12 似たもの兄妹
主人公ではないのに、あらゆるゲームの攻略対象が近づいてくる。
数を上げれば少ないけれど、それでも異常だ。
これは前世を思い出した私に起こった特別な現象なのかなと期待した事もあった。
画面越しでしか接近できないような相手との会話に、ドキドキもした。
「はぁ」
あっちもこっちも私に近づいてきて、一人なんて選べないと揺れる乙女心に酔いしれていたのが懐かしい。
ゲームと現実は違うだろうと分かっていても、前世で得た情報は多いに役立った。
楽しい思いも、幸せな思いもさせてもらったから感謝しなければいけない。
けれどフラグが立っても恋愛じゃなくて、死亡に繋がるとは何事だ。
一人に気を付ければ違う人が出てくるので対応に困ってしまう。
ゲーム内での二股は容易にできても現実は難しい。
私だけが知っている情報を活用して恋愛に持ち込めばこっちのものだと思っていた。なのに死亡エンドは避けられない。
どうあっても、私が死ぬのは避けられない事実なんだろうか。
何度も繰り返されてこの展開にも慣れたとは言え、死ぬのは嫌だ。
記憶を消去してくれないなら、そのまま永眠させてくれと言いたくなる。
一体誰に言えば叶えてもらえるんだろう。
「由宇、どした?」
「世知辛い世の中になったなぁと思って」
「なんだ急に。大丈夫か?」
「ううん。あんまり大丈夫じゃない」
ごめん、兄さん。
ちょっと今、荒んでるからそっとしておいて。
何度目のループからだっただろう。
大学二年に進級する前の春休み中の入院が、入学前に巻き戻っていたのは。
生存できる期間が延びたのは嬉しいが、死ぬ運命は変えられない。
自分の死亡回避ばかり頑張っていると、なつみが死んでしまってループするという酷さ。
何度繰り返しても苦痛には慣れない。けれど、なつみが死ぬくらいなら私が死んだ方がいい。
どうせループしてしまうのは変えられないんだから。
私の大切な人達が不幸な目に遭わないようにと頑張っても、誰かが死んでしまう。
その誰かが死んでも、私は記憶を失う事無く再び病院のベッドで目覚めるのだ。
誰かが不幸になるなら私が犠牲になるのが一番いい。
犠牲なんて悲劇のヒロインのような感じがするが、もしかしたら私の存在こそが駄目なんじゃないかと思ってしまう。
だからと言って自ら命を絶ったところで、結局は生き返ってしまうけれど。
「おかしい。おかしい、おかしい、おかしい」
「……由宇?」
ここは恋愛シミュレーションゲームの世界のはず。
甘酸っぱくて時々ほろ苦い、胸がキュンとしてしまいそうなそんな理想の恋愛が詰まってる素敵な世界だ。
それに『ちょこっス』みたいなヤンデレものじゃない、正統派の恋愛ゲームだ。
なのにどうして私は死亡ループばかりしてるんだろう。
私が知らない内に【TWILIGHT】はホラー物でも出したんだろうか。
そもそも、ゲームの世界に私が存在している事自体がおかしい。
これは私の夢の中で、私の家族も友達も全て架空のものなのかもしれない。私は病院のベッドで意識不明のまま眠っていると考えれば辻褄が合うような気がした。
それならそれで仕方がないが、そんな幸せな世界で死ななければいけない理由が分からない。
「お前本当に大丈夫か?」
「ごめん。そういうお年頃なの」
「何かあったら言えよ? 話くらいなら聞いてやれるからな」
「色恋沙汰でも?」
「……」
この世界自体が私の知っているゲームの世界だと兄さんに言って信じてもらえたら、楽になれるのに。
けれど正直に言えるわけもなく、私は誤魔化すように小さく笑ってみせた。
驚いた兄さんが軽く目を見開いた後、コホンとわざとらしく咳払いをする。
「誰か……いい人でもできたのか?」
「いい人はたくさんいるけど」
「そう言う意味じゃない。その……好きな異性とか、だ」
兄さんの父親モードがオンになったのを感じて私は苦笑してしまう。
もっと自然に聞く方法があるだろうに、どうしてそんなにぎこちないのか。
気にしていない風を装っていながらチラチラと私を見て、無言で答えを催促してくる。
私はもう大学生でなつみと比べたら凄くしっかりしていると思うし、狙われる心配もないと思っている。
繰り返しているせいで、その分年齢より老けたような気もするくらいだ。
「そりゃ私だって大学生だし、ねぇ?」
わざとふざけた口調で言えば、兄さんはさっきよりも目を大きく見開いた。
いくら浮いた話が一つも無かった妹とは言え、そこまで驚く事はないと思う。
失礼なんじゃないかな、と思いながら私は兄さんの腕を肘で突っついた。
「その顔は、あまりにも酷いと思います」
「お前に……彼氏? 有り得ない」
「だから、失礼だって言ってるの」
確かに今回は誰も相手がいませんけど。
暇潰し程度に作ろうと思えばできると思うけど、空しいからやらない。
暇潰しで落とされる相手もたまったもんじゃないだろうが、何度かそれをやっている身としては苦い気持ちになる。
あれは尻軽気分を手軽に味わえるが、どうにも私には合っていなかった。
死んでもどうせ生き返るんだからと開き直って、生存期間内で思い切り強欲に生きるのも一つの手だとは思う。
でもそんな事をするくらいなら部屋でゲームでもしてた方がマシだ。
結局いつもの日常が一番癒され、落ち着いて最終日を迎えられる。
その穏やかさがずっと続いて欲しいと思うのに、無理なんだから酷い世界だ。
「あぁ、そう……だな。悪かった。うちで一番モテないのはお前かと思ってたが」
「聞こえてますけど?」
「……悪い」
言いたい事は分かっている。
でも今の私はただでさえストレスマッハなので、トドメをさすような真似やめて欲しい。
家にいる時くらいは、癒されたい。何も考えず、ぼーっとしていたい。
モテなくて何が悪い。私だってやる気さえ出せばできるんだぞ、と反論しようとしてやめた。
そんな事言ったら益々面倒な事になりそうだ。
「別に事実だから思ってもいいけど。口に出して欲しくなかったなぁ」
「悪かったって。その、変な奴に引っかかったりはしてないんだな?」
「さあ?」
「お前……」
そう言えば兄さんはユキさんルートで立ち塞がるんだった。
でもどうして妨害されたんだっけ?
やめて二人とも私を……って事だけは無かった。うん。
うーん。はるかちゃんに姉を、という事で私に対する愛情が無い事を兄さんが知ったからだったような。
そこを乗り越えて本当に好きになってもらうと、ユキさんに殺される事はない。
ユキさんの本心を知ってる兄さんが妨害するものだから、堪りかねたユキさんが暴走して殺害に繋がるはずだ。
「大丈夫だって。万が一そんな人がいたとしても、大丈夫だから」
「お前もいい大人なんだからそう口うるさくは言わないが、ちゃんとしたお付き合いをするんだぞ?」
「分かってるってば。そんなに頭固いとなつみに嫌われるよ?」
「なつみはいい子だからそれは無い」
ドヤ顔で威張られるのは何だか腹立つ。
兄さんには悪いけど、ノーマルルートだとユキさんが私を殺しに来るだろうから恋愛なんて暫く結構です。
やっぱり、ああいうのは画面の中や二次元だけに限ると身に染みて感じています。
「無いと思うけどね。それより、兄さんがさっさと結婚する方が先だと思うんですけど」
「う……」
「この前の合コンも断ったんだって? 彼女欲しくないの?」
「いや、欲しいには欲しいんだが」
兄さんの優柔不断が現れたんだろうか。
せっかくのチャンスだから行けばいいのに何で断ったりしたんだろう。
私なら人数合わせでも行ってみるけど。美味しい料理食べて、飲んで、運良ければ人脈広げて……って、駄目か。
人脈を広げたら変な所でまた死亡フラグが立ってしまうのか。
上手く回避すれば問題ないんだろうけど、それができる自信が無い。
「もそもそ言ってないで、何?」
「その、趣味が合う人ってあんまりいないだろ?」
「あー」
そっか。まだ元カノさんとの事がトラウマになってるのか。
付き合ってた期間長かっただけに、こんな後遺症が出るなんて恐ろしい。
「合わなくてもいいんじゃない?」
「いや、でもやっぱり理解ある人じゃないとさ」
「別に相手が何やってても気にしない人ならいいんじゃないの?」
「そうなんだが……」
良いデザインの財布を見つめ折り目をつけた私は、ペラペラと雑誌を捲って答える。
兄さんは少し照れたようにはにかんで「へへ」と笑った。
「俺にこっそりと連絡先くれる子ってオシャレな子が多いからさ」
「自慢か」
「前の彼女と似たような感じになるだろ? そりゃ、性格は違うかもしれないけど」
「だから自慢なのか」
人の話を聞いてくれ。
連絡先渡されてるならさっさとデートに誘って見極めればいいじゃないの。
相当な演技派じゃない限り、ふとした瞬間にボロってのは出るもんなんだし。
それに第一、こっそりと自分にだけと思ってるのは兄さんの勘違いかもしれない。
「何ていうかその、別にあれだ。選り好みしてるわけじゃないんだけど、そういう子より癒し系の子がいいなぁって」
「あぁ、『俺が守ってあげないと駄目なんだっ!』って勘違いさせるような子ね」
「……そういうタイプに何かされたのか?」
「私の好みじゃないだけだから気にしないで」
自分が可愛いのを知っていてそれを武器として使う子もいるが、生憎まだ出会った事が無い。
でもそんな子は兄さんのようなただのサラリーマンなんて捕まえず、公務員やエリートを狙うんだろう。
年齢的に誰でもいいから捕まえておかなければ、と必死なら別だけど。
そういう必死な人に捕まらないことを祈りながら私は息を吐いた。
「それを言うならはるかちゃんもそうだろう?」
「え? ドン引きだわ……」
「馬鹿! 別にそういう意味で言ったんじゃないぞ」
一瞬、そういう趣味なのかと思ったけれど分かっていたかのような態度を取る。
本気で言った言葉を冗談に変えて溜息をつけば、兄さんは慌てたように言い訳をし始めた。
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった兄さんは、私がいくら分かったと言っても言葉を止めようとはしない。
動揺しすぎだろう。
「兄さんの好きなタイプってクールビューティだと思ってた」
「お、お前っ!」
ゲームのキャラ名を言ったわけではないのでそんな動揺しなくてもいいのに。
ああほら、兄さんのあまりの動揺っぷりに母さんが不思議そうな顔してこっち見てる。
何でもないから気にしないでと母さんに片手を振りながら、私は兄さんに座るよう軽く睨みつけた。
「私結構あの人好きだけど」
「あ、そうなのか」
「うん。だから、兄さんもお気に入りだって知ってちょっと複雑」
「何でだよ」
居心地が悪そうに座り直す兄さんに私はわざとらしく溜息をついてみた。
長年一緒にいた妹の演技に気付かない兄さんが面白くて、少し哀しい。
騙す気なんてないのに、練習台にしてはもってこいなのでいつもお世話になってしまうが。
「兄妹揃って趣味が似てるって、微妙じゃない?」
「別にいいだろ」
「そうかな。私は複雑」
正直、気持ち悪いと思う。
好みが似通うのは仕方ないが、割り切れない思いが胸に渦巻いてる。
なんなんだろう、これは。
兄妹だから駄目なのかな?
姉妹とか兄弟なら同性同士だからこんな変な感じになる事もなかったかもしれない。
「多分、ルートやイベント、話の全てを知ってるからなんだろうけど」
「あぁ。それは、確かにな」
兄さんがやっていたギャルゲーは私も借りてプレイ済みだ。一部、よく考えると怖い行動を取る子もいたけれど、見た目の可愛らしさで一番危ない子が一番人気なのだそうだ。
それを考えると、外見が良ければ何をやっても許されるという事になってしまう。
嫌な世の中だ。
「何ていうの? 元カレと現カレって感じ?」
「お前は女だけどな」
「でも感覚的にそれよね。私は現カレに彼女を奪われた哀れな元カレ、みたいな」
「人を略奪者みたいに言うな。そもそも、あれを最初にプレイしたのは俺だからな」
「うわぁ、プレイとかっていやらしい」
「由宇」
はい、ごめんなさい。ふざけました。
一通りプレイした中でいいな、と思ったのがクールビューティなお姉さん。
冷たい印象を受けて淡々としているけど、近しいものに見せる笑顔にキュンとする。
ノーマルで男の人が普通に好きな私だけど、あのギャップに悶えたものだ。
「まぁ、とにかくそういうのがタイプだから癒し系って聞いて不思議に思っただけ」
「現実でクールビューティを求めろと言うのか」
「ある程度の妥協は必要だけど、無くはない」
「由宇。夢と現実は違うんだぞ」
優しい声で幼い子に言い聞かせるようにゆっくりとそう告げた兄さんがちょっと憎たらしい。
そんな事言われずとも分かってるが、私にとってこの世は悪夢のような現実だ。
夢が現実になる事だってあるんだよと言い返したかったがグッと押さえて我慢した。
「そんな事言われなくても……?」
「由宇?」
言いかけた途中で目の前が急に暗くなる。
ブツッと何かが強引に途切れたような音が頭の中で響いた。
あれ? なんだろう、これ。
その感覚を探ろうとする前に私の意識は闇に飲み込まれた。




