い声は本当に武器になるなと感心してしまう。

 戸惑いながら頷けば、彼は嬉しそうに笑った。


「ごめんね本当に。すぐに写しちゃうから待ってね。あ、もしかしてすぐ授業かな?」

「いえ、今日はもう終わりなので今授業中の友人を待ってるんです」


 どうして私は律儀に答えてるんだろう。

 言ってしまってから後悔しても遅いのは分かっている。けれど、急ぎの用事があるからと場所を変えて待てば良かったと激しく思った。

 そしてコピーすればいいのにわざわざこの場で写す彼も彼だ。

 コピーしないんですか、と恐る恐る聞いてみれば「邪魔かな?」と尋ねられたので慌てて否定した。

 大学は中学高校と違って派閥があろうと息苦しくは無いけが、自分が周囲に与える影響くらい考えて欲しい。

 学部が違っても有名になるくらい人の目を惹きやすい存在だという自覚がないんだろうか。

 そのとばっちりを食らうのは私だと言うのに。


「待ってるお友達って、北原さん? 彼女面白いよね」

「はい、そうです。とても可愛い子です」

「仲いいんだね。羨ましいよ」

「そうですか?」


 榎本君も随分と交友関係は広いように思うけど。

 それにしても、ドキビタの関係者と会話してみたいとは思ったがまさか彼になるとは思ってもみなかった。

 彼、榎本稔(えのもとみのる)はドキビタの登場人物だが攻略対象ではない。

 攻略対象なのは彼の弟で、ルートを進むと兄である榎本君も話に登場してくる。

 出番が少なかったにも関わらず、彼を攻略したいと叫んでた人も結構多かった。兄弟揃って爽やかイケメンだから違うゲームで登場するのではないかと期待するのも仕方がない。

 残念ながら彼はあくまでもドキビタの脇キャラであり、攻略対象として他のゲームに登場する事は無かったけれど。

 ちなみに弟のさとし君は一応ドキビタのメインヒーローだ。

 漫画版では主人公と彼が紆余曲折を経て結ばれる結果になっていて、ファンからの人気も高い。

 あまりにも美形で近寄りがたい雰囲気があり、人気なんだけど積極的に声をかけられないというキャラクターだ。

 仲が良くなると彼の子供っぽい可愛らしい面も垣間見れて、中の人と合わせキラキラオーラに何度目が瞑れると思った事か。

 誕生日、バレンタイン等になるとプレゼントを貰う量が半端無いのは頷けてしまう。

 そう言えば榎本君は良く考えると私と同じような立場なのか。

 攻略対象の兄弟という点で。


「それにしても、よく名前分かりましたね。学部も違って、私はモモほど目立たないのに」

「そうかな? あの北原さんを御する人物だって結構有名だよ?」

「えっ?」

「あ、ごめん。今のなしにして? 北原さんに黙っててもらえるかな?」


 両手を合わせて頼まれても困るんですけど。

 しかも、モモの抑え役として有名だなんて高校時代とまるで変わりないじゃないですか。

 モモが目立つのは分かる。だから、一緒にいる私達も必然的に目立ってしまうのも仕方がない。

 けれど、モモの可愛らしさは太刀打ちできる者が限られていて群を抜いている。だから私は目立たず邪魔しない添え物程度でひっそりと存在しているようなものだと思っていた。

 それにモモばかり目立つのが嫌だと思った事なんて一度も無い。

 

「そんなに……有名なんですか?」

「僕は知らなかったんだけどね。友達が、その友達から又聞きした話で悪いんだけど」

「あぁ、もしかして今月早々に告白して玉砕された方でしょうか? でしたらご愁傷様です」

「あ、多分それだ。でもこの事は内緒にしてね?」


 モモの押さえ役と認識されているのはまだいい。問題なのは私まで目立っているという事だ。

 下手に目立ったらまた死亡時期が早まってしまうかもしれない。それだけは遠慮したいがどうにかならないものか。


「難しい顔しなくても大丈夫だよ。皆、あの北原さんを抑えられるなんて凄いねって思っているから」

「は、はぁ……」


 それが一番の問題なんですけれど。

 慰めるように穏やかな笑みを向けてくる榎本君に頷いて返した私は、暫くの間モモへの突っ込み役を美智に譲ろうかと考えていた。

 ユッコは天然お嬢様だから、突っ込み役には不向きだ。私が何もしなければきっと美智が鋭く突っ込んでくれるはず。

 モモに不信感を抱かせない程度に少し大人しくしていよう。


「ふふふ。羽藤さんは、不思議な人だね」

「え、そうですか? そんな事言われたのは初めてです」

「そうなんだ。大抵の女の子は、僕を前にすると何故か恐縮しちゃって黙って俯いてしまうから」


 それは、貴方の笑顔とオーラが眩過ぎて失神寸前だからだと思います。

 私もそういう態度を取れば良かったのかと再び後悔しながら、心の中で頭を抱えた。

 耐性がついたからと調子に乗っていたツケが回ってきたらしい。

 確かに、他の女の子達がそんな反応ばかりなのに私なんかが普通に対応していたら不思議に思って当然か。

 馬鹿みたいに何度ループしてきたと思っているんだろう。

 全く進歩していないじゃないか私は。


「あ、勘違いしないでね。僕は別にナルシストじゃないけど、他から自分がどう見られているかは自覚しているつもりだから」

「……はい」


 カラーペンを使いながら私の板書したものを書き写してゆく榎本君は、苦笑してこちらを見つめた。

 私はどう対応するのが正解なのかが分からず、彼の様子を注意深く窺う。


「多分、モモとの付き合いが長いせいで麻痺してるのかもしれません」

「ああ、そっか。北原さん可愛いからね」

「はい。とても」


 中身は残念ですけど。

 あの歳であれほどフリルやパステル系のファッションが似合う人物はそういないと思う。

 街中に行けば必ず呼び止められて名刺を貰っているが本人は興味が無いらしい。

 とびきり可愛い子がいるとの噂をどこからか聞きつけて、わざわざモモを見るために黄昏市へやってくる人もいるくらいだ。

 芸能界もモデルも興味が無いからと笑顔で断り続けるモモに、半ばストーカーの如く付きまとうスカウトも結構いる。

 そういうスカウトは怪しいスカウトだとモモが言っていたのを思い出して、私はお茶を飲んだ。 


「あ、羽藤さんも可愛いと思うよ。可愛いというより素敵って言った方が合うかもしれないけど」

「はぁ、ありがとうございます」

「……ははは、やっぱり凄いなぁ」


 何が凄いんだかよく分からないですけど、褒めてもらって悪い気はしない。

 いい男に褒められてるなら尚更だ。

 私は恥ずかしいセリフをサラッと言えてしまう彼が凄いと思う。すぐにそういう言葉が出てくるあたり、慣れてるのだろう。

 こんな事を言われてしまえば、もしかして自分に気があるのかもしれないと期待する気持ちも分かる。

 そんな榎本君なのに、周囲に女子が群がっていないのも意外だ。

  

「ありがとう。助かったよ」

「いいえ」

「……怒ったりしないんだ?」

「え?」

「他にも仏語取ってる人はいるだろうに、何で自分にとか」

「はぁ」


 そう言われても困る。

 彼が困っていると言ったから助けた。それだけの事だ。

 入学してまだ日も浅いから波風立てたくないので了承した所もある。

 多分、相手が榎本君でなかったとしても私はこうして見せていただろう。


「怒った方が良かったですか?」

「いやいや、僕としては大助かりでありがたいんだけど。ほら、目立つからさ僕」


 ルーズリーフを返してもらった私は、一向にその場から立ち去る気配を見せない彼に首を傾げる。

 榎本君はどこか楽しそうな目をしながら私を見つめていた。

 これは、遊ばれているんだろうか。


「確かに、私も目立つのは嫌ですけど困ってるなら仕方がないかなと。貴方でなくとも見せていたと思いますし」

「ふふふ。そっか」


 頼まれれば嫌とは言えない。

 外面は良くしておきたいので、誰から頼まれてもきっと見せていた。

 一緒にモモがいれば状況は変わっていたかもしれないけれど。

 榎本君は一体私に何を言わせたいんだろうかと不思議に思いながら眉を寄せた。


「ちょっと、残念かな」

「はぁ」

「僕も、自惚れてたのかなぁ」


 苦笑する榎本君に彼の真意が読めず困ってしまう。

 そして上手く会話が続かず気まずい。

 雑誌を眺めながら彼が立ち去るのを待っていれば、反対側から見ていた彼が掲載されているアイテムを指した。

 長く綺麗な指で差される物は私がいいなと思うものばかりで、ちょっと腹立たしい。

 女の趣味と傾向もばっちり対策してるのかと何故か悔しくなりながらそのまま彼と雑誌を見ていた。


「北原さん遅いね」

「そうですね。あ……はぁ」

「どうしたの?」


 もしかして、榎本君はモモを待っていたんだろうかと思っているとちょうどいいタイミングで伏せていたスマホが音を立てる。

 画面を操作すれば待ち人であるモモからのメールで、用事ができたから先に帰ると書いてあった。

 可愛らしい絵文字をあしらっているメールを暫く眺めていた私は、分かったと返信してスマホをしまう。

 こんな事は日常茶飯事だけど、それならもっと早くに連絡が欲しかった。

 榎本君とこうして接触する事もなければ、その対応に神経をすり減らす事も無かっただろう。

 無駄な時間を過ごしてしまったと溜息をついた私を、榎本君が不思議そうに見つめていたのでモモから来たメールの内容を教える。

 

「あ、それじゃあ、この後お時間ありますか?」

「ええ、まぁ」

「ノートのお礼に何か奢りたいんだけど、何か欲しいものとか食べたいものとかある?」

「いえいえ、いいですよそんなの」


 大した事はしていないので気にしないでくれと私は慌てて首を横に振った。

 その気持ちは嬉しいは、彼と二人で何をしろというのかと私の頭はちょっとパニックになる。

 イケメンに慣れたとは言ったもののまだ乙女な部分は存在していたらしい。


「そう言われても僕の気がおさまらないんだよね」

「いやいや、本当にそのお気持ちだけで結構ですから」


 このスマートで厭らしさを感じさせない誘い方。悔しいけど、ドキドキしてしまう。

 流石、聡君のお兄さんだけはあると感心してしまう。

 他の男が同じ事を言っても顔を歪めてしまいそうなものなのに、どうして彼が言うとこんなに違うのか。

 整った顔立ちと爽やかさ、相手に不快を与えない雰囲気が武器かと冷や汗をかきながら分析した。


「それに、これから真っ直ぐバイトに行きますし」

「じゃあ、送ろうか?」

「大丈夫です。私も車なので」


 気持ちはありがたいけど彼はこういう手口で、女の子を車に乗せてしまうんだろうか。

 彼としては特に深い意味が無いから気にせず乗せられるんだろうけど、言われる身としてはドキドキして期待してしまう。

 私が死亡フラグばかり立てているというのに、彼はこうやって恋愛フラグをあちこちに立てているに違いない。

 そう思うと、悔しくて羨ましくて仕方がなかった。


「でも、やっぱり何かお礼させて?」

「本当に大丈夫ですから。それじゃ、失礼します」


 これ以上ここにいると押し切られてしまう。

 そう思った私はスマホをジャケットのポケットに突っ込み、リュック片手に席を立った。

 眺めていた雑誌を閉じて抱えるようにして持つと、私は深く頭を下げてその場から逃げ出した。

 背後で榎本君の声が聞こえたけれど、駆け足で駐車場に向かう。

 これ以上彼と接触すると危険だと心の中で呟いて車に辿りついた私は、後部座席に荷物を放って運転席に座る。

 深く息を吐いた私はシートベルトを締めるとハンドルに額を当てた。


「勘弁してよ、もう」




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