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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
10/206

09 夕焼け

 対症療法、接触回避を目標として日々を過ごす。

 類は友を呼ぶかのように、もしかしてとの淡い期待もあったがそんな事は無かった。

 接点が無いなら、やはり無いなりに日々は過ぎてゆくらしい。

 なつみの恋愛事情をしつこく聞いてみたが、期待した結果は得られず姉としては少々複雑だ。

 世話焼きで、家事が得意でマメなあの子ならばその外見の可愛らしさも合わせて人気なのは当然。

 と、同時に恋に恋する夢見がちな年頃なんだから好きな人くらいいてもいいのにいないと言う。


「何でなのかしら。せっかくの女子高校生なのに」


 もったいないと呟いて目の前で首を傾げるなつみの額を突く。

 意味が分からず眉を寄せる様子もまた可愛い。


「恋せよ乙女って言うじゃない」

「私の事より、お姉ちゃんはどうなのよ。ゲームばっかりして」

「選り取り見取りで幸せです」

「だから、ゲームの話じゃないってば」


 どこまでゲーム脳なのよ、となつみからお褒めの言葉をいただいた。

 そんなにゲームゲームと言われてまるで私の生活の中心がゲームのように聞えるが、私だって友達と遊んだり買い物行ったりしている。

 モモだって恋愛もの限定で重度のゲーム中毒者だけど、オシャレさんだ。

 一緒に買い物に行くと勉強になっていい。雑誌だけじゃどうにもならない事がたくさんあるので、大変助かっている。


「大学で彼氏とかできないの? って事」

「あーナイナイ。モモの性格が濃いお陰で」

「そうやってモモさんのせいにするのはどうかと思う」


 モモの性格が濃過ぎるのはなつみだって分かっているだろうに、どうして私が責められるんだろう。

 確かに、私の恋愛事情とモモとは何も関係ないけれど、彼女がいるからこそ男が全てそっちに取られるという事もある。

 まぁ、そういう事にしてまだ大丈夫だと安心してるだけなんだけど。


「モモさんも相変わらずなんだね」

「そうね。興味あるのは二次元のみだそうよ」

「勿体無いよね。凄く魅力的な人なのに」

「色々……あるんじゃないの?」


 乙女ゲームの情報がたくさん載っている雑誌を欠かさずチェックしては、今回は豊作だの不況だの呟いているモモは怖い。

 赤ペンを手にして誌面を睨みつける様子は、まるでギャンブラーだ。

 この前買ったやつもハズレって言ってたからなぁ。あれは当分荒れてるぞ。

 キャラ絵とあらすじ、世界観に惹かれて買ったらしいがストーリーが穴ばかりで追加ディスクで補填のような商売方法だと彼女は随分声を荒げていた。

 追加ディスクはオマケだろ! と食堂のテーブルを叩くモモに他の学生たちがまたヒソヒソしてた事を思い出す。

 

「なつみは可愛いのにね。告白だってたくさんされてそうなのに、興味ないのは勿体無いなぁ」

「えっ? あぁ、うん」


 みあちゃんから情報を得ていると知られないように、告白されてるんだろうと少し圧をかけた。

 読んでいた本で顔を半分隠すようにしたなつみの頬がちょっと赤いのに気がつく。

 あ、照れてる?

 相変わらず可愛いなぁ。いつみても可愛いなぁ。

 シスコンじゃなくてただの妹思いなだけだけど、時々過剰に心配する兄さんの気持ちも分かる。

 こんな反応を目の前でされて、男共が黙っているわけがないだろう。


「あの、ほら。そういうのって、ノリとかじゃないでしょ? 周りの子たちは理想が高いとか言ってくるけど」

「え? そうなの?」

「違うよ! 普通でいいんだもん。お兄ちゃんみたいな感じで」

「えっ!?」


 よりによって、兄さんなの?

 思わず続けてそう呟きそうになった私は、その言葉を寸前で飲み込んだ。

 なつみの理想が兄さんだとは初耳だ。

 目をパチパチと瞬かせていると、彼女が不思議そうに首を傾げてきたので苦笑して目を逸らした。


「皆『ブラコンじゃしょうがないよねー』とか言うんだけど、別にブラコンじゃないのに」

「うん、そうだね。ただ、兄さんが兄として好きなだけだもんね」

「当然だよ。それ以外に何があるって言うの? 全く皆も好き勝手言ってくれるし」

 

 兄さんとなつみは歳が離れてるせいか、兄妹と言うより親子のように見える時がある。

 スカート丈チェック、露出度チェック、異性が尋ねてくれば笑顔で対応しつつ相手を探り軽く威圧する。

 可愛くて大事な末妹に変な虫が付いたら困るという気持ちは分かるが、門限まで決めるくらい厳しいから私はちょっと心配だ。

 友達と外で遅くまで遊べないなつみに同情したけれど当の本人は大して気にしていないらしい。


「なつみ、兄さん帰ってきたらそれ言ってあげるといいよ」

「うん。でも、いつもの事だけど」

「兄さん、ちょっと辛い事があったから」

「え?」


 私が俯き加減でそう呟くと、心配したようになつみは読んでいた本を閉じる。

 何があったのかと聞いてくる彼女に私は無言で首を横に振った。


「そんな深刻な事じゃないの。でも、落ち込んでるからなつみが優しくしてくれたきっと癒されると思うんだよね」

「そんなのお安い御用だけど……だったら、お姉ちゃんも一緒の方がいいと思うなぁ」

「え? そうかな」

「そうだよ! お兄ちゃん、お姉ちゃんの事も好きだもん」


 そうだろうか。

 危険なことにはまず巻き込まれないだろうから安心だな、と笑顔で言った兄さんの顔ばかりが浮かんでしまう。

 男の気配もなく、浮いた話も無い。

 ゲームに熱中して濃い友人と遊び、というのを見ているだけに放置しても大丈夫だと思われていると思う。

 それでも、退院してから暫くはしつこいくらいに体調を心配されてむず痒くなってしまった。

 これは兄さんがいる家族にまだ慣れてないとこがあるせいなんだろうか。


「そっか。じゃあ、二人で励まそうか。母さんは買い物してから帰るって言ってたから二人で作ってよう」

「うん。あ、それじゃ兄さんの好きなコロッケ作ろう? じゃがいもたくさん入ってるやつ」

「お、いいねぇ」


 姉妹仲良くキッチンで並んで料理をするのは珍しい事ではない。

 これが実際にプレイできるゲームの中なら、スチルになりそうな場面だなぁと思ってから溜息をついた。

 なつみのルートだと、手料理を振舞ってくれる話があった。

 主人公の選択肢によって成功するか失敗するか決まるというもので、ミニゲームの得点次第でメニューが変わるというものだ。

 

「ふふふっ」

「何? どうしたの?」

「ううん。こうやって、お姉ちゃんと一緒にキッチンに立つのも久しぶりだなって思って」

「あ、そうだね。入院してたからねぇ」


 ゲームのし過ぎで死亡なんて恥ずかしくてたまらないから、あのまま死なずに済んで良かったけど。

 結局、詳しい原因は分からないというのが引っかかる。

 検査の結果異常が見つからなかったので心配する事は無いと先生も言っていたけれど。


「そうだよー。だいぶ元気になって良かった」

「心配かけてごめんね?」

「ううん。あ、でもその内一緒に買い物行こう? 私、そろそろ夏物欲しいな」

「あぁ、そんな時期か」


 ついこの間までコートを着ていたと思ったのに、もう夏がやってくる。

 夏と言えば海、夏祭り、花火大会、旅行等イベント盛りだくさんで忙しくもあるけれど私には関係ない。

 けれど、神原君は華ちゃんを誘ってどこかに出かけるんだろうかというのが気になった。

 

「お姉ちゃん?」

「え? あ、ごめん」

「もう、ぼんやりし過ぎ。流石のお兄ちゃんもそんな大きさのコロッケ食べたらそれだけでお腹いっぱいだよ」

「あ……」


 私の手の中にあるコロッケは大きなおにぎりのようになっていた。考え事をしながら手を動かしていたので、どうやらこんなに大きくなってしまっていたらしい。

 私の愛情だから、と言ったら食べてくれるような気がするんだけど……笑顔で食べられたら互いに引けなくなるからやめておこう。


「ごめん、ごめん。処分しなきゃいけない服が結構あるなぁと思って」

「そうだよね。増えるばっかりだから私も連休に整理しなくちゃ」

「衣替えしなくちゃねぇ」


 アクシデントもなく、平穏に過ぎ去ってゆく日常。

 それがこんなにも幸せなものだったのか、と思いながら私は笑う。

 可愛い妹と一緒に料理をしながら他愛の無い話をした。

 友達の話、先生の話、授業の話。

 生き生きとした表情で私に色々と話してくれるなつみの様子を見て、彼女が楽しく高校生活を送っているのが分かって安心する。


「告白とかされてみたいわ。私に告白してくれる相手は、画面の向こうですしっ」


 兄妹がいるとモテるモテないのバラつきがあるけど、それは何故なのか。

 いや、なつみが可愛くてモテるのは事実で、これでモテない方がおかしい。

 あぁでも、なつみがモテる代わりに私と兄さんが犠牲になっていると思うのは考え過ぎか。


「そういいものでもないよ? 自慢みたいに聞こえるけど、見ず知らずの相手に告白されても怖いって思うだけだから」

「何もされてないっ!?」

「あ、うん。ごめんなさいって、丁寧に断るようには気をつけてるから」


 カッと目を見開いて声を荒げた私にびっくりしたなつみが何度も首を縦に振る。

 逆恨みとか、想いが通じないならいっその事とよからぬ事を考える輩がいるから心配だ。

 防犯ブザーの他に撃退スプレーを持たせてはいるけど、もっと強力な物に変えた方がいいかもしれない。

 母さんにそれを話すとやり過ぎだって呆れた顔されるから、兄さんが帰ってきたら話し合わないと。

 あぁ、でも話すとそれはそれで兄さんの心配性が発病してしまうかもしれない。

 本人が自衛していると言うんだからとりあえずはこのままでいいか。





 元気が無く落ち込んでいた兄は心配するなつみに微妙な表情をしながら、好物のコロッケをたくさん食べていた。

 あの時の兄さんの顔ったら、今思い出しても面白い。

 何故兄さんが落ち込んでいたのか理由を知っている私は、ニヤニヤしながらその様子を見ていたのですぐにバレてしまった。

 しかしまぁ、兄さんも動揺しすぎて選択肢間違った挙句、ベストエンディング迎えられなくなるとは情けない。

 

「おっと、まずい」


 街中で一人思い出し笑いをしてしまう自分に気づいて、私は慌てて咳払いをして誤魔化した。

 それとなく周囲を見回すが誰も私の怪しい言動には気づいていないみたいだ。

 顔見知りでもいたら確実に変人だって思われるから気をつけないと。


「ふぅ」


 連休中はどこも賑わって人だらけだ。

 楽しそうな家族連れの姿に微笑み、いちゃいちゃしてるカップルをガン見する。

 誰も彼もが楽しそうに笑い、幸せに満ちていた。

 買い物疲れの私は溜息をついてその様子を眺めながら首を傾げる。

 なつみとの買い物は昨日行ってきたが、別に今日でも良かったのではないかと。

 連休中だけど今日もバイトが入ってるからとは言ったけど、バイトの時間までは余裕がある。

 

「あ、綺麗な夕焼け」


 市名である黄昏に相応しく、黄昏時の夕焼けがとても綺麗だと評判になっているだけの事はある。

 この光景見たさに外から来る人々も結構多い。

 駐車場までの道をゆっくりと歩きながら、夕焼けを見つめ私は目を細めた。

 綺麗だと思うけど、切なくて、苦しくて。泣きたくなる気持ちになるのは何でだろう。

 恋の切なさに、似てる。

 なんて、柄にも無く思ってしまいながらそんな自分を誤魔化すように笑みを浮かべた。


「トワイライト、か」


 トワイライトと聞いて頭に浮かぶのは、キュンシュガやドキビタのゲームメーカーだ。黄昏市、薄明市という架空の市を舞台にしたゲームを数多く出している会社で、私が好きなメーカーでもある。


「どこまでが本当なのやら」


 そんなこと思い出したところで何の役にも立たないのに、どうして思い出してしまったのか。

 ゲームの知識を持っていても、役に立てる位置にいなければ意味が無い。

 それを身に染みて感じる今日この頃だけど、家族仲もいいし毎日が楽しい私としてはそれでもいいんじゃないかなと思ってしまう。

 大した起伏も無く、面白味に欠けるただの日常。


「あ」


 ゲームをしている立場ならそんなものはつまらない駄作だと思っていただろう。

 次から次に問題がやってきて、目まぐるしく展開が変わるなんて画面の中だけでいい。

 普通に生きていくなら今の状態が一番だと思っていれば、強い風が吹いて髪飾りが落ちた。

 神原君がくれた、白薔薇の素敵な髪飾り。

 色々歩き回ったせいで、ずれてしまったのだろう。

 結構気に入ってるので欠けて壊れでもしたらショックだ。


「え?」


 屈んで拾おうとした瞬間、背中に衝撃を受けた。

 焼け付くような痛みに理解が追いつかず、口が開いたままになってしまう。

 なんだろうこれ、なんだこれ?

 じわり、と滲む血に崩れる体。

 手にしていた荷物が落ちて散らばるのを、どこか冷静に見つめていると耳元に風を感じた。


「由宇ちゃんが、悪いんだよ?」


 何を言っているのか分からない。

 聞き覚えのある声に痛みを堪えながら顔を向けて、私は固まった。

 なんで?

 何でこの人が?

 余計に訳が判らなくて、痛くて堪らなくて、とりあえず助けを呼ぼうにも掠れた声しか出ない。

 

「せっかく、キョウダイになれると思ってたのにさ」


 きょうだいに、なれる?


 あぁ、なんだ私は前にもコレを見た事がある。

 そう思った瞬間に何故だか笑いがこみ上げてきた。

 私に馬乗りになっていた人は、気が狂ったように笑い出す私に顔を歪めて逃げてしまう。

 人を刺しておきながら、笑っただけで逃げ出すとは何事だろう。

 それにわざわざ指紋付きの凶器まで残していくとは馬鹿だ。

 あぁ、でもおかしくてたまらない。

 

「またか」


 笑えてしまう。

 いや、笑う事しかできない。

 こうやって気づくのは、いつだって手遅れになってからだ。

 ここまで来てしまったら状況はもう変えられない。

 でも、誰かを巻き込まずに済んだだけ良かったのかな。

 他にも思うことはたくさんあるはずなのに、私の胸を締めるのは大きな安堵感。

 お気に入りの髪飾りが自分の血で赤く染まってしまったのが悔しくて、そんな事を考えながら違うだろと自分に突っ込みを入れる。


「キャー! だ、誰か! 人が!」


 くぐもって聞えた誰かの悲鳴に、トラウマにならなければいいけどと心配してしまう。


「きれい……だなぁ」


 薄れてゆく意識と、ぼやける視界で見つめた夕焼けは今回も腹が立つほど美しくて泣けてしまった。





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