暴発
この郷星という惑星の大きな特徴は、星の周囲を回る四つの月だ。それぞれが放つ光は〝月精〟と呼ばれ、この加護を受けた人種である月人は、強靭な肉体と月精を源にした〝月精術〟をもって、超常の力を行使する。
そして、月精の加護からからあぶれた人種は旧人と呼ばれ、月人にとっては進化出来ないままの旧い劣等種であった。
月人である教練生達にしてみれば、ルディの動きは、むしろ遅いものであった。彼らなら、何ら危なげなく避けられていただろう。
「誰が貴様などに従うものか」
床に顔を埋めるアイールの後頭部を踏みつけ、ルディは吐き捨てる。
「どこの誰にどんな手管で取り入ったか知らないが、分を超えればこういう事になる。弁えろ、劣等」
そんなルディを、他の教練生たちは、止めるどころか諌めもしない。
ここに集まるのは、将来の幹部候補であることを自負する者たちばかり。劣等人種の旧人が、導率官として自分たちを率い、あろうことか評価する──その事に我慢がならなかったのは、ルディだけではなかった。
「そのくらいにしておけ」
扉を開けて入って来たユスティが、話に割り込んだ。彼女は、所用があると言って、鬼ごっこが終わった後で抜けたのだったが、いつの間にか戻って来たらしい。
「理由や事情がどうあれ、後々面倒が降りかかるのは、貴様一人だけではないぞ」
反抗的態度だけならまだしも、上官への暴力行為は、軍法会議は確実である。この状況では、責任者であるユスティはもちろん、諌めなかった他の教練生にも確実に累が及ぶ。
「ふん‥‥‥」
まだまだ気が済まないルディだったが、それが分からない筈もない。しかたなく、アイールから足を退けてやる。
「‥‥‥とはいえ、ヴィオール教練生の言う事ももっともだ、という事も理解しているつもりだ」
と、ユスティは脇に抱えていた書類を手近の机に置き、その一枚を皆に見せる。
「諸君の異動申請書だ。と言っても、我が隊の中であることに変わりは無いが‥‥‥ともかく、異動先には、既に話を通してある。あとは、諸君の意思次第だ。現状に我慢ならんと言うなら、これを受け取れ。ああ、期限は今日の日付が変わるまでだ。希望者は遅れんようにな」
と、ユスティは、出入口を開ける。ややあって、教練生の一人がその書類を受け取って会議室を出ていくと、他の教練生たちも次々に続いていく。
「あんな輩の口車に乗せられるとはな。位を失っても、誇りまでは失っていないと期待していたが、間違いだったようだ」
最後に残ったルディも、軽蔑しきった目をユスティに向けながら、書類を手に部屋を出た。
「‥‥‥」
が、しばらく歩いたところで、会議室に取って返した。やはり、あの小生意気な劣等は、手足の一つくらいは捥いでやらなければ気が済まない。
「とんだ道化だな」
会議室の前に立ったところで、僅かに開いた扉の隙間から、ユスティの声が聞こえた。
「アンタが言うなっつの」
不機嫌に言いながら、アイールはのっそりと起き上った。
頑丈な床に、亀裂が入るほど叩きつけられたはずの顔──なのに、額に小さなコブがあるのみで、歪みはおろか血も出ていない。
「ただでさえ高慢ちきな上級士官候補相手じゃ、こうなるに決まってんじゃねえか」
「それが分かっていて付き合うあたり、貴様も大したものだ。そこまでされて、よく我慢したな?」
「あんな連中のお守やる方が、やってらんねえよ。これっきりと思えば、安いもんだ」
「大きく出たな、劣等風情が」
扉が静かに開けられ、ルディが入って来た。
不自然なほど、静かに。
「あ? 忘れモンか?」
「ああ、ふざけが過ぎる劣等の八つ裂きをと思ってな。すると、随分な大言が聞こえてくるではないか」
アイールの間抜け面に指を突き付け、ルディは言った。
「決闘だ、劣等。不本意だが、私の方から申し込んでやろう。それが口先だけでないことを、証明しろ」
「やなこった」
何の躊躇いも無いアイールの即答に、ルディは侮蔑を通り越して呆れた。
「怖気づくにも早すぎるぞ。腑抜けもここまで来ると、大したものだな?」
「そりゃそうだろ」
アイールはあっさりと頷き、
「どう考えても、こっちにゃ得が無えよ」
「見合うだけの得があれば、決闘に応じるという事か?」
黙って見ていたユスティが、思案顔で問う。アイールは少し考え、
「内容次第だな」
「では、その娘は?」
ユスティは、ルディを指差す──正確には、その肢体を。
「上等兵が勝ったら、犯すなり痛めつけるなり好きにして構わん、というのは?」
「──だそうだぜ、皇女サマ?」
アイールは、ルディを見やる。これは、ルディの身の上を考えれば、言うほど単純な話ではない。しかし、
「良いだろう」
ルディは、あっさりと頷いた。負けることなど、あり得ないのだから。
「その代わり、私が勝ったら、手足の一本は覚悟してもらうぞ。そして金輪際、私の前にその面を見せるな。導率官はもちろん、軍も辞めてもらう」
「わ~ったよ、わっかりました‥‥‥ったく」
心底面倒そうに、アイールは頷いた。