表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空っぽ少女を満たす願い  作者: takosuke3
六章 ~それが、それまでの全ての終わりであり~
32/42

強がり、あるいは悪あがき

 掘っ立て小屋な外観に反して、宿舎の中は清潔に保たれている。が、風呂や便所は言うまでもなく、居室も六人の共同部屋であった。一応、個々の寝所は薄板で区切られているが、その結果狭くなった空間に小さな机と寝台が押しこまれており、大人が二人も入れば、それで空間はほぼ無くなる。

「私が使っていた部屋の物置よりも狭いではないか」

「その狭い所に押し掛けて、何ぬかしてやがる」

 敷布だけのベッドに腰掛け、アイールは鼻を鳴らす。

「六人部屋を二人で酒飲むために占有すんだぜ。今が勤務時間中で、早くてもあと二時間は誰も帰って来ねえだけでも、ありがたく思えっつの」

「訪ねてきてやった妙齢の美女に、ご挨拶だな」

 ルディは、折りたたみのイスを広げてそれに腰かけた。そんなルディに、アイールは生暖かい視線を向け、

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥美女?」

「何だ?」

「いんや別に~‥‥‥ご挨拶ついでに言えば、上等の酒に対して酒杯なんて洒落たモンは無えからよ。これで我慢しろ」

 アイールが差し出したのは、飾り気のない茶碗だった。ルディは酒瓶の封を切り、中身を二つの茶碗に注いだ。

「そんじゃ、カス子の卒業と今後の健闘に」

「そして、貴様の退職に」

 お互い気の無い音頭を放って、茶碗を掲げた。

「~~~~っ、さすがは安い給料ン年分だわなこりゃっ」

 軽く傾けたアイールは、一口で上機嫌になった。

「有り難くもらうぜ」

 と、残りは一気に呷り、すぐに二杯目を入れる。

「どういたしまして‥‥‥と言いたいところだが、もう少しは遠慮しろ」

「これだけ上物で、しかもタダ酒だぜ。聞こえね~」

 言ってる間に、二杯目を空にする。それを呆れ半分関心半分で見ながら、自分の茶碗を傾け、

「‥‥‥貴様の思い通りに動かされた操り人形、というところか」

 出し抜けのルディの言葉に、三杯目を入れようと酒瓶に伸びていたアイールの手が止まる。

「‥‥‥何の話だ?」

「さっきの三人だが、動きはもちろん思考までをも、貴様に支配された。相手の動きや立ち位置、攻撃の角度や狙う箇所‥‥‥全てが、貴様の思い描いた通り(・・・・・・・)になった」

 それは、細かく設定する必要のある殺陣を、脚本一切無しで行うようなものである。もはや〝先読み〟どころではない。

「へぇ‥‥‥」

 止まっていたアイールの手が酒瓶を掴み、茶碗に三杯目を注ぐ。だが、視線はルディから外れていない。

「そんな貴様だ、相手の攻撃──その威力を精密な体捌きで別方向に作用させるなど、造作もないだろう」

 例えば──剣と剣が衝突した際、その威力の全てを相殺に費やして(・・・・・・・)しまうとか。

 例えば──月煌化の突進の威力を、手足を千切る(・・・・・・)力に変換するとか。

 二百ルギスにも届くルディの体重である。そんなのが、身軽に飛んで跳ねるのだ。更に、月煌化などで強化されたその力が、そのまま己に跳ね返ってきたらどうなるか。

「‥‥‥六十点だな」

 三杯目を少しだけ口にしてから、アイールは言った。

「あの程度じゃ、〝思い通りの支配〟ってのにゃ程遠いぜ」

「程遠い‥‥‥ということは、まだ先があるのか?」

「俺はまだ、その境地に達してねえがな」

 興味深く身を乗り出したルディに、アイールは苦笑した。そのまま、杯に残った酒を一気に呷り、

「それはそうと、やっぱ宮に帰るのか?」

「何だ、知ってた‥‥‥いや、貴様ならすぐに察しが付くか」

 ルディが叩きのめされた一件がヤラセだという話を、アイールが聞いていないはずはない。そこから連想すれば、自然に行き着く結論だ。

「明日にも宮からの迎えが来ると、学長殿から直々に伝えられた」

「となると、別れの酒にもなっちまうな」

「‥‥‥そうだな」

 宮に戻れば、軍政を問わず相応の要職に就くことになる。そうなったら、旧人であるアイールとは一切の接点を断たれる。今後、互いがまともに顔を合わせることは、あり得ない。

「ならば」

 ルディは、手に取った酒瓶を口に持って行き、

「お、おいっ」

 アイールが止める間もなく、それを一気に呷り、最後の一滴まで飲み干す。

「不本意で不愉快極まりないが」

 静かに空瓶を置いたルディは、酒臭い息を大きく吐き出し、アイールに覆い被さった。いきなりの行動に、アイールも反応できずに倒れこむ。

「今ここで、貴様の伽の相手をしてやる」

「へぇ‥‥‥」

 組み敷かれたアイールは、体重差もあり、動けない。だというのに、どこか小馬鹿にするような眼で、ルディを見上げた。

「いわゆるあれか? 慣れない無茶呑みで酔いが過ぎました~的なオチですかい、皇女殿下サマ?」

「否定はすまい。約束は約束だが、こうでもしなければ誰が貴様など‥‥‥」

「約束‥‥‥ああ、あれか」

 アイールが勝ったら、犯すなり痛めつけるなり──ストラガイゼルでのその約束を、アイールは本当に忘れていたらしい。

「でも、これじゃ俺の方が襲われてんぞ?」

「こちらはやられっ放しなのだ。この際、手段も理由も選ばんっ」

 酒のせいもあってか、ルディは追い詰められたような──というか、狂気じみた眼でアイールを見下ろす。

「カス子にしちゃ大した覚悟だがな、本当に良いんだろうな?」

 アイールは皮肉めいた笑みを浮かべ、

「仮にもお前が犯ろうとしてんのは、野蛮で下賤で汚らしい劣等種だぜ?」

「そこは考えようだ。貴様のようなゲテモノが初姦の相手なら、この先多少変な男と付き合うことになっても大丈夫だろう」

「言うじゃねえか」

 と、アイールはルディの制服に手を掛けた。

「後悔しても知らねえぞ、皇女サマ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ