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空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
一章 ~それで多くを失った~
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大きな誤算

 ユスティ曰く、

「真剣では、私も万一の責任は取れないのでな」

 というわけで、場所を組み手用の鍛錬場に変え、二人は模擬剣を与えられた。これで何かあっても、訓練の名目が立つ。ルディは構わなかったし、アイールもそれで頷いた。二人の同意を確認したユスティは、出入口の扉を塞ぐように立った。

「もう気取る事も気負う事も無いぞ。遠慮なく来い」

 と、ルディは手招きなどしてみせる。例えこの男がどれほど速く動こうと、掠めることも出来ないのだ。

「挑んできたのは、お前の方だろ?」

 それが分かっていないはずもないのに、アイールはこの期に及んで余裕ぶった──というか、面倒そうな態度のままだった。

「その強がりがどこまで続くか」

 言い切る前に、ルディは踏み込み、

「見せてみろ、劣等」

 その一歩で間合いに入り、模擬剣を振り下ろす。力任せに振り下ろしただけの、技も何も無い一撃だが、月人の力任せは旧人の骨を砕くには充分な威力がある。

 一方のアイールは、右手の模擬剣を真横に構え、振り下ろしを受け止める。鈍い音が響き、僅かな間を空けてアイールの模擬剣が、衝突した個所を中心に砕けた。そのまま、ルディの模擬剣は剥き出しのアイールの頭に打ち下ろされ、

「な‥‥‥」

 空いていたアイールの左手──それも、人差し指と中指だけで受け止められた。まるで、木の葉でもつまむように。

 呆けながらも、ルディはすぐに離れようと身を引く。それに合わせて、アイールは指を離した。その結果、勢い余ったルディは、背中から転倒した。

 すぐに起き上がってアイールの方に向き直るが、彼はルディの方になど目もくれず、柄だけになった模擬剣を手の平で回していた。

「っ!」

 再び斬りかかり、アイールの首の右筋目がけて真横に払う。アイールの視線がこちらに向く前だったので、これはかわせない──なのに、模擬剣は空を切った。

 僅かに身を傾けた姿勢のまま、アイールは右の人差し指で、ルディの右肩口に軽く突いた。

「~~~っ!」

 間髪入れずに次の斬撃を放つが、これもかわされ、代わりに左肩口を小突かれた。

 次も、次も、その次も──拳や蹴りも含め、矢継ぎ早の攻撃は全てがかわされ、あるいは軽く受け流され、その度に体のあちこちを小突かれた。その間はずっと、アイールはルディの方を見向きもしないまま。

「~~~~~~~~~っ!」

 そのやる気のない面に拳を突き出すが、アイールはそれを、軽く(・・)受け止めた。

(‥‥‥な、何だ?)

 水──いや、真綿でも打ち据えたように、手応えが感じられない。もちろん、アイールには傷一つ無い。

「貴様、旧人ではないのか?」

「いや」

 ルディの問いに対して、答えたのはアイールではなく、ユスティだった。

「その男からは、月精は一切感じられない。心音も旧人のそれだ」

 言ってから、ユスティはからかうように付け加える。

「私の感覚が狂っていなければ、の話だがな」

「っ!」

 ルディはアイールの手を払いのけ、飛び退いて剣を構え直す。

「では、貴様は何だっ? 旧人の反応速度で月人の攻撃を見切れるはずが無いっ!」

「いちいちうるせえんだよ」

 不快そうに、アイールは吐き捨てた。

「旧人、劣等‥‥‥二言目にはそれだな、皇女サマ」

 今や見下されているのは、ルディの方だった。ルディの頭に血が一気に上り、細かい理屈を追い出す。

「‥‥‥旧人にしては強い、という事は認めよう。だが、劣等は所詮劣等だ」

 アイールに向けてかざした左腕の月路に、蒼月精を走らせる──いや、走らせようとした。

「これが、我らに有って貴様らに無い──え?」

 腕の月路が、反応していなかった。

 腕だけではない──全身の月路が、弱々しい明滅を見せるばかりで、殆ど働いていない。月路が働かなければ、当然月精術は使えない。

「〝大幹(ミンバス)〟ってのを座学で習ったろ?」

 困惑するルディに、アイールが呆れたように言った。

「それが」

 何だ──言いかけて、ルディは気づく。

 月人の体の各所には、月路が集中する〝大幹〟と呼ばれる部位がある。ここが麻痺すると、当然ながら月精の巡りが妨げられ、月精術の使用に大きな影響が出る。思えば、アイールが先程の応酬で突いた箇所は、全て大幹の位置ではなかったか。

「別に永久に使えなくなるわけじゃねえよ。人にもよるが、十分もすれば元通りだ。安心しろ、皇女サマ」

「‥‥‥っ」

 一時的とはいえ、月精が使えない──ただそれだけの事実が、ルディの精神を強く圧迫してきた。ましてや、十分という時間は、勝敗を決めるのに充分過ぎる時間だ。

「‥‥‥で、一つ提案なんだがよ」

 アイールは、折れた模擬剣を掲げながら、月路が走らないルディの左腕を指差し、

「今なら、分け(・・)に出来るぜ。こっちは続行不能、そっちは体調不良、てな」

「ふ、ふざけるなっ」

 アイールにかざしていた左手を剣の柄に戻し、ルディは構え直した。

「この程度で、勝った気になっているのかっ!」

「勝ち負けじゃなくて、分けだっての」

 駄々っ子でも相手にしているように、アイールは諭すように訂正した。そんな事は、ルディにだって分かっている。だが、それはルディにとって負けと同義だ。

 得物を破壊されただけ(・・)のアイール。

 一撃も当てられない上、月精を使えなくさせられた(・・・・・)ルディ。

 判定なら、どちらに旗が上がるか考えるまでもない。

「お前の体だの仕事を辞めるだの──そういう損得が成立したから付き合ったがな、俺はお前にゃ興味無えし、今の仕事にしたって、元々辞める事になってんだ」

 今までのふざけた態度とは打って変わって、親身に言い含めるようにアイールは言った。

「だから、勝っても負けても大した事ねえよ。だが、お前は(・・・)どうなんだよ?」

「‥‥‥っ」

 ルディにとって、決闘だ勝負だなどというのは口実であり、小生意気な劣等を叩きのめすための、一方的な私刑になるはずだったのだ。

 目を瞑っても勝てる──その事を、微塵も疑っていなかった。

 負けるかも知れない──微塵も浮かばなかった想像が、じわりと広がっていく。

 絶対に負ける筈が無い、苦戦(・・)すら論外の勝負で敗北を意識した時点で、既に自分は負けているのだ。

「つうわけで、もっぺん言うぞ」

 ルディの考えを見透かしたかのように、アイールは言った。

「分けにしねえか?」

 敗北を意識した思考が、そうした方が最も楽だと告げていた。

「‥‥‥良い気に」

 だが──自尊心が、その選択を許さなかった。

「なるなぁっ!」

 ルディの体から、紫紺の光が弾けた。

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