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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
14/206

13 病院から出られません

 慣れた繰り返しに小さな変化が起こっただけで、とても新鮮に感じてしまう。

 あまりにも同じことの繰り返しばかりなので、この状況から抜け出せるかもしれないという淡い期待はすぐに消えてしまうけれど。

 何も変わらないよりはましだ。


「はぁ……」


 四床一室の病室はいつもと同じで、自分が寝ている場所もいつもと変わらぬものだ。

 窓際にあるベッドから庭が見下ろせて、赤く焼ける夕日を見ては毎日言いようの無い気持ちになるのも同じ。

 担当医も和泉先生で変わる事はなく、入院期間も固定されたかのように同じ日数だ。

 暇潰しにと兄さんがパズル雑誌を買ってくれるのも変わらないので、私はそれをやりながら頭では違う事を考えていた。

 

「違う」


 ぽつり、と呟いた声は響きもせずに消える。

 広い部屋で他に反応してくれる者は誰もおらず、それが寂しい。

 何一つ変わらぬままで過ぎていくのだとばかり思っていたのに、今回の状況は微妙に違っている。

 時計を見てそろそろ和泉先生が訪れる頃だと身構えた。

 今回はカーテンを閉めていないので誰が来るのかがすぐに分かる。

 足音が近づき、顔を覗かせた先生といつもと同じやり取りをして終わった。

 私が違う話をしない限り、会話が同じなのも変わらない。

 一言一句違わないわけじゃないが、内容に違いがなければそのまま同じように過ぎるらしい。

 先生が去った後は、夕食まで誰も尋ねては来ない。なつみは昨日来て、母さんはさっき帰った。兄さんが来るのは明日だろう。

 棚の上に置かれているカレンダーを見ながら私は記憶を手繰る。

 誰が何時頃に来るのかも分かっているので動きやすいのだが、あまりにも毎回同じなので飽きてきた。

 いくら飽きたところでそれが変わるような事はないけれど。


 「そう、今までは……ね」


 病室を広いと感じるのはベッドが全て埋まっていないからだ。それはいつもと同じ。

 私がいて、はるかちゃんがいる。

 他愛のない話に盛り上がり、一緒に散歩をしたり売店で買い物をしたりと楽しかった事も-覚えている。

 けれど、今この部屋にいるのは私だけ。

 どこかで何かがおかしくなったのか、それともはるかちゃんの存在自体がなくなってしまったのかと心配したけど後者ではなかったので安心した。

 一人で院内をブラブラしていたら、彼女たち兄妹が仲睦まじく散歩をしているのを見かけたからだ。

 思わず声をかけようと思ったけれど、今回は出会ってすらいないので声をかけても変人扱いされてしまうだろう。

 軽く上げた手をそっと下ろして、通りがかった看護師さんに不思議そうな目で見られたのはいい思い出だ。

 何かがおかしくなったと思っても、具体的に何がどうなったのかは残念ながら私には分からない。

 あぁ、そう言えば今回は私が死んでループしたわけじゃなかったと私は首を傾げた。


「いいのか、悪いのか」


 今まで一度もこんなパターンは無い。

 私の死亡エンドで幕を閉じ、病院で目が覚める。

 なつみの死亡エンドループもあったけれど、今は回避しているので無い。

 なつみの死亡エンドを回避するには、連休中の買い物が大きなポイントになる。

 黄金週間の五日に買い物に行こうとなつみに誘われるのだが、それを断って四日にすればいいのだ。

 そんな些細な事で死亡するのがなつみから私へと変わる。

 簡単でしょう? と誰にでもなく心の中で呟いた私は変な笑いが出そうになって慌てて咳払いをした。


「問題は、主人公か」


 キュンシュガの主人公である神原直人が絡んでくるとなつみの死亡回避も面倒な事になる。

 神原君となつみがくっ付いても駄目、神原直人が他の子とくっついたら何故か大晦日に私は死んでしまう。

 なつみが死ぬと、その時点でループに入る。

 神原君が他の子とくっつくと延命はできるが、大学二年の大晦日で私が死亡。

 新年イベントだって残っており、告白は卒業式になるんだからまだ先があるというのに何故か年を越えられない。

 情報を知っている私があの手この手でくっつけさせようと立ち回るせいだろうか。

 あまりにもスムーズに行き過ぎて早い段階でくっついてくれるのは嬉しいが、結末が変わらないのは悔しい。

 無事にエンディングを見ることすらできずに死んでゆくのは悔いが残って仕方がない。

 それとも私のエンディングは“死”しかないのか。

 世界の流れに身を任せて普通に過ごしていると、私の命日は大学二年の五月五日だがそれより早く死ぬこともあるから気が抜けない。

 一年目を無事越えて調子に乗ってる途端に、ズドンと落とされる悲劇。


「……っ」


 そう思っていると、体が急に重くなり眩暈がした。

 目の前が真っ暗になって体が傾く。

 倒れている途中で私は気を失った。




 また、だ。


 目の前の光景、自分を取り巻く環境。

 一つずつ確認するように指を折りながら心の中で呟く。

 私以外誰もいない病室で倒れたはずなのに、次に目を覚ませば人工呼吸器をつけている。

 誰かが見つけてくれて処置してくれたのかなとぼんやり考えていると、この部屋があの病室とは違う事に気づいた。

 聞き慣れた電子音に視線を動かせば目覚めたばかりなのを知る。

 過ぎてゆく展開をぼんやりと眺めながらスキップできればいいのに、と不謹慎な事を思った。

 心配する家族に安心させる笑みを浮かべるのも、声をかけるのも面倒だと思ってしまう。

 彼女たちは何度やっても初めてだから、私の気持ちが分かるはずもないけれど。


 「何で?」


 一般病棟に移った私はまたしても一人きりだった。

 はるかちゃんと同室だった事は最初から無かったかのようにされている。

 可愛らしい私の癒しが無くなった事には不満だけど、彼女絡みで厄介な手順が無くなると思えば気は楽だった。

 そして今回も私の死によるループではない気がする。

 倒れた私の打ち所が悪くという事はあるだろうが、それだけで死ぬだろうか。

 その程度では死なないような気がする。


「あ、これだ」


 そう。今は慣れてしまった感覚に終りが近いことを知る。

 目の前が霞がかって体が重くなるのは予兆だ。

 そしてそのまま意識が薄らいで落ちてゆく。

 眠るように目を閉じて、そのまま意識を失った。目覚めれば再び、人工呼吸器をつけている所から始まる。


「死すらろくに体感させてくれないのも酷いわ」


 殺されるのも嫌だが死ぬのも嫌だ。

 苦痛を感じないのは嬉しいが、急に気を失うのも困る。

 私が死ぬのは大学二年の五月だろうと一人腹を立て、見舞いに来てくれた兄さんに変な顔をされてしまった。


「はぁ」


 病院から出られぬままループを繰り返していた私は、兄さんから差し入れてもらったパズルをやりながら溜息をつく。

 退院できるだけマシだったのかがここに来てよく分かった。

 行動が制限された状態で、蓄積していく経験は微々たる物。記憶ばかりが無駄に増えていって何の役にも立たなかった。 

 この記憶を綺麗に消してくれたら、ループなんて知らず毎日を楽しめたかもしれないのに。

 それが例え期間限定の生でも知っているのといないのとでは随分と違う。

 知らずに馬鹿みたいに暮らしていたかったとボヤいた所で叶うわけもない。

 もしかしたら次目覚める時は、と淡い期待を抱いて潰されるのは毎回の事だからだ。



 些細な変化が繰り返されて定着し始める。

 このパターンにも慣れてきた私はこれで何回目だったかと考えた。


「九回目くらい? 家に帰りたい……」


 いつになったらこの病院ループが終わるのだろうと思ったが、最近その期間も短くなっている。

 もしかしたらこうやって徐々に狭められて最終的には本当に消えてなくなってしまうのではないか。

 真綿で首を絞められるような状態は嫌なので、いっそ永眠させてくれと思ったが叶いはしない。

 苦しみが続くような環境の何が楽しく嬉しいというのだろう。

 早く楽にさせて欲しいと思っているのに、それを嘲笑うかのようにまた繰り返される。

 体がだるくなり、眠気に誘われ気が遠くなる。

 一眠りしたかと思えば、振り出しに戻る恐怖も回数を重ねれば乾いた笑いしか出なかった。


「何なのよこれ」


 見飽きてしまったテレビをヘッドホンをつけて聞き流しながら、動く画面をただぼんやりと見つめる。

 お笑いやドラマ、ニュースなど全て内容が分かっているものを繰り返し見てもつまらない。

 音楽や料理番組は何も考えずに見るのに最適だ。

 ただ騒いでいるだけのバラエティ番組も、沈みがちな気分の私にはいいかもしれない。

 問題なのはバラエティを見て笑いもしない私だ。

 先の読める展開に笑える所など無い。

 バラエティを見ているのに、くすりとも笑わない私に和泉先生が声をかけてきた時にはびっくりした。

 あれは気づくのが遅れた私がいけなかったのだが、余計な心配をかけさせてしまったのは申し訳ないと思ってる。

 あと、変な展開にならないといいなと心配した。


 見舞いに来る兄さんには毎回違う会社から出ているパズル雑誌を買ってきてもらっている。

 それでも数に限りがあるのでローテーションだ。

 シンプルだが飽きないナンプレをしたり、パズルのピース数を増やしたりと病院生活にも楽しさを見出し始めていた。

 携帯電話使用許可も出た。

 部屋に私一人しかいないので、消音にしていれば使用しても構わないと言われた。

 わざわざ使用可能エリアまで移動していた事を思い出せば、随分と良くなったものだとは思う。

 暇潰しにもなるし、モモや高校時代の友達とも連絡が取れるのだから。

 ただ、うるさくなるといけないので通話する場合はちゃんと場所を移動してから使用するようにしている。

 一応、使用時間は決められているが私は思ったよりも使用しなかった。

 外部の人間と頻繁にやり取りをしていると、病院から出られない自分が惨めで情けなく思えるからだ。

 

「兄さんにメールしよう。発売してるゲーム買ってきて、と」


 今のところ病院から出られない以上は、買ってきてもらっても遊べない。

 そもそも、ここから出られるかどうかも分からない。

 けれど退院できると信じて私は兄さん宛に欲しいソフトの機種、タイトル、値段を書く。

 病院でもできるが、退院してからだと兄さんが厳しく言うので説明書だけでも眺めたいから持ってきてくれと書いた。

 こんな我儘を言っても素直に聞いてくれるのは、入院してる特権だからかと笑えてしまう。

 私の心情など知らない兄さんは、購入したソフトとツーショットの自撮りをメールに添付して送ってくれた。


「さすが、私の兄」


 男性が購入するのは恥ずかしいと尻込みしそうな乙女ゲームソフトだというのに、兄さんは照れた様子もなくおちゃらけた表情をしていた。

 てへぺろかよ、と写真に突っ込んで苦笑し感謝のメールを送る。

 ネットで買ったのかと思えば、実際店で購入しているのだから頭が下がる。

 退屈にしている私のためを思って直接購入してくれているんだろう。

 兄さんが乙女ゲームを購入している場面を見たかったと想像したら、笑えた。


 大丈夫だ。まだ、笑える。





 とうとう、二桁に達してしまった病院ループも慣れれば落ち着いてしまうものだ。

 慣れたくはないけど、仕方ないよねと心の中でもう一人の私が呟いている。

 抗う事もできず、立ち向かってこの状況を変える事すらできない私は、記憶を蓄積させたまま繰り返すしかないのだ。

 発狂も、暴走も初期に終わらせておいて良かったと今では思う。

 今はもうそんな気力すら残っていない。

 何をやっても、無駄なので大人しくその時を待つだけだ。

 

「百面相……なんちゃって」


 これだけ繰り返しても喜怒哀楽の感情はまだあるのだから面白い。

 人間というのは案外丈夫にできてるんだな、と変な感心をしつつ青い空を見つめた。

 院内ではるかちゃんやユキさんとすれ違っても言葉をかわす事は無い。

 それが少し寂しくて、けれどそれでいいんだと自分に言い聞かせた。

 会話をして縁を持てば状況が変わるかとも思ったけれど、そんな事も無かった。

 それどころか、親密になれる気がしないと強く思うから不思議だ。

 一緒の部屋じゃないだけでこれだけ変わるものかと思いながら恨めしげに空を睨みつける。


「散歩でも、するか」


 穏やかな陽気に誘われて中庭で散歩をしている人たちを見つめながら呟く。

 緑の多い中庭は見ているだけでも癒された。

 状況が変わらない中で、この光景だけは変わらないでいてくれてありがとうと感謝してしまう。

 色々な人達が来て、楽しそうに会話をしているだけで私まで笑顔になった。

 木に営巣をしている鳥を眺めているだけでも暇を潰せるし、結構楽しい。

 うーん、と大きく欠伸をしながら伸びをしたら、検温に来た看護師さんに笑われてしまった。

 そして、もう少し女の子らしくしなさいとお小言を貰う。

 今の私には不必要なものだなと思いつつも、罰の悪い顔をして謝った。

 面の皮だけは順調に分厚くなっているようだ。





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