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空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
二章 ~そして一からやり直した~
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遊戯会再び

 予定通り、二人を乗せた竜車は川沿いの道に入った。道と言っても、竜車の物と思しき轍がうっすらとあるだけで、大小の突起した岩が立ち並ぶ荒れた場所だった。

「またこれか‥‥‥」

 ルディは、渡された手錠を見ながら、肩をすくめる。

 こんな所で、急に竜車を止めるから何を始めるかと思えば、ストラガイゼルでやったあの鬼ごっこであった。

「こんなお遊びに興じてる暇があるなら」

「こんなお遊びもまともに出来なかったカス子が、グダグダぬかすな」

 ルディのぼやきを遮って、アイールは続ける。

「今回は制限時間が無え。代わりに、お前は三度印を付けられたら負けだ」

 アイールは、手にした毛筆を掲げて見せる。

「印を付けられたら、怪我とみなしてしばらく動くな。硬直時間は、俺の姿が視界から消えるまで。それとその剣だ」

 と、ルディの右手にある剣を示した。鞘に納まった状態で鍔元と鞘が縛られており、抜くことは出来ない。

「一応縛っちゃいるが、間違っても抜くなよ。それ以外なら好きに使え。んじゃ、こいつが川に落ちたら始めるぞ」

 アイールは、拾った小石を川目がけて放り、ルディはそれを目で追う。小石は緩やかな放物線を描き、川面に小さな飛沫を上げた。

「?」

 アイールの方に視線を戻した時には、彼の姿は影も形も無かった。小石が放られてから川に落ちるまで、五秒と無かったのに。

 この辺りは、特に突起した岩や起伏がいくつもある。隠れる場所には事欠かないが、音もなく隠れるなど、

「早速ひと~つ」

 耳元で囁かれた。

「っ!」

 振り返るのと、左頬に筆が走るのは同時だった。

「今回はちょいと積極的に行くぜ。せいぜい頑張れ、カス子ちゃん」

 筆を手の上で回しながら、アイールは岩の向こうに消えた。

 ルディはすぐにアイールを追って、その岩を飛び越えた(・・・・・)。月人の膂力なら、月精に頼らずとも五ヌーラそこらの高跳びなど、造作もない。

 飛び越えた岩の足元に、アイールはいた。彼はルディに気づいておらず、後頭部を無防備に晒している。

 もらった──飛び越えた岩の壁面を蹴り、落下の速度も加えてアイール目がけて突っ込む。手錠を嵌めようなどとは考えていない。まずはねじ伏せる。

 振り向かないままのアイールの首筋目がけて剣を振り下ろし──ルディの視界は反転し、それと認識した時には、眼前に岩の側面が迫っていた。

 ルディは空中で身を翻し、その場に着地するが、

「だっ──?」

 面白いほど足が滑った。今度ばかりは受け身も取れず、ルディは尻と背中をしたたかに地面に打ち据えてしまう。

「~~~~~~っ」

 涙目で地面を見れば、ぬめりのある液体がまき散らされていた。鼻につく臭いから、油だと分かった。

「積極的に行くっつった矢先に、これだもんな」

 アイールはルディの右頬に筆を走らせると、

「んなことじゃ、いつまで経ってもカス子だな」

 冷笑を残して、岩の向こうに消えた。

「っ!」

 炉心を全開──全身が、紫紺の光に包まれていき、

「遅ぇって」

 静かな声と、脳天の衝撃は同時だった。紫紺の光が、急速に消えていく中、ルディの頭の上から拳大の石が転がり落ちる。

(何故、こうも‥‥‥)

 アイールがそれなりに強い事は、今更疑っていない。けれど、所詮相手は、

「所詮劣等種、なのに何で歯が立たない‥‥‥そんなところか」

 今まさに考えていた事をそのまま言われ、ルディははっと顔を上げる。目の前で、アイールが筆先を突きつけていた。

「鬼ごっこはやめだ。最後の一回は、まとも(・・・)にやってやる」

 と、アイールはルディから数歩離れ、

「‥‥‥来い、カス子」

 指で招いた。

 剣を構え直したルディは、すぐさま地面を蹴った。

 初手から最大の速さで肉薄し、剣を振り下ろす。だがそれはあくまで陽動。ギリギリ届かせず、間髪入れずに本命の二撃目を見舞う。

 その筈だった。

「バレバレだっつの」

 アイールの方から一歩進んだことで、一撃目の間合いがずれた。剣はアイールの頭に振り下ろされ──それを、アイールは指先だけであっさり止めた。ルディは間髪入れずに右膝を突き出す。アイールは左脚を割り込ませて受け止め、逆らわずに飛び退く。その足が地面に付く前にルディは踏み込み、左の拳を突き出した。空中にいるため避けようがないアイールは、それを片手で受け止める。同時に身を翻した。

 受け流された──そう思った瞬間には、鳩尾に大きな衝撃を受けた。間髪入れずにやってきた激痛に、しかし、膝を着くのはどうにか堪える。

(まただ‥‥‥)

 もう、気のせいではない。手応えが無いというより、こちらの攻撃が完全に無力化されているのだ。

(なら‥‥‥)

 ルディは炉心駆動を臨界に、

「マジで学習しねえよな、お前は」

 顎を打ち上げられ、ルディの体は宙を舞い、背中から叩きつけられた。仰向けになったルディの首筋に、アイールは筆を走らせ、

「知ってんだろ。月煌化するときゃ何も出来なくなるってよ」

「な、に‥‥‥?」

 目を見張ってアイールを見やる。そんなルディに、アイールは逆に怪訝な目を向けた。

「炉心を臨界駆動して、全身の月路に月精を回さにゃなんねえ。つまり、月煌化をやる時は、どんなに短くても数秒間は無防備になる‥‥‥まさかお前、皇族のくせに知らなかったっつうんじゃ?」

 もちろん、知っている。今の今まで忘れていたなど、口が裂けても言えないが。

「知っちゃいたが、今の今まで忘れてたってとこか」

 しかし、アイールはあっさり見破った。

「誓って言うが、俺は旧人だぜ。能力差で言ったら、お前の方が圧倒的に決まってんじゃねえか。しかも、お前は皇族。比較自体に意味が無えさ」

「ならば、何故こうも相手にならないっ?」

「その前に、お前はどう思うんだ?」

 苛立つルディの問いに対して、アイールは静かに問いを返した。

「どうして相手にならない‥‥‥お前自身は、ちゃんと考えてるか?」

「才能、あるいは経験だろう。もしくはその両方か」

「‥‥‥」

「特殊な訓練か?」

「‥‥‥前から思ってたがよ」

 アイールの答えは、失望を多分に含んだ嘆息だった。

「お前って、マジで〝才能〟しか能がねえのな」

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