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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
17/206

16 手遅れ

 ここにきて、やっと仲間ができたと素直に喜べない状況が憎らしい。

 彼の言動から何となく私と同じ状態なんじゃないかとは思ったけれど、まさかその通りだとは。

 しかし、私と虎さんしか知らないはずのことまで知ってるという事は神原君が虎さんでもあるという事か?

 主人公の友人と偽って、自分の事を話す手口はよくあるけれどまさかね。


「……震える虎さん?」

「はい。Naoさんですよね」

「うわぁ、本人だ」


 キュンシュガの主人公である神原君が私と同じく記憶保持のループをしていた事、そして親しく会話をしてくれていた虎さんの正体だったとは。

 ここに来てようやく状況が動き出したと言えるだろう。

 今まで無駄に何度も繰り返してきたループが彼と出会う為のものだったならば仕方ない。

 代わり映えのしない日常に僅かな変化が訪れる。

 それがきっかけになって、全て変わっていけばいいのにと思うがそうも上手く行かないだろう。

 しかし、主人公補正を持っているはずの彼がいれば案外簡単に終わるかもしれない。


「最初、羽藤さんに前世の話をされた時にはよく分からなくて、変な態度とってすみませんでした」

「いやいや。あれが普通だと思うから大丈夫」

「あの時の僕は、まだこの異常さに気づいてなくて本当に変な人だと思ってたんです」


 仕方ないのは分かっているから、変な人だと強調しないでほしい。

 あの頃はとにかく何か手がかりが欲しくて、ゲームのように思いつく条件を全て試してみたものだ。

 神原君と接触したのも、主人公である彼と繋がりを持てば何か変わるかもしれないって思ったからだった。

 結果は何も無く、自分の死期を早めただけだったのでそれからは避けるようにしていた。

 そして生存期間が最短なのは掲示板や虎さん関係だ。

 それが充分に分かってからは掲示板に書き込むことはしなくなり、虎さんとも繋がりを持たないようにした。

 そもそも、書き込みさえしなければ虎さんとの繋がりは無い。 


「あ、そうだ。最後に送ってきたメールって何だったの? 文字化けしちゃって分からなくてさ」

「え?」


 時間が取れないからと連絡が来て、疎遠になってからのメール。

 無題の本文が文字化けという訳の分からなかったやつだ。

 結局、兄さんに見てもらっても解読できなかった。

 それらしいサイトを巡って二人で何とか解読しようとしたが、エラーでどうにもならなかったと思う。

 メールアドレスは虎さんのものだったけど、ウイルスじゃないかという事で終わった。


「ほら、忙しくて暫く連絡が取れないって言ってた後の……って、覚えてないか」

「……すみません」

「そっか、覚えてないか。いや、大した事じゃないならいいんだけど」


 難しい顔をして考え始める神原君に私は慌てて手を振った。そんな真剣に悩むほどの事でもないからだ。

 何となく気になっていたけれど、短文で返信してもエラーで返ってきてしまったので虎さんに何かあったのではと不安だった。

 結局その虎さんは神原君だったので、もしかしたらその時彼に何かがあったのかもしれない。

 あったとしても、本人が覚えてないのだったらきっとその方がいいんだろう。

 余計な事を言って彼を混乱させたくはない。


「羽藤さんがこの、異常さに気づいたのはいつなんですか?」

「うーん。掲示板に書き込む以前だね。沢井君と二人でパフェ食べに来た時……って言っても、それより前にも来てたかもしれないから何とも言えないか」

「……そうですか」


 最初に掲示板に書き込みをした時は連休中にお迎えが来た。

 あれが一週間後じゃなかったのは、書いた内容が違うからだと思う。私の書き込みをネタ扱いして一頻り馬鹿にされたから良かったのか。

 ネタ扱いされるんだからと開き直って詳細に書き込めば、翌日に死亡という展開が多かったはずだ。


「喫茶店には随分前から来なくなったのね」

「色々、ありまして」

「そっか。それで神原君がこのループに気づいたのはいつなの?」


 私はいつも死亡エンドばかりだけれど、神原君はどんな終わり方をしてループしているんだろう。

 私と同じような終わり方をしているのか、それとも終わりすらなくいきなりループなのか。

 非常に興味がある。


「いつ……」

「あぁ、そっか。繰り返してると時間の感覚判らなくなるのよね、ごめん」

「いえ。あの、結構前からだと思います」


 結構前と言っても私には敵わないだろうと内心鼻で笑う。

 しかし、話を聞けば喫茶店にパフェを食べに来ていた頃もループしていたらしい。

 別に変わった様子は無く普通に高校生活を楽しんでるようにしか見えなかったが、私より先にループしていたのかもしれない。

 華ちゃんにプレゼント渡すのを失敗して、私に介入される事も覚えていたくらいだから完全に私の先輩になる。

 でもそんなに繰り返しているのに、多感な年頃の神原君が平然としていられるわけがない。

 私でも成人している大人なのに発狂したくらいだ。それも一度だけでは済まなかったというみっともなさ。

 ある程度暴れるのを繰り返すと、今度は疲れて無気力になってしまい、そうなるのが分かるから最初から暴れたりしなくなる。

 今だって強い関心があるのはループ打破についての方法くらいだ。

 何度もループしていると、そのうち“私”という存在すら無くなってしまうような気もしたがその方がいいのかもしれない。

 少なくとも、今の苦痛からは解放されるだろう。


「でも、気づくのはいつも終わってからなんです。手遅れになってから、またかって」

「手遅れ?」

「最初は普通なんですよ。普通に生活して、成洋と馬鹿話したり他の友達と遊びに行ったり。偶に可愛い女子と話する機会があって、ラッキーなんて思ったりして」


 可愛い女子って事は攻略対象の事かな。

 神原君に前世の事を話したと言っても詳しいゲームの内容まで教えてないから、そのゲームの主人公だなんて彼は気づいてないだろうけど。

 話を聞いてると普通の高校生活を送っているようだ。

 入学式に華ちゃんとぶつかる強制イベントは何回やっても変わらないみたいだけど。

 これが運命なのか、定められた脚本シナリオ通りなのかは分からない。

 この世界がゲーム世界だったらそれもあり得るけれど、とても似ているだけだと未だ認めたくない私がいる。

 世界観、地名、登場人物名が同じなのは偶然と言い続けるのも苦しい。

 けれど、やっぱり認めたくない。ゲームの世界に吸い込まれたにしろ、私がいつそれを望んだ?

 全く望んでいない。


「それで、運よく可愛い彼女ができたりするのに……」

「神原君?」

「僕と繋がりを持った女の子は、皆死んじゃうんです」

「それはぐうぜ……」

「違います! 毎回毎回、手遅れの状態になってから前回の記憶が蘇って、何回も何回も死んでしまった彼女たちが頭に浮かんでくるんです」


 苦しげに呻いた神原君はガタガタと震えながら自分を抱きしめるように腕を交差させた。

 春の日差しが温かく降り注ぐこの時間帯だと言うのに、彼の顔は青を通り越して白くなっていく。

 誰か呼んだ方がいいかと腰を浮かせた私のカーディガンを、彼が引っ張って止めた。


「大丈夫です。お願いです、ここにいてください」

「でも……」

「もしかしたら、もう二度と貴方と話ができないかもしれない。だから、お願いです」

「う、うん」


 入院しているなら病室を聞けば訪ねる事だってできるし、連絡先を交換すれば移動せずともメールのやり取りはできるだろう。

 流石に一緒の部屋にしてもらうことはできないだろうけど、ラウンジや中庭で待ち合わせする事もできるはず。

 それなのに神原君の怯え方は異常だった。

 私は少し汗ばむくらいなのに彼はカチカチと歯を鳴らして震えている。

 びっしょりと汗をかいている神原君だけど、あれは冷や汗だろう。私はポケットにハンカチが入っていたことを思い出し彼に差し出した。

 

「なつみさんも、です。僕と恋人になったばっかりに、死んでしまう」


 そうか。繋がりを持った時点でと言ってるから、それはそうなるわよね。

 可愛くて仕方がない妹が、目の前の彼が原因で死亡したというのに怒りはしなかった。

 神原君がわざとなつみを巻き込んで死亡させたなら別だけど、そんなつもりは全くなかったんだろう。

 意図してそんな事をするような人物には見えず、私はしょうがないと呟いた。

 例え私がそれに気づいたとして、神原君をなつみ以外の他キャラとくっつくように暗躍したとしても、死亡フラグは黙っていないだろう。

 

「好きだったゲームの世界に生まれたのに喜びなんて無いですよ。全然無い」

「え?」

「だって、気づいた時にはもみんな遅いんですよ? 何度も繰り返し見た光景だって分かっても、早目に気づいてノーマルエンドにもって行こうとしても結果は変わらない」

「ちょ、ちょっと待って。好きだったゲームって、何? どういうこと?」


 神原君は神原直人であってキュンシュガの主人公であり、普通の男子高校生じゃないの?

 なんだか言ってて私も訳分からなくなってきたけど。

 前世の話なんて……あ、虎さんが言ってたか。

 転生者で前世の記憶があるって。


「虎さんが言ってた事……本当だったの?」

「はい。すみません。主人公なのに、友人って嘘つきました。それに、正直Naoさんの発言も半信半疑でした」

「いやいや、それは仕方ないわよ。そっか、前世の記憶持ちかぁ。私以外でキュンシュガを知ってる人に出会えるなんて、感激だわ」

「僕もです。キュンシュガは僕の理想が詰まっていて大好きなんです。ゲームは初回限定版を買って、漫画も全巻揃えて、アニメBDも全て揃えました」


 私なんて足元に及ばないくらい筋金入りのファンじゃないですか。

 キュンシュガのアニメは完成度が高く、作画も綺麗だったのでファンの間でも評判は良かったと思う。

 アニメオリジナル回もあったが、原作を壊さずほのぼのしていたので安心して見てたような覚えがあった。

 攻略対象のヒロイン達が神原君の元に集って取り合いをするという話でもなかったから、私でも見ていられたのかもしれない。


「だから、本当なら喜んでもいい状況なんですけどね」

「それだけだったら、ね」

「Naoさんと話していた時にも思ったんですけど、羽藤さんもその、ギャルゲーとかするんですね」

「意外? 逆も結構いると思うけどな」


 こんな男いねーわ、とか言って突っ込みながらやってたのはうちの兄さんだけど。

 そう、結局この世界で生活してても私は変わらず恋愛ゲームしてるのよね。

 絵と声がついて選択次第で色んなエンディングが楽しめる小説みたいなもの。

 色々な性格の素敵な人とお手軽に恋愛ができてしまう世の中になった。擬似恋愛だが、これが中々馬鹿にできない。

 私は画面越しでにやける程度だが、心底惚れて公式グッズに貢ぎ理想の彼氏はそのキャラだと公言している人もいる。

 誕生日や記念日を祝い、グッズの人形を持って一緒に旅行に行ったりと世の中には色々な人がいた。

 そこまで愛してもらえれば、そのキャラも公式もきっと幸せだろう……と思う。


「可愛い子は見てて癒されるからね。あ、主人公もね」

「ははは。正直、身近にそういう人はいないので意外ですけど、こうやってキュンシュガの話ができるなんて嬉しいです」

「TWILIGHTのゲームは全部やってるわけじゃないんだけど、他のメーカに比べれば多いかな」

「そうなんですか。あ、乙女ゲームもありましたね。そう言えば」

「あぁ、ドキビタとかね。いたよ、そのキャラも」

「えっ!」


 キュンシュガの女の子向けゲームという触れ込みもあったから、神原君も覚えているのかもしれない。

 接触したことはないけど、私がやってたゲームの登場人物を何人か見かけたと話せば彼も思い出したように口を開く。


「そう言えば僕も、他のゲームキャラを見たかもしれません」

「そうなんだ?」

「そう考えると、随分とごちゃごちゃしてますね」

「そうなのよ」


 それが問題なのよ。

 せめてキュンシュガとドキビタだけで終わってくれたら良かった。

 けれど街を歩けばどこかで見た事のある顔が結構いるからびっくりしてしまう。

 接触しようとは思わないし、向こうもわざわざ私に話しかけたりしないので何もないけれど。

 ちょっとだけ、寂しい。


「僕も最初はキュンシュガの世界だと思いましたけど、何となく分かるんですよね」

「ん?」

「あぁ、この子はきっと他のゲームの攻略対象だなって。ただの勘なので当てにならないんですけど。僕もTWILIGHTのゲーム全部やってる訳じゃないので」

「他のメーカーから出てるゲームの登場人物とかは、今のところ見かけた事ないわね。ある?」

「いいえ。今まで目撃した人達は多分全てTWILIGHT関連だと思いますよ」


 自信は無いですけど、と付け足す神原君に私はそれで合っていると思うと返した。

 地名と世界観。あちこちで見かける誰かに良く似た顔の人達。

 眩暈と共にゲーム内のキャラがダブって見えていた現象も、今ではすっかり落ち着いてしまっているがその代わり見ただけでその人がゲーム内の登場人物か否か分かるようになってしまった。

 一体これは何の役に立つんだろうか。


「その……声優さんのかぶりとか、結構ありますよね。あれはちょっと微妙な気持ちになります」

「それは仕方ないわよ。でも私はそんな声とか気にした事無かったなぁ」

「あ、そうなんですか?」

「うん。多分、一番気になるのは内容(シナリオ)だからじゃないかな。神原君は詳しいのね」

「いやっ、僕もそんなに。聞き覚えがあっても、名前が出てこない人も多いですし」


 何故か慌て出す神原君を見つめながら私は苦笑する。

 確かに、多くのゲームをやっていれば聞き覚えのある声ばかりで埋まってしまう。

 けれど私は声重視で購入しているわけではないので、気にならなかった。

 耳障りだと思えば設定でボイスをオフにすればいいだけの話。

 

「ひ、引きますか?」

「え? あぁ、別に。人それぞれだもの。いいんじゃない?」

「そ、そうですか」


 ライブやイベントも参加していたんですけど、と小声で告げる神原君が何かを気にするように私をチラチラ見てくる。

 首を傾げながら答えれば、彼はホッとしたように息を吐いた。 

 気持ち悪がられているとでも思ったんだろうか。


「それにしても、ゲームならクリアしてハッピーエンドで終わらせてくれればいいのにね」

「本当に……そうですね」


 ゲームの世界に落ちたと錯覚するくらい、酷似した世界。

 何をすればクリアなのかも分からず、バッドエンドでループするという仕様。

 私と神原君は同時に溜息をついて晴れ渡る青い空を見つめた。





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