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空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
七章 ~そして、それからの全ての始まりだった~
33/42

裸の少女

 痛みと快楽が通り過ぎても、その余韻のせいで力が入らない。そのくせ、頭だけははっきりしていた。

「‥‥‥オンナ(・・・)の経験も相応だったようだな、貴様は」

 そう言うルディは、まだ掛布を体に巻いているだけ。対して、アイールは、既に乱れた服を直していた。

 情交の経験など無いルディにも分かった。何だか負けた気がして、つい言い方が刺々しくなる。

「そりゃまあ、それなりにな。初物(・・)、ゴチソウさん」

 茶化すように言って、アイールは寝台から立ち上がる。

「‥‥‥どこへ行く?」

 その背中に向かって、ルディは呟くように問うた。

「‥‥‥貴様は、どこに向かおうとしている?」

「どこって」

「答えろ。貴様は──アイール・シドラウスは、何を成そうとしている? その力を、才を、何のために使うつもりだ?」

「ああ、そういうことか‥‥‥」

 アイールは、納得したように頷き、

「別に大したことじゃねえよ」

 大したことではない──そう言いながらも、アイールに気負いも卑下や自嘲も無かった。ただ自然に、答えが返って来た。

「家族の力になるってのと、もしバカな方向に向かったら全力で止める‥‥‥そんだけだ。じゃあな」

 アイールは、部屋を出て行った。その足音が聞こえなくなっても、ルディはまだ動けない。

「〝家族(それだけ)〟、か‥‥‥」

 アイールの答えを、繰り返してみる。

 確かに、それだけ(・・・・)の──とても小さな事である。

 それだけのために──アイールは、皇族をも凌駕する力を手にした。その力を手にするために、途方も無い時間と、多大な労力を費やした。

 では、自分はどうだろう?

 〝それだけ〟と、小さな事と嘲られるほど、自分が成そうとしているのは、御大層なものか?

「‥‥‥何を成そうとしている?」

 アイールに投げかけた問いを、繰り返してみる。今度は自分に向けて。

 紫月皇になる──以前なら、当然のようにそう答えただろう。

 では今は?

 以前なら、当然のように出たはずの答えが、今は酷く霞んでいた。

 紫月皇になる──それが、他者から与えられた目標だと、気づいてしまったから。

『紫月皇になってどうする気だったんだ?』

 かつてアイールに問われた時は、答えられなかった──答えられるはずが無かった。

 答えが無い──それが答えだったのだから。

『一人で考えて、一人で決めて、一人で何とかしてきた事が、一つでもあったかよ?』

 無い──誰かに、何かに、何とかしてもらってきただけだ。

 他者に。才能に。

「はは‥‥‥」

 皇族が劣等人種の旧人に叩き潰された──確かに、無視できる些事ではない。

 だが、所詮はただ一度の敗北であり個人的な事だ──それだけ(・・・・)のことだ。

 それだけで──何もかもが覆った。

『何も知らねえ劣等にぶち壊しにされるほど、お前が積み上げてきたモノは脆かったってことだ』

 そう──あまりにも脆すぎた。

 才能(取り柄)が通用しない──それだけで、向けられていた畏怖と敬意は、嘲笑と侮蔑に変わった。

『知らされてなかっただけでしょ、皇女サマ』

 誰も知らせてくれなかった──自分から、知ろうとはしなかった。

 与えられるだけだった──自分からは何一つやろうとしなかった。

 自分から──何一つ得ようとしなかった。

 その事に、気づかなかった──自分から、気づこうともしなかった。

 そんな奴が、このまま行けばどうなるか?

「ははは」

 屠龍姫だ英雄だと持て囃され、自分からは何もさせてもらえず、他人から何かをやらされているだけの傀儡。

 たとえ、元の地位に返り咲き、紫月皇になったとしても──それは、〝皇〟という名の、体の良い手札だ。

「あはははははっ」

 もちろん、そんなことは望んでいない。かといって、宮への帰還を突っぱねるだけの理由が、ルディにあるはずも無かった。

『そんなだから、スッカラカンのカスだっつうんだよ、お前は』

「あ~っはっはははははは、ははははははははははははは、ははははは、はは、ははは、ははは、あははははははははは、ははははははははっ!」

 滑稽である。傑作である。この上ない喜劇である。

 天性の才を持ち、神童と呼ばれ、次期紫月皇筆頭候補と目され、屠龍姫という誉れを得て──なのに、何も無い。

『お前って、マジで〝才能〟しか能がねえのな』

『アンタってね、才能だけが取り柄って類の典型例だわ』

 何てことは無い。アイールもエネイヴァルも、ルディという〝人物〟を、よく見ていただけだ。

『天性の才能だの、〝秩序の光〟なんて御大層な名前だの‥‥‥そういう、ご立派なモノを背負わされてるだけの』

 蔑んでいるのでも、貶しているのでもなかった。

『ただのカスだ』

 事実や真実を告げていただけだ。

「ははははは、ははは、あは、は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 秩序の光、屠龍姫、英雄──これ以上に、空虚な称号は無い。

 スッカラカン、捨て駒、カス子──これ以上に、ふさわしい称号は無い。

 何でも持っているのに、何も無い──それが、オルディライア・スピーテルだった。

「‥‥‥何だ、これは?」

 笑うべきなのに、笑えない。

 笑いたいのに、笑いが出ない。

 かといって、泣こうにも涙が出ない

 残っているのは、寒々しい空虚だけだった。

「何がいけなかった?」

 どうして、こうなってしまったのだろうか?

 どうして、今まで気づかなかったのか?

 どうして、気づけなかったのか?

「私の何が悪かったっ?」

 縋るように、ルディは問う。

「貴方は知っているのかっ! 私は、どこで何を間違えたっ!」

 そんな悲鳴のようなルディの問いかけを、

「そんなことは、どうでもいい」

 開けられたままの戸板──そこに立っていたユスティは、冷たく切って捨てた。



「それより、何故、止めなかった? 止めようとは思わなかったのか?」

 要点の欠けた問いだが、ルディには理解できた。

「‥‥‥同じことであります」

 止めようと、思わないわけではなかった。けれど、あの男を止められない事は、嫌というほど知っている。止めたところで、自分がここに転がっただけ(・・・・・・)だ。

「そうか」

 特に期待などしていなかった──ユスティの短い相槌には、そんな意図が含まれていた。それが何を意味している(・・・・・・)のか、ルディはすぐに察した。

 そして、自分の中にあった予感が、当たっていたことを悟った。

(やはり、〝甘蜜の罠〟か‥‥‥)

 標的となる人物と深い関係を結んで懐柔、あるいは弱みにする──端的に述べれば、そう言う類(・・・・・)の、諜報活動である。

 ルディでさえ、この短い期間の間に気づいたのだ。ユスティは、とうの昔に目星(・・)をつけていたに違いない。

 だから──ユスティは、ルディをアイールに近づけた(・・・・)のだ。導率官だの研修だのを名目に。

 もちろん、ルディの成長を促すと同時に、爆発的に広がった悪評から守るという、叔母としての親心もあったのだろうが。

(結局、ここでも〝捨て駒〟か‥‥‥)

 どこか他人事のように、ルディは思う。

 そんなルディに、ユスティは肩をすくめて踵を返し、

「‥‥‥どこで間違えたか、と貴様は問うたな?」

 しかし、すぐには立ち去らず、先ほどのルディの問いを繰り返した。

「あの男にも言われただろう‥‥‥〝それ以前〟だ、と。私も、概ね同感だ」

「‥‥‥っ」

 そう──それ以前なのだ。

 ルディは、何も悪くない(・・・・・・)し、何も間違って(・・・・・・)はいない。

 やらされるだけで、自分からは何もしてこなかった(・・・・・・・・・)のだから。

ルディ(・・・)

 叔母(・・)に初めてその名で呼ばれ、ルディの自虐的な思考は途切れた。

「お前は、そのままでいいのか(・・・・・・・・・)? 本当にそれでいいのか(・・・・・・・・・・)?」

 答えを期待してなかったのか、ユスティは早足に立ち去った。

「‥‥‥」

 本当にそれでいいのか──ユスティの問いかけが、頭の中で繰り返される。

 何度も、何度も、繰り返す。

 繰り返しながら、体に巻いた掛布をはぎ取り、脱ぎ散らしていた服に手を伸ばす。手早く着込み、個室を出ると、壁に立てかけられた支給品の剣が目に止まった。

 本当にそれでいいのか?

「断じて、否だっ!」

 ルディは、剣を強く握りしめると、窓から宿舎を飛び出した。

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